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第百五十九話 行動開始

 案の定ジャックは伊万里から離れた俺についてくることなく、伊万里と一緒に【翠聖都】の公園に残った。おそらく、鬼になった黒人マッチョのマークさんを見張っている者も居る。久兵衛側の追加要員ドワーフである。


 その敵の位置は、美鈴には分からず、米崎には分かった。どうも米崎はそういうのが得意らしい。


『ドワーフの男だね』


 と米崎が言うのを聞いてあの門番を思い出した。おそらく久兵衛のパーティーで斥候ジョブと思われた。かなり姿を隠すことに長けた者。それがマークさんを見張っているそうだ。俺は米崎の追加情報も入れて、もう一度作戦を練り直した。


 そして伊万里だけではなくマークさんも【翠聖都】に残ってもらうことにした。そうすれば、ジャックとそのドワーフもここに残るからだ。


 本当にそれでいいのか?


 ドワーフがもしもマークさんから目を離して、大森林に出てきたらどうする。でも心配するとキリがない。鬼というだけで、向こうはかなり警戒するはずだから、これでいいはずだ。何よりも斥候に長けたものはできるだけ敵にしたくない。


 分断できるのならばそうしたい。


 そんな希望のもと作戦を最終決定した俺は、伊万里から離れ人混みの中に紛れて、右への角を曲がった瞬間に【身代わり石像】を使用した。さらに【天変の指輪】を使い、どこの誰とも知れない男性に姿を変える。


「どこへ行った!?」


 完全に俺の姿を見失って、相手はよほど焦ったのだろう。人混みの中で思わず大声を出してしまっていた。西の巨大門の前で見た狼人間。やはり門番を代わってもらっていたのか。俺にも1人追跡者がいると美鈴と米崎が言っていた。


 言われて気配を探ってみたら、薄ぼんやりと狼人間が後をつけてきていることが分かった。それほど気配を消すのが得意ではないらしい。見た目からして近接型だろう。おそらく俺の敵となるはずだった侍ジョブの者。


《次にこいつはまず間違いなく、伊万里の引き渡しを指定されたポイントへと走ると思うんだ。そうだよな?》

《僕にいちいち聞かないでくれるかな。君がそう思うならそれでいいよ》


 ジャックたちに会話の内容を知られないために、【意思疎通】を使うのだが、ついつい位置の分からない米崎の様子を気にしてしまう。感情としてそれが伝わっているのだ。頼れる相手がいるからと頼るのは悪い癖である。


 このパーティーは自分が中心となって組織したのだ。



『僕の命令を君の仲間は聞きたがらないよ。だから自分で考えるんだ』



 と米崎には言われている。しっかりせねばと改めて気を引き締め直した。


《美鈴、そっちはどうだ?》

《大丈夫。祐太に借りた【転移石】と【天変の指輪】のコンボで完璧だった。ハエは私が急に消えてかなり困ってる》


 ガチャから出てきたアイテムの中で、【転移石】を美鈴に渡しておいたのだ。この【転移石】。もっと便利なものかと思ったが言うほどではなかった。いや、それでも便利なのだが、使用条件が意外ときついのだ。


 というのも転移したいと考えて発動するまでに10秒もかかるのだ。南雲さんが使う【転移】とは比べ物にならない使いにくさだ。美鈴は【転移石】を使うと決め、10秒後に一瞬だけハエの視線をごまかし、建物の中へと転移したのだ。


 そこからさらに【天変の指輪】まで使えば、たとえどんな追跡者であろうと、美鈴の後をつけることはできなかっただろう。そう思うと、ふと、伊万里が気になった。


 最も大事なアイテム【身代わり人形】を伊万里に渡しておいた。伊万里はかなり、


『祐太が持っているべきだ』


 と受け取りを嫌がったが、一番命を狙われているのは伊万里だ。これだけは譲れないと渡しておいた。


《なんか俺だけ気楽なポジションで悪いな。正直今回の作戦は命をかけるぐらいの覚悟だったんだけどな》

《いいんですよマークさん。この次に死ぬほど扱き使いますから》

《はは、そりゃ怖い。だが死ぬ気で働くからいくらでも扱き使ってくれよ》


 マークさんは伊万里と一緒にいるだけの気楽なポジションである。伊万里は【翠聖都】の中にいるだけなので、エヴィーを助けてくるまでマークさんもすることがない。


「そんなうまい話があるのか……」


 今までのダンジョンの例から言って、そんなうまい話があるのかと一抹の不安を感じながらも、俺は地下へと降りた。翠聖都第三層の地下には東京に張り巡らされている地下鉄駅のように、移動用の地下網がある。


 高さが100mほどあるその空間は【翠聖都高速・走行道】と呼ばれている。なぜそんなものがあるのかといえば、【転移駅】は便利なのだが、要所要所にしか設置されておらず、細かい移動には便利が悪い。


 その細かい移動のために地下に道が敷き詰められている。文字通り自分の足で走って移動する走行用道路である。下に降りると思ったよりも明るく、道路も頑丈そうだ。本当に人ばかりが走っていて、ジョギング用の空間みたいだ。


 皇居ランニングを思い浮かべながらもそのスピードと衝撃波が、馬鹿げていた。いちいち吹っ飛ばされそうなぐらいの衝撃波が当たってくる。人がジェット機のような速度で目の前を次々と通り過ぎていく。


「だから地下にあるのか?」 


 そんなことを考えながら【韋駄天】を発動させて俺はその走る人波の中に入った。交通ルールは教えてもらっている。車と同じである。一番高速で走るものが右車線に行き、左車線が速度の遅い、からくり族が走っている。


 それでも普通車並に速度を出しているのだ。この階層にいるものは、からくり族でもレベル10以上。この三層から上に只人はいないらしい。


「絶対日本では見ない光景だな」

《おや、新入りかい?》


 と、人好きのするちょっと腹の出たおじさんが【意思疎通】で声をかけてきた。大八洲の人間ではなさそうだ。英語のTシャツを着ていた。訳すと【アニメ大好き】である。探索者の知能だから意味は分かってきているのだろう。


 だが50は過ぎているように見えた。かなり香ばしいおじさんだ。日本の探索者か? 見た目は良くならなかったタイプか。でも不思議と穂積のような嫌な感じはしない。優しい雰囲気のおじさんだった。


《ええ、まあ》

《ぼちぼち新しい子たちが来てるとは聞いてたけど、本当だったんだ。名前は?》

《えっと……》


 本当のことを伝えるべきかどうか迷う。


《ああ……うーん……名前……》


 どうすべきか長考してしまう。


《分かる。分かるよ君》


 そうしてるとそんなことを言われた。何か分かったらしい。


《おじさんここが長いんだ。何か揉めてるんだね》

《はは、まあ》

《その顔は覚悟を決めて何かを成そうとしている顔だ!》

《は、はあ?》


 なぜ分かるのだ。


《そんな君におじさんからのアドバイスだ。言っておいてあげるけど、大森林を出る時は偽名とか使うんじゃないよ。ここでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。入ってきていないものが出てくると、全部照会されてアウトだ。なんだか君は犯罪者ぽくないけど、教えておいてあげるよ》

《その、ありがとうございます》


 やばいところだった。そこまで情報が抜かれているとは知らなかった。


《ところで……》


 走りながら何かを向こうは待っていた。


《あ、ああ、俺、六条祐太って言います》


 そういえば名前を聞かれていたのだと思い出す。俺は教えてもらっておいて偽名を使うのもなんだと思い、ちゃんと名乗ることにした。


《!》


 相手は何か驚いたようだった。


《へえ、魔眼殺しの子?》

《ええ、まあ》


 相変わらずこのネームバリューはすごいな。その理由はミカエラが強かったこともある。でもそれ以上に有名になってしまった理由は、やはりレベル100がレベル200を殺したことにある気がした。


 正面から戦ったわけではない。ミカエラに勝ったというよりは勝たせてもらったという感じだ。それでここまでネームバリューが上がってもなという気がした。


《それはまた今一番ホットな新人じゃないか!》


 おじさんのテンションが上がっていた。


《はは、なんかそうみたいです》

《これは嬉しいな。また何か縁があれば連絡をおくれよ。これ、私の名刺だ》


 そう言って本当に普通の名刺を渡された。その名前は【死黒(しぐろ) 怨偽魔(えんぎま)】である。人好きのするおっちゃんなのに、


《え?》


 思わずこれ本名なの? そう思って見てしまった。


《いやあ、ラッキーな出会いだったな。また会おうね》


 そう言っておじさんは俺が走っているよりさらに右側に入る。それはおそらくレベル200以上の人のために用意されたレーンである。その瞬間だった。その姿が消えた。衝撃波が巻き起こったわけでもなかった。


 おじさんの姿が俺の目には消えたように見えた。


「……改めて自分より強い人間が多いな」


 まだ探索者を始めて半年と少し経っただけである。それでそんなことを思っていても仕方がない。それにしても今の人は偽名だよな。名刺を見る。こんな本名があってたまるかというような名前だ。おじさんの印象とは対照的な名前。


「いや、気にしてる場合じゃないな」


 俺は目的地から通り過ぎてはいけないと上に戻った。伊万里たちがいる公園から10kmほど離れた【転移駅】がある場所だった。おじさんの忠告もあって、さすがにもう追跡者はいないと姿を本来のものに戻した。


 やたらと素性を隠すと逆に痛くもない腹を探られることになる。俺たちは悪いことをしているわけではない。敵は大八洲だが、その全てではない。久兵衛、ドワーフ、狼人間、ジャックの4人だ。その他まで警戒しても仕方がない。


【転移駅の利用にはお金が必要となります。これより向かう先は翠聖都探索局第四局前駅となります。料金は18,350貨。引き落としを許可しますか?】


 以前にも聞いた声が頭に響いてきた。俺は許可をだし、2度目でもまだ感動してしまう光景を見た。転移の門が開いていく。開いた門の先には全く違う光景が広がっている。それは牧歌的な田園風景だった。


 暑い地域で薄着のものが目立つ。俺は今までいた翠聖都外壁の西門から、東門まで一気に移動した。転移駅を使えば一瞬である。俺はそこで探索者用のスマホショップに寄った。


 というのも、大八洲国で知っておいた方がいい、常識を米崎に教えてもらったのだ。それがこのスマホショップである。和風な屋根の建物の中に入る。受付を探すと犬の耳が生えた人がいた。


「新規にご購入ですかワン? それとも更新ですかワン?」


 そう聞かれて「更新です」と答えた。探索者用のスマホの更新である。探索者用のスマホは大八洲国に来てから時計ぐらいでしか役に立ってなかった。だが、このスマホ。この世界からの技術流用によって造られたものらしい。


 当然のことながら、初期状態では大八洲国のデータは一切入っておらず、大八洲国内のショップに来てちゃんと更新しておかないと、かなりの宝の持ち腐れになる。何しろショップで更新すると地図情報がもらえるのだ。


「少しお待ちくださいワン」


 そう言われて大人しく待っていると、更新が終わってお金を払って、


「またのお越しをワン」

「ワン」


 と思わず返事をしてしまうとニコッとされて、頭を下げて見送られる。日本と似ているなと思いながら、外に出ると人通りが少なかった【翠聖都】の中で、この辺が一番田舎らしい。


 田園風景を見るとこんな技術が発展した世界でもちゃんと農耕をしているんだなと思った。


 俺はそんな中で凄まじく高い壁を見上げる。


《美鈴。スマホの更新は終わったか?》


 そして30mある門を見上げた。準備は全て整った。まだエヴィーを攫われてから、24時間も経過していないのかと思う。


《うん。大丈夫。滞りなくだよ》


 作戦は嫌というほど伝えている。忘れていることはないだろう。


《頑張ってこいよ》

《祐太。任せるね》


 マークさんと伊万里から一声かけられた。


《おう!》

《はい!》


 マークさんと伊万里は一緒にいる。一番狙われている伊万里一人だと心配だが、いざという時はマークさんが動いてくれる。不安はある。だが完璧を求めても無理だ。俺と美鈴と米崎は【翠聖兎神の大森林】へと出た。

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― 新着の感想 ―
自分だったエヴィーを開放しなかったらマブダチの南雲さんとその友人数人で大八洲国のでかい年から消滅させるぞ、って逆に脅しますね。 若しくはアメリカやロシア辺りから核ミサイル買いまくってマジックバッグに…
死黒、か カインの召喚獣殺したのってそんな感じの人じゃなかったけ 違ったかな
[気になる点] 裏の人間かな?
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