第百五十八話 Side久兵衛 奇妙
「詳細は知らぬ。だがこれより来たる勇者を殺せとのことだ」
「勇者とはあの歴史に度々登場するという称号【勇者】でありましょうか?」
「そうじゃ」
「現れる度にあまり良いことにはならぬと聞きます」
この国はルルティエラ様がすることだから褒め称えるなどということはない。ルルティエラ様はたびたび非道なこともなさる。その中でも有名なのが【勇者殺し】である。ほとんどのものはまだ若い頃に勇者になる。
勇者となるものは才能に恵まれていることが多く、15歳で勇者になるのだ。そしてそれをルルティエラ様はいつも【殺せ】と言う。誰が喜んでするであろう。普通の倫理観を持っていればやりたくない。
ゆえに誰も引き受けなかったこともある。しかし表側の人間が、引き受けなかったとしても、裏側の人間は報酬さえ良ければいくらでも引き受ける。故にどれだけ非道なことであろうと、ルルティエラ様からの依頼を断ることはできない。
もっと悲惨なことになるからだ。1000年前に現れた白蓮様という最初からレベル500以上の実力があったという例外もいる。だがこんなものは例外中の例外で、大抵の勇者は大八洲などという巨大組織から狙われては一溜りもない。
「そのような顔をするでない」
こちらの顔がはっきりと曇ったことが分かったのだろう。私とて人である。無実のものを殺せと言われれば、気が進まないどころではなかった。
「勇者殺しはただの子供殺しだと聞きます。年端もいかぬ子供を殺す。そのようなことを楽しんでできるわけもありませぬ。それとも今回は許しがたき悪人なのでしょうか?」
「いや15歳の娘御と聞く。背が小さくとても可愛いそうだ」
「ならばなぜ殺すのですか!」
「久兵衛。これは簡単に終わる仕事だ。それに考えてもみよ。ルルティエラ様が現れるたびに殺そうとするのだぞ。何か、お考えがあってのこと。この大八洲が、長きに渡って繁栄するのもルルティエラ様のおかげ。それがこれほど嫌うのだ。悪人でなくとも悪人の素養があるのであろう」
「本当にそうなのでしょうか」
ルルティエラ様は悪行の数々にも事欠かない方である。伝承では何が悪かったのか教えもせずに平和で争いもない国を一つ滅ぼしたという。文字通り滅ぼすなどという生易しいものではない。ある日突然大陸ごと消滅させたのだ。
そして理由は何も言わない。せめて理由なりとも教えてくれればいいのに、そこまでのことをしても何も言わない。勇者殺しに関してもそうだ。度々現れる勇者に対して、殺す理由ぐらい教えてもいいだろう。だが相も変わらずだ。
ふざけるなド畜生。と怒りに震えたことは数知れずである。おまけに悪事ならば知らないところで、こっそりやるならともかくあの女神はいつもオープンなのだ。みんなの知るところで堂々とやらかす。
「嫌な役目ではあろうが、ルルティエラ様からの依頼ぞ。報酬は破格。お主がシルバー級探索者になれることは間違いあるまい。そこからのレベルアップもかなり手厚く見てくれるはず」
「素直には喜べませぬ。いかにルルティエラ様とて15歳の娘御を殺せなどと、理由が勇者だけではあまりにも……不憫」
「断れば我が家は滅ぼされかねん。ルルティエラ様のちょっとした気分で、我が家など簡単に滅ぶ。逆らうことは許されぬ。久兵衛。猫寝家のためにやってくれぬか」
「……」
ルルティエラ様とは一体なんなのだろうか。理不尽なことをするが故にその疑問を誰もが持つ。噂によれば神へと至るとその理由が分かるらしいが、その神も下々のものにその理由を語らない。そして神々は理不尽な女神に逆らいもしない。
女神の怒りを買っているのは白蓮様のみで、そして白蓮様の信仰をしたところでルルティエラ様は怒らない。陰陽神は世話焼きであることも有名で、人気がある。そんな逆らっている神に対する信仰でも文句は言わない。
それがしの頭ではとても理解できない存在だ。
「久兵衛。我らは白蓮様ではないのだ。あのような真似はとてもできぬ。それにダンジョンクエストを無事にこなせば、我らの評価も上がる。そうすればまた良いクエストを回してもらえる。そうなれば、お主が私のところまで来ることもできるかもしれない」
「そのような夢のごときこと」
「久兵衛。私はお前が隣に立ってくれることを望んでいるのだ。そうすれば私もこのような喋り方をする必要もなくなるであろう」
「むう」
「それと相手が誰であろうとゆめゆめ迷うなよ。聞いている限り、ダンジョンに好かれたものも同じパーティーにいるらしい。私もそういう存在を見たことがある。あれは何か明らかに違うのだ。非道なことと思えど迷うな。迷えば足元をすくわれるぞ」
「……かしこまりました」
結局のところダンジョンクエストというのは誰かが必ずやることだ。抗弁したところで仕方がない。お館様とて分かっているのだ。その上で受けられたこと。何よりもシルバー級に上がる機会である。
気の進まぬことでも自分がやり、そして家のためにも利を得ることにした。とはいえやはり気が滅入る。早く終わらせたいものだ。ふと、連絡が入ったのを感じた。異国の少女を縛り付けた姿を見る。
見ているのが分かると睨みつけられてしまった。降参して家に帰ってくれればいいのだが、それをするならこんなところまできておらんか。レベル100になるまででもどれほど命がけかはよく知っていた。
《……》
ハエの召喚獣ベゼルからの連絡であった。ベゼルが何を言っているかは淡い感情として伝わってくる。桐山美鈴が動きだしたという連絡だ。【視界共有】をしてみると、大森林で狒々蔵に追いかけ回されていた少女の姿があった。
人混みの中を【翠聖兎神の大森林】へと出る西門の方へと歩いている。単独で【翠聖都】から出て行くつもりであろうか? 彼らはそれぞれが別々の位置にいて、桐山美鈴が我々と一番近い西門の手前。その探索局の近くで茶を飲んでいた。
それがお金を払い、店から出てくると西門へとゆっくり人混みの中を歩いているのだ。
《ベゼル。そのまま付かず離れずだ。そのものは【気配遮断】を持っている可能性が高い。決して見失わないように気をつけよ》
《……》
ベゼルから了解の意思が伝えられてくる。ベゼルは探索能力にかなり優れた召喚獣である。加えて気配遮断もかなりのレベルである。こちらは見失う心配はほとんどないと考えていた。問題は狼牙に見張らせている六条祐太だ。
狼牙は我らの中でも最もスピードがある。まさかスピードで負けることはないと思うが、この者こそダンジョンに好かれている厄介な相手だ。白虎に乗って【翠聖都】まで流星のように走り抜けていくのを見た時はなんの冗談かと思った。
このものの行動だけは予測不能すぎて、どれだけ警戒していても不安が残った。狼牙には念入りに注意はしてある。
『でも所詮はレベル125だろ。逆立ちしてたって負けねえよ』
『忘れたか? 彼が魔眼殺しだ。何よりも白虎に乗っていたのだぞ』
『……それはそうだろうけどよ』
ミカエラを殺し、白虎にまたがっていた少年。油断するべきではない。私は何度もそう伝えておいた。さすがの狼牙も少しは気合が入っているだろう。狼牙は近接型でスピードも早い男だ。よもや遅れは取るまいと思う。
思っていたら狼牙から連絡がきた。そして最も聞きたくない言葉を言ってきた。
《すまん久兵衛! 六条祐太を見失った!》
《は!?》
その知らせに我が耳を一瞬疑った。何をどうすればレベル125に簡単に撒かれるのだ。
《バカかあれほど注意したであろう!》
私はあまりに頭に来て怒鳴った。
《あいつ変な技使いやがってこれ石像だ!》
《石像……まさか身代わりの術か?》
忍者ジョブのものに生える逃げるのに特化したスキルである。しかし六条祐太は侍ジョブのはずである。いやそんなこと今は問題ではない。
《探すのだ!》
《探してる! でもどこにもいねえ! 俺は注意を怠ってなかった! 石像のことだって心音が聞こえない、おかしいと思って数秒で気づいたんだ! その数秒でどっかに行きやがった! あいつどうなってる!? 俺が見失うぐらいのスピードを出せば衝撃波で逆に俺は気づくはずなんだ! なのにそんなもの何もなかったぞ!?》
《ジャックもその場にいるであろう! どうなってる?》
私はジャックに急いで【意思疎通】を送った。
《多分、変装に特化した道具を持ってやがったな》
すぐにジャックがそんなことを言ってきた。
《ガチャのアイテムか?》
《ふざけんな! ブロンズにそんなアイテムねーぞ!?》
《いや米——》
《嫌よね? 何、急に女みたいな喋り方してるんだ。大丈夫か?》
《あ、おう。いや、まあとにかく変装できるアイテムを持ってたとしてもおかしくないだろ》
《バカか! そんな便利なもの幾らすると思ってんだボケ!》
《ダンジョンに好かれてるんだ。アホみたいに金持ちと考えてもおかしくないだろ》
《それは……いや、やっぱりなんかおかしい!》
ブロンズ級の探索者の目をごまかすとなると、シルバー以上のアイテムが必要になる。六条祐太はそんなものを持っているというのか。かなりの利便性の高さだぞ。10億貨はくだらない値段になる。
そんなにこちらの金を持ってるのか? いやそんな便利なものガチャから出たとしても絶対誰も売らないと言い切れる。
《とにかくどうする!?》
狼牙が指示を求めてきた。基本的にはこのパーティーは私の指示で動くのだ。
《ジャック。東堂伊万里の見張りは一人でいいな?》
《あー任せとけ。一瞬たりとも目を離さねえよ》
東堂伊万里には光のように動く移動術がある。あれを使われたら例え我々でも追いかけられない。だが主目的を見失えば、我々が人質のエヴィーに対しどういう行動へと及ぶか。それは東堂伊万里が一番分かっているだろう。
《ならば良い。狼牙。こちらに来てくれ。万が一を考えて防備を整えておこう》
《そうなるよな。了解。できる限り早くそっちに行く。それとすまん。正直まだ舐めてた。ここからは同じレベルのやつだと思って戦う》
《早く来い。待ってる》
これで間違っていないか考える。だが、どのパターンでも、やはりこちらが勝つという想定になった。アイテムの存在は気になる。しかし変装のアイテムはともかくその他のブロンズガチャから出てくるアイテムは、使用条件が意外と厳しい。
レベルが上位の我らに対してそれらを有効に使えるとは思えなかった。更に私は連絡を続けた。
《土岐。鬼の方はどうなっている》
《こいつ多分ここから出るつもりがないよ》
マークという人間。黒人という人種らしいが、ジャックに聞いてみたところ、別に黒人全員に角が生えているわけではないらしい。となると、やはりなんらかの処置を受けた人間ということになる。
この存在だけがかなり奇妙だったが、動かないというならそれでいい。もともとドワーフの土岐はダンジョンへの申請が通るとは思ってなかった追加要員である。不確定要素を引きつけておけるだけで十分だった。
《構わん。土岐はそのままマークを見張り続けてくれ。何か動きがあればすぐに知らせるように》
《OKー》
このままマークを動かさない。それがしならばそうする。マークに関しては余程のことがない限り、その読みは外れることがない。そしてそこにもう一つ知らせが来た。ベゼルからだ。
《……》
ベゼルの感情に焦りと消失を感じる。慌てて【視界共有】を行う。そうするとどこにも桐山美鈴の姿がなかった。
《馬鹿な! お前まで見失ったというのか!?》
桐山美鈴にはベゼルの追跡がバレているのではないかと疑いはあった。しかし飛行できるベゼルを見失わせる方法が向こうにはないはずだ。だが有ったということになる。それはつまり変装道具を桐山美鈴も保持しているということか。
《ジャック殿。ベゼルが桐山美鈴を見失った。日本は何か変装道具の開発でも成功したのか?》
とにかくジャックに連絡してみた。どうにもこうにも行動が不可解だ。普通ならば出来るはずがないことが、出来ている。そもそも最初の時点からしておかしい。なぜ白虎は味方をしたのだ。
《安心しろって。日本はそんなに優秀じゃねえよ。というより理由はお前たちの方が詳しいだろう。ダンジョンに好かれるって言うことはつまりそういうことなんじゃねえのか?》
《むう》
《気をつけろよオッサン。俺は何度か【魔眼病】を殺そうとしたが殺せなかった。でも六条祐太はそいつを殺してるんだぜ。その時六条はレベル100だったはず》
《ダンジョンに好かれるというのはもうちょっと些細なものだと思っていたのだが、ここまで極端に出るとは》
《全くふざけた話だよな。俺たちはダンジョンから言われて勇者を殺すんたぜ。なのになんでその依頼者が味方するんだよ》
《まあルルティエラ様ってその行動基準が理屈じゃないらしいしね》
土岐の言葉通りだ。自然現象のように動く女神。そんなものの動きなど勘定に入れてるとこちらの計画が何もかもダメに思えてくる。そう考えると猫寝家がバカにされているだけで、出来レースなのではとすら思えてきた。
《いや冷静になろう》
とにかくまだ向こうには完全に揃っていないピースが一つあるはずだ。それはエヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクの正確な位置である。これだけはまだバレていないはずだ。
《狼牙、ベゼル。お前たちは東堂伊万里の引き渡し場所として、指定した場所に急行してくれ。万が一お前たちがつけられるケースを想定して、こちらには直接来るな》
《ち、認めるぜ。気を抜いてたらこっちがやられる。なんかこいつらにはそういう薄気味悪さがある》
狼牙が言う。次々に姿を隠されて、狼牙にも私の言うところが理解できたようだ。いいように翻弄されているが全体の士気は上がっている。この状態になった以上簡単には渡さんぞ。全員捕らえる。
そして確実に東堂伊万里を【翠聖都】から引っ張り出す。あとは可哀想だが出てきた東堂伊万里を殺して終いだ。





