第百五十話 ブロンズガチャ
ガチャが立派な屋敷に覆われ、それは一つ一つ別れた棟に設置されていた。日本に存在するダンジョンの数と同じだけの89棟。ガチャエリアとして整備された区画。それは日本の探索者がガチャをするために建築されたらしい。
探索者にとってガチャは最も大事なものである。しないわけにはいかない。故に大八洲ではガチャの場所は本州の1箇所に集中されており、大八洲側が日本の探索者を監察するという目的からこうなっているらしい。
そして89棟あっても、俺たちが回せるブロンズガチャは一つだけだ。それはガチャのある建物の真横に、甲府へとつながるゲートを設置した甲府のガチャだ。どうやら大八洲の技術力があればガチャとゲートを置きたい場所に置けるらしい。
「よし! よし!」
「うぎゃあああああああ!」
「俺が苦労して手に入れた10枚がお亡くなりになった!!」
「ガチャ神様どうかどうか私に光り輝く宝石を!」
日本のブロンズ級探索者約8400人がコインを手に入れるたびにここにガチャを回しに来る。深夜になっても探索者は元気で、あちこちで喜んだり嘆いたりしている。ガチャの結果が良いものは喜び、悪いものは嘆く。
それはどこのパーティーでも同じだ。
「へえ、魔眼殺しさんも回しに来たのか」
その中でも俺たちの顔は売れているようで声をかけてくる人がちらほら。主に女の人である。美鈴たちからの視線が痛い。どの女の人も、ここまで来ただけあり綺麗だ。魅力的で自分に自信があるのか露骨に“あれ”に誘ってくる。
「ねえねえ魔眼殺し一発どう?」
綺麗な巨乳のお姉さんに後ろから抱きしめられて胸を押し付けられた。気持ちいいからやめてくれ。
「え、遠慮します」
「ええーいいでしょー。子供ができても迷惑かけないからさー。お姉さん頑張って自分で育てちゃうー。君の子供を育てたいなー」
「いや、そういうのはちょっと困るっていうか。僕にはまだ早いというか」
「ごめんね魔眼殺し。この子、せっかく探索者になって綺麗になったのに、誰も男が近寄ってこないから最近荒れててさ」
俺はこれ以上女難に巻き込まれたくないと思う。だから謹んでお断りした。そして綺麗なお姉さんの幸せを願った。まあレベル100を超えた女の人の相手を男ができるわけないよな。
「おもてになることで」
「ちゃんと断ってるだろう」
「当然ですー」
「ねえ黒桜。地球じゃさ、低級ダンジョンがたまになくなることがあったんだよ。それで、ダンジョンを潰すことに成功したって喜んでたんだけど、それってどういうこと?」
伊万里が聞いた。確かにそうである。ブロンズエリアが大八洲国であるなら、この国を丸ごと潰せる探索者などいるはずがない。でも低級ダンジョンはこれまで何度か地球側で潰れている。潰れてないのに潰れているとは妙な話だ。
「そもそも前提が違うにゃ。ダンジョンが潰れたんじゃなくて思いっきり問題を起こした探索者を、逃がさないために大八洲がその探索者が出入りできるゲートを潰してしまうにゃ」
「えっと、つまり犯罪者を逃さない目的でゲートは潰されるの?」
「そうにゃ」
「でも、それだと何も悪くない探索者も外に出られないんじゃ?」
「そういう人たちはあらかじめ退避するように勧告されるにゃよ」
「そ……そうなんだ」
俺たちの顔が引きつった。つまり今まで地球側では『これでダンジョンに世界が呑み込まれることはない』と喜んでいたのは、かなりの勘違いだったのだ。ダンジョンを排除できたのではなく、むしろ排除されたのだ。
しかしそうなるとダンジョン崩壊は初級ダンジョン、もしくは2番目のゲートまででしか起きない現象ってことになるのか……。いや、まだそこまではよくわからないか。
「じゃあ使えなくなってる中級ダンジョンのゲートとかも結構あるの?」
「それはないにゃ。中級とかだと管理権限が大八洲にないから犯罪者が捕まり次第、大八洲はゲートをすぐに修復するにゃ。でも管理権限のある低級だとそのまま潰しちゃうにゃ」
「なんで?」
「入り口が多いほど管理が大変。少ないほど大八洲は楽にゃん」
「つまり大八洲からしたら日本の探索者の管理は結構大変なんだ」
伊万里が言う。今地球側でもダンジョン崩壊が起きて、移民問題でかなり困らされている。特にレベル100を超えるような探索者たちは、この国の人間でも対処するとなればそれなりの武力が必要になる。
「いや、まあとにかくエヴィーを助けるためにも、先に俺たちもガチャを回さなきゃな」
米崎を呼びにいく。そのためにここにきた。しかしゲートの真横にガチャがあったのだ。これを回さずにスルーするのは、ジャックの目から見てあまりにも不自然だ。何しろ、俺たちはここにゲートがあると思ってきただけである。
ガチャまでここにあるとは知らなかったのだ。だからこそ、ジャックはここに俺たちがガチャを引きに来ただけだと思っているはずである。おかげでジャックのゲートへの警戒はかなり低いはず。それはかなりの幸運だった。
「じゃあ先頭はいつも通り、私からでいいよね?」
「ああ、それでいいよ」
美鈴が前に出てきた。青銅でできている茶色に光るブロンズガチャ。以前のストーンガチャに比べて高級感が増した。畳張りの部屋に板間が1畳分だけ用意されていて、その中央にブロンズガチャは2台並んでいた。1回用と10回用である。
「ねえ黒桜。ブロンズガチャの確率ってどうなってるか知ってる?」
美鈴が聞いた。
「知ってるにゃん。大八洲ではガチャの確率は結構有名にゃ。美鈴のガチャ運で、1D8と2D10の組み合わせにゃ」
「1D8と2D10の組み合わせ? 8まであるサイコロと10まであるサイコロが2つってことだよね?」
「そうにゃ。その出た目の数が横並びになるにゃ。8と10と10が出れば000が当選番号になるにゃ」
「えっと……つまり8と10と10を0と考えるわけか。つまり800通りの出目があるわけか。よし。ブロンズガチャは虹の確率高いんだ!」
喋りながらも美鈴がガチャを回した。何しろガチャ運の低い美鈴である。最初はどうせ外れだろうと気楽なものである。ガチャコンガチャコンと回して、カプセルが1つだけ出てくる。色は予想通り白だった。
「……」
だがしかし、いつも通りの光景なのに美鈴は黙った。二つ違う点があったのだ。それは1回回した後に、ストーンガチャだと出てくるあと9回の表示が出なかったことである。
「あれ? まだ1回だけだよ?」
「当然にゃ。ストーンガチャより良いものが出てくるブロンズガチャで、虹の確率が上がるなんてことがあるわけないにゃ。ブロンズガチャはガチャコイン1枚で1回だけにゃよ」
さらに美鈴にとって悪い知らせがもう一つ。
「な、何よこれ!?」
白カプセルをパカッと開けると中には【ハズレ】と書いてあった。
「【ハズレ】って、私の中身はどうしたの!?」
「美鈴さん。多分【ハズレ】の場合中身はないんじゃないですか?」
伊万里が口にした。
「ええ、1個しか出てこない上に白カプセルがハズレ……」
黒桜の言うダイスが三つ使われているんだとしたら、美鈴のガチャの確率は1/800だ。でもそれだと1枚で10個出てきたストーンガチャよりもブロンズガチャの方が、虹カプセルが出る確率が上がっていることになる。
だから今回は1個しか出てこないわけだ。ストーンガチャで虹の出る確率は、1/4096だ。それが今回は1/800となるわけだ。1回しか出てこないことを考えるとストーンガチャに置き換えれば1/8000である。
つまり美鈴はほぼ倍の確率で虹のカプセルが出にくくなっているわけか。そのことを俺は口にした。
「祐太は賢いにゃ。ちなみにガチャ運1だと虹以外は全部【ハズレ】になるそうにゃ。でもガチャ運2以上だと当たるとルビーと金カプセルが出るにゃ。銀と銅と白はどんなガチャ運でももう出ないにゃ」
「ひょっとしてそれってもう必要ないってことか?」
俺もガチャのことになると面白くて口を挟んだ。
「その通りにゃ。大八洲国だと銀カプセルまでのものは機械で大量生産できるにゃ。そしてここまで来た探索者は、それぐらいのものはガチャから出てこなくても買える資金力があるにゃ。だから、ここからは銀カプセル以下のものはお金で買ってくださいねってことにゃ」
「お、恐ろしい。ひょっとして私って、仲間がいなかったら飢え死にするんじゃ……」
「ひょっとしなくてもそうにゃ。大八洲国でもガチャ運1の人が探索者をやるケースは珍しいにゃよ」
「うっ」
美鈴にとって虹以外の当たりがないのは、食料問題に直結してしまう。多分ガチャ運1は大八洲国でも扱い悪そうだな。それにしても白カプセルの中身が全部【ハズレ】か。それって美鈴にとってきっと拷問になるのでは……。
「い、いいもん。それなら一発で虹カプセルを出してやる!」
そして美鈴の意気込みは虚しく俺の予想は大いに当たった。美鈴はその後49回全て白いカプセルが出てきて、中をパカッと開けるたんびに【ハズレ】の紙が入っている。それはとてつもない苦痛だった。
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
【ハズレ】
「も……もう殺して……」
以前のガチャで虹カプセルが出た喜びなど、もはやいつのことだったのか。床に手をつきいつも通り打ちひしがれる女が一人……。
「美鈴さん邪魔なんでどいてください」
「しくしくいつも通り伊万里ちゃんが冷たい。ツンドラ伊万里ちゃん」
そして伊万里の番がやってきた。伊万里がまず最初にガチャを回し、そんなに簡単に当たりが出るわけもなく、白のカプセルが出てきた。中身はガチャ運3の伊万里でも同じ【ハズレ】だ。
それから伊万里も20回連続で【ハズレ】が出てくる。
「ちなみに伊万里ちゃんのガチャ運で当たる確率ってどれぐらい?」
外れるのはいつものことで美鈴はもう立ち直っていた。そして黒桜に聞いた。美鈴もタフになったものである。逆に半分も過ぎようとしているのに外ればかりで伊万里の顔に焦りが浮かんでくる。
「頑張れー伊万里ちゃん」
「ガチャ運3だとブロンズガチャは4と10まであるダイスを回しているはずにゃ。ルビーは当たりが一つで金は2つ当たり番号が設定されているはずにゃ」
「完全にブロンズガチャの確率は分かってるんだな」
「大八洲はガチャと2700年昔から付き合ってるにゃ。そのぐらいの確率とーっくに判明してるにゃよ」
「そんなに古い歴史なんだ」
何だか古事記みたいな話である。やっぱり日本の歴史と何かリンクしているのだろうか? そんなことを考えながらも伊万里のガチャの確率を計算している自分がいた。一番の当たりであるルビーで1/40か。そして金カプセルは1/20だな。
「ところでルビー? あたりはルビーなのか?」
「そうにゃよ」
「まさか宝石のルビーのこと言ってる?」
「言ってるにゃ」
「ルビーがガチャのカプセルの大きさで出てくるんだよな?」
「そうにゃん」
「それってカプセルだけでもすごい価値なんじゃ……」
「普通の宝石はこの国ではあんまり価値ないにゃ。何しろ人工的に簡単に造れるにゃん」
「マジかよ」
「お願い出て!」
そして伊万里の方は24回目の挑戦になっていた。未だに金色すら一度も出ていない。装備強化は伊万里にとっても深刻な問題である。ガチャという確率に頼って自分自身を強くしなければいけない。
確率は収束するというから、いずれは確率通りに出てくるはずなのだが……。
ガチャコンガチャコンとガチャを回した。
そうすると、やけに耳障りな音がした。それは金属でもない何か硬いものが当たった音だった。





