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第百四十九話 田中ファン

「エヴィーのお金だから使い込んじゃだめよ」


 と黒桜を抱き上げている美鈴が言う。


「大丈夫にゃー」


 エヴィーの命がかかっている状況だというのに、どうにもしまらない。俺は列に並んだ。転移駅の門は、かつて平安京にあったという朱塗りの建物、羅城門。その建物に巨大な10mを超える門が設置されている。そんな印象だった。


 周囲は広場になっており、どれほどの人数がいるのだろうというほどの人が、列を作っていた。


「なんだか門だけがポツンとあるのって不思議な光景だね」


 美鈴が口にした。


「なあどこに行くんだ? これは本州行きだぞ。あの金髪女を見捨てるのかよ」


 ジャックが聞いてきた。


「見捨てるわけがないだろ。ちょっと用事があるだけだ」

「なんの用事だ?」

「お前に教えたら俺はただのアホだな」

「そりゃ言えてるな。じゃあついて行くか」


 全く姿を隠さずについてきている。尾行ではなく付きまとい。こいつの中で殺す相手と親しく喋ることは特に矛盾した内容ではないのだろうか。俺はそうしてしまったためにミカエラのことをずいぶん後悔した。


「転移門が開く時はなかなか見物なんだ。俺は最初超感動したぜ」

「どうなるんだ?」


 思わず聞いてしまった自分が腹立たしかった。


「見ればわかる。ほら開くぞ」


 ジャックが言うと、時刻が転移駅の上に表示された。それはステータスのように浮かび上がり、古めかしい外装の転移駅と相まって異国情緒にあふれていた。時刻は、


【0時10分】


 を指した。木と木が擦れ合う耳障りな音が響く。巨大な門はあちら側へと開いていき、周りはその光景を見ても誰一人として感動するわけでもなかった。ただ俺たちは感動した。向こう側に全く別の景色が広がっていたからだ。


 明らかに後ろに本来あるはずの光景とは別の光景。科学の力か、魔法の力か、門のすべてが向こう側へと繋がっていた。大八洲国は空間を完璧に操っている。科学にしろ魔法にしろ恐ろしい技術力である。


「黒桜。確認しておくが、向こうでも戦闘行為は禁止だな?」


 一瞬そのことに気づいて素に戻る。


「大丈夫だって。基本転移駅がつながる場所は全部戦闘行為禁止だ。行くんだろ」


 ジャックが歩きだした。黒桜もそれに頷いた。ジャックに教えられてしまったことが悔しいが、知らないことが多すぎてそれにならってついていく。そうして俺は門の向こうに広がる全く違う光景へと入った。


 着いた先は空を屋形船のようなものが飛んでいる。かなり高い位置に陸地が浮き上がっている。空飛ぶ島だ。全てが和式の風景で、歩く人々の中にモンスターの姿はほとんどいなくなり、かなり人が多いように思えた。


「本州天岩戸。あの空飛ぶ島に天照大神様がいるんだってよ。マジものの神様だぜ。信じられるか?」

「見たことあるのか?」

「あるぜ。天照大神ってのじゃないけどな。俺が見たのは桃源卿っていうじいさんだった。見ただけで不思議と土下座したい気分になるような。ありゃ化け物だな」


 と人ごみの中を歩き出した。


「ねえ、どうして人を殺すの?」


 不意に伊万里がジャックに聞いた。


「あん?」

「それで生計を立ててるんでしょ。探索者なのにどうしてそんなことしてるの?」


 伊万里は自分を殺そうという相手に一言、言ってやりたい思いもあるのかもしれない。俺は二人の様子を注意深く見守り、


「なあ【魔眼殺し】」


 と、ジャックは伊万里が聞いているのに俺へと話しかけてきた。


「お前も聞きたいか?」


 そう言われて考えてみる。知ったからと言って良いものではない。ミカエラの時にそれはよくわかった。ただ伊万里が知りたいと思う気持ちも分かる。だから答えた。


「まあほどほどに」


 深くは知りたくなかった。


「じゃあ話してやる。俺が最初に殺したのはな。一羽の鳩だった」


 どうせくだらない理由だろう。まだミカエラの方がよっぽど同情できる理由だろう。こいつは悪いやつだから、そのはずだ。


「子供の頃のおふざけでな。BB弾を鳩に向けて放ったんだ。そうしたら鳩が驚いて逃げると思うだろ?」

「ああ」


 俺はなんの話かと思って聞いていた。


「だが、そいつは()()()()()()B()B()()()()()()()()。電柱から下に落ちた。もちろん改造したわけでもない普通のモデルガンから放っただけだったんだぜ。鳩を殺すような力があるわけもない。それなのにBB弾に貫かれて鳩は地面に落ちて死んだ。なぜだと思う?」


 BB弾に鳩を殺すほどの殺傷能力はない。そんなものがあったら危なくて仕方がない。それでも鳩は電柱から下に落ちた。死んだのはきっと電柱から落ちたからだろう。だがどうして落ちたのだ。BB弾では死なないよな。


「鳩がBB弾に当たったショックで気絶したとかか?」


 一番簡単なところでそうかと思った。


「いいや違うね。俺は訳が分からなくてな。その時恐る恐る鳩を見にいった。俺もまだ純情な頃だよ。死んだ生き物を見るだけでもビビりながらだったんだぜ。そうしてなんでこいつ地面に落ちたんだって思いながら鳩を見たんだよ。それですぐに納得がいった。ちょうど俺が放ったBB弾が“目玉”に命中してたんだ。それで哀れな鳩はたかがBB弾に撃ち抜かれて一発で死んじまったってわけだ」


 なるほどそれなら一発で死ぬ。無邪気な遊びのつもりで撃ったBB弾で鳩を殺したのか。それは嫌な思い出だな。


「それから俺はな。BB弾で生き物の目玉を狙うようになったんだ。猫とか犬とかな。その過程で死ぬやつもいれば結構タフなやつもいた。んーで俺は興味が湧いたんだ。()()()()()()B()B()()()()()()()()()()()()()()()ってな」

「どうなったんだ?」

「人間ってのは意外とタフでな。目玉から血を流しただけで死ななかった。そして無邪気な少年は警察に捕まった」

「だろうな」


 それを無邪気というのはどうかと思った。ジャックは昔も今もかなりイカれたやつらしい。ご近所はさぞこんなやつがそばにいて迷惑だったことだろう。


「それから俺は少年院に入ってよ。1年ほどで出てこられたんだが、俺もその頃はまだまだ純朴な少年よ。罪を犯して、あーこれで俺も世間からの爪弾きもの。社会でちゃんと働けんだろうかとか悩んでたわけよ。でな」

「ああ」

「その時世間を賑わせていたのが鬼の田中だった」

「そうなんだな」


 鬼の田中のどこを見て人殺しに走るんだよ。田中はそんな男では絶対ない。だが、こいつの鬼神のスカジャンを見て嫌な予感がした。ひょっとするとこいつは田中ファンじゃないのかと。


「鬼の田中は最高だった。サラリーマンなんて大変な仕事をやりながら、軍隊だろうが恐ろしい能力を使う探索者であろうがバッタンバッタン刀1本でぶった切る。1㎞ある召喚獣をぶっ倒した時はしびれたね」


 カインの召喚獣ヨルムンガンドだな。龍炎竜美と何をそんなに揉めたのか喧嘩になって、さながら怪獣大戦争みたいになったんだよな。そこに介入したのが田中であの巨大なヨルムンガンドをぶった斬ったんだ。


 あれは超かっこよかった。こんなものを見せられては世界中が田中ファンになるに違いないと思った。しかしその後現れたさらなるインパクトのある英傑によって、そんな事態にはならなかった。


「あの時の傷つきながらも何度も立ち上がる田中。日本を守るために立ち上がる田中。そりゃ世間ではよ。超可愛いフォーリンとか、死ぬほど綺麗な木森とか、超かっこいい龍炎竜美が人気だぜ。だが俺はいつもカメラに見切れてる。フォーリンの添え物とか言われてる。そんな地味な田中にこそ惚れたぜ。男が男に惚れる。分かるか? 分かんねえだろうな。田中ファンは少ないもんな」

「あ、ああ」


 こいつ分かってる! 田中を理解している! なぜだ! どうしてそれで人殺しなんだ!?


「それで俺は決めたわけ。BB弾で人の目玉を撃ってる場合じゃねえって。俺も田中のように男に惚れられる男になるって。だからよ。迷惑かけた人様には、お詫びのポーションを差し上げた。それから探索者専門の殺人依頼請負人を始めたわけよ」

「なんで殺すのよ」


 伊万里が言った。そうだ。どうして殺すのだ。田中をそれほどまでに理解しているお前がどうして人を殺すのだ!?


「探索者ってのはよ。でかい力を手に入れて威張り散らしてるバカが多い。そういうバカに困らされている世間様もいるわけだ。そういうやつらからほとんど無料で依頼を受けるわけよ。そして悪いことをしている探索者をぶっ殺す。どうだ。格好良いだろう?」

「か、格好良い」


 正直格好良いと思った。田中ファンであるところもポイントが高い。正直俺はこいつと友達になりたい!


「ちょっ、じゃあなんで悪いことしてない伊万里ちゃんを狙うのよ」


 美鈴が怒って口にした。


「ダンジョンが悪だと言ってるからだよ。俺がこんな力を手に入れたのはダンジョンのおかげだ。そいつが悪だと言っている。じゃあぶっ殺すしかねえだろ。逆に何でお前らそいつを庇うんだ? ダンジョンが悪だって言ってるんだぞ。そいつのせいで大変なことが起きたらどうするつもりだよ」

「それは……」


 美鈴が言い淀んだ。


「伊万里は俺の大事な人だ。殺すと言われたら見過ごせない」


 だが、それには俺が即答した。


「それなら探索者を辞めさせろ。そうしたら誰も傷つかずに万々歳だ」

「それはやだね」

「なんでだ魔眼殺し」

「俺が伊万里と一緒に探索者をしたいからだ。それに現れるたびに殺される勇者というのが不憫だ。伊万里が探索者をやめてもこの不幸は続くというなら、それはなぜなのか。俺はそれを確かめたい。だからお前に同調はできない」

「なるほど。それもまたクールだぜ。いいだろう。そういうことなら気に入ったぜ。やめろとは言わないからしっかり殺し合おうぜ」


 本当、嫌になる。池本のように殺しやすいやつばっかりだったらいいのに、俺は心からそう思う。伊万里がダンジョンに狙われることがなくなるところまで、なんとしてでも持っていかなければならない。


 それには白蓮様を探さなければいけないのだ。こんなところでつまづいている暇はない。ジャックがたとえ正義だったとしても、俺の前に立ちはだかるなら排除するまでだ。


 同じ田中ファンとして非常に残念だ。だがなんとかして殺さなくていいなら殺さないでおこう。それぐらいに気持ちが鈍った。それでも俺は、伊万里をどうしても殺すというのなら……。

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― 新着の感想 ―
田中神のファンがこんなところにも ジャっくんの行動理念は筋が通ってる 南雲師匠の仲間に勇者がいたらどうなってたんだろう
サラリーマン続けてる田中が神の位なのがかなりシュールで好き
[一言] せっかく初めて巡り会えた田中ファンなのに……祐太可哀想。
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