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第百四十四話 翠聖兎神の大森林②

 スキルを使ってできるだけ高速で大森林を移動していく。とはいえ、速く移動しすぎるわけにもいかなかった。翠聖兎神(すせいうじん)という存在がレベル1000を超えた化け物であるなら、この森にいる生物にはレベル上限がないと考えるべきだ。


「今までみたいに階層でモンスターのレベルが決まってないんだろうな。自分たちが頑張れば対処可能なモンスターだけしかいない。そんな状況ではなくなったわけか……」

「きついね」


 伊万里が息を呑む。そもそも【翠聖兎神の大森林】は国の一地域で、その国は地球規模である。ミカエラの話を思い出すなら人数も日本よりもたくさんいる。面積で考えれば、このエリアだけでもそうである可能性は高い。


 相変わらず難易度がいきなり上がる。どおりで新人を卒業するのにレベル100もいるわけである。自分が勝てない敵を、ダンジョンが優しく振り分けてくれないのだ。そんなもの自分で見分けて勝てないなら避けろというわけだ。


「でも私たちの方にはレベル制限があるんだよね?」

「少なくとも甲府にレベル200以上の探索者がいるなんて話は、聞いたことがないな」

「そもそも日本中の低レベル探索者がここに居るって、それならホーム問題って実はこれっぽっちも悩まなくて良かったってことなの?」

「それも謎だ。黒桜と長話をしてる暇がなかったんだ。ただ一つ言えることは、ストーンとブロンズじゃ常識が違うってことだけだ」


 ダンジョンが完全に管理しているのは、おそらく十階層までなんだと思う。このブロンズでは国がほとんどの管理を任されている……と思う。それだけに探索者自身が自分で選択する余地も増えるのだろう。


「祐太がしていたゲームとも全然違うね」

「ああ、ダンジョンは俺たちが遊びやすい空間を創っている訳じゃない」

「低レベル探索者ってさ。よく考えたら音速超えたスピードで走れる私たちよりもほとんどの人が強いんだよね」

「ああ、ブロンズエリアは、低レベル探索者がくすぶっている場所なんて考えてたら、痛いじゃすまない事だけは間違いない」

「私、むしろストーンを超えた人たちがここを超えられない理由が納得できたよ」


 そもそもこの森からしてなんなのだ。樹齢千年を超えるような巨木たちが普通に立ち並んでいる。普通サイズの木が生えていない。だから森の高さがすごい。上を見上げると、おそらく100mぐらいある。


 そしてそんな木ですらまだ低い方で、100mを超えるような木が普通に生えている。どの樹木でも幹の太さが俺の両手を広げても足りない。それが日本の国土の50倍の規模で広がっている。


「凄い光景なのにな」


 普通に生きていれば、一生に一度も見られないような巨木が幾千本、いや、それ以上に生えてる。そして、時折現れるモンスターは、恐竜のようなサイズのやつらばかりだ。これがただの見世物なら、さぞ楽しいことだろう。


「伊万里。黒桜は『むしろこれはチャンス』と言っていたんだ」

「うん。そうなんだよね」


 伊万里は悩んでいる。しかし、勇者というものの詳細が分からない限り、伊万里がどうすべきなのかよく分からない。きっと、今まではダンジョンから命を狙われたことで勇者を見捨てたパーティーも多かったと思う。


 そして死ななかったとしても勇者は全員、地上に逃げている。噂ではその選択をした瞬間。勇者の称号は消えてしまうらしい。そして称号がなくなった勇者はそれからレベルが上がらなくなる。


 その選択が正しいのかどうか?


 それを確かめたものはまだいないはず。


「伊万里。俺はむしろ伊万里が勇者で嬉しい。俺たちでそれが確かめられる」

「はは……うん。ありがと」

「とにかく集中しよう。赤竜の召喚士も気になるけどこの森自体が十分危険なんだ」


 時折見えるモンスターが明らかに俺たちより強い。今も巨大な白いトラが歩いているのが見える。巨木の間を悠々と歩いていく姿は王者の風格で、ラーイよりも大きい。見上げたら首が痛くなるほどでかい体躯である。


 それが上空に魔法で大岩を創る。大岩が少し離れた場所で休んでいた巨大で神々しい雰囲気を放つシカに激突しようとして、それをシカが避けてしまう。それを見たトラが地面を響かせるほど踏みしめ、飛び出す。


 シカも負けじと逃げ出して、すぐに視界の外へと消えてしまった。


「こっちのことはあまり気にしてないみたいだ」

「サイズ的に食べても人間じゃ物足りないのかな?」

「伊万里。怖い事を素の顔で言うなよ」


 翠聖兎神の大森林は木が大きいだけではなかった。生き物もまたすべてでかい。サイズ感的に小人にでもなった気分である。とげとげしい青いカマキリが歩いている。昆虫の大きさですら人間と同じぐらいだ。


「巨獣と巨虫の世界だ。ガリヴァー旅行記みたい」

「ああ、うわー。あのカマキリ強そう」


 カマキリはふっと消えたと思ったら、どこかにいなくなっていた。移動したのだと思うが、気合を入れて見てなかったせいで、その動きに目が追いつけなかった。しかし一瞬後。少し離れた場所で休んでいたこれまた大きな鳥の首が飛んだ。


「お、俺の首まだ付いてるよな?」


 鳥はカマキリに美味しく食べられていた。


「うん、大丈夫。付いてる」


 俺たちはできるだけ巨大生物の視界に入らないように気をつけながら進んだ。駆け足を保ちながら、油断はしないように、【翠聖樹(すいせいじゅ)】を目指した。



 ——日が傾いてくる。


 どれぐらい移動しただろうか?


【意思疎通】も【探索網】も使えないままである。つまり赤竜の召喚士の【妨害網】の中にまだいるのだ。100㎞はゆうに移動したと思う。それでもまだ逃れられない。【妨害網】はどれほどの範囲に仕掛けられているんだ?


 それによほど【翠聖樹】は巨大なのだろう。これほど移動しても近付いた感じがしない。美鈴達と合流することもできず、安否確認も無理。伊万里と合流できたのは幸いだが、暗くなってきて森の中は不気味になった。


 何も有効な事が出来ている気がしない。美鈴達の安否が気になり、焦燥感ばかりが強くなっていく中、


「祐太……」

「ああ」


 一時間ぶりぐらいに伊万里が口を開いた。その理由は全く良いものではないことを俺は知っていた。【探索網】を使わなくても感じたのだ。“人”の気配を——。


「なんだ久兵衛(きゅうべえ)のおっさん。偉そうなこと言っておいて取り逃がしてるじゃねーか」


 ドクンと心臓が動いた。俺は声のした方を見た。


「誰だ?」


 聞きながら嫌な予感しかしなかった。こんなところで出会う奴は敵しかいない。【妨害網】で【意思疎通】と【探索網】が阻害されているような場所に、他の探索者が入ってくるとは思えない。


「俺様が誰かだと? まあ冥土の土産に教えてやるよ。"ダンジョンに命を狙われている"なんて超不幸なやつらにでも俺様は義理堅いんだ。世間じゃジャックって言われてるな。お前知ってるか?」

「ああ、名前ぐらいはな」


 殺人依頼請負人ジャック。探索者でありながら、モンスターではなく人を殺すことを専門にして生きている。依頼を受ける形でしか人を殺さないという評判だが、ひとたび依頼を受けると、たとえ赤子でも殺すと言われる探索者。


 依頼の内容は問わない。ただ自分が楽しいと思えばなんでも引き受けるらしい。これで俺は甲府にいる危険人物全員コンプリートだ。できればこんな縁より良心的な探索者と関わりたかった。


 というか甲府にいる探索者のほとんどは人に危害を加えたりしない。そりゃそうである。そんなことをすれば粛清対象になるし、探索者にとってのメリットなんてほとんどない。それでもする奴らの中でも有名人の三人と知り合う。


「できれば俺達に話しかけずにどっかに行ってほしいんだが無理か?」

「そのふてぶてしい態度。凄いぜお前。ここに来たてのド新人がよ。俺様の名前を聞いてビビった様子を見せないとはなー。どうやら噂は本当かよ」


 そしてその三人はことごとく粛清対象から逃れる術を熟知している。南雲さんは俺が縁に恵まれると言っていた。だがそれはどうやら良縁だけではないらしい。これはどう考えても悪縁だ。


 ジャックの見た目は一言で言えばチンピラみたいだった。


 紫に染めた髪と色の付いたメガネ。鬼神の刺繍が入ったスカジャン。鼻と耳にピアス。額に【殺】の入れ墨。かなり派手な見た目の“やっちゃってる感”のあるやつだ。年若くまだ十代に見えた。


「お前、これからの自分の運命ってやつを分かってるよな?」

「そうだな。いや、どうかな?」

「おいおいおい、分かるだろ? たかがレベル100のクソガキよ。これから死にますってよ。泣いていいんだぜ。死ぬことは誰だって怖いんだ」

「泣いたら許してくれるのか?」

「無ー理ー。【魔眼殺し】君に【勇者】ちゃん。まあせいぜい一生懸命抵抗してくれ」


 逃げ切れるだろうか? かなり難しい気がする。でも、伊万里だけなら【光天道】で逃げられるかもしれない。


「祐太。私だけなら逃げることができるから」


 伊万里さえいなければ敵は目標を失う。伊万里はそう考えた発言をしている。だが違う。それだと結局。伊万里一人が狙われることになる。それがどういう結果を招くことになるか。


「ダメだ。その選択は一番伊万里が死ぬ可能性が高い選択だ。パーティーのリーダーとして認められない。言っただろう。これはチャンスなんだと。仮にも勇者なんて称号なんだ。簡単にあきらめるな」

「でも」

「伊万里。俺とここで揉めるのか? そんな余裕なんてないはずだ」


 俺は伊万里の目を真剣に見た。伊万里が俺を見捨てられないのと同じで、俺も伊万里は見捨てられない。不可能なことで、俺と揉める分だけ助かる可能性が減るだけだ。


「……分かった。従う」

「ちっ。ちょっとは揉めろよ。つまらねえの。勇者は仲間に見捨てられて結構悲惨なことになるって有名な噂があるんだぜ。なあ東堂伊万里だよな? お前、ちっちゃくて可愛いな! 勇者なんてやめて俺の嫁になるか!?」

「うっ……」


 名前も知られているか。


「おいおい、ドン引きするなよ。傷つくだろ。お前ら結構有名人だぜ。特に男は【魔眼殺し】ってよ。かっこいい名前だよな? それに比べて俺様、【殺人依頼請負人】だ。長くて間抜け。なあ俺様がお前達皆殺しにしたら称号が変わるか?」

「無理だろうな。俺たちは所詮レベル100だ」

「だよなー。弱い者いじめしてるだけだもんな。でも、もしかしたら【勇者殺し】なんて……」


 すっとこちらと目を合わせてきた。まるで屠殺される豚でも見ているような目だった。


「終われば、俺様もいよいよシルバーだ。ルルティエラ様がよ。こんな簡単な依頼でいいんだってよ。魔眼殺し君に勇者ちゃん。俺様のために喜んで死ね」

「やだね」

「だろうな。じゃあ足掻けよ。その権利だけは認めてやるぜ。【風刃二十連】」


 確認するよりも先に体が動いた。美火丸を抜く。横では伊万里がエンデを抜いた。【炎蛇十三連撃】と【光輝十線】。炎と光が明滅する。全てが刃となって放たれる。一瞬で二十の斬撃とぶつかり合う。


「おお、やるねー」


 押されながらも、なんとか向こうの風の刃を打ち消す。


「ほい次【火災旋風】」

「なっ」


 火を纏った竜巻が一瞬で目の前に現れた。さっきのもブロンズスキルならこれもブロンズスキルだ。やっぱりレベル200になれば、攻撃は全部ブロンズスキルか。


「伊万里!」

「うん!」


 俺がやりたいことを理解してくれていると信じた。美火丸を手に取る。美火丸が首飾りになってから本格的に使うのは初めてだが、なんとなく分かる。今ならもっとお前を自在に使える。今までよりもはるかに体に馴染んでいる。


 俺は居合抜きの構えになる。鞘の中で炎が溢れ出している。それが超高熱に高められていき、白から青へと変化してゆく。抜き放つとともに叫んだ。


「【灰燼】!」


 全てを切り裂く青色の超高熱の斬撃。以前よりもはるかに体への負担が軽い。そのまま【火災旋風】に激突した。それでも向こうの方が威力は強い。【灰燼】の青い刃がこちら側へと押されていく。そこにもう一度【灰燼】を放つ。


 一気に体に負担が来た。【火災旋風】と【灰燼】×2。


「へえ」


【火災旋風】を【灰燼】の青い刃が斬り裂いた。だが、ふらつきポーションを飲む。向こうは慌てた様子もない。それもわかってる。伊万里は合図しなくても理解しているはずだ。ジャックは伊万里の方にも気を配っている。


 だが【勇者】はすぐに死ぬせいで弱いイメージがある。


「やるねー。じゃあこれでジ・エ~~ンド【風雷——】「【破光弾】!」」


 敵がトドメの魔法を唱えようとした。ジャックがつけてる指輪が光った。それは美火丸と同じような宝石に見えた。こいつも専用装備のストーリーを解放しているのか? だとしても関係ない。


 俺は伊万里の言葉を聞くよりも先に手で目を覆う。周囲をまぶしいほど照らした光に対して過剰なほど目を庇った。【閃光弾】がさらに進化してまるで太陽のような光を放つ。目を閉じただけでは足りないほどの破壊的な光。


 それは夜の闇の中でも、周囲を真昼のように照らす。ダメージはポーションを飲まなければ治らないほど強烈で、いくらブロンズの探索者でも、これだけは初見ではどうにもならないはず。


「伊万里!」

「うん」


 光がいっこうに治まらないうちから目を押さえたまま俺たちは、手を繋ぎあって走りだした。ジャックの様子は確認しなかった。ジャックの目の前がもっとも光の強い場所だ。目は開けられないが逃走ルートは事前に見ていた。


 100mほど全力で走り抜けて目を開く。伊万里とちゃんと手を繋いでいることを確認する。そのままうなずきあって、さらに加速した。


「何をした!!!? 魔眼殺し!!!」


 地面が震えるほどの怒号。完全に怒っている。こちらの攻撃がそれだけ効いたということだ。俺と伊万里は笑顔になる。【妨害網】のせいであいつだって【探索網】が使えないはず。逃げ切れる。いや、逃げなきゃいけない。


 ジャックは今ので完全にスイッチが切り替わった。次はもう裏をかけない。ミカエラはずっと手加減しっぱなしだったけど、ジャックがそんなことしない。だから伊万里と全力で走った。【翠聖樹】に背を向けるように逃げた。


「久兵衛!!! 【妨害網】を切れ!!! 奴等が逃げた!!!」


 くそが。判断が早い。できれば【妨害網】は切ってほしくなかった。こういう状況にまでなれば【妨害網】は逆に俺たちにとっての味方になる。しかし、今の言葉によって、もう一つだけ情報が得られた。


「伊万里【妨害網】が消えたと感じた瞬間に全力疾走をやめるぞ。向こうも【探索網】を使ってくるはずだから【気配遮断】でできるだけ隠れながら進む」

「祐太、私【気配遮断】は持ってないよ」

「じゃあ覚えるんだ。俺のを見て今すぐ」

「……使えないスキルって、自分で勝手に使えるようになる?」

「全く伊万里に向いていないスキルなら無理だと思う。でも、伊万里は探索者になる前に山籠もりをしてずっと気配を消し続けていたんだろ? 本来【探索網】は伊万里に生えてなきゃおかしいようなスキルだ。だからできる」

「……悩んでる暇はないんだよね」

「そうだ。いいか、【気配遮断】のイメージは“吸収”だ」


 想像していたイメージとは違ったのか、伊万里が首をかしげた。


「音、熱、呼吸、人が生きている限り放つ自分からの現象を全て吸収するイメージ。何もかもを無くすんだ。つまり、吸い取って消してしまうんだ」

「吸い取って消す」


「おっさん!!! 早くしろ!!! 聞こえねえのかこのジジイ!!!」


 イメージが伝わりやすいように、伊万里の手に触れる。【気配遮断】は手で触れば、触られているのに何も感じないという奇妙な感触になるはずだ。


「分かるか伊万里?」


 俺は声を出しているが、声ですら消えているはずである。ただ、口の形を見て伊万里は理解する。伊万里が頷いた。


「うん。吸収……音も何もかも全部消してしまう……。吸い込んで無くなる」

「ああ、そうだ」

「(ふう)」


 伊万里が息を吐く。その音は俺の耳には聞こえなかった。


「いいぞ。その調子だ」


 伊万里の頬に触れた。触っているのに触っていないような感覚。伊万里の周囲から音が消えていく。これほど傍に居るのに伊万里がいないような奇妙な感覚。伊万里がだんだんとできるようになってきたその時。


 肌に張り付いていた奇妙な感覚。


【意思疎通】を妨害していた念波が消えたのが分かった。


 二人ともそれ以上一言もしゃべらなくなった。【意思疎通】を盗聴される可能性を考えると、それも使えなかった。


「(これでいい?)」

「(バッチリだ)」


 お互い口の形でしか、相手が何を言っているのか把握できなくなる。夜がどんどんと濃くなっていく。その中で自分たち以外の音がやたらと耳に届いた。


「(移動しよう)」


 伊万里が頷いた。静かに黙々と移動する。時折ジャックのいらついた破壊音が聞こえる。完全に見失っているのか、俺たちが移動するほど、ジャックの声が聞こえなくなっていく。


「(ジャックの声はする?)」

「(いや、しない)」


 二人とも声は出さずに喋った。知能と器用が上がっているせいか、唇の微妙な動きだけで相手が何を言っているのか把握できた。


「(どこか全く見当違いの場所を探してくれてるとか?)」

「(そう思わせておいて、実は近くに居るなんてこともありえる。あいつは魔法で攻撃してきた。そしてあまり速さを感じなかった。つまりミカエラと似て魔法使いタイプだ。魔法使いタイプは俺たちより頭が回る)」


 ミカエラが俺に殺意を持てば簡単に殺せていたのだ。ミカエラは自分から死を選んだから死んだ。胸が痛む。いまだにミカエラのことを考えると苦しくなる。どうして本気で向かってこなかったんだ。そうすれば簡単に俺なんて殺せた。


「(分かった。気をつける)」


 ミカエラは子供じみたところがあった。そのお陰もあって生き延びられた。だが、久兵衛もジャックもわざと殺さずに楽しむなんて遊び心は無いだろう。


 巨獣が夜でも動いているのが見えた。人の頭ぐらいある瞳が闇夜に浮かんでいる。餌を探してるんだ。その餌の中に人間が含まれないなんて保証はどこにもない。こいつらの視界からもできるだけ隠れた方がいい。


「(祐太。美鈴さんとエヴィーさん。どうしてるかな)

「(エヴィーは多分黒桜やリーン達がうまく立ち回ってくれてると思う。美鈴は分からない)」


【妨害網】が切れてからも二人から【意思疎通】が届かない。エヴィーは黒桜から【盗聴】や【意思疎通】の話を聞いただろうから納得できる。だが美鈴は? エヴィーと一緒に行動しているならそれでいい。


 だが、別に行動をしているなら、【妨害網】が解かれた瞬間に即行で【意思疎通】を送ってこないのはおかしい。


「(連絡したほうがよくないの?)」

「(正直、【意思疎通】を送るべきかどうか判断できない)」


  思わず弱音が漏れた。


「(祐太。ごめんね。私がいるから悩まなくちゃいけない。探索だって私の誕生日が遅いから一ヶ月以上待ってもらうことになったし、私は迷惑にしかなってない。本当なら祐太はもっと違う仲間と順調に探索者をできたはずなのに)」


 多分ダンジョンが用意していたのは榊だったのではないか? そんな気がしていた。でも、


「(伊万里。もうその話はしないと言っただろう。俺はお前と一緒がいい。ずっとこれからもそうだ)」

「(祐太……)」


 伊万里は手をつないでくる力が強くなった。

 俺も握り返しながら、これからどう行動するべきこと考えようとした瞬間、何か唸り声が聞こえた。


 それは暗闇の中で、いい気分で眠っていた獣が、不快な行動をされたことに気づいたようにうなる声。暗闇の中で、のそりと起き上がる巨獣。それだけで寒気がするほどの気配を感じる。暗闇の中に浮かんだ存在。


 それは巨大な白いトラだった。暗闇の中から現れた白いトラを俺は見上げた。圧倒的な気配がだだ漏れている。赤竜の召喚士……いや、久兵衛に感じた気配より強い。ジャックよりも強い。


 トラさんや。


 お前ちょっとこっちが移動しようとしただけで反応するのかよ。


 ここって攻略難易度おかしくない?


「は、はは、こいつ多分、久兵衛たちより強いぞ」


 思わず実際しゃべってしまった。


「う、うん。勝てないね」


 伊万里も相手の圧倒的な気配に口パクをしている余裕がない。


「おい」


 声をかけてきた。喋れるみたいだ。本当、モンスターが普通にしゃべるんだよな。とにかく戦うのは無謀を通り越している。そうわかるほどデカさが違う。完全に相手はゴ〇ラだ。返事の言葉をどうしようかと俺は激しく悩んだ。

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― 新着の感想 ―
気配遮断は声も消してくれるから便利だよね 何かスキル名は発声しないといけないルールがありそうだし でも、200の連中でも新人がスキル名を認識できる程度の遅さで発声していることから、この縛りはこれから加…
[一言] そうか、もう一年経つのか。 この作品に早期から出会えてとても嬉しいです。これからも頑張って描き続けてください
[一言] 苛虎じゃないか
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