第百三十七話 約束
「治癒……」
その言葉がまるで呪いのように頭の中に残っていた。ダンジョンが出したクエストはあくまでも治癒。【奈落の花】は許可しているが、それを使って殺すだけでいいなら、治癒などというクエストを出してくるだろうか?
「だとしても」
「ねえ六条君。色は何色が好き? 占いは信じる? 今日のご飯はなんにする?」
このうざい状況をなんとかしたかった。ミカエラはゆっくりと統合階層へと向かっていた。彼女は焦る必要がなかった。俺のクエスト内容についてまで心を読めなかったようだが、俺がミカエラを強烈に助けたいと考えている。
その事が分かっているようだ。
だから俺の敵意は本物じゃない。だから俺とできるだけ一緒に居るためにつかず離れず行動している。俺もミカエラから離れることができなくて、建物で姿を隠しながらついていく。
「ふふ、ねえ。こうするから、また一緒にご飯食べようよ。食べさせて欲しいなー」
「うざい」
ミカエラが眼帯をして声をかけてくる。俺は言葉を吐き出した。これから自分の仲間を殺すと宣言している相手になぜご飯を食べさせなければならない。だが、ミカエラの治癒という面においては外れた行為ではなかった。
「『うざい』は酷いなー。じゃあさ、これでどう?」
ミカエラは額にも革のベルトのようなものを巻いた。これで『第三の瞳も使わないぞ』アピールだ。それならご飯ぐらい一緒に食べても良い? ミカエラはずっとご飯を一緒に食べる人間がいなくて寂しかったのだ。
ミカエラの楽しそうな顔を見る。
こいつ、本当に楽しそうだな……。
俺の心はまだミカエラを助けたいと願っている。それにクエスト達成を諦めたわけじゃない。ミカエラとガチンコで向き合う。そうすれば治癒の目処がつくかもしれない。
「ふ」
この期に及んでまだ助けたいのだ。池本は簡単に殺せたのに……。いや、言うほど簡単ではなかった。向こうから殺しに来たやつのことでも未だに考えている。ミカエラに心を読まれないように隠れながら、助けることばかり考える。
ミカエラを助ける。それにはどうすればいい。
「ミカエラ。戦おう」
考えたら言葉だけでは届かない気がして戦ってみようと思った。俺はとことんお前と向き合いたい。日記を読んだときに思った。両親が死んだ後にちゃんとミカエラを一人でも理解する奴がいたら、きっとお前はいいやつだった。
「ああ、もっと君に優しくされたいな。ダメ?」
「それは終わりだ」
「そう……」
ミカエラの雰囲気が変わった。先ほどまでのこちらに甘えてくるようなものは何もなくなり、殺意が溢れ出す。でも、それは俺に向いていない。
「【超強化】」
ミカエラは自分の眼帯を取り去った。そして、第三の瞳が金色に輝く。そうするとミカエラから感じる圧迫感が大きくなった。そして、今度は第三の瞳が紫色に変わった。
「【約束の頚木】条件クリア1。実行」
あれは確か【束縛眼】だ。ミカエラが何かをしている? 『条件クリア』? 何のことを言っているんだ? ミカエラが、何をしようとしているのかが分からない。距離を置けばいいのか?
しかし、下手に距離を置いて逃げられたら、追いつけないぞ。ミカエラの今の目的は、美鈴達を殺す事なのだから、俺が逃げれば本気でそのために動き出すはず。
「事前準備はOKよ。じゃあ行くわね」
ミカエラが動いた。俺もスキルを唱えた。
「【巨力】! 【気配遮断】! 【韋駄天】! 【探索網】!」
たとえミカエラがどんな動きをしても絶対に見逃さない。ミカエラはゴリゴリの近接ではない。だから俺が対等に戦える場があるとすれば近接戦だ。反面、近づけば、ミカエラの視界から逃れることが難しくなり心を読まれる。
「ふふ、嬉しい。みんな私から逃げて行くのに、やっぱり君は逃げないんだ。ねえ、とことんまで愛し合いましょう」
「愛し合う気はない。だが、お前にとことん付き合ってやるよ!」
ミカエラが向かってきた。目の前にいた。できれば戦いたくなかった。でも仕方がない。お前には説得だけじゃ届かない。力ずくで屈服させて、その上で馬鹿な事をやめさせる。そうすると決めた。
「【炎蛇】!」
美火丸を振るう。十三本の炎の蛇が、ミカエラを囲うように襲い掛かる。
「【十三連撃】!」
ミカエラは避けもせず俺の体へと手を伸ばした。避けなかったせいで十三の炎の蛇がミカエラに直撃する。ミカエラの体に十三本の火傷の痕が刻まれる。あっさり決まった。どうしてだ? こちらの心を読んできたような動きがなかった。
【心眼】対策をせっかく用意しているのに何のつもりだ? 俺はその動きが奇妙で後ろに下がった。
「あら、逃げられた」
「今何をしようとした?」
「内緒」
先程【約束の頚木】とか言っていた。その関連か? 今もミカエラの第三の瞳は紫に輝いたままだった。ミカエラの動きにも警戒しつつ、心を読まれないようにガードする。米崎が教えてくれた方法だ。
【焔鳥】
【斬糸繰々】
そう同時に考えた。それは頭の中を二つに分けるのだ。本当に頭の中にもう一つ自分をつくるのだ。これがレベル100を超えたあたりからできる。人は考えることを止められない。だからミカエラの能力は強力だ。
しかし、二つに分けられた思考を読むとなれば別だ。二つの思考は心を読んでいるものからすればノイズまじりになり読みにくく、行動予測が格段に難しくなる。
「どういうつもりだ?」
しかしそれ以前の問題だ。ミカエラから心を読まれるあの嫌な感覚がしない。
「何が?」
「ふざけるな! お前の魔眼たる所以! 【心眼】! それにお前【爆眼】を使っていないじゃないか!」
俺はミカエラに再度接触する。【焔鳥】を放ち、分割された思考では【斬糸繰々】で輪切りにしようと考える。優先された行動は【焔鳥】でレベル4になって、より赤く煌めく鳥がミカエラに襲いかかった。
だが、またミカエラが突っ込んできた。ミカエラの腹部に【焔鳥】が直撃して赤く燃える。下がると思っていたのに、それでも突っ込んでくるものだから、俺はまた下がった。
「お前はなんだ? 何がしたい?」
いくらミカエラでも、ダメージが0の攻撃ではないのだ。よけもせずに突っ込んでくるのは不可解だ。様子見で【焔鳥】をもう一度放つ。今度も回避せず接触しようとしてくるから腹部に縦の傷跡が残った。
「ふざけているのか!」
「愛しいあなたが私と話して、見つめ合う。それだけで私は幸せ。こんな幸せな日が来るなんて、神様って本当にいるのね」
「何を言って……」
「安心して。あなたが私を傷つけても、私はあなたを傷つけないから」
ミカエラが動いた。一瞬で距離が詰まる。迷っている暇などない。戦え! こいつはまだ俺を舐めてる。その状況を変えるんだ。その上で説得して、人を殺さずに、それでも生きていけるようミカエラの心を助ける。
「ブロンズ級装備スキル開放!」
ミカエラを本気にさせる。
「【獄】!」
美火丸を斬り上げると、その剣先から、幾千本の糸が伸びた。ミカエラ、少しは回避行動を取れよ。じゃないといくらお前でも死ぬぞ。
ミカエラが飛び退こうとして、やっと相手にされた気がして嬉しくなる。だが、ミカエラはその瞬間ふらついた。【奈落の花】のダメージを回復しきれていない。その上、無防備に俺の攻撃を受け過ぎている。
やっぱり効いていた? じゃあ何故避けなかった? 美火丸の剣先から伸びた幾千本の糸がミカエラの四肢をとらえた。そして縛りつけて地面に無理やり仰向けに寝かせてしまう。
「動けない?」
ミカエラはその状態からピクリとも動かなくなった。
「【斬】!」
俺は美火丸を振り下ろす。その剣先から赤い閃光が伸びた。閃光に空間が斬り裂かれる。空間から断頭台のような刃があらわれた。ミカエラの首と腕と脚を幾千本の糸で縛り付けて、斬り落とす刃が下に落ちていく。
ミカエラの命にも届くはずのスキル。
【獄斬】
だがこれをただで食らうはずがない。ミカエラの気配が大きくなる。この気配を俺はよく知っている。かつて自分の両足を奪った忌まわしき爆発。ミカエラが一言口にする。
「【大爆発】」
その瞬間、爆発が【獄斬】の刃に対してだけではなく俺の方にまで迫ってくる。目の前に迫る巨大な衝撃波は、かつて逃げることができなかった。だが、今は逃げ切ってみせる。【韋駄天】の効果で移動のみに全力を注いだ。
爆発の影響下にある家や、ビルごと消し飛び、クレーター状に地面がめくれ上がっていく。何度見ても寒気のする威力。だが、逃げる。逃げ切る。体が爆風に飛ばされる。しかし、前と違ってダメージは最小限。
体のあちこちが痛いが、欠損部位は無い。これで向こうにダメージを与えられていればと見守る。俺が唱えたのもブロンズ級スキル【獄斬】。【大爆発】でも簡単に吹き飛ばされるものではないはず。
爆発の煙がだんだんと晴れていく。完璧には決まらなかった。というか決まっていたら殺してしまうので、それは困る。殺し合っているのにお互い殺したくない妙な状況。
「ミカエラ。死んでないよな?」
俺は今の攻撃が最大の火力である。死んでいても困るが、少しぐらいは効いてくれないとそれも困る。
「ふふ、 大丈夫、生きてるわ」
その声が“後ろ”でした。ミカエラを心配しすぎて、自分の注意がおろそかになった。ミカエラの感触が後ろからする。
「姿を隠すの。私も意外と得意だったりするのよ」
慌てて逃げようとしたがミカエラに手が掴まれた。ミカエラの手を切り飛ばしてでも逃げるべきだ。ここでそうしなければ負ける。美火丸を振り下ろした。
「ダメ」
その振り下ろそうとした刃をミカエラに掴まれた。ミカエラの掌が半分切れた。だが落としきれない。やっぱりまだ何もかもミカエラが上。さらに後ろにいるミカエラがグッと俺の体を抱きしめた。逃げようと力を入れた。だが動かない。
【束縛眼】
ミカエラのその力で体全体がとらえられているのが分かった。
「離せ!」
「落ち着いて。何もしないから。私はもっとあなたとお話がしたいだけなの」
「俺を子供扱いするな!」
【獄斬】でダメージを与えられた様子もなく、それなのに俺は傷つけられることもなく、抱きしめられたのは、俺の意図は別にしてプライドが傷つく。
「そんなつもりはないわ。私は今までで一番真剣に人と喋ってる。だから、お願い落ち着いて……」
俺は抵抗しようとして、手にぬめりを感じる。見るとべったりと血がついていた。自分の血かと思ったが違った。ミカエラの方から流れている血だった。不意に【束縛眼】の力が緩んだ。俺は振り返る。
思わずミカエラの青い瞳が目に入ったが、それ以上に、ミカエラの首が半分ほど切れていた。
「お前……」
「ね、いいでしょ?」
俺の攻撃が効いている。効き過ぎている。俺は近接ゴリゴリマッチョである。そんな奴と魔法使いタイプの人間が近接なんてやったらこうなるに決まっている。レベル差はあっても、魔法使いタイプは防御力が高くないのだ。
「どうして自分の得意の遠距離で戦わない?」
「あなたが傷つくのは嫌だもの」
「……このまま俺に殺される気か?」
「それもいいかもね」
そしてコイツ、俺の心を読んでない? さっきから心を覗かれている感じがまったくしないのだ。読まれていたら、もっと先読みして動かれたはず。それがない。思考分割したのが効いているというよりもそもそも俺の心を読んでいない。
なんのためだ?
「ミカエラ……お前、どうして俺を本気で攻撃しない?」
「あなたは敵じゃないもの」
「じゃあ美鈴達に手を出すな。俺はお前を殺したくない。だが、こんな調子で戦っていたらお前は死んでしまう。ミカエラ。今も辛いはずだ」
「六条君。私と約束をしない?」
「約束……」
「ええ、私はあなたの大事な三人を殺したい。でもそれをした後、あなたから殺されるのはできれば避けたい。それに嫌われるのもいや。そうならないようにしておきたいの」
「俺はお前が誰か一人でも手にかけた瞬間、完全な敵だし、それをさせない」
「【約束の頚木】」
何かをされているのがわかった。第三の瞳に紫色の光が強くなる。
【束縛眼】
ミカエラの能力としては全く知られていない瞳。紋様のような物が、俺とミカエラの体に浮かびあがった。
「何をっ」
体全体を縛り付けるような感覚。
「ふふ、この魔法は一生に一度だけ発動するの」
「一生に一度?」
「ええ、そうよ。だって一生に一度だけでいいもの」
ミカエラは血を流しすぎて、顔色がどんどん蒼白になっていってる。
「お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫。いい? 私のこれから使う魔法は【約束の頚木】と言うの。私はこの【約束の頚木】以降【束縛眼】が使えなくなるわ。六条君。この魔法はね。三つの約束を相手と誓うの。発動したが最後、反故には出来ない」
ミカエラは俺の体を離した。しかし俺は変わらず、その場から動くことができなかった。ミカエラが俺の前に回り込んできた。血だらけの姿は痛々しく、【超速再生】はミカエラの体に対して効果を発揮していなかった。
「体を治さないのか?」
「【超速再生】はSP依存なの。さっき自分で自分を傷つけたときにSPを使い切っちゃって、 今はなかなか治せない状態。でも、大丈夫。私の経験上、このケガでもあと一時間ぐらいは生きているわ」
「一時間……」
ポーションを今の状態なら俺のマジックバッグからいくらでも盗れる。ミカエラはそれなのにポーションを奪おうともしてこなかった。その理由は知らないが、弱っていく彼女を心配していた。だから先を促した。
「三つの約束とはどういう意味だ?」
「そのままの意味よ。私は対象に向けて三つだけ約束を守らせることができるの。約束ごとは相手の強さに依存する。相手が私と同等よりも下であればあるほど、私は無理な条件を相手に要求できる。そしてこの魔法で一度した約束は反故にできない。でも相手が納得しないとダメ。これが面白いでしょう?」
「それは……」
確かに面白い。この状況下において、俺が納得しなければダメなのなら、俺にもメリットがある。
「そんな都合の良い能力があるのか?」
「対価を支払えば能力を創ることができるの。【大八洲国】に行けば分かるわ」
「大八洲国……それって、ダンジョンの中には国があるのか? 人が住んでいたりするのか?」
「住んでいるわよ。日本と同じぐらいたくさん。いえ、あっちの方が人数多かったかな? 私、あそこを君と2人で色々見て回りたいの」
大八洲国について、ミカエラは俺に喋ることができるようだ。秘密事項だと思うが、【大八洲国】への入国許可が下りている相手には、喋っても問題ないのか?
「……なんだか俺は知らないことが多いんだな」
「下の階層へ行くほど、地上で噂されていることがどれほどデタラメかが分かっていくわ。地上で噂されていることはね。みんな知らないから想像でしゃべっているだけなの」
「それはなんとなく感じていた」
「ふふ、それを修正するはずの探索者はダンジョンから秘密を強要されているから喋れない。何よりも修正することにメリットはないもの。探索者にとっては地上の人間がいくら勘違いしていても知ったことではないわけね」
実際に普通に生きていても、正しい情報に出会えることは少ない。また正しい情報に出会っていたとしても、それが正しいかどうか判断するのが難しい。それが分かるためには知識がいるし、その知識を身につけるためには努力がいる。
特にダンジョン関連の情報は利害が絡む為に、ちゃんとした情報を掴みたければ、自分で下に降りるしかない。階段一つとってみてもそうである。学校では『ダンジョンでは階段探しに時間がかかる』と言っていた。
なのに、実際、入ってみると、それは六階層までだった。階段探しのデメリットは、自分たちの能力が上がるほどになくなっていくし、そもそも七~十階層にはその階段すらもなくなってしまう。
人間を殺す一辺倒だと思っていたモンスターも、下へ降りるほど変わった奴が現れるし、常に違う事が起きていく。そして、魔法すらも自分で創れるようになっていく。
考えてみれば俺の【念動力】のスキルも、スキル化する前から自分で使えた。
「早く下へと降りたいな」
俺はこんな状況なのに、ミカエラの話を面白いと思った。100階層なんかに行けば一体何があるのだろう。
「ええ、あまり興味がなくなっていたけど、君と二人なら私もそう思える」
「ミカエラ。【約束の頚木】の説明をしてくれ」
ミカエラの命がどんどんと消えていこうとしている。そう見えた。ミカエラはダンジョンのことを聞けばいくらでもしゃべってくれそうだが、蒼白な顔を見ていると長々と聞く気にはならなかった。
「【約束の頚木】はね、私がたった一人の人間と永遠に生きて行くために創った能力。私はあなたに三つの約束をしてもらう。聞いてくれる?」
「分かった」
「じゃあ、
1:美鈴、伊万里、エヴィーを殺す邪魔をしないで。
2:私と二人で生きて欲しい。
3:私が死んだらあなたも死ぬ。あなたが死んでも私が死ぬ。
私の出す約束はこの三つよ 」
「飲めないな」
だが、それはミカエラもわかっているだろう。その上での提案なのだ。
「全て?」
「そうだ」
「じゃあ、【約束の頚木】フェーズ2ね。あなたと私の強さがどれだけ離れているかによって、条件が変わるわ。これは【ダンジョンシステム】を利用するの。知らないと思うけど、ダンジョンが組み立てたAIのようなものよ。こちらのどんな申請にも応えて、自動で回答してくれる。今の場合、あなたの強さを勘案して、私の望みが変化する」
それを聞くと、こいつはたった一人と一緒に生きて行くためにこんなことをしているのだと気付く。その方法はあまりにも残虐だが、動機は理解できた。俺は美鈴と伊万里とエヴィーを得たが、もし三人がおらず、池本達に利用される人生だったら、ミカエラのような目的を持ったかもしれない。
「ねえ、六条君。【約束の頚木】は私の方が圧倒的に強ければ強いほど、私に有利な条件になる。六条君が私よりも強ければ強いほど六条君に有利になる。それでも、いい?」
「ああ」
ここで決まったことを俺も守らなければいけないのだとしたら、飲むのは間違ってるかもしれない。しかし、この場で、どちらが有利かと言えばミカエラだ。その気になれば俺の四肢を落としてダルマにしてしまってもいいのだ。
そして俺が動けない間に美鈴達を殺してしまう。それをしないのは、ミカエラの俺を『好き』という言葉に嘘がないからだろう。
「じゃあ、【ダンジョンに申請。我と彼の強さの違いにより、我の願いを変化させよ】」
【了承。【約束の頚木】の効果により、条件変更。
提示。
1:焔斬の武者は遠雷の射手、東堂伊万里、エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクを魔眼病ミカエラが殺す邪魔をしてもよい。しかし三人への忠告は一言のみ。そしてミカエラが三人を殺した後に焔斬の武者がミカエラを殺すことを禁止する。
2:魔眼病ミカエラが三人殺害に成功した場合。焔斬の武者は、魔眼病ミカエラと二人で生きていく。
3:魔眼病ミカエラが三人の殺害にかける時間は三時間。制限時間内に殺せなかった場合。それ以降、ミカエラは三人に手を出してはいけない】
「……」
こちら側に有利な条件は三番目だけである。それも有利というほどのものではなかった。
「ふふ、かなり私に有利な条件が出たわね。やっぱりまだ君のほうがかなり弱い」
これで条件を飲まなければどうなる? ミカエラは俺の拘束に成功している。なのにミカエラはどういうわけか俺からポーションを奪っていない。だから、まだ深手を負ったままである。
おまけに心も読もうとしてこない。どうしてそんなことをしているのか? 【約束の頚木】には、別の使用条件があるのか? それともこれが終われば、ポーションを奪って飲むのか?
「どうする? 【約束の頚木】を受け入れる?」
「……一つ聞いておきたい」
「いいわよ」
「心をどうして読まない? ポーションもそのまま飲まないつもりか?」
「六条君は私を【奈落の花】から助けた。あのまま放置されたら、私は死んで終わっていた。それが死ぬほど嬉しいの。だから私もそのお礼をする。これは私からの君へのお礼。私が完全な状態になれば、君が勝つ可能性はないわ」
「やはりないか?」
「ええ、ない。戦ってみて分かった。君は強い。同じレベルだったら私は勝てなかった。でも、今はまだ完全な私に君は勝てない。だから可能性は残してあげる。本当は嫌だけど、私は君から蔑まれたくないから」
「そうか……三人への忠告以外、俺への行動制限はないんだな?」
【ない】
ダンジョンからの返答は早かった。いずれこれを創りだした本人とも会ってみたいものである。いや、きっと、人ではないのだろうけど。
「いいだろう。ミカエラ。お前を信じ受け入れようと思う。ただし俺からも一つだけ項目を追加させてくれないか?」
【許可】
「え?」
ノータイムでダンジョン側からの返答が頭に響いた。ミカエラが目を瞬いた。
「俺の条件は、【魔眼病ミカエラに焔斬の武者が勝ったら、それ以降、魔眼病ミカエラは自分が攻撃されない限り、人を殺せなくなる。それと俺が勝ったら恋人は無理だけど、俺の友達になってほしい】だ」
【申請受諾。【約束の頚木】の効果により内容変更】
【魔眼病ミカエラに焔斬の武者が勝ったら、魔眼病ミカエラは自分が、攻撃されない限り、人を殺してはいけない。それと焔斬の武者が勝ったら恋人は無理だが、魔眼病ミカエラは焔斬の武者の友達になる。
この条件は現時点で1000万円のポーションを魔眼病ミカエラに与えることで追加される】
「このポーションは俺の方がお前より弱いからということか? ほら」
あるいはミカエラもダンジョンから好かれているということなのかもしれない。ダンジョンはなんとかしてミカエラを助けたい。そしてそう思うであろう探索者にこのクエストを出した。そんな気がする。
俺はミカエラにポーションを投げて渡した。
「いいの? 六条君に今の追加項目のメリットはないと思うけど」
「ああ、いい。俺が勝てば、お前と友達になれるだろう。俺は友達が少ないんだ。正直これ以上、女は必要ないから、友達でよろしく頼む」
「あ、うん……」
ミカエラはポーションを飲んだ。 とりあえず今すぐ死にそうな状態から脱して、服まで再生していく。あの服はミカエラの再生能力と関係しているのだろうか?
【両者。【約束の頚木】。受け入れるか否か?】
【受け入れるわ】【俺も受け入れる】
【【約束の頚木】発動……】
体に浮かんでいた紋様が変化し、そのまま体の中へと消えていくように見えなくなった。なんとなく分かる。俺の体の内側に魔法が残っている。この約束は破れない。俺は美鈴たちを殺されてもミカエラと生きていかなければいけないし、それが嫌なら勝つしかない。
「なんだか最後だけよくわかんないけど、まあいい。私はやっぱり君が欲しい。出会う順番が違っていれば……」
「ミカエラ。時間は巻き戻らない。だから、そんなことは起こりえない。考えても同じことだ」
「なら六条君の持っているものを全て奪って、君を必ず全部手に入れる」
ミカエラが統合階層への階段へと走り出した。俺は俺で自分の階段の方へと走り出した。ここで追いかけることも考えたが、ミカエラの階段がどこにあるのか分からないことを考えると、下に降りることこそ優先するべきだと判断した。
そして時は現在へと戻る。
俺とミカエラ。
全ての決着が付こうとしていた。





