第百三十四話 桐山玲香
今から一ヶ月以上前のあの日、俺はミカエラにどこまで通用するか? 正直不安だった。なみ、れい、りん。あんなのがレベル100に到達している。あの三人をレベル100にしようと思えば、おそらく通常の4倍ぐらい手間がかかったはずだ。
「攻略が遅れるどころじゃなかっただろうに」
ミカエラの仲間への献身は病的だ。それにミカエラには俺の知らない能力がある。ダンジョンから『寄生虫』とまで言われたなみ達がレベル100オーバーのモンスターを倒せる。それを可能にする何か……。
「つまり、これっぽっちも本気を見せていないってことだよな」
【奈落の花】でその強さの違いが埋められるのか?
現状、それを信じるしかない俺は、統合階層に降りてきて十日目。用意するのに一週間かかると言っていた【奈落の花】を受け取りに地上へと戻ってきていた。
「あの寒い日から半年ぐらい経つのか……」
ここまで早かったような、遅かったような……。地上へ戻り、一応ミカエラへの対策として中年男の姿になり、ダンジョンショップの前でスマホを手にとり電話をかける。
今後、米崎と連絡をとるときには秘書の桐山玲香を通してほしいとのことだったので、そちらへとかけていた。米崎は普段スマホを持ち歩かないらしい。数度のコール音の後、電話が繋がった。
『六条祐太様ですね。お電話お待ちしておりました』
秘書然とした受け答えをしてくる彼女は、俺を電話帳に登録してあったのか、六条祐太だとすぐに分かったようだ。桐山玲香。美鈴と同じ苗字を持つ人。
「桐山さん。頼んでおいた物の用意が出来ていますか?」
『はい。三日前には滞りなく完了しております。受け渡しはどうされますか? 貴重な品物なので人目に付かない方がいいと思うのですが』
「そうですね……」
しばらく考える。【奈落の花】を貴重だとは思う。しかし、それ以上に危険なのだ。地上世界でも大量殺戮兵器として使用された曰く付きのダンジョンアイテム。もたらされる結果があまりにも残酷であることからもよく知られている。
現状、俺が知っている中でミカエラとのレベル差を埋めるために最も有効だと思えるアイテムがこれだった。
「桐山さん。【奈落の花】は危険物です。外で受け取って手違いがあれば大変ですし、できればダンジョン内で受け取りたいのですが」
『承知しました。では私がそちらへ到着の後、六階層に降りるということでどうでしょう?』
「六階層……甲府のですよね?」
『もちろんです。今のダンジョンの現状から考えると六階層がベストかと思います。一~三階層は人が多い。まだ人の少ない四、五階層はモンスターの知能が低すぎて常に襲われるリスクがある。ですが、六階層のモンスターは統率するアラクネが賢いので、圧倒的強者に対して手を出しません』
モンスターも知能が高いと強い探索者を襲ってきたりはしない。俺はアウラを思い出すと、その言葉に納得がいった。
「分かりました。六階層なら人もいませんしね」
とはいえ、彼女が単独で階段を探して下に降りてくるのでは手間がかかりすぎる。俺と一時的にパーティーを組んでもらう。その前提で話した。
「じゃあ俺はダンジョンショップに併設された喫茶店で待っています」
「ありがとうございます。それほど長時間は待たせません。甲府までの地図は頭に入っていますし10分もあれば到着します」
「10分……」
彼女がいるのは千葉の山奥である。そこから甲府まで10分。東京湾アクアラインを渡っても200キロ以上はあると思う。それを10分。かなり速い。つまり走ってくるということだ。マッハを超えて地上を走る。きっと迷惑だろうな。
「——六条様。お元気そうですね」
現れた彼女はかなり目立つ姿だった。肌を一切見せておらず、顔すらも隠している。その姿は、日米合同で開発をしていると噂されるパワードスーツだった。軍用品で、レベル200の人間が着ているとしたら、特注品だと思う。
普通ならレベル200の人間はダンジョン装備で身を固めるものだが、人工レベルアップではガチャコインがない。そのため、ダンジョン装備が手に入らない。この問題の解決にパワードスーツが使われるという噂だった。
おそらく米崎繋がりで手に入れたものなのだろう。
「まあ元気と言っていいのかどうか分かりませんけど」
喫茶店で、桐山さんがくるのを待っていた。本当に10分で到着した桐山さんはかなりぴちっとしたスーツを着込んでいた。体のラインがよくわかるデザインで、機械的なモジュールがいくつも取り付けられている。
「あまり目立つのもなんですし、行きましょうか?」
桐山さんは周りの視線が気になるようだ。スタイリッシュな仮面ライダーみたいな姿をしている。とにかくよく目立ってジロジロ周りから見られた。パワードスーツは物珍しいこともあるが、ピチッとしていてエロいのだ。
「自衛隊の人かな?」
「自衛隊はダンジョンに入れないだろ」
「じゃあどこかに売ってたり?」
「嘘!? 欲しい!」
「どこで買ったか聞いてみるか?」
質問されそうな気配を感じて急いでダンジョンの中へと入る。ダンジョンの中に入るとまだついて来ようとする人がいて走りだした。すぐに追いかけようとしていた人たちを引き離す。少し後ろをエロい桐山さんだけがついてくる。
試しに【韋駄天】を唱えてトップスピードになった。
虚を突かれたようで、わずかに遅れるが、すぐに横に並んできた。本当にレベル200のようで、かなり余裕があるようだ。そのまま並走して会話をしているうちに六階層までくる。六階層までくると完全に人目がなくなった。
中年男の姿から元に戻った俺は、【奈落の花】を受け取って自分のマジックバッグに収納した。
【奈落の花】
桐山さんからその使用法も聞いたが、想像以上に厄介な代物である。できることなら使いたくない。なによりも、クエスト内容は、あくまで病気の治癒である。必ずミカエラを殺せというわけではない。
殺してもクエスト達成にはなるが、殺さなくても病気さえ治ればクエスト達成である。甘い考えがよぎる。勝つことが奇跡とも思える相手を癒やす。許されることならそうしたい気持ちも残っていた。
ただデビットとアンナを殺されているのだ。仲間に誘ったのは俺で、仲間を殺された相手を許したら、示しがつかない。なによりもマークとクリスティーナが納得できないだろう。
「あ、榊たちはどうしてますか?」
これも気になっていたので、尋ねた。
「榊は博士のもとを離れました」
しかし、桐山さんは俺がまったく予想していなかった言葉を口にした。
「それって……探索者を諦めたんですか?」
ありえないことではない。目の前で仲間を二人殺されて、自分は圧倒的強者を前に何もできなかったのだ。これからもこんな恐ろしいことが起きるのかと思えば、怖くもなる。
「いえ、榊から伝言を預かっています。他にもクリスとマークからもです。お聞きになりますか?」
「え、ええ、お願いします」
クリスというのはクリスティーナのことだろう。三人の呼び方からして、桐山さんと交流があるようだ。
「まず榊からです。こちらを聞いてください」
そう言って桐山さんがボイスレコーダーを再生させた。
『六条。これから私も浅草寺ダンジョンの中に入るわ。桐山玲香から聞いたと思うけど博士のもとを勝手に離れることを謝っておく。博士はクリスとマークについて、人工レベルアップ実験に使うことにしたみたい。
もちろん犠牲者側の方ではなく、生き残れる側としてね。ただ、人工レベルアップって今はまだ問題がありまくりな技術なのよ。人が人工レベルアップをするのは勝手にしたらって感じだけど、正直私は気が進まないの。
私がそう思うことに対してとやかく言うことは博士でもできない。ダンジョンルールがあるからね。でさ、この件をどうするべきか、六条に相談したかったけど、あんたは気軽に会いに行けるような場所にいなかった。
私は自分で自分のことを決めるしかなかった。六条。だから私は、自分で決めたの。私は元通り神楽さん達のところに身を寄せるつもり。六条は、神楽さん達のことを覚えてるでしょ?』
すぐに頭に浮かんできたのは池本の時に出会った中レベル探索者の女性五人組であった。
『前にも言ったけど神楽さん達は中レベル以上を目指す気はないみたいで暇してるのよ。私が「レベル200になるのを手伝ってほしい」と言ったら、前と同じくOKしてくれた。だから……、まあ……。
あのさ。一人で六条にどこまで追いつけるか分かんない。けど、やれるだけやってみたいのよ。私はやっぱダンジョンが好きなの。人工レベルアップじゃなくて、ちゃんと攻略したい。だから……六条……はあ。ごめん。
なんかうまく言葉にならない。とりあえずこっちはこっちでなんとか頑張るわ』
「とのことです」
「榊らしい伝言ですね」
榊が向こうでかなり悩んだことが伝わってきた。そしてデビットとアンナの死も榊にとってはかなりの痛手だったのだろう。それをしたミカエラを助けたいと俺は僅かながら思っている。
「榊の行動に反対だというのなら伝えますが?」
「いえ、必要ありません。俺もあいつがダンジョンで、自分の力でレベルアップをしたいと思う気持ちが分かります。もし接触する機会があれば『榊は榊のままでいい』と言っておいてください」
「そうですか……私は正直、彼女が羨ましいです」
そう言った桐山さんは俺の顔を見て、じっと見つめ合う形になると向こうが目を逸らした。
「そうなんですか?」
「ええ、彼女のような勇気もなく、私はただ、博士に身売りしただけですから。人工レベルアップと謳ってはいますが、博士の基準で成功しているのはまだレベル20までなのです。私のレベル200は、おびただしい犠牲の上に成り立っている。これを見てください」
そう言って、何を考えているのか桐山さんはパワードスーツを脱ぎ始めた。そして胸の上部を開いた。突然のことに戸惑う。でも自分から脱ぎ始めたのだから、目をそらす必要もないのだろうと思って、そのまま見ていた。
そうすると、その胸の谷間の上部に赤いクリスタルのようなものが埋め込まれていた。
「それ……なんですか?」
見た目は綺麗なのに何か奇妙なほど禍々しい気配を放っている物体だった。
「博士はあなたに言えば怒るだろうからと秘密にしていました。ですが、私は誰かに話しておきたくて……。相談しようと思った妹はいるのですが、家族にはどうしても言いにくいことなのです。聞いてもらえますか?」
「構いませんけど……桐山さん。米崎が黙っておこうとしたことをあなたが言えるんですか?」
たしか桐山玲香と米崎秀樹には契約があるはずだ。それはダンジョンアイテムの契約書を使用したもので、彼女は米崎から人工レベルアップを施してもらう代償として、米崎に対して不利益になることはできないようになっている。
「ええ、許可は取っています」
許可はちゃんと取ってあるのか。つまり米崎も俺に言うことを納得しているわけか。それにしても胸の形がとても綺麗……いけない。そういう目的で見せているんじゃないのだから、エロいことを考えるんじゃない。
「ま、まあ、許可を取ってあるのなら、俺は米崎が何をしているのか教えてもらえた方がありがたいです」
「はい。あの……。先に正直に言っておきますが、米崎が提案して私が受け入れた人工レベルアップはかなり危険で倫理的にも悪いと言わざるをえないものです」
「100人犠牲したって話でしたよね? それ以上のまだ何かがあるんですか?」
米崎はレベル200の人間を造るために100人を犠牲にしたと話した。その時点でもう碌なものじゃないのは間違いなかった。
「ええ、正直、私はあなたから軽蔑されてしまうと思っています」
「軽蔑……あなたに対して?」
「そうです」
「榊が離れる原因になったのってひょっとして?」
「ええ、直接の原因はそれです。ですが榊は実際の内容を知りません。博士は契約書にサインをしない限り、このクリスタルについては教えません。おそらく契約書にサインをせずに教えるのはあなただけでしょう」
「そうですか……」
米崎がしようとしていることは碌でもない。その覚悟はあった。倫理的に正しい人間と組んだわけではないと思っていた。ただ……限度がある。そのことは向こうも分かっているはず。
「米崎と組んだ時から、倫理観がどうとかいうつもりはありませんでした。軽蔑は多分しないと思います。保証はできませんけど」
「……ふ。正直ですね」
桐山玲香は自嘲気味に笑うと、自分の胸の谷間にあるクリスタルを見せたまま話し始めた。
「私もね。マークと同じなんです。最初に焦って外国のダンジョンに入らなければ良かった。いつもはもっと慎重なのに、自分が見下していた相手が、自分よりも上になって冷静でいられなかった。だから私はダンジョンで現代兵器を使い、自分のステータスをダメにしてしまった。挙句の果てに米崎に頼ったのですから笑われても仕方ない」
「笑えないですよ。俺もやりかけました。ちゃんと情報収集したつもりが、それはお子様レベルで全然でした。今ならちゃんと調べれば現代兵器がダメだってことぐらい分かるのに……。でも、偶然高レベル探索者と出会うことができて、その人が、そのことを教えてくれたんです」
「とても羨ましいわ。本当に……」
桐山さんは自分の行動が本当に正しかったのか、今でも悩むように下を向いた。
「驚かずに聞いてほしいのですが……」
桐山さんは胸元にある自分のクリスタルを見つめた。
「このクリスタルには100人の魂が入っているのです」
「魂?」
「ええ、米崎は私をレベル200にするために100人死んだと言いましたが、100人の犠牲は最初から出る予定のものでした。魂というもの自体にかなり力があるということを博士は突き止め、それを利用したものがレベル20を超える人工レベルアップです。非常に不安定な技術で、私の頭の中では、常に別の人間の声がする。ここから出せ。ここから出せ……とね」
「魂を力に?」
「ええ、できるそうですよ。邪道な技術であり、博士自身この技術が気に入らないそうですけどね。何せ私の体を奪おうとする魂もある。六条さん。あなたは私をどう思いますか?」
俺になんて言ってほしいのだろう? 慰めがほしいのだろうか? それとも本当に軽蔑されたいのか?
「前にも言いましたよね。俺がもしレベルアップの際のミスをしていたら、多分、桐山さんと同じことをした」
実際、最初にレベルアップでミスをしていたら、俺は多分米崎に飛びついていた。
「まあ、俺はあの人に出会ってなかったらそれ以前の問題で死んでいますけどね」
「……そう」
桐山さんはパワードスーツをちゃんと着てクリスタルを隠した。
「すみません。親しくもないあなたに同情買うようなことを言いました」
「まあ俺でよければそれぐらいは聞きますよ」
桐山さんが近くにあった古びたバス停のベンチに「少し座りましょう」といって腰を下ろした。俺もその横に腰を下ろした。山梨が再現されたダンジョン内の景色は相変わらず良くて、富士山の姿がよく見えた。
「……クリスの伝言ね」
思い出して桐山さんは次の伝言を流した。
『ロクジョウ様』
クリスティーナの声。名前を呼ばれただけなのに奇妙なほど、思いが込められているように聞こえた。彼女はずっと一緒にいたアンナを死なせてしまっている。アンナは正直俺にはあまり思い入れの無い少女だ。
だが俺が頼んだことがきっかけで死んでいる。その責任はある。だからクリスティーナのことも心に残り続けていた。
『私もコハルに誘われたのですが、非才な私がコハルに付いていけるとは思えません。このまま博士のもとに残ろうと思います。そして非常に恥を知らぬことを言うこと、お許しください』
思い詰めている様子だった。俺とは逆にダンジョンのせいで幸せのすべてが壊れてしまった少女。それでもダンジョンに入り、三階層で自分を助けずに観察していた米崎に頼って生きている。
『ロクジョウ様。あなたは魔眼病を殺すつもりだと聞きました。でしたら、その死体をクリスに頂けないでしょうか?』
「死体をくれ?」
何を言っているのかと一瞬思った。
『レイカのお話を聞いたかと思います。さぞ、レイカを軽蔑なさったことでしょう。私もそうなることがとても残念ですが、仕方ありません。非才な私にはそれしか道がないのです。ロクジョウ様。どうか私にミカエラの死体をください。
おぞましいお願いと軽蔑なされても構いません。ですが、アンナを殺した女なら、あなたもそれほど心が痛みませんでしょう? というよりも、あんな人間のクズならば、たとえ魂を弄んだとしても許されると思うのです。
だってそうでしょう? あの女が“嘘”をついたから私は、あの日から眠れなくなってしまった。だから私はミカエラが憎い。だから、ぜひミカエラの死体を……いえ、魂をクリスにください。
レベル200の魂ならば、たった一つの魂で、私はレベル200に至れるそうです。そうすれば私は100人を犠牲にしなくてよくなる。あの悪人さえ死ねば、100人が助かるのです。ミカエラには過ぎた死でしょう。だからどうかロクジョウ様。
憐れで弱いクリスの願いを聞いてください』
クリスは以前も正常な様子ではなかった。
お姫様として育てられた少女が極東の島国で、ゴブリン集落で飼われることになり、さらには一番頼りにしていたアンナが死んだ。自分の国にも帰れない。ここまで追い詰められて、人間性が歪まない者などいないだろう。
ミカエラと同じだ。壊れかけている。放っておいたらまず間違いなく壊れてしまう。それなのに壊れているもの同士が一緒になる。正気の沙汰とは思えなかった。
「これについては補足があるわ。博士はね。あなたとの関係を拗らせたくないらしいの」
「はは、よく言う」
「私もそう思うけどまあ聞いて。博士は『ミカエラについて同情があるというのなら、理解はできないが、許容しよう』とのことよ。でも『引き受ける』というのなら、私が協力することになるわ」
「協力ですか?」
「ええ、もちろん戦いに関与するわけにはいかないから、手出しは一切しない。でもミカエラを殺したら私を呼んでほしいの。博士の話では人が死んでも一日は魂が体から離れないそうよ。その間に私が死体を回収して、人工レベルアップ研究所まで運ぶ必要があるの」
「ああ、なるほど……」
桐山さんがここまでついて来たのも実際のところ、それもあったからか。ミカエラのクエストの達成は病気の治癒だ。でも殺しても治癒したことになる。そして死んだ後、魂がどうなったところで、ダンジョンが関知することではないということか?
「少し考えさせてください。桐山さんはこのままここで待つつもりですか?」
「ええ、そのつもりよ。博士からは『ミカエラ君の魂が手に入る可能性が少しでもあるのなら、君は別に一年甲府にいても構わない』と言われているわ」
「米崎らしいですね」
米崎に善悪はない。ただ、自分の目標、人工神を造り出すために最も効率的な方法をとるだけである。それが米崎という男だ。そのためには協力者が必要で、最有力が俺である。その俺に嫌われてまでミカエラの魂はいらない。
でももらえるならば是非ともほしい。なぜなら、米崎自身にも強い仲間がいるからだ。一人目は桐山玲香。二人目がクリス。あともう一人できれば揃えたいところだろう。だから欲を言えばレベル200の死体はもう一つ欲しい。
「そもそもミカエラに勝つ可能性がどこまであるのか分からない。勝ったとしてもどういうことになるかなんて自信はない。それでもいいならここで待っていてください」
俺は完全否定しなかった。
「もちろんそれでいいわ。六条君。博士からも『それでいい』と言われている。私はあなたならきっと目的を達成できると思っている。だから、あなたがどんな選択をするのか、ここで待っているわ。それと最後にマークの伝言です」
話し方が親しげなものになってきている。この顔になってからよくある事である。女性側からなんとか俺と仲良くしようとしてくる。かなり距離が近かった。腕が触れ合うほどの距離になっている。そんな桐山さんが音声を再生させた。
『ユウタ。正直、俺はここに残るか迷っている。でも強くなってスーパーマンになりたいって思いも強烈にあるんだ。それにクリスの嬢ちゃんのことも放っておけない。あの嬢ちゃん。アンナが死んでから、かなり思いつめているんだ。
ユウタ。ミカエラのクソ野郎は、アンナの心を読んで、クリスの心に呪いを残しやがった。あの女なんて言ったと思う? アンナの心を代弁したとか言って、
「私はこんなところについて来たくなかった。でも王様と両親に『姫について行け』と強制された。おかげで、ゴブリン集落に捕まるし、純潔を奪われて命まで奪われる。ああ、呪います。アンナはこの世でお嬢様が一番嫌いです」
そう思って死んだと言いやがったんだ。コハルはこういう時、サバサバしてるからよ。あっさり出て行っちまったけど、俺はどうもこういうことを決めるのが苦手なんだ。だから、もうしばらくクリスの面倒を見ようと思っている。
クリスを誘ってダンジョンにも入ってる。お前の期待に応えてやれるほどでは全然ないが、精一杯頑張るつもりだ。お前は無理すんなよ。博士が何を言おうとお前はお前だ。期待に応えようなんて考える必要もねえ。
自分が正しいと思ったことをやるんだ。いいな? 後悔するようなことだけはするなよ』
「とのことです」
マークに関する補足は桐山さんからは何もないようだ。
「分かりました。そっか……」
マークさんの言葉を聞いて、一番冷静になれた気がした。ともかく自分が一番正しいと思うことをやるしかない。何よりも余計なことを考えるよりも、今はミカエラに勝つことに集中するしかない。
「俺はとにかくミカエラに勝つことに集中します」
「そうね。それが一番いいわ。レベル200になった私だから言えることだけど。正直、現状のあなたに私は何があっても負ける気がしない。ミカエラについては博士から色々聞いたけど、その私よりも正直強いわ」
「ええ、そうでしょうね」
「ミカエラに心を読まれないようにするのよ。読まれたら【奈落の花】の事がバレる。万に一つも勝てる可能性がなくなるわ。それと博士から心を読む相手に対する対処法を聞いてきたわ。『かなり難しい方法だけど伝えておく』とのことよ」
「そんなのがあるんだ。お願いします」
俺はそれを桐山さんから聞いて現状使えないと思いながらも、レベル100になれば可能性はあるかと思った。
「——最後に私のことだけど『玲香』と呼んでもらえないかしら? そっちも桐山さんは呼びにくいでしょ?」
「……玲香さんですか?」
「玲香だけでいいわ。外国暮らしが長くてね。敬称を付ける日本の呼び方はどうも馴染まないの」
「年上ですよね、いいんですか?」
「ええ、いいの。じゃあ待っているわ。祐太」
軽くハグして頬にキスをされた。外国人がよくしてくる挨拶のようなものだった。俺と仲良くしようとしてきていることだけは伝わった。米崎がハニトラなんて使うとは思えない。これは桐山玲香の意思だ。
「こちらも呼び捨てでいいかしら?」
「ええ、OKです」
「レベル差があるから、私は協力を一切できない。でも成功することを精一杯祈るわ」
微笑まれると美鈴の顔を思い出した。桐山玲香。美鈴には二人の姉がいる。一人は桐山芽依。アメリカでトップモデルをやっていた日本でも知らない人はいないぐらいの有名人。そしてもう一人は、
『フルネーム? 桐山玲香だよ。なんか気になる?』
『いや、全然』
『だよね。ものすごく頭の良いお姉ちゃんでさ。これだけレベルが上がったのに、いまだに私の方が馬鹿な気がするよ。まあ運動音痴なお姉ちゃんだから絶対に探索者になったりはしないし、祐太とは永遠に関わらない人だね。あ、でも、私の結婚報告の時に……』
桐山玲香は元国連職員で慈善活動に全力を尽くしていた人らしい。でも目の前にいる桐山玲香は自分が強くなるため100人の魂を犠牲にした。口振りからしてそうなることが分かっていたように見えた。
俺のパーティーメンバーに美鈴がいることをこの人は知っているはずだ。いくら米崎でも俺の仲間の前後関係ぐらいは調べるだろう。桐山さん。いや、玲香はそのことをどう捉えているのだろう?
「じゃあ玲香。俺がどういう選択をしようともクエストが終われば連絡を入れます」
「お願いね。祐太」
どうにも彼女からそう呼ばれると美鈴を思い出してしまう。芽依さんはこういう雰囲気を出してくる人じゃなく、玲香はどうやらずいぶん美鈴には隠していることが多い人のようだ。そう思いながらも別れを告げた。
気になっている人が多いようなので、補足しておきます。
美鈴のガチャ結果についてですが、私がガチャを引くのはいつも下書き段階なのですが、実際に文章にしたとおりのタイミングで虹カプセルを美鈴は出しました。
私は正直回していて、もう出ないと思ったので、21回目の結果を見て、そっか美鈴死ぬんだなと思ってました。
だから、美鈴をどうやって殺すか考えなきゃなと思っていたら、22回目で出たのでびっくりしました。





