第十三話 苦戦
「【ステータスオープン】」
桐山さんの目の前に画面が現れる。ステータスが浮かんでいるわけだが、桐山さん側からしか見えないので、俺からはただの光のボードのような後ろが見えているだけだ。
「俺も見ていい?」
カスタマイズしていないステータスを見せるのは、その人の裸を見せるのと同義だという人もいる。本来なら許されるわけもないのだが桐山さんはあっさり頷いた。
「もちろん。後で祐太のも見せてね」
「わかった」
お互い裸を見せ合うと言われたような気がして、内心ドキリとした。
名前:桐山美鈴
種族:人間
レベル:1→2
職業:探索者
称号:新人
HP:8→12
MP:0→9
SP:0→11
力:9→13
素早さ:9→13
防御:9→14
器用:11→15
魔力:0→12
知能:12→14
魅力:40→43
ガチャ運:1
装備:ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
魔法:なし
スキル:なし
「あれ? 魔法もスキルも出てない」
と言うか魅力高いな。
桐山さんって元の俺よりも5倍ぐらい綺麗なんだな。たしか10が平均で、20以上が10人に1人いるぐらいで、ちょっとかわいいぐらいらしい。30以上が1000人に1人いれば良いぐらいで、これぐらいになると誰が見ても綺麗らしい。
40を超えると10万人に一人ぐらいの美人。芸能人でも顔で売ってる人並みだと言われている。50を超えるのは100万人に1人でミスユニバースとかそれぐらいになって、魅力が60以上の人は欧米とかでも活躍できるぐらいのトップモデル級の人。
70以上になってくるとそのトップモデルの中でも更に綺麗と言われる人。探索者ならば高レベル探索者で転生を果たした人とかになってくる。
また探索者になれば誰でも見た目の変化がレベル10まで続き、最終的にレベル10で9~18はあがるらしい。ただ、たまにバグのように魅力が上がっていく人がいて、そういう人はダンジョンに好かれていると言われていた。
「何かおかしい? レベル2ではめったに生えてこないって聞いたけど」
「いや別におかしくはないんだけど」
「何よー。祐太のステータス見せて」
「あ、うん」
言われるまま自分のステータス画面を開いた。桐山さんが見せてくれたのに、俺が見せないわけがなかった。
「何これ? 全然違う。魔法とスキルが一発目で出てる。おまけに相対的にもなんか上がりが凄すぎない?なんでなの? 男と女の違い?」
「いや、それはないと思う。ダンジョンって本当に男女でのステータス差はないようなものらしいし」
最初のスタート時点は確かに男女差があるのだが、レベルアップする上がり幅は男女に違いがない。だからレベルが上がれば上がるほど、最初のステータス差は誤差の範囲になっていくと言われていた。
「じゃあなんで……」
「多分状況によってだよ。桐山さ」「み・す・ず」
「み、美鈴は死にかけてないし、安全重視だったからゴブリンアーチャーとも戦ってない。だから結果が違うんだ」
「そういえば最初に祐太は死にかけたって言ってたね。死にかけたら思った以上に違うのか。これだけ違うと安全策ばっかり取るのも良し悪しになってくるね」
「そうなるね。安全策ばっかり取ってレベル上げすると、同じレベルでもステータスは倍ほど違うってこともあり得るそうだよ」
「とは言え、死んだら終わりだし難しいわね。二人ともレベル2になったし、拳銃で3体まで減らすようにして、今度は2人で3体同時に頑張ってみる?」
「いいの? 危ないよ」
当初は桐山さんがレベル2になったら、拳銃で2体にしてから二人で倒す予定だったのだ。2体が3体になるだけでもかなり危険度が違う。安全に気をつけすぎだとは思ったが、油断すると冗談抜きで死ぬので、それぐらいでちょうどだと思っていた。
「いい。祐太も上を……レベル1000を超えることを目指したいんでしょ?」
「そりゃもちろん」
「私ねフォーリンに死ぬほど憧れてるんだ。だって日本人なのに世界3位だよ。と言うか1位~12位までってほとんどレベル差ないし、実質世界で一番強いようなもんじゃん。12英傑会議だって入ってる。英傑会議入りしてるって事は、ただの個人が先進国クラスの発言力になるんだよ」
ダンジョンが現れてまだ5年である。しかしその5年で世界は大きく変わった。ダンジョンに関してはひどい失策がない日本ですら、政権が何度も変わってる。外国の探索者にも何度も侵略されかけた。
そのたびに自衛隊は負けている。
そして自衛隊が負けると出てくるのが『護国の盾・天使フォーリン』だ。この国は護国の盾が守ってくれる。いつ頃からかみんなそう思うようになった。ただの一人だけの人間が侵略行為から国を守っていた。
他の国でも軍隊が探索者に負けるケースが頻発しており、どの国でも探索者を軽視できなくなっている。
何よりもダンジョンアイテムという希少なアイテムを手にする探索者は経済力もある。恐れられてもいるが憧れられてもいる。それが探索者だった。
「あんなに小さいのにあんなに強いとか憧れちゃうよね」
「俺は『鬼の田中』も好きだけどな」
「社畜の鑑、サラリーマンの星か。年収が100億を超えてるとか噂されてるのに、まだ仕事辞めないとか笑えるよね。あーあ、私も転生先に天使が現れてほしい」
「俺は鬼がいいな。鬼の田中めっちゃかっこいい」
「それには内容も大事なんだよ」
レベル500の時とレベル1000の時に転生先が現れると今のところ言われている。
その先は知られていない。そして過酷な状況でレベルアップすればするほど、転生先は良いものになると言われていた。しかし必ずしも転生とはいいことばかりではない。
その最たるものが、その転生先はひとつしかなく、一つしかない転生後の自分が気に入らなくて転生しない場合はレベル500以上にはなれないということだ。
「きっと探索者としての生き方と戦い方が転生先をより良くしていくんだよ」
「それは俺も思うけど、死ぬわけにはいかないよ」
「わかってる。だから私が死なないように祐太が守って。祐太が死なないように私が守る」
「それでもどちらかが死んだらどうするの?」
「私はそれでも止まらない。だから祐太は死んじゃダメ。わかった?」
「わかった」
分かっていたことだが桐山さんの答えは伊万里とは違った。
「――何かごめん。祐太がもらったものなのに、どっちも私が使ってばっかり」
休憩を終えると桐山さんが再び言ってきた。
桐山さんは十字槍も使う。槍の方が射程が長いので、これだけでも桐山さんはかなり俺よりも安全な状況だ。それに加えてレベルが上がってからも桐山さんは首飾りをつけている。
「そんなこと気にする必要ないよ。レベル3になったら、役割を交代してもらうこともある。それに……み、美鈴と俺は一蓮托生だろ」
未だに心の中では桐山さんと呼んでいる俺だが、実際に呼ぶのは美鈴。やはり照れるし、名前を呼ぶだけで心臓がドキドキした。
「うん、祐太。よし、じゃあ行こっか」
「ああ、行こう」
二人とも、ここからはバックパックに入れていた重装備を出した。
ボディーアーマーをつけ、ヘルメットもして、迷彩ガラの頑丈な軍服も着る。俺に至ってはポリカーボネートの盾も装備した。拳銃は両脇のホルスターに二丁入れてある。近接武器は数打の日本刀で腰に差していた。
重装備になった分、服の中がジメジメして汗で蒸れる。ただ二人ともレベルアップしているおかげで、体力がレベル1の時とはかなり違う。暑さにバテる気配もなく、バックパックに色々入れていたがそれほど重いとも感じなかった。
「やっぱレベルアップってすごいよね。祐太のを見て自分のステータスしょぼいなって思ったけど、ほら」
パン
桐山さんは喋りながら片手で拳銃を放った。そうすると50mほど先にいたゴブリンの胴体に命中する。立て続けに追加で2発放ったら絶命していた。
ゴブリン4体の群れだ。
1体が死んだことで、こちらに気づいてなかった3体がこちらを向いた。
「ギャギャ!?」「ギャ?」「ギャー!」
こちらを人間の男女二人組だと確認して、勢いよく走ってくる。
ゴブリンは人間を見つけたら速攻で襲ってくる。片手で拳銃を撃って見せた桐山さんは慌てるでもなく、十字槍を両手で持った。
「片手でもさっきより照準が安定する。女なのに片手打ちをできる日が来るとはね」
「確認したいんだけど、最初はあいつらから行くってことだね?」
桐山さんが撃ち抜いたのはゴブリンアーチャーだった。
残りの3体は日本刀を全員が持っている。いくら武装したとはいえ、日本刀を持ったゴブリンが3体同時に襲いかかってくる姿は、前なら恐ろしかった。それなのに恐怖が湧き上がってこない。
「うん、アーチャーだけは今のところ先に殺すけど、これ以上減らさない。近接武器だけなら私と祐太なら絶対に勝てる」
「わかった。じゃあ行く!」
俺は地面を蹴った。
装備を背負っていながらも体が急激に加速した。ここまで違うのかというぐらいダッシュ力があった。レベルが一つ上がっただけでもかなり違うとは本当だった。人間の平均がステータス上では10だと言われていた。
それが俺だと力が16、素早さが15になったのだ。平均的な15歳が、ひとつレベルが上がるだけで中学生記録を塗り替えると言われていた。腕力も飛躍的に上がり、片手で日本刀を振り回すことが楽にできる。
ゴブリンは小柄ですばしっこいのに、レベル2になるとその動きが遅く感じられるほどだ。
「やっぱり動体視力も上がってるな。ゴブリンには悪いけど、今日はたっぷり試させてもらう!」
俺はポリカーボネートの防護盾を前に出して、ゴブリンにどんどん近づく。
「ギギャギャ!?」「ギャ!」「ギギギャ!」
ゴブリン達が俺の早い動きに警戒している。
それに構わず俺はポリカーボネートの防護盾を前にゴブリンにぶち当てた。シールドバッシュというやつだ。日本刀を振りかぶっていたゴブリンが、盾の上から斬りつけようとしたのを、その攻撃ごと盾で塞いで体を吹き飛ばした。
ゴブリンの体が宙に浮いて、草原に打ちのめされ、
「【二連撃】!」
スキル名を叫んだ。体がさらに加速した。そして日本刀を一度だけ振り抜いたつもりなのに、二つの軌跡が走り、ゴブリンを三枚におろしていた。
「ほとんど魔法だ」
すごいと思う。だがその暇もなく、横から残ったゴブリンが襲いかかってくる。それでも余裕があり、桐山さんの位置に目を走らせた。
ゴブリン一体に斬りかかられたところを危なげなく横に回避した。一撃を避けられたゴブリンがたたらを踏む。桐山さんがゴブリンの背中に向かって十字槍を振り抜いた。俺はといえば、
「【石弾】!」
今度は覚えたての魔法を使う。
長さ10cmほどのきりもみ状の石弾が現れ、螺旋を描きながら進んでいく。思った以上に狙いはつけやすく、ゴブリンの心臓にヒットする。拳銃の弾丸よりも大きな穴をゴブリンの胸に開けていた。
「結構な威力ね」
桐山さんは背中を斬りつけたゴブリンをさらにもう一度斬りつけた。早くもゴブリンを殺すことに慣れてきたようで平気で話していた。
「どっちも試しに使ってみたけど使えそう。でもMP、SPが全然足りないや」
二連撃はまだあと3回放てるが、石弾をあと1回放てば、MPが尽きてしまう。
「魔法とかスキルは最初の方はもったいなくて使えないとか言うよね。今のところ危ない時に使うぐらいでいいんじゃない。結構余裕あったし」
「そうだね」
「祐太は魔法は土で、スキルは攻撃寄りになりそうだね」
「多分俺は【侍ジョブ】だと思う。日本人には一番出やすいジョブらしいし、 最初のジョブに【二連撃】が出ることが多いんだって」
「そっかー。私は何になるんだろう」
魔法もスキルも最初の一つ目で、その人がどういう成長をしていくか決まる。他の系統の魔法やスキルも出てくるのだが、たいてい最初に出てきた魔法とスキルが一番威力が高くなるし、その人にも合っているらしい。
「美鈴に回復系統が出てくれると助かるんだけどな」
「炎とか攻撃型の方が好みだけど、まあでも回復は早く出てほしいな。それだけで生存率ぐっとあがるって言うしね」
「南雲さんがレベル2になれば思った以上に助かるって言ってたけど本当だね。想像以上に体が動く」
「だって祐太、みんなレベル2になりたくて毎年1月1日に初詣以上にダンジョンに群がるワケだし」
ダンジョンは今でも増え続けている。その増えるタイミングは、最初に現れた時と同じく、いつも1月1日で、現れた瞬間は、モンスターが弱いと言われていた。理由はまだ人間が入ってきたことがなく、人間から何も学んでいないためと言われている。
だから1月1日にレベル2になるのが一番簡単だと言われていた。そのため最近は毎年1月1日の最初の年に、ダンジョンに入ろうとする人が多い。そしてこの日が一番ダンジョンで人が死ぬ日だと言われていた。
「楽勝すぎるし4体にしてみる?」
「了解。私もそれぐらいいける気がしてきた。それにっと」
「それ使うの?」
「むふふ、これなら経験値に支障ないでしょ」
桐山さんが、先ほど撃ち殺したゴブリンアーチャーが持っていた弓を拾った。そしてそれを200mほど離れたゴブリンに向かって放つ。まっすぐに矢は飛んでいく。当てられるのかと思ったが、その矢は命中せず、ゴブリンの群れを大きく飛び越えていった。
「ずいぶん飛ばしたね」
「い、いいのよ。これでこっちに気づいたら向こうから近づいてくるっしょ」
「気づいてないみたいだけど」
ゴブリンはこちらに気付く事もなく何かの肉を焼いていた。
あれは多分シマウマだと思う。丸焼きにしていた。
「次こそ当てるから!」
桐山さんは矢筒も奪って、さらに一本取り出すと、女性の細腕とは思えない力で引き絞り、放つ。ピュッと鋭い音が鳴った。しかしまた外れた。
今度はゴブリンの手前の地面に突き刺さって、ゴブリンがこちらに気付いた。5体の群れだ。矢が当たらないようなので、間引きするため拳銃を構えた。
「待ってよ! もう1回チャンスちょうだい!」
「ゲームじゃないんだぞ」
「1回だけだから!」
「もう……次当たらなかったら撃つよ」
「大丈夫、次は当てる! チェエエエエエエスト!」
弓がしっかりと引っ張られて、かなりの威力で矢が放たれた。矢はほぼ真っ直ぐの軌道で飛んでいく。当たれば拳銃並みの威力なのは間違いない。ゴブリンがかなり近づいてきていた。矢がゴブリン一体の片足を撃ち抜いた。
「見て! 祐太!」
「凄い当てた」
「ふふーん、矢が当たったら拳銃みたいな経験値のマイナスもないんだから、すごいでしょ!?」
「うん、すごいね」
俺はそれを見て走り出した。
「美鈴、弓はそこまでにしよう。あんまり楽な環境で倒してしまうと、レベルアップでマイナス査定が出るよ!」
「あ、ずるい! ちょっと待って!」
俺が走り出したのを見て、それほど遅れることなく桐山さんも走り出した。一体のゴブリンは怪我をしたことで遅れていて、残り4体がそれでも向かってくる。俺一人で4体同時はさすがにまずいので、右に大きく迂回した。
そうするとゴブリンはあまり頭が良くない。各個撃破なんて考えはなく、1体がつられてこちらに向かってきた。しかし残りの3体は桐山さんに向かっていく。
「3体が桐山さんにって……」
「ちょ、ちょっと多い! 祐太、私一人に3体は多い!」
「あ、慌てるな桐山さん! 無理なら拳銃で減らすんだ!」
「い、いや、やっぱり大丈夫! 祐太に借りた首飾りあるし!」
負けん気の強い少女だった。3体同時にゴブリンに群がられ、1体目の攻撃をかわす。しかし間を空けることなく2体目と3体目が同時に向かってきて、斬りかかられて、桐山さんは首飾り頼みで防御を無視した。2体同時攻撃をくらってしまうが、
「桐山さん!」
「大丈夫!」
キンッと硬質な音がする。
首飾りは殺傷能力がある攻撃を見分け完全に防ぐ。桐山さんは十字槍でゴブリンを振り払う。目の前に来ていた2体が吹き飛んだ。しかしゴブリンはその程度じゃすぐに起き上がってくる。
「ちょっ!?」
おまけに攻撃をかわした1体目が、容赦なく桐山さんの体を股から斬り上げてきた。
避けきれずに局部に刀が当たる。首飾りが防ぐが局部を斬り上げられたことに動揺した。そうすると他の2体も体勢を立て直して、さらに斬りつけてきた。ほんの一瞬動揺しただけなのに2体同時に斬りつけられ、まともに受けてしまう。
さらにもう一度、さらにもう一度、首飾りで防がれていることなど全くおかまいなしで斬りつけてきた。さらにもう一体が起き上がってきて、
「美鈴、攻撃をまともに受けすぎだ! そのままじゃ首飾りのバリアが壊れる! 避けて!」
「わ、分かってるけど!」
一度リズムを崩されて立て続けに攻撃を食らった。
ボディアーマーはつけているが、首飾りがあることでヘルメットまではしてなかった。頭を刀でかち割られたら死ぬ。大体、腕とか足にはボディアーマーはない。俺は焦ってしまって、1体目の処理がうまくいかなかった。桐山さんが死んでしまう。
「経験値なんて今はどうでもいい!」
俺は拳銃をホルスターから抜いてすぐに放った。
「桐山さん撃て! 拳銃で殺せ!」
「わ、わかった!」
俺は自分が相手をしていたゴブリンを速攻で撃ち殺す。3発打ち込んで絶対に起き上がらないようにして、桐山さんへと走る。桐山さんも拳銃をゴブリンに放とうとしていたから、それに当たらないように、回り込んだ。
パンパンパン
桐山さんがなんとか1体を仕留めた。
しかし、2体目3体目と距離が近すぎた。首飾りは殺傷能力のない攻撃を防がない。押し倒されてもみ合いになる。ゴブリンは性欲に忠実なモンスターだ。よだれを垂らして抱きついて、アーマー越しにむしゃぶりつかれる。
「ギャギャ!」「ギャーギャ!」
さらにもう一体のゴブリンが桐山さんに抱きついてきた。
「い、いやああああああああああああ!」
「落ち着け!!」
初めて桐山さんの女らしい部分が見えた。俺は桐山さんに襲いかかるゴブリンを蹴っ飛ばした。そしてしっかりしがみ付いているゴブリンを引き剥がし、地面に転がす。それなのにまた抱きつこうとしてくる。
「お前がバカで助かったよ!」
刀を抜いて、ゴブリンにとどめをさす。
蹴り飛ばしたゴブリンにもとどめを刺した。
桐山さんが拳銃で撃ち殺したゴブリンも一応、首を切り落としておいた。まだゴブリンの声がして、そちらを見ると桐山さんが矢で打ち抜いたゴブリンだった。離れた位置にいたゴブリンにもとどめを刺した。
そこまでしてようやく一息ついた。冷や汗がどっと流れてきた。俺は桐山さんの下に戻った。
「桐や……じゃない、美鈴、大丈夫? 何とかなったよ」
「…………」
俺が周囲を確認して戻ってくると涙目で、桐山さんは血の気の引いた顔をしていた。
ポケットティッシュを出してそっと渡しておいた。鼻をかんで涙を拭く。少しまたズボンが濡れてしまっていたが、それはもう見ないふりをした。そのうち乾くだろう。
「祐太、怖かったよー」
身だしなみを整えて桐山さんがさすがに弱音を吐いて抱きついてきた。二人ともボディアーマーをつけてるからコツコツしている。
「俺も美鈴が死んだかと思って死ぬほど怖かったよ」
「私全然ダメダメだー」
目の前に桐山さんの顔があり、離れるのも嫌だというぐらい抱きしめられていて、至近距離で話しかけられた。
「いいよ。美鈴が危ない時は俺が守る。俺が危ない時は」「私が守る」
桐山さんが続けてこちらを見た。
「だよね?」
「うん」
「ちょっと調子に乗ってた。ごめん。改めて危ないことしてるんだってわかった」
「でも二人でよかった」
「うん、本当に祐太がいてくれてよかった。一人だったらあの状況は、もう死んでたか、ゴブリンの慰み者になってたか。あーやだやだ。初めてがゴブリンになってたかと思うとゾッとする」
改めて南雲さんが仲間を探せと言っていた意味がよくわかる。俺だってあのぐらいの油断はしてしまう。そして一人だったらその時点で終わりだ。
「私ゴブリンがこっちに3体も向かってくるとは思わなかった」
「ごめん。あれは俺の行動も悪かった。こっちが正面から行かずに回り込んだら残った4体のゴブリンが2体ずつに分かれるって勝手に思い込んだんだ。でも実際は全然違った」
「ゴブリンって本当に女好きなんだ」
シマウマを焼いて食べたり、動物にはない賢さを見せる一方で、ゴブリンは本能を優先させる。これからはそのこともちゃんと考えて動かなきゃいけない。
「男でステータスが上の俺に一体しか来なくて、むしろ女の方に群がっていくんだ。あの行動はもう二度ととらないようにする。本当にごめん」
「ううん、私が悪い。3体が向かってきた時に祐太は拳銃を使えって言ったのに、私はつい経験値のことを考えて使わなかった。本当は、3体も群がってきてゾッとしてたのに」
「一旦ダンジョンショップに帰って休憩する?」
桐山さんの動揺がひどい。それに多分ズボンだって履き換えたいだろう。
加えて言うなら、くに丸さんの動画でも、『危機的な状況に陥って助かった後は、十分休憩すること』と言っていた。興奮しているから冷静な判断が出来なくなっているらしい。
「それはいい。今日中にレベル3になりたいし」
「焦る必要ないと思うけどな。Dランなんて、1学期全部使ってレベル2になるとか言ってたじゃないか」
「私と祐太をそんなのと比べないでよ。あんなの遊びでしょ。それに、本当はうちの親、全然納得してなくて黙ってここに来たの。多分今頃学校に来てないって家に電話入って、死ぬほど心配してる」
「そんなことしてたの?」
まあ俺も人の事は言えない。あんな親でも15歳でダンジョンに入ると言ったら納得しなかったからな。桐山さんなら余計だ。
「反対ばっかりして全然聞いてくれないんだもん。でも今日中にレベル3になったら話は違うと思うんだ」
「本当に大丈夫なの?」
桐山さんも俺も15歳である。あまりに親が反対することをやり続けることはできない。レベルが上がると腕力や経済力でどうにかなってしまう時代ではあるのだが、その場合親との関係はかなり致命的になる。
「ダンジョンなんて簡単にレベルが上がる。って思わせないと本当に来れなくなっちゃう」
それはむしろ逆じゃないだろうか? Dランが1学期を使ってレベル2になるのが大げさだったとしても、相当慎重にレベル2にするのだ。子供の心配をする親なら、子供が急激にレベルアップする方が余計に心配すると思うんだが。
「わかった。でもちょっと待って。とにかく首飾りのバリアが回復するまで10分の休憩と、確認事項を読んでみる」
それでも止めなかった。
桐山さんがダンジョンに入り続けたい以上に、俺だって桐山さんとダンジョンに入り続けたい。そして俺の親だって、いつ強引に止めてくるか分からない。それをされないために一番手っ取り早いのがレベルアップだ。
皮肉なことに親にダンジョンを反対されればされるほどレベルアップしなきゃと思った。





