第百二十七話 Sideエヴィー 魔女①
『エヴィー。レベルの低い順番から教えておくね』
『ええ、お願い』
『レベル50~70がブラックスライムと狼人間。この階層は同じ種族でも強さが一緒のやつがいなくて、モンスターによっても個体差があるの。ブラックスライムとか狼人間でも一番強いやつになると、エヴィーの召喚獣総当りでも苦しいよ』
『ミスズ、この2種類は弱い方なのよね?』
『うん。弱いよ。次に弱いのがレベル60~90のオークとガーゴイルと鎧騎士だね。全部超強いからまず狙わないように気をつけてね。まあでもこいつらはラーイなら逃げ切れると思う。スピード的にやばくなってくるのが、この次のやつ』
昨夜のミスズとの会話を思い出していた。ミスズとは10日ぶりに会うことができたが、レベル50でレベル上げをとめるしかない私達と違う。ずいぶんと強くなってレベル65になっていた。そのせいか何か吹っ切れた感じがした。
『その上のレベル80~110のゴーレムと巨大蠍。こいつらは異常なほど硬くて、思いっきりバフをかけても矢が一切突き刺さらない。超速いし、それに【気配遮断】もあんまり効かないみたいで、近づきすぎると私でもバレる。だから気をつけてね』
『ねえ、まさかもっと強いやついるの?』
『いるんだよ。レベル100~130のワイバーンとオーガと巨大髑髏。こいつらはもうヤバい。多分祐太でもレベル50じゃ攻撃通せないと思う。だからこいつらに遭ったら逃げる一択ね』
ミスズは隠密スキルと気配を読むスキルも生えているようで、それも駆使して、この10日間で九州ほどの広さがある統合階層のモンスター情報を集めてくれていた。その情報を思い出しながらも、広大すぎるエリアを見つめた。
《ニューヨークか……》
外国人が思い描く、これこそニューヨークとも呼ぶべき場所にきていた。世界で最もにぎやかな広場タイムズスクエア。世界の交差点なんて呼ばれる場所。正月のカウントダウンなんかは人口密度が凄いことになる。
道路にはイエローキャブやアメ車や日本車。リムジンなんかの高級車も珍しくない。そんな賑やかな光景から人だけがいなくなり、巨大な電光掲示板に光が灯ることもない。私はここを歩くのが昔から好きだった。
ボスに着けられたデビット達は護衛しにくいから勘弁してくれという顔をしていたけど、好きだった。
「今はもうあんな光景も広がっていないのよね」
ニューヨークは弓神の庇護の下、徐々に復活してきているという話だが、いろいろな物資もお金も足りていない。どこの地域でも、もうかつてのようなアメリカを見ることはできない。私は寂しい気持ちになってそこから離れた。
「この建物」
ラーイに乗りながら、リーンと合体して、物陰に隠れながら移動する。オークが車を踏み潰して歩いているのが見えた。今の私たちだと敵にすると一体でも命がけの死闘になるだろう相手。だから息を潜めてオークが通り過ぎるのを待った。
「やっぱりそうだ」
豚の頭をしている化け物が通り過ぎて、私は物陰から出る。目の前にある建物。壁が白く塗られ屋根は尖塔のようになっていた。城のような形のホテルだ。ニューヨークが荒れていなかった頃、ファッションショーが開かれた。
それがこのお城のようなホテルだった。まだ子供だった私はゲスト扱いで参加していたんだ。ランウェイを初めて歩いた。モデルのこともよく分かっていなかったけど、煌びやかな大人たちに囲まれて、誇り高く感じたのを覚えている。
《全部の建物を確認しなきゃよね?》
『自分で判断してくれ』というようにラーイとリーンから返事はなかった。私が今探しているのは魔女の家だ。レベルが目標の50まで上がった私は、敵に見つからないように気をつけながら魔女の家を探していた。
隠密スキルに長けているクーモはあの図体で偵察向きである。二手に分かれることにして単独行動をしているクーモと【視覚共有】をする。ニューヨークに居ながら目の前に砂漠の光景が広がった。
クーモは探索範囲が砂漠にまで及んでいるようだ。
《クーモ、平気?》
かなり離れた場所にクーモがいるのを感じる。10㎞は離れている。砂漠の砂嵐だった。砂に足を取られながらも進んでいる。クーモは目が八つもあり、人間とはかなり違う見え方をして、常にぼやけたような視界だ。
それでもはっきりと砂嵐が起きているとわかるほどの嵐だった。
《ねえ、平気なの?》
《……》
相変わらずクーモから言葉というものは返ってこない。でも戸惑っている意思を感じる。砂嵐に戸惑っているのか? まあ危険を感じているわけではなさそうだったから、長く共有していると酔いそうになるクーモの視界を自分へと戻した。
「入ってみるか」
どの道、この中も探索しなければいけない。お城のようなホテルへと私は入った。
《ラーイ、どう? モンスターはいない?》
《今のところいない》
《リーンも同じ》
ホテルの中に入ると電気が来ていないので暗かった。エントランスは大理石の床。足音がやたらとよく響き、廊下はふかふかの絨毯。踏みしめながら歩く。豪華な造りなのに明かりが一切なく、人もいないとなるとゾンビ映画のようだ。
何かないかと一つ一つドアを開けて確かめていく。
まさか本当にゾンビが出てこないでしょうね。
ダンジョンの中ではあり得ることすぎて笑えない。大広間への扉が見つかる。そうだ。ここで、ファッションショーがあったのだ。私は思わず勢いよく扉を開けた。扉の中が暗幕に覆われて、なぜか真っ暗で【暗視】を唱えた。
「ランウェイがあるわ……」
ダンジョンが気でも利かせてくれたのだろうか? ニューヨークにあるお城のようなホテルの大広間。ちょうどファッションショーが開かれていたところを切り取ったように、ランウェイがあった。
「まるであの日みたい」
ダンジョンが現れて荒れ始めていた時期だった。まだダンジョンは崩壊していないけど、徐々に超人とも呼べる強い探索者が出てきて、絶対に負けることがないと思っていたアメリカ軍が負けた。
日本ではもっと早く起きていたことだけど、アメリカはダンジョンを閉鎖していたから、軍隊が負けるのはそれから数ヶ月遅れてのことだった。あの日の衝撃は今でも覚えている。専守防衛なんてものを掲げている日本だから起きた事態だと思っていた。
でも違ったのだ。
アメリカに襲い掛かった探索者の名はロロンとゲイルだった。先頃、ついにニューヨークを手に入れてしまった12英傑の二大巨頭だ。昔からアメリカにしょっちゅうちょっかいを出してきて、そのたびにアメリカは国威を失っていった。
《主》
《何かいるよ》
《いるの?》
ここはダンジョンだ。あの日のニューヨークじゃない。どれだけ似ていても違う。私はラーイとリーンの言葉を聞いて、敵がいるのだと認識する。自分の感覚ではどこに居るのかわからない。だから自分の五感をラーイと共有させる。
そうすると周囲の音と匂いも鋭く感じられるようになる。【五感共有】というスキルで、召喚獣と五感を共有できるようになる。そうすると、より視界が開けて、物音もよく聞こえるようになり、匂いも鋭敏に感じられるようになった。
《確かにいるわね》
何か巨大な鼓動が聞こえた。ゾンビじゃない。ゾンビに鼓動はない。巨大な生物がいる。自分の嗅覚だと感じられなかったのに、ラーイの嗅覚ならば生物の匂いが感じられた。
ラーイと共に素早く物陰へと隠れた。
かつてはトップモデルたちが歩いていたランウェイにふっと何かが浮かびあがった。それは巨大な蠍だった。ミスズから聞いていた情報のやつだ。大きい。こいつは一体どうやってこの建物の中に入ったのだろう?
《クーモより大きくない?》
《確かにな》
黒い甲殻に覆われている化け物。
ランウェイと同じぐらいの長さがある巨大蠍。どう見ても巨大な蠍だからそう呼んでいるけど、正式名称がちゃんとあるのだろうか? 気付かずに調子に乗ってランウェイに登っていたら、こいつに食われていたかもしれない。
《主、慎重に下がるぞ。ミスズの情報ではレベル80~110。今の私たちでは厄介そうだ。戦って勝てたとしても、レベルが上がってしまうのでは意味がない》
《ゆっくりー》
ラーイもリーンも緊張しているようだった。ラーイがゆっくりと後ろに下がっていく。物音を立てないようにリーンが私と合体したまま【暗視】で後ろを確認する。そのとき何かが崩れたような大きな音がした。
巨大蠍が動いた。巨大蠍がこっちを見た気がした。
《バレた?》
《そう思った方が良さそうだ》
《逃げる!》
こういうときに一番速く動きだすのはリーンだ。ブルーバーが私の手から伸び、入ってきた扉を掴んで、私たちの体を引き寄せる。ラーイもそれに合わせて跳ねた。後ろで巨大蠍が物々しい音を立てて動いている。
ラーイが【瞬足】を唱えた。普通に乗っていただけなら振り落とされそうな加速。踏みしめるたびにどんどん速くなっていく。会場になっていた大広間を出て赤い絨毯の廊下を走る。巨大蠍が廊下の壁も床も破壊しながら追いかけてきて、リーンとの【視界共有】で後ろを確認すると、
《ラーイ! 向こうの方が速い!》
《小回りは私の方が利く!》
ラーイが廊下を伝ってエントランスに到達し、正面玄関のガラスを突き破って外に出た。巨大蠍も追いかけてくるけども、ラーイがもう一度方向転換して視界から逃れた。
ラーイが方向転換する前の方向に巨大蠍は全速力で走った。建物など関係ないとばかりに、まっすぐ突き進んでいく巨大蠍の破壊音がどんどん遠ざかっていく。
《ほお、逃げられたわね》
《やれやれ、この階層に安全地帯はなさそうだな》
一旦休みたいところだがそんなことも言っていられない。再び、魔女の家を探して建造物の中に入っては出てくる。イースト川沿いを走っていると本当にアメリカが華やかだったあの頃に戻った気がした。
川縁に矢に撃ち抜かれて死んでいる豚の頭を持つ生物がいた。ミスズが殺したオークだろう。
『オークは喋るからやりにくい』
と愚痴っていたが、順調にレベル上げはできているようだ。
《主、クーモはどうしている?》
リーンが聞いてきた。リーンは離れて探索しているクーモが気になるようでよく聞いてきた。私は再びクーモと【視界共有】をした。そうすると視界が急に暗闇に閉ざされた。
《なんだか暗い所に居るみたいでよく分からないわね。クーモここはどこ?》
砂漠エリアなのか? クーモも暗いと感じているのがわかった。よく見るとどうやら砂嵐に完全に呑み込まれてしまったようだ。ずっと砂漠エリアにいるのか? クーモの方から《戻してほしい》という意思を感じた。
《迷ったの?》
こちらが尋ねると、いまいちなんと言っているのか判断しにくい意思を感じた。私が今いる周囲に対する警戒も怠るわけにはいかないので、クーモとの【視覚共有】は常にオンにしていない。オンにしていない間に何かあったのか?
《いいわ》
「【召喚獣転移】」
私は自分の手元に召喚獣をいつでも戻すことができる。それを使用したことでクーモの巨体が目の前に現れたはずである。姿は隠したままなので、私でも目の前にいるのかどうか判断できない。だけど居るはずなのだ。
体に触れようと手を伸ばすと、クーモの専用装備、レッドアーマーの感触がした。
《主、クーモか?》
ラーイが聞いてきた。私が【召喚獣転移】を使いクーモを呼び寄せたことだけは分かったようだ。
《ええ、どうやらクーモが何か見つけてくれたようよ》
何か大事なものを見つけたという意思を感じる。それでもクーモが戸惑った意思も伝えてくるままなので、どうしたものか分からなかった。ただ100キロほど先の場所に《ついてきてほしい》と言っていることだけは分かった。
《何かとは何だ?》
《それが分からないのよね。クーモ自身がわかってないみたいだし……いいわ。ともかくラーイ。クーモに乗り換えるわ》
《了解》
一日でも早くラーイを進化させてあげたいが仕方ない。騎乗する召喚獣を変更する。赤い甲冑を着た巨大蜘蛛が姿を見せた。リーンがブルーバーでクーモを掴み、その背に乗り上げる。
そのままブルーバーで私の体をクーモの体に固定していく。ブルーバーはリーンのレベルが上がるほど体積を増やせる。今では私と合体したままラーイやクーモとも合体してしまえるようになっていた。召喚獣二体と一つになった。
それと同時に、合体した体が透明化していく。クーモの専用装備であるレッドアーマーは触れた対象物の体も透明化することができる。リーンもだけどクーモも凄い。種族進化した二体が優秀すぎるほど優秀だ。
これでラーイを種族進化させることに成功すれば、私もきっとレベル1000を目指せる。でもどうしてラーイは種族進化できないのだろうか。一番直近の悩みがそれだった。
《クーモ。あなたが戸惑った場所に行きましょう》
クーモの行きたい場所について行く。ブロードウェイに来ていた。通りの真ん中を巨大蜘蛛が、放置されたままになっているイエローキャブを避け八本の足で器用に歩いていく。体重が重いからアスファルトが壊れた。
狼人間が奇妙に思って周囲を見渡す。こいつらは鼻が鋭いので、結構クーモに気づく。一々戦っているとレベル51になってしまう。それはよろしくなかった。
《突っ切りましょう》
クーモを急がせた。どれだけ気配を消しても誤魔化しきれない潰れるアスファルト。そして足音も響かせながら、クーモが一気に走り出した。
《クーモ行け! 姉が許す!》
車や街路樹が薙ぎ払われる。リーンが無責任なことを言っているけど実際、周囲を気にする余裕はない。この階層にはレベル100を超えるやつらも結構いる。そういう奴らは感覚器官も優れ、派手に動くとクーモのことを見つけてしまう。
見つけられる前に突っ切った方が早いと判断したが、後ろの方で大きな鳴き声がした。
《主、空!》
リーンに言われて見上げると上空にワイバーンが飛んでいた。
《あいつ、この階層の最強よね?》
ミスズが10日間かけて集めた情報によれば、この階層で最も強い三種類の生物のうちの一角である。この階層はレベル100まで上げることが出来る。だから、レベル130のモンスターがいることは別に不思議でもなんでもない。
でもレベル上げができない状態だ。かなりまずい。今まで勝てない敵が出てクーモを八回呼び戻している。それでも八回とも死に掛けた。自分がなぜ今生きているのか、不思議になってくる。そして今が一番やばい気がする。
《クーモ【韋駄天】!》
リーンがクーモに言っているのが分かる。クーモが地上を凄まじい速度で突き進み出した。しかし、クーモよりもまだ巨大なワイバーンが、翼を広げて、あろうことか弾丸よりも速く飛んでくる。
《主、【ブルーノヴァ】行くよ!》
リーンが専用装備スキルの名前を【意思疎通】で伝えてきた。
《やるの?》
《当然。普通に逃げても逃げ切れない!》
こういう時のリーンの勘はよく当たる。この子は戦いに対してだけはプロフェッショナルだ。だからリーンが言うのならそうなのだろう。
《いいわ。やってやるわよ! リーン変形!》
《了解》
どうせ私達の攻撃でワイバーンは死んだりしない。レベルアップする心配もないのだから好き放題に撃ってやる。私は左腕を構えた。そうするとリーンが変形して砲身の形を取って、エネルギーを充填させていく。
《エネルギー充填率50%……70%……90%》
リーンと私とクーモ。その生命力を消費して放つリーンの高威力砲。
《装備スキル開放! 【ブルーノヴァ】!》
青白い閃光が走った。その閃光は帯となり、ビルを輪切りにしてしまう。そのまままっすぐな青白い線がワイバーンの翼を焼いたはずだった。しかし寸前で恐ろしいほどの垂直飛行を取り、ひらりとかわしてしまう。
《主! こいつ当たらん!》
《ちっ、次!》
《エネルギー充填率30%……50%《もういいから撃つ!》【ブルーノヴァ】!》
再び放つ。だが躱される。なんという飛行能力。あんな図体で空を飛んでいるとは思えない。たとえ地上であってもあんな急激な軌道は無理だ。
《動くな! 避けるな! 大人しく死ね!》
リーンが無茶な注文をして叫ぶ。徐々に彼我の距離が迫ってくる。ワイバーンの巨体で弾丸のように速く迫り来る。嘴が届きそうだ。
《クーモ! 曲がりなさい! 建物を盾にするの!》
いつもならそんなこと命令しなくても自己判断でやってくれるのだが、どういうわけかクーモはひたすらに通りをまっすぐに突進していく。
《クーモ!》
ワイバーンが1mほどの距離まで迫る。クーモも速いが向こうが速過ぎた。避けなければ当たる。当たれば間違いなく一撃でこちらは致命傷だ。しかしクーモは避けようとしない。まっすぐ走ったままだ。
《私の言うことを聞きなさいクーモ!》
《主、待つ。何か考えがあるみたい》
そこにリーンが口をはさむ。ワイバーンが寸前まで迫っている。そして、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
何かスキルを唱えようとしているのがわかる。【咆哮】だろうか? 衝撃波が来て、
《クーモ。ダメ!》
本当に死ぬ? やはりちゃんとした自分の召喚獣じゃないから、言うことを聞いてもらえないの? そんな考えが沸き起こった。しかし寸前でクーモはなんとか躱してくれた。衝撃波が正面のビルに大穴を穿つ。
「クーモ、曲がらないのはどうして!? 言いなさい!」
私は叫んだ。それでもクーモはまっすぐ走り続ける。何を考えているのだ? ブロードウェイの通りを走り抜けた。その先に砂漠のエリアが広がっていた。この通りの先が砂漠なんて統合階層の地理は無茶苦茶だ。
目の前に広がる荒涼とした大地。急激に景色が変わりエジプトのギザ砂漠が目に飛び込んでくる。ワイバーンを背にして、開けた場所に出るなど自殺行為もいいところだった。
「どうしてこんなところに? 余計、目立つじゃない!」
怒ってしまう。
《いや、主》
しかし、私の心配をよそに、
「……え?」
どうしてかワイバーンの動きが止まった。そして砂漠から少し入ったところで引き返していく。
「なんで?」
《ワイバーンはここに入りたくない。リーンも出来れば嫌》
ワイバーンが飛んでいってしまう。あんな化け物が入りたがらない場所に自分たちは来たのか?
「ごめんなさいクーモ。あなた、これが分かっていたのね。でも、どうしてここ?》
半信半疑でギザ砂漠を見つめる。ピラミッドから離れた場所のようで見えない。本当に砂漠しかない場所。急激に太陽の光が強くなった。三階層のサバンナの強烈な暑さを思い出した。
《クーモ、ここでいいの?》
クーモは自信がなさそうではあるが頷いた。【意思疎通】が届く感覚はあるし、私にはクーモの感情が伝わっては来る。だけど、知能が高い割に一切喋れないので完全な【意思疎通】ができない。やはり不便だった。
「あなたのせいじゃないわね。いいわ。あなたの連れて行きたいところに私を連れて行って」
クーモは高さも4mぐらいある。視界がとても高い。その場所から見渡しても砂漠以外には特に何も無いように見えた。
《主。クーモがラーイを呼ぼうだって》
《そうね。そうしてあげましょう》
リーンの方がクーモのことが分かるらしい。ラーイを召喚すると私はそちらに乗り換えてクーモが先導してくれた。八本の足が動き出す。何も障害物の無い中でクーモを見ると改めて大きい。足を伸ばせば10mはある。
まだまだ使いこなしてあげることが出来ていないと反省する。リーンやラーイのように完全に言うことを聞いてもらうこともできない。こんなことだからラーイの種族進化をさせてあげることができないのか。
弱気になりかけて頭を振った。
《すごい砂塵ね》
砂漠エリアは風がすごい。砂が大量に舞い上がっていた。砂嵐は私の視界を閉ざし1キロも進んでしまうと、すぐに自分がどこを進んでいるのか分からなくなった。
《リーン分かる?》
《無理》
《ラーイは?》
《残念ながら無理だ》
《仕方ないわね》
スマホを取り出して、地図を確認した。しかし、画像が歪んで見ることができなかった。電波状態が悪いのか?
《クーモ、大丈夫?》
クーモが私の声にうなずいた。そもそもこの状況を苦にも思っていないようだ。クーモはどうも五感以外の感覚器があるみたいだ。私には理解できない蜘蛛の感覚器官を使って、砂漠の中を悠然と進んでいく。
道中にモンスターが現れることはなかった。ワイバーンが引き返したことといいこのエリアはモンスターが近づかないようになっているのか?
《嵐の前の静けさ!》
リーンがどこで覚えたのか日本のことわざを言う。覚えた言葉を使えて本人は満足そうだ。
《ワイバーンが逃げたことといい気味が悪いわ》
どのモンスターもこのエリアに近づきたがらない。どれほどレベルの高い人間からでも逃げたりしないといわれるモンスター。それが近づきたがらない。リーンも『出来れば嫌』と言っていたくせに気楽な子である。
それでも私たちは進み続けた。あまりの砂嵐に暗くすらなっていた。だが目の前に光が見えてくる。
「何?」
その光へと進んでいくと急にピタッと砂嵐が止んだ。いや止んだというよりもそのエリアを抜けたようだった。そして巨大な建物が砂漠の真ん中に現れた。まるで台風の目のように巨大な建物の周りだけ砂嵐が止んでいた。
「ブルジュハリファ?」
この階層にはやたらと大きい建物がある。目の前にある建物もそうだった。
【ブルジュハリファ】
世界で最も高い建物。こんな巨大な建物を建てる必要があったのかと思えるほど高い建物。アラブ首長国連邦の一つであるドバイにある建物。ドバイはダンジョン閉鎖をしなかった国の一つとしても有名だ。
もともと原油高に後押しされて繁栄を謳歌していた国である。ダンジョンが現れてからの政策においても、日本と同じダンジョンに対する国レベルでの不干渉を貫いた。おかげで、その繁栄は今も続いている。
なんでもダンジョンを宗教的にとらえ『神の意志に反することはできない』と閉鎖しなかったのだそうだ。それが今でもドバイの繁栄を支えているのだから、今となっては馬鹿に出来ない考え方の一つだ。
ただ今のドバイの政府は、実は探索者にすでに乗っ取られているという噂もある。その結果が繁栄だったというなら、アメリカもさっさと乗っ取られれば良かったのかもしれない。
「現実にも確かに上級ダンジョンがあるけど」
ブルジュハリファの前には現在上級ダンジョンがあり、そのせいもあってドバイはかなり強い探索者がいる。おかげでファッションショーや華やかなことが今でもたくさん行われて、私も何度か招待されたことがあった。
砂漠の真ん中にぽつんと聳え建つ現実に存在するものとはおそらく別のブルジュハリファ。あまりにも場違いであっけにとられた。モンスターはどうやらこの建物に近づくことが嫌だったらしい。
ユウタやミスズは最近敵の気配的なものがわかるようになってきたらしい。でも私はそういうのはさっぱりだった。この中にモンスターを怯えさせる何かがいるのか?
《この中?》
クーモに確認すると、うなずいたので間違いないようだ。
《どうやって入ったの?》
なんの事を言っているのだという感じでクーモが首を傾げた。
《主。クーモはこの中に入っていないんだって。ただ、ここが超怪しいから主を連れてきたんだって》
リーンがクーモの考えを翻訳してくれた。
《そうなの……》
つまり入るかどうかの判断は私に委ねられているということか。
《どうする?》
ラーイが聞いてきた。
《そうね》
この中に何かがいるのは間違いなさそうだ。ワイバーンですら怖がって近づかないところを見ると、あるいはレベル200を超えた存在なのかもしれない。まさかそんな化け物と戦えとダンジョンも思っているわけではない……と思う。
それでもここにそんな存在がいる以上は、クエストと何の関係もないとは思えなかった。私はできる限り早くクエストを終わらせたかった。S判定をとればユウタのステータスアップができる。
そしてクエストが終われば、レベル50以上になることもできる。そうすればミスズのために、ガチャコインを集めることも再開できる。
《いいわ。行きましょう》
私はクーモを一旦召喚解除した。いくら巨大な建造物でもクーモの体が入るわけがなかった。ラーイの上に乗ったまま私は中へと入り込んだ。





