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第百二十六話 Side美鈴 隔絶

 臭いで感付かれたの?


 水浴びはしている。でも中学に通っていた時ほど、綺麗にはできていない。狼人間三体は、私のおよその位置がわかっているようだ。私は【黄金花】で無銘装備の弓を強化してもらった。


 銀カプセルから出てきた装備なので、専用装備ほどの能力はない。それでもかなり強くはなった。だから大丈夫。感付かれたぐらいなら大丈夫。相手がレベル60でもいける。逃げたい気持ちを抑える。


「ふう」


 狼人間(レベル60)から逃げるようでは、この階層で私が一人でレベル上げをすることはできない。弓を構えた。落ち着け、向こうのレベルが高いといっても、三階層のゴブリンのように鎧を着ているわけではなかった。


 見たところスピード特化で防御系のスキルがあるようにも見えない。それなら矢が当たりさえすれば必ず仕留められる。


「【レベルアップ】【レベルダウン】」


 自分に【レベルアップ】を唱えて、相手に【レベルダウン】を唱える。だが、【レベルダウン】の方は手ごたえを感じない。敵のレベルの方が高い場合、レジストされてしまうことが多いのだ。そういう時どうするかといえば、


「【レベルダウン】【レベルダウン】【レベルダウン】【レベルダウン】【レベルダウン】【レベルダウン】【レベルダウン】!」


 相手にデバフがかかるまで唱えまくるだけだ。


「なんだ? 干渉を受けたよな?」


 狼人間が一体首を傾げた。


「ああ、少し動きが重い」

「どうする?」

「俺はなんともないように思うが、とりあえず【瞬足】だろ」


 二体に【レベルダウン】のデバフがかかったのを感じる。デバフがかからなかった奴が気になるけど、これ以上はSPがもったいないし、何よりも狼人間が、


「「「【瞬足】!」」」を唱える。


 三体が私の方に向かって、急激に接近してくる。動いている敵に矢を当てるのは死ぬほど難しい。落ち着け。いくらスピード系に見えても向こうはランダムに動いたりはしてない。


 焦って射った矢なんて当たらないぞ。しっかり矢にもバフをかけるんだ。私の得意技は不意打ち。矢にすべてをかけるんだ。


「【金剛弓】【変色】【精緻五射】!」


 私は脳内で【精緻五射】で放つ五本の矢の行き先を全て確定、矢をスキルによって一気に放つ。装備強化した弓が金色に淡く光り、矢に貫通する魔力を上乗せしてくれる。


「行け!」


 大砲を放ったような重低音が響く。力も強くなり、スキルも強くなった。おかげでコンクリートの壁ぐらいなら突き抜けるぐらいの威力が発揮できる。当たれば必ず相手に刺さる。


「更にオマケよ! 【金剛弓】【変色】【誘導弾】!」


「何かくるぞ! 散れ!」


 逃がさない!


 景色と同一化させたはずの矢の色をどうやって気づいたのか知らないけど、ヒットする直前ですべてかわされてしまう。しかし、次の矢はもうすでに放たれていた。


 レベル42になるまでに新しく生えた【誘導弾】


 自分の意思で矢の軌道を完全にコントロールできる。


「【加速】【変色体】」


 私にも祐太が最初の頃に生えた【加速】が生えた。とにかく場所を移動する。そうしながらも必死に矢をコントロールして、


「なんだ!?」

「おい! 何かもう一つ追いかけてきてるぞ!」

「死ぬぞ! よけろ!」

「分かってっ!?」


【誘導弾】を狼人間の頭部に命中させた。頭の半分が吹っ飛んだ。


「よし!」


 一体殺せた。だからってモンスターが怯えて引き下がってくれるわけじゃない。私の匂いをたどってすぐ傍にいた。


「この辺かよ!」


 狼人間の足が私の腹をとらえる。大体の位置だから完全じゃない。【気配遮断】と【変色体】で私が見えてない。それでも一度当たればさらに位置がわかるようになる。フィジカルはあちらの方が上。


 お腹痛い。ゴブリンと違って女とか関係なく思いっきり攻撃してくる。


「嫌になるね!」

「よくもやってくれたな! 逃がさんぞ!」


 こんなに近づいたらもう弓では無理。マジックバッグから槍を取り出す。南雲さんが祐太にくれた十文字槍。外に出るたびに研ぎに出して、まだ使っている。これを持つとちょっと祐太の力をもらえる気がするんだ。


「【三連槍】!」


 今度は狼人間の心臓を突き刺す。やったぞ。レベル60を二体殺せた。


「ごぶっ」

「く、くそが! おい、大丈夫か!?」

「気をつけろ。こいつ強い……」


 言葉を残して二体目の狼人間が、アスファルトの道路に横たわる。私も一人で出来るじゃない。いやいや、油断したらダメ。よく分かんないけど、こいつらレベル60にしては動きが悪い。


「なんだろう。手慣れてない感じ?」


 私が見えないことにかなり向こうは翻弄されている。【変色体】は周りの景色と同化しているだけだから、本当はかなり目を凝らせば、私の姿は見える筈だけど、そのことが分かってない気がする。


「まだそこに居るか!?」


 狼人間が何かを恐れるように叫んだ。


「聞いてきたって返事するわけないじゃん。まあ【気配遮断】で声が聞こえないでしょうけど。でもどうせなら匂いもしなくしてほしいよね」


 残ったのはデバフがかからなかった奴だ。私は狼人間の心臓に突き刺した十文字槍を引き抜かずにそのまま残した。経験上、引き抜く時に時間がかかると、その時に狙われるのだ。一旦、十文字槍を捨てると狼人間から距離を置いた。


「槍を捨てた……」


 そのことに気づいて、狼人間は慌てて姿を隠した。私の位置は大体分かっているのだろう。私からの攻撃を警戒して見えない場所にいってしまう。でも声は聞こえた。


「効果的にスキルを使ってくる。槍を手放してしまうところも思い切りがいい。久しぶりに降りてきただけのことはある……【ドスッ】へ?」

「終わりっと」


 よし、ごちゃごちゃ喋っている間に【探索網】で位置を把握して、【誘導弾】で仕留めてやった。


「殺し合いなんだから悪く思わないでね」


 喋るモンスターが増えてきている。喋るほど知能が高い。知能が高いと色んな奴がいた。今までのやつらは、がむしゃらに向かってくるだけだから、強さにそこまで違いがなかった。


 でもこいつら三体はレベル60のわりには弱かった。どうしてか? きっと考えるからだ。こいつらは私の見えない攻撃に怯えた。だから動きが鈍っていた。考えるから強くもなり弱くもなる。


「それって強い奴もいるってことだよね。同じモンスターでも個体差があるかもしれない? 喋られると罪悪感も湧いてくるし、本当やりにくいな。同じ強さでただ殺しにきてくれるやつの方が良いな。何も考えずに殺せるもん」


 同じ知性体でも向こうはこちらを殺しにくる。何よりも狼人間を殺さないでいることは、このダンジョンにおいて怖かった。だって自分がいつ殺されるか分からなくなってしまう。私はいつも()()()()()()()()()。だから強くなる。


「うん。そうだよね。弱いと死んじゃうの。悪く思わないでね」

「そうだな。それが殺し合いの世界だ。だから小娘。お前も悪く思うな」

「……え?」


 突如後ろで大きな気配が現れた。私はそれに反応することができなかった。何か巨大なものが体の横側全体にぶつかったような衝撃を感じる。自分の体が吹っ飛んでいく。何が起きたの?


「ごほっ」


 口から血がこぼれた。高層ビルの一つに叩きつけられていた。何が起きたのか確認しようと見上げると目の前に大きな鬼がいた。二本の角と鋭い牙が生えた大鬼。私がダメージを受けたから待ってくれるとか、そんな親切心はない。


 長くて私の腰ぐらいの太い棍棒が振り上げられ、振り下ろされてくる。


 よけないと死ぬ。動け私。


 だめだ。足が震えて動かない。


 強く目を閉じてしまった。自分の死ぬ瞬間を見なくていいように。戦場において最も愚かな行為をしてしまう。


「この程度か……」


 声が聞こえる。死んでない? 私がゆっくり目を開けると、直前で棍棒が止まっていた。髪の毛が棍棒に触れ、視界が塞がっている。もう少し進んでいたら、きっとグシャッて私の体は潰れていた。ドッと冷や汗が体中から流れる。


「あ、あなたは?」

「小娘。あれからなんの成長もない。やはりお前は取るに足らん塵芥よ。先に殺しておく事にして正解だったな!」


 まるで恐竜でも動いているみたいだった。大鬼が目の前で大きな棍棒を再び振り上げていた。それが私にはどうしようもない大きな壁に見えた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! あなた、“ラスト”でしょ!?」


 大鬼の周りの空気が揺らいでいる。その気配で分かった。何よりも祐太から現れたと聞いていた。どうしてこれほど見た目が違うのか? そんな理由よりも目の前にいて私の命を奪おうとしている。


「だとしたらなんだ?」

「どうしてこんなところに居るのよ!? 私はまだレベル42よ!」


 こんなのずるい。反則だ。まだレベル42だぞ。レベル100まで待ってくれるんじゃなかったのか? ちゃんとレベルアップして、あの時のリベンジをしようと思っていたのに、それを待ってもくれないのか。


「小娘。戦いにおいて最善は、相手が弱いうちに殺しておくことだ。なぜ強くなるまで待ってやる必要がある?」


 お前は一体なんなのよ。最後のボスならちゃんとどこかで堂々と待ち構えていてよ。思いっきり外に出てきて、こっちのレベルが一番低い時に殺しに来るとか馬鹿なことをするんじゃない。そんなの無理ゲーだ。


「本当、嫌になる」


 大きな棍棒が私の目の前に来た。


 こんなところで死ぬ。


 ああ嫌だな。


 そうだ。嫌だ!


 絶体嫌だ!


 棍棒が降りてきてぶつかる瞬間。私は逃げていた。なんとか少しだけ動けた。棍棒が私の動いた場所に落ちてきて、地面がひしゃげて、体が飛び跳ねそうなほど揺れた。


「動くか。大人しく死んだほうが楽だぞ」


 落ち着け。落ち着いて考えるんだ。大鬼が本当に私を殺しに来ているなら、私はもう最初の一撃で死んでいる。だって私は狼人間に集中しすぎて、こんな化け物の接近に気づいてなかった。正直悔しい。気配察知は私の特技のはずなのに。


 でも生きている。


 手も足も欠けてはいないよね? どうしてだろう? 決まっている。こいつは他のモンスターと違ってそういう存在じゃないんだ。ただただ殺しに来るモンスターじゃない。無慈悲に見えるが、考えがあって動いているんだ。


「さあ、もう動くな。痛いなどと思わなくていいほど楽に殺してやる」

「そ、それは無理! 私はレベル92になってお前を殺すって決めているから!」


 槍を構えた。


「抗うのか?」

「わ、私はもうあの時みたいに怯えてばっかりの小娘じゃない!」

「では、そのプライドのためにここで死ぬか?」

「私は死なない。()()()()()()()()()()()()!」


 私は叫んだ。当てずっぽうだけど叫んだ。きっとこいつは私を殺しに来たんじゃない。私を試しているだけだ。


「小娘がッ!!!!」

「ひっ」

「甘いことを抜かすな! ひとたび戦場に出てどうして敵が自分を殺さないなどと言える!」


 私の言葉が癇に障ったのか鬼は大気が震えるほどの声を出してきた。本当に殺されると思うほど怖い。でも負けられない。ここで負けたらきっともう祐太の傍にはいられない。


「そうしなければいけないくらい。ラストにとって戦いとは大事なものなんだ」

「ほざくな!」


 鬼の棍棒が下に降りた。でもまた地面を叩いただけだった。威力はすごくて地面がクレーターみたいに凹んでるけど私に当たってなかった。


「あ、当たってないよ?」


 私が恐る恐る顔を上げて大鬼を見ると、大鬼の眉間がヒクついていた。


「クソが! あの小僧といい忌々しい!」

「あなたは私を試している。そ、そうだよね?」


 私はどうしても声が震えた。だってこの鬼超怖いんだもん。


「ふん、つまらん。あの男にも気付かれた。小娘にまで気づかれるとは、やはり芝居は下手なようだ」

「ねえ、鬼さんは何がしたいの?」


 この鬼に試されているという気がした。でも本当になんの狙いでこんなことをしたのかよくわからなかった。


「我には言えぬ。……いや、もうよいか」


 なぜか鬼の顔からは寂しさが伺えた気がした。


「何がもういいの?」

「ふん、なに、五年もこんなことをつづけて、もうそろそろ(しま)いでよかろうと思ってな。あの男との戦いがなかなか面白かった。だからそれで終わりにしようと思った。死んでも死んでも生き返るというのもアホらしくなってくるものだ。だからダンジョンに『(しま)いにしたい』と願い出た。そうしたらダンジョンから『最後に一つだけ聞け』と言われた。ダンジョンは『お前を試せ』とのことだ」

「私?」

「そうだ。お前はガチャ運が1らしいな」

「う、うん」


 4mある鬼から見下ろされながら喋る。これだけでも怖いなと思った。


「ダンジョンは公平性のために虹カプセルをガチャ運1の者に用意する。だが、それは本来当たるようなものではない。そして当たらぬものだから、当たる前にほとんどのものが諦める。なのに諦めもせずにしつこいやつがいる。お前だ」

「私?」

「試してダメなら殺せとのことだ」

「そんなこと言われても……」

「小娘。我の殺気を当てられて、冷静に思考できたことは褒めてやろう。だからとっとと終わらせるのは止めにしよう。お前をちゃんと試すのはレベル100まで待ってやる」


 鬼の殺気が和らいだ。今まで自分が呼吸をするのを忘れていたのかと思うほど息が楽になった。


「レベル100?」

「そうだ」

「ごめん。それは聞けない。私はレベル100までレベル上げしないから」

「なぜだ?」

「S判定が欲しいから、レベル92までしかあげない予定なの」

「ククク! ハハハハハ! ダンジョンよ! 震えているくせにこいつ宣いおるぞ!」


 棍棒が何度も地面に叩きつけられる。そのたびに地面が地震みたいに揺れた。そして高層ビルの一つに亀裂が走り、建造物がまるまる崩れだした。なんだこいつ? 祐太の時に実力を出してないどころじゃないじゃない。そもそも姿からして違うし、どうなっているの?


「くく、安心しろ。レベル100でもS判定だ。我を相手に四人じゃないだけでも十分。元々今回のクエストは特別難しい。まさかAなどとダンジョンもケチなことは言うまいよ」

「本当に?」

「本当だ。だからちゃんと我を殺してみせろよ。あの小僧ほどではないが、少しは期待しておいてやる。この繰り返し続けた日々を納得して終わりにさせてくれ。ああ、それと、少し本気を見せてやろう」

「へ?」

「見ておけ!!!」


 大鬼が大声を出して、もともと逞しかった筋肉が更に膨らんだ。


「あの、あんまり危ないことしない方がいいんじゃ……」

「お前も虹カプセルを手に入れることができればこれぐらいできるようになるぞ」


 大鬼の周囲が揺らぎ出した。濃密な力が溜まっていっているのがわかる。私は再び傍に居るだけでも息苦しい気分になってくる。そして大鬼が棍棒を振り下ろした。


「【轟滅衝】!!!」


 それはただただ純粋な破壊の力だった。地面に亀裂を起こしてスカイツリーの方へと走って行く。そのままスカイツリーの土台部分が消失した。


「え?」


 あの強固な建物が土台部分を失って崩れ落ちていく。


「【轟滅衝】!!!」


 その次に上海タワーの土台部分が半分削り取られた。当然、そんなことになれば、上海タワーは崩れていく。そして、最後の仕上げとばかりにワンワールドトレードセンターも破壊してしまう。


 凄まじい轟音ともうもうとした煙が私に襲い掛かってくる。視界が奪われて目を開くことすらできない。周囲が暗闇に閉ざされた。ふいにとてもごつい手が私の体を掴んだ。抗おうとするが、恐ろしいほどの力だった。


 空中に投げ出されたような浮遊感を感じる。受け身を取らなきゃと思ったが、体がまだつかまれていて全く動くことができなかった。


「見ろ」


 どこかに着地したようで地面に降ろされた。高層ビルの上で、もっと高い巨大建造物が崩れ落ちていくのが、目に入った。人間が天に届くことを願い、誰にも潰されることがないようにと造り上げたバベルの塔。現代技術の結晶。


 それがあまりにもあっさりと崩れていく。


 こんなことが私もできるようになる?


「小娘。最後がつまらぬ戦いになってほしくない。怯えたのなら、あの男に代わってもらえ」

「そ、そんなことしないから!」

「そうか。その言葉後悔するなよ」

「しない……と思う」

「ふん、ではレベル100になったら我を呼べ。すぐに来てやる」


 大鬼の姿が消えた。


「へ、へえ、大鬼は意外といいやつね。私に期待してくれるんだ」


 まずい。足が震えている。なんだあいつ。怖いじゃないか。知能が上がれば上がるほどモンスターも人間みたいにいろんなやつが出てくるんだ。祐太に協力したっていうアラクネもかなり変わっていたって言っていたもんな。


 それにしても今の攻撃が、()()()()()()()()()()に当たらなくてよかった。いや、分かっていたから、ちゃんと外してくれたんだろうか?


「ということで、もう本当に大丈夫だよ。伊万里ちゃん。クーモ」


 私はクーモに咥えられて、かなり嫌そうな顔をしている伊万里ちゃんを見た。私と目線が合うと隣のビルの上で、気まずそうな顔になる。クーモが危険だと判断して慌てて、伊万里ちゃんを咥えてビルの上まで退避したのだ。


「……気付いていたんですか?」


「おろして」とクーモに言って、伊万里ちゃんは隣のビルに立った。この一人と一体。かなり前から一緒にいた。伊万里ちゃんは砂漠に行く振りをして、行かずに後ろに回り込んでいた。


 クーモに至っては三階層におりてきた時から傍にいたみたいだ。傍にいたみたい。というのは、正直、クーモが大鬼の攻撃で動揺するまで、うっすらとしか存在が分からなかったのだ。大鬼といいデカい図体で隠れるスキル高すぎるだろ。


「当然。気配を見つけるのも隠すのも、さすがに私の方が得意だよ」

「怒りました?」

「怒ってないよ。でも、そんなに心配して見ててくれなくてもいいよ。エヴィーもね」

《……ごめんなさい。ミスズを信じていないわけじゃないの》


 エヴィーはクーモの目から私のことを見ていたのだろう。【意思疎通】 で連絡が来た。


《怒ってない。今の私がそんなに強くないのは本当だし。狼人間だって本当は殺すのにもっと苦労していたはずだと思う。きっとこれからだ。仲間が殺されて本気で警戒しだして、もっと手強くなるはずだから》


 私が殺した狼人間は正直緩んでいた。きっとDランのせいで二年ぐらいほとんど人間が降りてこないから暇だったんだろう。でも、これからこの階層でどんどんとモンスターが死んでいく。私達が殺していく。


 そうすれば、きっとあいつらはもっと手強くなって、怖くなっていく。知能が高ければ心も複雑化していき、同族が殺されれば怒ってもくるだろう。


「それともまだ見張ってる? 言っておくけど、伊万里ちゃんのクエストも結構大変だよ。そんなに余裕があるの?」

「……そうですね。確かに必要ないことをしていたのかもしれません」

「伊万里ちゃん。そんなこと言いながら、また隠れたらダメだよ」

「もうしません。正直、美鈴さんに【気配遮断】をされた時、どこにいるのか分かりませんでした。私じゃ美鈴さんを隠れて見張るとか無理そうです。無駄なことに、これ以上時間を割くのはやめます。私は私のすべき事をすることにします」

「うん」

「美鈴さん」

「何?」

「エヴィーさんが気にするから、もっとダメなのかと思いましたけど、意外とやるんですね。その不意打ち。結構いけると思いますよ」

「うん。ありがとう」《エヴィーも。クーモを自分から離してられるほど余裕があるの?》


 エヴィーはしばらく返事をしなかった。数ヶ月の付き合いだけど、命を共にしてきて、この友人のことはよく知ってる。結構心配性なのだ。


《……ミスズ。わかった。私も自分のすべき事をするわ》

《心配してくれてありがとう》

《私はミスズが好きだから、あなたを見てたかっただけよ》

《そっちの趣味はないよ》

《知ってる。ミスズ。できるだけ早くガチャコインを集めるから待ってなさい》


 伊万里ちゃんとクーモの姿が今度こそちゃんと消えた。私は崩れ落ちた三つの高層建築だったものを見た。まだ粉塵が噴煙のように治まらず、瓦礫がどこにあるのかすら分かりかねた。恐ろしいほどの破壊力。


 こんなことができる相手に勝てるビジョンが全く浮かばない。虹カプセルを手に入れたらそれができるようになると言われてもピンとこない。それでもやらなきゃいけない。私は【気配遮断】を唱え、再び獲物を探しだした。

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― 新着の感想 ―
ラストさん、ボクと契約して召喚獣になってよ! いいチームになってきてる感でワクワクしてくる やっぱ頑張るヤツっていいね
[良い点] ヒントまでくれるとは優しいなぁラストは。 [気になる点] 美鈴の素材強化とかにはなったりしないのかな。
[気になる点] ラストが螺旋から降りることを望んでいるなら魂を有効活用したいところだけど
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