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第百二十五話 Side美鈴 一人

「——って、何種類ぐらいモンスターがいるんだろうね」


 今、『統合階層』と私は言おうとした。だが口から何の声も発せられることがなかった。ガチャの列に並んでいるから周りにたくさん人がいる。言おうとしたらどうなるのか試してみたけど【秘】の内容については言えなくされているらしい。


「なるほど、そりゃ秘密が守られるはずだ」


【秘】について知っている人はたくさんいるはずで、秘密を守りたければ、親兄弟にすら言うなというぐらいなのにどうやって秘密は守られているのかと思っていた。実際、物理的に喋れない。だから秘密は守られる。


 こんなことを簡単にダンジョンは私達に強制できる。考えたらそれはとても怖いことだ。米崎じゃないけど、確かにダンジョンとは何者なのか? とてもそれが気にかかった。


《こっちで喋りますか?》


 伊万里ちゃんが私の様子に気づいたみたいで【意思疎通】を送ってきた。ガチャの列に並び、もう変装の必要がないかと思ったが、祐太がミカエラは私たちの姿も知っているかもしれないと言うので、再び【天変の指輪】で姿を変えていた。


《うん。こっちならOKなのかな?》

《多分。統合階層。うん。言えますね。【意思疎通】は探索者以外に使える能力じゃないですしね。何よりも【意思疎通】って傍受不可能らしいですし》

《ダンジョンって何者なんだろう?》

《さあ、神か仏かはたまた宇宙人か。私はそれについて興味ないですから》

《そうなの?》

《はい。どの道、正体がわかったところで、こんなことできる存在に私たちができることなんて何もないでしょ。どんな理不尽なこと要求されても言うこと聞くしかないですよ》

《まあそりゃそうだけどさ》


 この辺をきっぱりと割り切ってしまえる潔さ。それが伊万里ちゃんの強さの秘訣なのかもしれない。それにしても本当に人が増えたな。この中で自分は少しぐらい特別になれたのか。


《伊万里ちゃん。さっき『レベル上げを手伝う』って言ってくれていたけど、自分でするよ。やっぱりちょっとでもステータスはよくしておきたいんだ》

《S判定、狙うんですか?》

《もちろん。虹カプセルを出してあいつ(ラスト)にリベンジしてやる》


 私はグーを前に出した。伊万里ちゃんの大きな瞳がこちらを見透かすような目で見ていた。思い過ごしじゃなければ心配そうな顔だ。


《そんな顔してくれるんだ》

《美鈴さんが死んだ後の祐太のメンタルが心配ですから》

《憎まれ口だね》

《本当のことですから》


「おい、早く入ってくれよ」

「そうそう。おばさん、早くしてよ」


 後ろの高校生らしき9人組に急かされる。そうこうしている間に私たちのガチャの順番が回ってきていた。扉の前には誰もいなくて、早く入れと急かされる。しかし、おばさんか。確かに30代女子の姿を2人でしていた。


 それでもおばさんと言われるほど年寄りじゃないんだけどな。思いながら、なんだか聞き覚えのある声だ。そんな気がして振り返る。やっぱりなんだか見覚えのある子たちだな……いや、というか()()()()()()だった。


「あ!」


 思わず大声が出た。


「なによ。おばさん」

「おい、やめろって、麻都香。お前、気が強すぎ。探索者は見た目じゃ強さなんてわかんないんだから、むやみに喧嘩売るんじゃねーよ。すみません。あの、お姉さん達、もう前が開いてますよ」

「あ、うん。ごめん。した」「そしたらガチャゾーンに入りましょ」

「あ、ええ」


 設楽という野球部の子だ。思わず名前を呼んでしまったのを伊万里ちゃんがフォローしてくれた。そしてそのまま手を引っ張られて中へと入った。


「クラスメイトか何かでした?」


 伊万里ちゃんが聞いてきた。


「うん。二人だけどクラスメイトだった。他は別クラスだったけど顔ぐらいは知ってる子達。全員同じ中学でDランに入るはずだったと思う」

「ここに居るってことは、本気で探索者を目指すってことでしょうね。祐太や美鈴さんが成功しているのを見て羨ましくなったんじゃないですか」

「そうなのかな。ああ、話しかけたい!」


 クラスメイト達が浮ついた心じゃなくて、本気でちゃんと頑張ろうとしている。是非ともいろいろ話をしてみたい。そしていろんなアドバイスをしてあげたい。ちょっと先輩面して偉そうな顔もしてみたい。


「ダメですよ。あんな大勢の前で変装しているのがバレるわけにはいきません」

「分かっているけどさ。大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ。一階層は人がよく死にますし」

「それのどこが大丈夫なの!?」

「おかげで、あちこちに死体が散らばっているんですよ。あれを見ても浮ついた気持ちでいるんなら、それはもう才能が無いんですよ。早く死んだほうが世のため人のためです。それよりも私たちに人のことを気にしている余裕なんてありません」

「そりゃそうだけど伊万里ちゃんは割り切りすぎだと思うよ」


 相変わらず三つ並んだガチャ。左の方にはトップランキング1000もある。そちらに見向きもせずに100回ガチャの前に伊万里ちゃんがついた。


「よし」


 伊万里ちゃんが自分の頬を叩いた。ガチャで失敗するわけにはいかないのは伊万里ちゃんも同じだ。何しろ伊万里ちゃんも1人で八階層のクエストをこなさなきゃならないのだ。伊万里ちゃんがガチャコインをまず10枚挿入する。


「行きます!」


 取っ手を握る。ガチャがゆっくりと回された。ガチャコン、ガチャコン回すと、ガラガラガラガラ。と、ガチャの搬出口から大量にカプセルが出てくる。


「……」


 そして、その結果を見て、伊万里ちゃんは遠い目になる。白色と銀色と銅色ばかりが出てくる。金色は一つとしてなかった。


「う、うん。まだ最初だし大丈夫。頑張ろう!」

「気が散るので応援してくれなくていいです」


 そういうことをすぐに言って、可愛くないなと思う。比較的高身長が集まっている私たちの中で、伊万里ちゃんは身長が低い。だから可愛い。そして目はくりっとしていてアイドルよりアイドルだ。


 でも今は30代女子の姿だから、その可愛い伊万里ちゃんじゃない。でも祐太のためとなると、一生懸命なことだけはよく知っていた。今きっと伊万里ちゃんの心臓はバクバクである。試しにスキルを使って聴覚を上げてみる。


 いつもよりドクンドクン言ってる伊万里ちゃんの心臓。なぜか巨乳をよく見てしまう。母乳がよく出そうだ。祐太に揉まれまくったんだろうな。伊万里ちゃんが再度ガチャを回す。ガチャコン、ガチャコン回して、ガラガラガラガラ。


「あらぁ……」


 結果は私でももうちょっといい時があるってくらい悪かった。


「どうして……ガチャなんかで手間取っている場合じゃないのに。もう! いい加減、専用装備くらい出ろ!」


 ガチャ台を蹴っ飛ばした。伊万里ちゃんはどうもこういう自分の努力でどうにもならないものが嫌いなようだ。


「だめだよ。伊万里ちゃん。ガチャの神様が逃げちゃうから」

「そんなのいません」


 伊万里ちゃんが10枚挿入して再び回した。


 結果は銅カプセル5個 銀カプセル1個 金カプセル0だった。三連続金カプセル0。これはきつい。ああ、伊万里ちゃん……。伊万里ちゃんの目がどんどん虚ろになっていく。伊万里ちゃんのメンタルが心配だ。


「わ、私、伊万里ちゃんの運気下げてるかもしれない! 外に出てようか?」


 ガチャ運最悪の私がここにいるのがそもそも悪いのでは? まるで私が回しているみたいだ。私は慌てて外に出ようと踵を返した。でも伊万里ちゃんにガシッと手を掴まれた。


「別にそんなの関係ないです。祐太はそれでも出るんだし」


 ガチャ運がぶっ壊れている祐太と比べるのはどうかと思う。それでも私の手を離さない。伊万里ちゃんひょっとして私を誘ったのって一人だったら不安だったから? 伊万里ちゃんはガチャコインを挿入する。ガチャを回した。


 銅カプセル8個と銀カプセル1個がある。


 そして金カプセル1個があった。


 金カプセルだ。


「よし! よし! よし!」


 おお、祐太以外で感情を表に出さない伊万里ちゃんがガッツポーズしてる。出た。良かった。やっぱりガチャ運3だとちゃんと出るんだ。私たちの中でガチャ運3は、伊万里ちゃんだけである。その伊万里ちゃんは今まであまり良くなかった。


 だからガチャ運3でもあまり出ないのかと思った。もしそうならガチャ運1の自分なんてもっとやばいのでは? と思ってしまった。でもちゃんと金色は出てくれた。それが自分も出てくれる証のような気がして、素直にうれしかった。


「凄い伊万里ちゃん。金色が出たよ!」


 本当に嬉しくて、私は手をたたいた。


「ふ、ふん。確率的にもうそろそろ出るかなって思った」


 小さくガッツポーズを作っている伊万里ちゃん。


「すごいよ! さすが! 頑張れ伊万里ちゃん!」

「ガチャで頑張るとかどうするんですか?」


 相変わらず憎まれ口を叩きながら伊万里ちゃんが回した。


 ガチャコン、ガチャコン、ガラガラガラガラ。


 銅カプセル6個 銀カプセル1個 金カプセル0


「……」

「が、ガンバ!」


 また外れた。そこからもう一度外れて、でもその次は金色が出た。その次は外れたけどその次は2つ一遍に金色が出たのだ。


「調子でてきたんじゃない!?」

「そうかもしれません!」


 だんだんと伊万里ちゃんも憎まれ口を言う余裕がなくなってきているようだ。素が出ていて、こうしていると30代女子の姿でも可愛い。その後、伊万里ちゃんは本当に調子を戻してきて、最終的に金色のガチャカプセルを十個出すことができた。


 そして私たちはここでカプセルを開けることも考えたが、あまりに時間をかけているとあの9人組が入ってくるかもしれない。なので、さっさと出た。待たされていた9人組が伊万里ちゃんみたいに緊張した顔になっていた。


「よ、よし、俺たちの番だな!」


 無理もない。これって収入に直結するもん。おまけにこれの結果が良いと、探索だって超やりやすくなる。逆に結果が悪いと探索は行き詰まる。貧乏暮らし待ったなしになる。


「ガチャ初めてだよね! 緊張もするけど超楽しみ!」

「おい、浮つくなよ。俺たちは真剣にやるって決めただろ」

「いいじゃん黒木。男子組と女子組で揃うのも今日で最後にしようってことなんだし、今日ぐらい楽しく行こうよ」

「目指せ美鈴!」

「目指せ六条!」

「しかし、あれだよな。六条の言ってた通り、マジでレベル3になると動き変わるな。あんなに苦労してたゴブリン楽勝でブッ殺せたぞ」

「油断するな。その油断が命取りだ」

「はいはい。黒木、ほんと六条から聞いたこと、忠実に守るな」


 ガチャゾーンへの扉が閉まった。でもすごく気になる会話だったから私は再び聴覚をMaxレベルまで上げた。そうするとガチャゾーンでの会話を拾うことができた。良かった。防音完備じゃないんだ。


「だって悔しいだろ。斎藤のやつ『六条の君と一緒に墓参りぐらいしてやるよ』とかぬかしてきたんだぞ。他もだいたい似たり寄ったりだ。いきなり挑戦する俺たちのこと『絶対死ぬ』って馬鹿にしてやがるんだ」

「だよね。絶対死んでやるものか!」

「まあ結局、学校全体でも甲府にいきなり挑戦するって決めたの俺たちだけだもんな」

「なあ黒木。六条の奴。一年後マジであってくれんの?」

「そう言ってた。嘘をつくやつじゃないよ」

「一年でレベル200とかマジでやばい。俺レベル200の人なんて喋ったことないぞ。マジでそうなっていたら将来高レベル探索者間違いなしだろ」


 自分たちのことを話している。それがむず痒くも感じた。黒木のことは覚えている。卒業式の時に祐太と喋っていた子だ。9人組は男子が5人、女子は4人の内訳だ。この9人は本当にDランへ行かずにダンジョンで頑張ってるんだ。


「私も頑張らないとな」


 思わぬところでクラスメイトと出くわして、向こうは気づいてないけど、やる気が湧いた。その後、私と伊万里ちゃんは金カプセルを安全に開ける場所として、ドワーフ工房まで行くことにした。すると利休さんが喜んで部屋を貸してくれた。



「——あの、僕も見ていいでしょうか?」


  利休さんが前のめりに聞いて来た。利休さんもガチャが好きなようだ。部屋はこの間も通された応接間だった。


「ダメに決まってるだろうがボケ!」


 しかし、後ろから現れた親方さんに拳骨をかまされて連れて行かれる。まあそりゃそうである。ガチャの結果は超プライベート。それを幾ら鍛冶師でも他人に教えるなんて事できるわけがなかった。


「親方さんがいてよかったね」

「はい。さすがに部屋を貸してもらって、鍛冶仕事も頼むのに断りにくかったです」


 私と伊万里ちゃんは思わずクスッと笑ってしまう。


「じゃあ遠慮無く開けよう!」

「ええ」


 伊万里ちゃんが一つカプセルを開けていく。この瞬間が私はたまらなく好きだ。ここに探索者としての夢と希望が詰まっている。命がけでやっていることだけど、この瞬間だけは苦労を忘れられるんだ。


「おお光っている」


 まず最初に開けたカプセルから、柄だけの剣らしきものが出てきて、伊万里ちゃんが握ると光の刃が出現した。


「【エンデの光剣】」


 ステータスを見るとそう書かれていた。どうやって光っているのか分からないけど、柄を握ると光の剣が飛び出すみたいだ。


「伊万里ちゃんフォースを感じる?」

「いえ、感じませんね」

「ええ……」

「何を期待しているんですか。まあSP吸われている感じはするけど」

「普段からSP消費するの?」

「そうみたいです」

「その分威力は増すとか?」

「試してみないとなんとも言えませんね。でもこれが専用装備か」


【東堂伊万里専用装備】の項目がついに伊万里ちゃんのステータスにも現れた。これで残すは私だけとなってしまった。正直、自分のガチャから虹カプセルが出てくる感じは全然しなかった。だから置いてかれた気分になる。


 伊万里ちゃんはカプセルを開けていき、金カプセルが10個もあるだけあって再び専用装備が出た。


「やったね伊万里ちゃん!」


 言いながらも伊万里ちゃんの二つ目の専用装備が立派なのを見て、どんどんみんなに置いていかれるみたいで寂しかった。


「まあ、当然ですね」


 二つ目の専用装備は金色の装飾が入った胴鎧。伊万里ちゃんはホッとした顔だ。先ほどまでの緊張した様子がなくなり、伊万里ちゃんはさらにカプセルを開けた。次は専用装備の脛当てだ。極めつけに靴まで出てきた。


「おお」

「四つも出てる」


 十個のうち四つの専用装備を出して、合成素材をさらに一つ出した。果実は力と器用が一つずつ出て、残りがポーションだった。かなりいい結果に伊万里ちゃんの顔がホクホクだ。


「よかったね!」

「……」


 だが、なぜかこちらをじっと見てくる。


「どうしたの? 嬉しくないの?」

「私、余ったコインを美鈴さんに譲るって言っていたの……」

「ああ、そういえばそんなこと言っていたね」

「……忘れてた」


 伊万里ちゃんが涙目になってる。


「はは、私も言われて思い出した」

「途中で言ってくれたらよかったのに。多分、400回分ぐらい残せていました」

「いいよ。むしろ、お互い忘れてよかったんだよ。伊万里ちゃんの分だから、伊万里ちゃんが回して当然。譲られても困るよ。何よりも伊万里ちゃんでも忘れるんだって分かったのが面白かった。伊万里ちゃんって、いつも『私失敗しませんので』みたいな感じだもん」

「でも」

「伊万里ちゃんのガチャを見て私も出すぞってやる気が出た! 私もここからレベル上げしてガチャも頑張るね!」

「……せめてこれあげます」


 伊万里ちゃんが忘れていたことを気にして、金カプセルから出たばかりの【器用の果実】を渡してきた。器用は私に一番必要なステータスだ。だから嬉しかった。でも、


「いらない。伊万里ちゃん。私ね。これ以上自分がお荷物だって思いたくない。だからこの果実は伊万里ちゃんがちゃんと食べて」

「いいんですか、それで?」

「うん。ちゃんと自分で出す」

「……」


 何か考えているようだったけど、伊万里ちゃんはそれ以上言わなかった。そして果実を食べもせずにしまって、伊万里ちゃんはその後利休さんを呼んで、合成素材を使っての専用装備の強化を依頼した。利休さんが、


「1週間ほどでできる」と答えた。

「祐太と期間が違いすぎません?」

「……お恥ずかしい話ですが、あれは僕の勇み足です。自分のこの手でできるはずのないものをできる。世界最高のストーンレベルの装備を造れるって、期待してしまいました。使い手のことをもっと考えなきゃいけないのに、本当に申し訳ない」


 伊万里ちゃんより低い背をしたドワーフの利休さんがうなだれていた。


「いや謝ってもらおうとは思ってないんだけど」

「でもこの装備なら、それぐらいあれば十分完成させることができます。この合成素材は、専用装備にとても相性がいいんです」

「そんなにいいんですか?」

「ダンジョンはね。必要ないものをガチャから出すのを嫌うって言われています。だから出てくる合成素材なんかは必ず相性が最高にいいものを出すんです」

「だから早いんですか?」

「そうですよ。例えば、この【破光玉(はこうぎょく)】は【エンデの光剣】に使えばモンスターへの特効がより強くなる。【命血(めいけつ)の雫】は【エンデの銅鎧】に使えばダメージをかなり軽減してくれるようになる。【ペガサスの羽根】は【エンデの靴】に使えば素早さがあがります。【黄金花】はどれとでも相性がいいので【エンデの脛当て】でいいでしょう。装備全体の魔法への耐性を上げてくれますよ」


 私たちにとっては合成素材としか認識していないものも、利休さんにとっては貴重なもので、ちゃんと意味があるようだ。もっとちゃんと説明を聞きたいところだけど、残念なことに時間はない。


「もっと説明したいところですが、残念です」


 玄関まで送ってくれた利休さんに頭を下げて、私たちは外に出た。専用装備を預けて、伊万里ちゃんは私と共に下に降りた。そうすると東京スカイツリーと上海タワーとワンワールドトレードセンターがすぐに目に入る。


 東京に住んでいてもこれだけ高い建物が三つ並んでいる姿は見たことがない。建物の陰に隠れながらそちらへと歩いていくと、スカイツリーのゲートがズタボロになっていた。太さが何メートルもありそうな構造物が一本丸ごと破壊されていて、相当な戦闘が行われたみたいだ。


「祐太かな……」


 あちこちの建物が、溶けてしまったり鋭利な何かで斬り刻まれたような痕がある。こんなことができるのは、うちでは祐太だけである。


「そうでしょうね」

「戦った相手はどんな奴だろ」

「ううん、かなり強い相手みたいですね」


 祐太が無事なことは【意思疎通】で確認すればすぐに返事が来た。同時に相手がラストだったことも知らされた。ラスト? 私は急に足が言うことを聞かないぐらい震えた。こんなにまだあのゴブリンを怖がっているのか?


「じゃ、じゃあ! 言ってた通り、私一人で行くね!」


 でも怖がっているならなおの事私は一人にならなきゃいけない。この自分を直さないと、十階層のクエストなんてできるわけがない。私はあいつ(ラスト)と戦わなきゃいけないのだ。私は伊万里ちゃんと別れて歩き出した。


 どこから手をつけるべきか、想像もつかないほど広大な統合階層。私は探索しなきゃいけないことが何もないので、十一階層への階段探索もすることになっている。【探索網レベル2】を唱えようとして、


「って、どうしてついてくるの?」


 伊万里ちゃんが後ろから、トコトコとついてきた。


「だって、祐太と違って美鈴さん目を離すと死にそうだし」


 伊万里ちゃんがいれば心強いのは確かだけど、統合階層は探索者として一人前になる前の最終試練だと思う。ちゃんと成長したのかとチェックされる場所なのに、おんぶに抱っこみたいなことされても困る。


「ここからは本当に隠れながら、一人で頑張るから大丈夫。レベル42になって、結構スキルも増えたし、そんなに心配ばっかりされても困るよ」


 頼りないと思われているんだろうか? でも普通の探索者よりは優秀なつもりだし、そうでなければここで振り落とされて終わりになるだけだ。


「美鈴さんの心配はしていません。でも美鈴さんに死なれたら祐太が悲しむなって思うだけです。それに統合階層は六階層より遥かに大変な階層なんですよ」

「分かってる。それでもやるよ。私だってみんなと探索者をしたいと思ってここに居るんだよ。中途半端なことはしないって決めてる。だから伊万里ちゃんはあっち!」


 私が指を差したのは都会の光景から一変して砂漠が広がる地域だった。現代世界でもトップテンに入るぐらいの高層建築のすぐ近くにピラミッドがあった。こんな時でなければ観光気分で周りたいぐらいのすごい迫力の建物だ。


「私のクエストに高位アンデッドが関係しているからピラミッドですか?」

「違うの?」


  ピラミッドと言えば木乃伊。木乃伊と言えばアンデッド。そんな連想から来るイメージが私にはかなりある。


「まあまずここから調べるべきだと思いますけど、それでいいなら私だけこんなにエリアが広い意味がなくなる。たぶん私も秘宝を求めて統合階層をあっちこっち探しまわらなきゃいけないんだと思いますよ」

「ほら、私と伊万里ちゃんでやることは全く違うじゃない。私はひたすら慎重にレベル上げをしていくだけなんだから、一緒にいられても困るよ。それにそれじゃ強くなれないもん」

「美鈴さん意地になっていません?」

「違うよ! 頼りない先輩だけど、信じてよ。ちゃんと生きて再会するからさ」

「……」


 伊万里ちゃんの顔に不安が浮かんでいた。自分のことはとことん無鉄砲になれるくせに人のことになると急に心配症になる。そういうところは長年一緒に住んでいただけあって、祐太と似ているなと思った。


 まあ今の祐太は自分が一緒にいた方が、私たちが危ないと思っているみたいだけど。


「本当に一人ですよ?」

「いいってば」

「じゃあ、さよならですよ。いいんですね?」

「その言い方は寂しいな。せめて“またね”にしとこうよ」

「……」


 少しだけ伊万里ちゃんは考え込んだ。


「またね」


 そう言ってくれたから、私も「またね」と返した。


 伊万里ちゃんが砂漠の方へと歩き出した。伊万里ちゃんも無事でいてねと願いながら、私の方も気合いを入れた。これで私を助けてくれる人は本当に誰もいなくなった。久しぶりに二階層で味わった寂しさを思い出す。


「とにかくレベル92まで上げて、ラストと戦わなきゃだよね」


 みんなと話し合ったS判定の条件。その条件が私の場合、レベル92でのラスト討伐だった。クエストレベルが100であることから逆算すると、おそらくレベル92でクエストクリアならS判定で間違いないと思われる。


 レベル94ぐらいでも大丈夫じゃないかとも思えたけど、万が一でもA判定になってしまった場合、取り返しがつかないので、そうしようと私が決めたのだ。


 そしてその前にみんなのガチャコインが合計200枚になった時点で、私は再び一階層に戻ってガチャを回しにいく。これで虹カプセルをまず出す。これ以上みんなにガチャで迷惑をかけないためにも頑張らなきゃいけない。


 正直、これが一番の懸案事項で、悩ましい問題だった。とにかく頑張るしかないのだが、


「ガチャで頑張るってどうやるんだろう?」


 そう思いながらも、私は覚えたてのスキルを唱えた。


「【探索網レベル2】」


【探索網】のさらに上のスキルで、【探索網】をさらに広範囲、高精度に使えるスキルだ。正直、これがなかったら六階層はもっと探索に時間がかかっていたと思う。それぐらい利便性の高いスキルだ。


【探索網】


 これは探索者にとって絶対に必要なスキルである。私はこれがあるから祐太パーティーにおいて重要な存在である。でも、


「大抵、パーティーの中で一人は持っている探索者がいるんだよね」


 虹カプセルが欲しい。代えのきかない存在になりたい。


「本当になれるのかな」


 空を見上げる。雄叫びを上げて飛んでいるモンスターがいた。アニメなんかでよく見かけるワイバーンだと思う。ニューヨークにいるべき鳥がここにはすべているようで、鷹がとらえられて食われていた。


「あれはどうかな……」


 高層ビルがまるで止り木だとでもいうように、鋭い牙が生えたドラゴン亜種のワイバーンが佇んでいる。それが一番目立つのだけど子分みたいに、悪魔のような翼を持った人型の魔物もうろついていた。


「ガーゴイルとかいうやつだよね?」


 かなり強そうに見える。何よりもワイバーンとガーゴイルは徒党を組んでいて、下手に狙って目をつけられると怖い。


「他にもうちょっと手頃そうなのいないかな【気配遮断】」


 祐太が生えたという【隠密】の上位互換。【気配遮断】を唱える。さすがにこっちの方では私も祐太に負けない。でも、うちのメンバーはみんなそれぞれ特別すぎるのだ。比べるとどうしても劣っている気がしてしまう。


「ダメダメ焦るな。焦って見つかったら殺される。っと」


【探索網】でモンスターの反応をとらえる。今まで感じたことのない気配。私よりも強そうなやつ。【探索網】がレベル2になってから、気配で敵の大体のレベルも分かるようになった。


 今、引っかかったやつはレベル60ぐらいだ。本当に私より強いのが、あちこちウロつきまくっている。


「どんなモンスターか把握していかないと」


 最初、降りてきた時に感じた圧倒的な強さを感じたモンスター。ラスト。私の最後の敵。あんなのがあちこちにいるわけではないのは、ちょっと安心だけど、空を飛んでいるワイバーンにガーゴイル。そして今、感じている気配。


 どれもまともに一対一で勝てる相手じゃない。


「まあ、私はそういう戦い方しないのが売りなんだけど」


 私は高層ビル群の裏を回って、【気配遮断】をした上で、さらに慎重に植え込みに隠れながら道路側に目を向けた。


「居た」


 空ではなく地上に引っかかった気配の敵。敵は全く隠れる気もないようで堂々と歩いている。動物の頭をくっつけた人間のような体。その体は体毛に覆われている。鋭い牙が生えた口。顔はまるで狼だった。


「狼人間だよね」


 三体居て、どれもでかい。2m50㎝と言ったところだ。


「もっと弱そうなのいないのかな」


 動きが速そうな奴である。三体いるから一体でも仕留め損なったら、残りがこっちに一気に向かってくる。とはいえ、高層ビルにいるワイバーンが手ごろかといえば、そんなことはない。あっちの方が強そうなんだ。



「おいウルブリン」



 ふいに喋りだした狼人間がこちらを見てきた。私は思わず息を止めた。


「どうした?」

「何か臭わないか?」


 喋れるの?


「うん? ……確かに臭うな」


 女の子に臭うとか失礼な奴ら。


「美味しそうな良い匂いだ。人間の女か?」


 これは失礼じゃないけど全然嬉しくないな。こいつら肉食か。おまけに人間を食べるみたいだ。あの鋭い牙の生えた口なら私の体なんて簡単に食い千切ってしまいそうだ。


「そういえば、この辺に人間がいるみたいだぞ。『ボスがかなりハイテンションで暴れまわっていた』って、空組のガーゴイルが言っていた。『珍しく獲物が二組も来ている』って。もう片方は強くなっちまってるらしい。俺らじゃ無理だ。それに階段を探しているだけみたいだ」

「もう一組は?」

「降りたてほやほやだ。おまけに全員一人でウロついてるんだってよ」

「構成は?」

「ボスと戦ってたやつはタマに居る“好かれ者”だ。けど、全員がそうってわけじゃないだろ。召喚士がいてそいつも狙いにくいが、あと2人いるはずらしい」

「全員ボスの獲物なのか? 横取りしていい?」

「ボスは『殺せるものなら殺してみろ』だってよ」

「じゃあ食っていいんだな。大事に三等分しようぜ。えっと、その辺だよな?」


 全員、鼻を動かして私の方向にしっかりと視線を合わせだした。嗅覚が発達していて、臭いでこちらの位置が分かるようだ。私はそんなに臭うだろうか? 祐太にいつ手を出されても良いように、最低限の水浴びはしているんだけど。


 私はそんなことを思って、自分の怖がる気持ちを抑えながら息を吐いた。そしてこいつらと戦おうと決めた。

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― 新着の感想 ―
六条のガチャ運5のすごさが分かった時点で、自分だったら全て六条に引いてもらってステータスアップの実をもらいますね。 金はガンガン貯まるし専用装備じゃないけど強力な武具も数百億円以上出せば買えると思っ…
やっとキャラが立ってきたな美鈴っち 粗忽者から脱却できるか否か
コメ欄のミスズダメ出し多くて草 ポンからの脱却はいつかなぁ
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