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第百十四話 第六階層

「本当、いつも思うけど、ダンジョンの中ってどうなってるんだろうね?」


 六階層に降りて美鈴がつぶやいた。四月の春のうららかな太陽がふりそそぐ日だった。田園風景が広がり、桜の木が綺麗に咲き誇っているのが印象的だ。そこは、今までのサバンナの光景から一変して、日本にある甲府の田舎だった。


 今見ている光景のまま、六階層は現実空間が完全再現されているのだ。それはダンジョンがある甲府を中心に、大きさはやはり半径50キロの円形の空間らしい。その面積は山梨県のほぼすべてが収まるほどだ。


「ここがダンジョンって、実際に目にしても違和感しかないね」


 美鈴が口にする。何しろ南の方向に富士山が見えていた。


「確かに違和感しかない」


 甲府ダンジョン自体が甲府市中心部から離れた田舎にある。もっとも今はダンジョンを中心に道も整備されて商業施設もできているが、元々は田んぼがあった場所にダンジョンがぽっかり現れたという話だ。


 六階層への俺たち専用階段は、ちょうどそのダンジョンがあった場所。つまり六階層の中心部に繋がっていた。


「ここに装備強化の場所があるんだよね?」

「ネット情報ではそうだけど、どうなんだろう」

「降りた人が結構いるはずなのに、装備強化のことってあんまり詳しい情報はないんだよね」

「それより、ここからまた敵の強さが極端に上がるって話よ」

「五階層でクエストが達成できなかった人たちは、六階層以降は諦めないと普通に死ぬって話だよね」


 六階層は人によってはとんでもない難易度だといわれていた。少なくとも五階層をギリギリで通り抜けた者にとっては、かなりきついのだそうだ。理由は単純にモンスターが強いらしくて、それは、


木乃伊(ミイラ)と大蜘蛛」


 と呼ばれていた。全身の水分が抜けて木乃伊化した人間のような生物。人間と違うのは斬ると黒い血が出てくるらしい。とても頑丈で、レベルアップの質が悪いと何度攻撃してもダメージを受けてくれないというぐらい頑丈らしい。


 そして大蜘蛛。こちらは動きが早くてレベルアップの質が悪いと、動きを捉えることができない。さらに上位種として蜘蛛人間(アラクネ)が出てきて、頑丈で動きも速いという難敵だ。無茶をして挑戦したものはこのアラクネに大抵殺されるそうだ。


「ここってクエスト情報も無かったよね?」

「うん。というより、ここから下のクエスト情報は一つもないよっと」


 俺はクエスト画面を開いた。六階層以降の情報に対して、奇妙なほどダンジョンは抜け落ちていることが多くなる。これがさらに十一階層以降になると情報自体が何もない。本当に何一つ情報が出回っていないのだ。


「それもこれも実際に六階層まで来て、クエストを確かめればはっきりすると思ってたんだけどこれは……」



六階層クエスト

クエスト:【秘】ドワーフ工房に行きドワーフの悩みを解決せよ。

使用武器:刀剣類。自身の魔法とスキル。

使用禁止:美火丸の陣羽織。

成功報酬:ストーン級スキル【炎蛇(えんじゃ)五連】

     A判定で力、素早さ、防御、器用+20。

     S判定で力、素早さ、防御、器用+40。



()()()()()使()()()()()()()()()()()()。それに【秘】?」


 今まで必ず現代兵器の使用禁止があったのに、どこにもその項目がなかった。そして見たこともない項目が追加されていた。


【秘】


 それはあまりにも露骨すぎる言葉だ。だからこそなぜ六階層以降の情報が不完全なのか、十一階層以降の情報が出回っていないのかもすぐに理解できた。


「ユウタ。私の表示も全く一緒よ。まあ現代兵器についてはなんとなく分かるわ。要はこの階層に来るまでに身につけているスキルや魔法が有用すぎて、現代兵器に頼る必要がなくなるのよね」

「まあ、ダンジョンが現れてから人の知能が上がって、かなり科学レベルも進んでるって話だけどね」


 俺は付け加えた。現在急速に科学技術が発展してきているといわれていた。それはストーンエリアのモンスターであれば対抗出来る程のレベルになってきているというのだ。


「もうすぐ実用段階に入ってるのが、人間以上の判断力があるAIロボット兵士とか放射能汚染のない核融合発電とかスパコンの1億倍の性能の量子コンピューターだよね。それはちょっと楽しみ」

「伊万里、俺はちょっと怖い気もするよ」


 米崎一人の頭が良くなっただけで、人間のレベルが人工的に上がるなんていう現象が起きているのだ。現在は世界中のあちこちで技術革新が起きている。人が人を造れるようになったり、アンドロイドを造れるようになったりする。


 そんな時代も近いという話だ。


「まあでも、もうここまできて、現代兵器を使おうっていう人間はなかなかいないか」


 それでもそれを六階層以降の探索者が使うかと言われれば否だろう。俺のバイクみたいに趣味で乗ることはあるかもしれないが、それ以上に自分のスキルや魔法を使って、探索をしていこうというものがほとんどだ。


「もう規制する必要もないから規制しないか」

「祐太。この【秘】っていう項目。これのせいで六階層以降の情報ってどんどん少なくなってくるんじゃないかな」


 伊万里が口にした。


「ああ、たぶんそれで間違いない」

「なんで【秘】なのかな?」

「単純に考えると、ドワーフの項目について()()()()()ってことよね。つまり、人類以外の知的生命体。そういう存在がいるってことが秘密ってところかしら?」


 エヴィーの意見だ。


「ダンジョンはなぜそれを隠してるんだろう? ダンジョンなんてものがあるんだから、そういう存在がいることぐらい、みんな想像すると思うけどな」

「秘密にしたいのはその先じゃない?」

「その先? ドワーフの先ってこと?」


 伊万里が俺に言うとエヴィーが聞き返した。


「そうです。ドワーフは知的生命体ですよね? もし、その知的生命体がダンジョンから生み出されたものじゃなくて、どこかから来ているものだとしたら? 地球以外の世界があるって考えに行き着きますよね」

「だとしても黙っておけと言われて黙っておけるものでもないわよね。はっきり黙っておけと書いているわけでもないし」

「ダンジョンのことだから、喋ったら何かのペナルティーがあるんじゃないですか?」

「どんな?」

「それはですね」

「三人ともダンジョンについて詳しく考えるのは、また今度にしようよ。今はそれよりも探索第一でしょ」


 美鈴がその議論を止めた。確かにこんなこと今いくら喋ったところで仕方がなかった。


「ああ、そうだね。ともかく、今回もチーム分けをしよう」


 急激に難易度が上がると言われているこの階層だが、逆に言えばそれはレベル上げの質を上げやすいということでもある。その意味もあって楽な五階層ではほとんどレベル上げをしなかったのだ。


「まず俺とエヴィーと伊万里は、この階層を一人でも探索できると思う」

「一人で探索? ユウタ。私もなの?」

「ああ、エヴィーもなんだかんだでリーンがいれば、そこまで危機的状況にはならないと思うんだ。でも美鈴は専用装備が出るまでは無理だよね?」

「わ、私も一人でいけるよ!」


 美鈴は虹カプセルが出るまでパーティーで守ろうと思っていた。虹カプセルが出るまでのことだから、それでいいと思っていた。だが、本人から断る言葉が出た。


「隠れるのに一番長けてるのは私だよ。私も一人でいける」

「でも美鈴」

「大丈夫。レベル1000を目指すんだからそれぐらい私だってできる。祐太は私を心配しすぎだよ」


 現状では、いくらなんでも危ない。美鈴の矢が防御力が高いと噂される木乃伊に攻撃を通せるかどうかも怪しい。そのことを理解していないとは思えないのだが、なぜか意地を張って頬が膨れている。可愛い。


「祐太。私も強くなりたいの。本当言うと祐太を守れるぐらい強くなりたい。でも、祐太は全然守る必要がないぐらい強いもん。だから私がそうなりたかったらもっと強くなるしかない。その邪魔は祐太でもしたらダメ。ダンジョンルールを忘れたわけじゃないでしょ?」

「それは……」

「ミスズ。私もミスズを一人にするのは反対よ」


 しかし、そこにエヴィーも口を挟んでくれた。


「エヴィーまでそんなこと言うの?」

「いくらでも言うわ。ミスズ。この階層を舐めてはダメ。この階層から明らかにモンスターのレベルが上がるっていうのは、それだけ死にやすいってことでもある。これまでどれだけダンジョンで死にかけてきたか忘れたわけじゃないでしょ?」

「でも」

「でもはなしよ。ミスズは私と一緒。イマリはリーンと一緒。そしてこの階層を一人で回るのはユウタ、あなただけよ」

「うん。私もそれでいいと思います」


 エヴィーの意見に伊万里も賛同を示した。そしてそれは俺が一番、やりたいと思っていたことでもあった。ただそれだと俺があまりにも自分を優先しすぎだと思って、美鈴の面倒を持ち回りで見るというプランでいこうと思ったのだ。


「それだと私がみんなのお荷物になっちゃう」

「美鈴さん。何度も言うけど死ぬ方がお荷物です。私たちがパーティーである以上、その辺は冷静にならなきゃいけません。虹カプセル。それを手に入れるためにあなたのガチャは八階層まで我慢する。その八階層が終わるまで守られるのもあなたの役目です。違いますか?」

「だって」

「だってじゃありません。面倒なんでさっさと『はい』って返事をしてください。忘れたんですか? 私たちは急いでるんですよ」

「うぅ」


 美鈴がエヴィーと伊万里にやり込められる。この階層で美鈴が一人とか心配で俺もエヴィーも探索どころじゃなくなってしまう。伊万里も多分同じ気持ち……だと思う。そして、


「エヴィー。俺だけが何もパーティーに貢献しないのはおかしな話だし、俺も協力するよ」

「あなたがこのパーティーに対してしなければいけない貢献は強くなることよ。この中の誰よりもあなたが強くなければ魔眼病(ミカエラ)が現れた時どうするの?」

「それはそうだけど、俺だけがやたらと強くなっても」


 みんながついてこれなくなるじゃないか。現状でもみんなとの強さの差が開いてきている。それが広がれば広がるほどみんなとの距離も広がっていく。強くなりたい。でも一人になりたいわけじゃない。


「大丈夫。あなたを一人で行かせるようなことにはならない。この組み合わせでも、私たちのステータスの上がり方は十分トップレベルよ。そして何よりも今はあなたのステータスを優先させる必要がある。魔眼病の強さは相当なものだということだけは分かってるでしょ?」

「そうだね」

「でも、いくら魔眼病でもユウタのステータスのあがり方に勝てるとは思えない。それはつまり、あなたのステータスが一つでも上になることが、私たちパーティー全体の生存率を押し上げることになるの」

「うん。私もそう思う」


 エヴィーの言葉に伊万里もうなずいた。伊万里はエヴィーに関しては一目置いているようだ。そしてそのエヴィーの意見は俺も一番正しいと分かるのだ。


「魔眼病がいなければ……」

「確かにそうね。最近全然あなたとの時間も取れてない。でも、これが私たち全体のレベルを上げていくこともたしかよ」

「まあ、そうだね」


 アメリカでいろいろ苦労してきているエヴィーの意見は的確で、まったくもって反論の余地がない。それと同時にもう一つ考えていたことがある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう考えていた。


 だから俺は長く息を吐いてから頷くことにした。


「わかった。エヴィーの意見でいこう。それぞれ【意思疎通】は繋ぎっ放しでいいね?」

「ええ、でもお互いの位置情報は」

「わかってる。今回はお互いの位置情報を共有しないようにしよう。誰かが魔眼病に見つかっても死ぬのはその人だけだ」

「ふふ、でも、その時は倒しちゃえばいいんでしょ」


 エヴィーは冗談で言ったんだろうけど、俺は結構本気だった。美鈴に声をかけると面白くなさそうではあるが納得してくれてるみたいだ。


「じゃあ行こう!」

「「「了解!」」」


 誰も安全だと完璧にわかるまでダンジョンに入らないようにしようなどと言わなかった。俺の場合、それはこれから探索者として生きて行くための自分の矜持でもあった。



「——意外と孤独な時間が多いのか?」


 みんなと別れた俺は呟いた。天候に関しては今までよりも過ごしやすいが、それでも探索自体の難易度も格段に上がった。まずドワーフ工房というものも探さなきゃいけないし、下に降りる階段も探さなきゃいけない。


 二つ探すものがあるだけでも倍の手間がかかる。


 その上、建物や木が多くて見通しが悪い。おかげでスマホで指示されるルートも今までと全然違った。見通しが悪いので、かなり細かく探索するルートが示されていたのだ。


 中には5mと離れていない箇所をもう一度通らねばいけないところもあった。特に家などは一軒一軒中に入って確かめなきゃならない。このため、探索の手間が凄くて、マンションの上に七階層への階段があったというケースもあるそうだ。


「だから、探索能力に長けている美鈴は、お荷物なんかじゃないんだけどな」


 ちなみに六階層は住宅の数だけでも70万戸以上あるそうだ。


「五年でレベル1000か」


 最初、ダンジョンに入ったとき、どうやってそんなに早くレベル1000に至ることができたのか? 12英傑のことを不思議に思っていたが、レベル上げの質によって極端なほど強さが変わってくる。


 同じレベル帯でも強さは倍以上違うこともある。そういう世界があるのだ。自分がそれを仁也で体感したこともあり、手応えは感じていた。


「それにしても牧歌的だな」


 俺が割り当てられたエリアはまず農村からだった。空を見ると入った時よりも少し日が傾いていることに気付いた。六階層は太陽が沈み、太陽が昇ってくる。つまり、今までの空間と違って、ちゃんと太陽が動いているのだ。


 いや、太陽だけでなく、宇宙?がちゃんと動いている。そして地動説ではなく天動説らしい。探索者の中には、天体観測が好きな者もいるらしく、地面は動いてなくて、空が動いているということも調べたのだそうだ。


  一〜五階層まではそもそも空が動いておらず、六階層~からは空が動いている。そして空だけでなく、モンスターの動きもこの階層は違う。この階層では日中、外にモンスターがいないらしい。


「アラクネも木乃伊も大蜘蛛も全部、太陽が嫌いだっていうんだからな」


 ここで気をつけなければいけないのが、三種類とも別に日光を浴びれば、吸血鬼みたいにさらさらと消えてなくなるなんてことはない。普通に動いて攻撃してくるし、弱体化もしない。ただ、日中は外で活動しないというだけのことらしい。


 だから日中に降りてきた俺たちは、外で呑気に作戦会議ができたし、そうしたところでモンスターが出てくることもなかった。でも、ほぼ100%の確率で、建物の中にはモンスターがいる。


 俺は建物の方に視線を向けた。


 まず俺の目にはいかにも農村にありそうな和風建築が目につく。


「あそこからにするか……」


 そちらへと近づいていく。


 木乃伊か大蜘蛛。アラクネがいる建物。かなり旧家のようで、建物自体がかなり大きくて、そして年季の入った佇まいだ。日中だというのに全ての窓、雨戸まで閉まっている。


 敵も馬鹿じゃないのだ。日光が嫌いなら窓ぐらい閉めるという話なのだろう。それどころか太い蜘蛛の糸のようなもので目張りされていて、出入りをする玄関から光が差し込む以外は、外の光をシャットダウンしていた。


 俺はその建物の門を開けた。広い中庭にモンスターの気配はなく、自分がジャリを踏みしめる音だけが響いていた。玄関に到着してガラガラという音とともに引き戸を開けた。完全な暗闇の中に光が差し込む。


 静かに【暗視】を発動する。日中だというのに、真っ暗な建物の中。お邪魔しますという言葉も無く、上がり框に足をかけて、廊下を歩いた。旧家だけあり、ギィッと家鳴りした。向こうはもう自分たちの敵が入ってきた事に気付いている?


 それでも、モンスターがいないのではないかと思えるほど静かだ。


「まともな探索者は久しぶりだろう。出てこないのか?」


 間引きの探索者が来たりすることはあるだろう。しかし、ここ最近では普通に探索をしているものが、ここに来たのは初めてではないだろうか? 京極パーティーは先に降りたが、階段探索をしているだけで、モンスターと戦う必要はない。


 ギシギシ鳴る廊下を歩きながら、障子戸を開ける。最初の部屋にはいなかった。昔の家だけあり田の字型に仕切られた四間取りの部屋。親父と共に田舎に帰った時、こんな感じの和室があった。


 鴨居の上には欄間があって、そう、この家みたいに松の彫刻があり、上から隣の部屋の天井を見ることが、


「……」


 大きな赤い瞳と目が合う。2mほどの大きさを誇る大蜘蛛だ。それが動いている。


「気持ち悪!」


 目が合った瞬間、まるで障害物など何もなかったかのように、襖も欄間も突き破って大蜘蛛が向かってきた。こちらが美火丸に手をかけるよりも素早く、攻撃モーションに入る。その八本の足すべてに鋭利な刃がついていた。


「【鉄壁】!」


 俺と大蜘蛛の間を隔てて現れた鉄の壁が、大蜘蛛の八本ある足によってバターみたいに斬り裂かれた。何とかその間に美火丸を抜く。向こうが何かのスキルを唱えた気配がして、口から何かが吐き出された。


 目の前一面に白い投網のようなものが広がる。クモの糸を投網のように広げるスキルらしい。逃げ場が何処にも無かった。


「【焔鳥】!」


 五階層のクエストで手に入れたスキルを早速唱えた。【飛燕斬】の進化形であるその技は、火の鳥となって相手を燃やすと同時に斬り殺す。投網が燃え出して、大蜘蛛を斬り殺すかと思われた直前で、相手の姿がぶれた。


 大蜘蛛が何かのスキルを唱えたのだ。【加速】持ちか。俺の斬撃をよけた。大蜘蛛の八本足の攻撃が頬を掠めて血が流れる。しかし、それより、


「まだいる!」


 横から強烈なパンチがぶち込まれる。体が吹き飛ばされて襖を破って隣の部屋に投げ出される。その隣の部屋には大量の大蜘蛛と、人間の大人と同じ体格をした木乃伊がいた。たぶんこの部屋がこいつらの狩場なのだ。


「【石爆弾】!」


 一気に十発連続で唱えてぶち込む。それを大蜘蛛には避けられて、木乃伊には命中するが、表面の皮膚が少し剥がれただけだった。


「こいつら……」


 強い。おまけに仲間意識はゼロに近いらしい。大蜘蛛は足の斬撃で木乃伊を斬り裂いても平気だし、木乃伊はこちらを大蜘蛛ごと殴ってくる。ゴブリンなら、自分の仲間に攻撃が当たらないように気をつけていたが、こいつ等にはそんなものはないらしい。


 だから攻撃は同時にすべて向かってくる。隙間もないほど目の前の空間を埋め尽くして、大蜘蛛の斬撃と木乃伊の殴打が向かってきた。


「【韋駄天】!」


 こいつらにはきちんと最大火力で相手をしなければ殺される。


「【炎流惨】!」


 地面から噴き出す炎の柱は畳に大穴を空けて四間取りの広い空間すべてを埋め尽くしてゆく。さすがにこの超高温に巻き込まれるのは嫌なのか、大蜘蛛が土壁を突き破って逃げようとする。だが逃がしはしない。


 逃げようとする大蜘蛛の足を【蛇行四連撃】と【焔鳥】も使って斬り、ついでに刎ねた木乃伊の首が荒れ狂う炎の中に呑み込まれる。そのまま俺ごと燃やしてやった。それでも平気だった。


 美火丸装備がこの階層でさらに二つ許可され【炎無効】のスキルがほぼ完璧になった。生物を等しく炭化させていくようなこの超高温の空間で、俺はせいぜい真夏のような暑さを感じる程度だ。


《ずいぶん派手にやってるな》


 そこに【意思疎通】が届いた。男の声だった。聞き覚えのある声。この階層にいる男は俺ともう一人しかいない。甲府にいる退学組トップの京極パーティーのリーダー京極八雲だ。


《京極さん。何か用ですか?》


 まだ燃え切ることなく木乃伊が抱きつこうとしてくる。やむを得ず喋りながら戦う。一体どれほどこの建物の中にいたのかワラワラとわいてくる。


《ああ、すまない。六条君。今喋れるか?》


 ここに降りてきた時点で、この人には挨拶をしていた。【意思疎通】には友達追加機能があり、友達から友達へと紹介されると連絡先を追加することができる。両者の承諾が必要ではあるが、その機能を使って京極八雲をリストに入れていた。


《ええ、まあ、なんとか。大事の用ですか?》


 さすがに動きが鈍っている木乃伊の首を、荒れ狂う炎の中で次々と刎ね飛ばしていく。


《ああ、もう派手なことをするのは控えたほうが良いというお知らせだ》

《……》


 ちょっとキザっぽい声。それが似合う男だという話だが、直接姿を見たことはなかった。


《上の階層に情報収集に行かせていた仲間からの連絡だ。五階層で死亡者が五人出た。頭の無い死体だ。六条君。君とも多少縁があったらしいな。古見さん達が全員死んだ》


 その言葉に奥歯を噛みしめた。


《魔眼病がもう現れたってことですか?》

《そうだ。俺はこんなところで死にたくないから魔眼病を見たら即行で逃げる。おそらく俺たちならぎりぎり逃げられるだろう。でも、君たちは気をつけろよ。あんまりモンスターと派手に戦っていると見つかるぞ》

《分かってます》

《ならいいが、藤原さん達は古見さんから『逃げろ!』と連絡がきて、ダンジョンの外にいったん逃げたらしい。君もそうするか?》

《いえ、その気はありません。ほかのダンジョンにも似たような探索者はいる。嫌な探索者が現れる度に逃げる癖をつけたくありません》


 俺は学生時代に一生分逃げて生きてきた。これ以上逃げて誰かの影におびえて生きて行くのは死んでもごめんだ。そんな人生を送るぐらいなら、いっそ死んだほうがましである。勝機はまだ何も見えていなかった。


 それなのにこんな事を言うのは間違っているのかもしれない。それでも学生時代のあの教室に居場所のなかった毎日。池本が教室にいないかどうかをいつも確かめていた。魔眼病で同じことをするぐらいなら——。


 全ての敵を片付けて炎に燃える旧家から慌てることなくゆっくりと出てくる。探索者を化け物だと言う人もいるが、この姿は確かに一般人から見たらただの化け物だろうなと思った。


 まだ京極さんとの《意思疎通》は繋がったままだったので、最悪のケースが起きた場合、元々決めていたことを俺は口にした。


《俺は——》

《正気か?》


 京極さんがそう確かめてきたけど俺はいたって正気だった。

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― 新着の感想 ―
シャットダウン→シャットアウト
マジかー 主観視点まであったのに犠牲者枠だったとは、古見っち >最初、ダンジョンに入ったとき、どうやってそんなに早くレベル1000に至ることができたのか? この疑問のとこだけでも最序盤で欲しかった…
うぉ、古見パーティー全滅か 確かにモブではあったが大胆に消費するねぇ そこがこの作品のいいところでもあるが。 ナムナム
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