第百十三話 Side魔眼病
私はずっと思っていたことがあるんだ。人の心の中が分かればいいのにって。いろいろと人が揉めるのって、お互い心の中が分からないからだって思うの。
だから心の中が分かればきっと誰もが揉めなくなって世界中平和になるに違いない。いやそんな壮大な話じゃないの。ただお父さんもお母さんも友達のなみちゃんも、れいちゃんも、りんちゃんもみんなの心が分かれば幸せに違いないの。
17歳の時に私は初めて男の子を好きになったんだ。大好きで一生懸命尽くしたけど、でも心の中が分からなかったから、いつも不安だった。そんな時に現れたのがダンジョンだった。
ダンジョンに入れば、いろんな能力が手に入るらしい。心の中がわかる能力だって手に入るかもしれない。そんなことを思って、友達のなみちゃん、れいちゃん、りんちゃんといっしょにダンジョンの中に入るようになった。
そしてレベル100になった時、私は魔眼師という職業になったの。
『ミカエラ? なんでミカエラ?』
レベル100になるとダンジョンから最初の名前がもらえる。それは不思議と戸籍データまで変えてしまうの。友達はみんな本当に名前が変わっちゃうから、無難にそのままの名前を使っていたけど、私は格好良い魔眼師ミカエラが最高に気に入って自分でも使うようになった。
『ミカエラって天使だから』
『うわ。だっさ。天使だって』
『まさか、フォーリンの影響?』
『う、うん。あの子とっても可愛いから、私もそんなふうになれたらって、ずっとダンジョンにお願いしてたの。そしたらこんな名前になったの。これで南雲君もきっと私に振り向いてくれるし』
『でたよ南雲。あんなのなよなよした女みたいなの何処がいいの?』
『だって、格好いいし』
南雲君やフォーリンは、私たちがいた頃からの有名人。中でも南雲君は同じ池袋の探索者で、どんどんレベルが上がっていくから、すごいなと思っていた。
私もやろうと思えば出来る気はしたけど、なみちゃん、れいちゃん、りんちゃんと一緒にいく方が楽しいからと思ってペースを落としていた。でも、南雲君にはそのことで何回か注意されたことがあった。
『お前もっと強いよな? なんで我慢してあんな性悪女共とつるんでるんだよ。バカじゃねえの?』
『で、でも、みんな仲良しだし。親友だって言ってくれるし』
『はっ。親友? 仲良し? そのために自分を抑え込むとか、お前信じられんぐらいバカだな。向こうは強いお前を適当に利用してるだけだぞ』
『そんなことないよ。みんな私のこと考えてくれてるし、私が学校で浮いてる時とか、嫌なことをされたときとかいつもあの3人が助けてくれたんだよ』
『本当か?』
『本当。私なんだか分かってないところがあるらしくて学校じゃよく嫌われたもん。でも、いつも3人だけはそばにいてくれたの。りんちゃんは消しゴムを無くした時に消しゴムを貸してくれたし、なみちゃんは男子に声をかけられて嫌だなって思ってると助けてくれたし、れいちゃんは私の靴がなくなっていた時に見つけてきてくれたんだよ』
『ま、お前が友達に縋られて喜んでるならそれでいいけどな。あいつらはきっとお前のことそんなに思ってない気がするぜ』
友達を悪く言われてから、私は南雲君とあまりしゃべらなくなった。私はあの人が好きだけど、きっとあの人は私を必要としてないし、豊国さんとか千代女さん。そして山姥が側にいるしで、普通に話すぐらいがせいぜいだった。
それに友達のことを悪く言われるのは気分が良くなかった。何よりも私のことが大事だと言ってくれる男の人が現れたんだ。その人は私のことを大好きだと言ってくれた。一生守っていくと言ってくれたの。
『嬉しい。私も髮?ココ君のこと守るね』
魔眼師になって魔眼というスキルを持つようになった。そうすると私は更に強くなることができて、なみちゃん、りんちゃん、れいちゃんとの力の差はどんどんとついていった。魔眼はとても便利な能力、見ただけでモンスターが縛れたり殺せたりする。
そしてレベル150をみんなと一緒に超えた頃だった。
素晴らしいことがおきたの。
なんと魔眼の真の力が解放されたの。
そう。
それはずっとずっと私が望んでいた力。
“相手の心の中が覗けるようになった”
私はとても喜んだ。彼氏の髮?ココ君も女友達だって喜んでくれると思った。だからまず一番最初に大好きな彼の心を読もうと思った。きっととても綺麗で私が大好きだという想いであふれている心。
そんな心が見れるなんて私はなんて幸せなんだろう。
だから私は彼に急いで逢いにいって報告したの。
『私ね。探索者やってるの知ってるでしょ?』
『あ、ああ、そうだな、やってるって言ってたよな』
『それでね、私ね。この度めでたく。当初の目的を達成することができたの』
『へ、へえ、当初の目的? そんなのあったんだ?』
『うん。あのね。私、人の心の中がわかるようになったんだ!』
『は?』
彼はなんだか知らないけども、いつも声が震えている人だった。犬に襲われていたところを、犬を殺して助けてあげたの。それからずっと大好きだって言ってくれてるの。でも私としゃべる時、いつも彼は声が震えてるの。
どうしてなのかわからない。でもそれも今日までだ。心を読めば全部わかるようになる。どうして声が震えるのかもちゃんとわかるようになる。分かったらちゃんと声が震えなくていいようにしてあげる。
『だから心の中が見えるようになったんだよ。すごいでしょ? これで髮?ココ君のことも全部理解してあげられる』
でもどうしてだろう。あんなに大好きだった彼の名前が思い出せないな。
『へっ、へー。心の中がっ。冗談がキツイな。心の中はさすがにわからないんじゃないか? い、いくら探索者でも、そ、そそんなこと出来るって聞いたことないぞ?』
『本当だよ。この青くなった左目で見れば、誰の心の中でも、全部わかっちゃうんだ。ね、これからあなたの心の中を見てみるね』
『い、いや! それは、やめといてほしいなあ』
髮?ココ君はあの時大量に汗をかいていた。
『どうして? 「二人の間に隠し事はない」って言ってたじゃない。私ね。ずっと、私のことを大好きだって思ってくれてるあなたのことを考えながら、ダンジョンに入ってるんだよ。お互いもっともっと分かり合うために、私の心の中も教えてあげる。私の心の中はね、あなたのことが大好き大好き。私の心の中をあなたに見せてあげたいぐらい。そうだ。私の心の中をあなたも見られるように、一緒に探索者になってもいいんじゃないかな?』
『いや、お、俺はあんまり人を殴るのとかは苦手というかなんというか。ゴブリン殺すとかちょっとっ』
『そんなことないよ。あいつら簡単に死ぬから。本当に弱くて簡単に爆発しちゃうの』
『い、いや、だ、だからさっ』
『ね。じゃあ見るね。心の中』
『待ってくれ! 待ってくれ! 頼むから待ってくれ! 見ないでくれ! 俺の心を見ないでくれ!』
とてもとてもか弱い私はカラスを怖がって、家の中で小さくなっていた。そんな時昔のことを思い出す。ああ、本当にあの時のことが忘れられない。とっても嘘吐きだったの。髮?ココ君はとっても嘘吐きだったの。
『や、やめてくれ! 俺を爆発させないでくれ! ちゃんと大好きだって何度も言ったじゃないか(化け物だ。化け物だ。化け物だ化け物だ。どんどん化け物になっていく。こんなに可愛いいのに化け物になっていく。怖い怖い。誰か助けてくれ。この女から離れさせてくれ。傍にいたくないんだ。こんな気持ち悪い奴のそばにいたくないんだ!!!)』
『あれ?』
『違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違うんだ!(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。犬の頭が爆発した時からずっとこいつが怖い!!! なんなんだよ、このイカレ女、化け物じゃないか!)』
『どうして私の事化け物だって言うの? 私のどこが気持ち悪いの?』
『言ってない言ってないよ。俺はお前のことずっとずっと可愛いって思ってる。大好きだよ(化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物なんだよお!!!)』
『化け物だって言ってるじゃない?』
髮?ココ君は頭がバンッと爆発してようやく静かになってくれた。
「ふふ、本当に心が綺麗な人はどこに居るのかしら?」
私はあの日から本当の愛を探してる。そんな男がいればきっと一生を捧げる。ああ、でも私はもう気づき始めてる。本当、この世は醜い人ばかり。私にいやなことばかり言う馬鹿ばかり。
あの日から私に誰も近づいてきてくれない。みんな化け物だっていう。南雲君だって……。
『は? 心が読める? 何その面倒くさいスキル。捨てられないのかよ?』
『捨てられないけど、使わないことはできるよ』
『じゃあ使うなよ。俺の心も読むんじゃねえぞ』
『もう読んだ』
『ええ、マジかよ』
南雲君にはちゃんと好きな人がいた。私なんかじゃ全然届かないぐらい好きな人がいた。それなのに女遊びばっかりしてた。最低だと思った。だから爆発させてやろうとしたら返り討ちにあった。でも、泣いたら慰められた。
『お前、それモンスター以外に使うなよ。さすがにいつもいつも心が読まれるのは面倒くさいぞ(殴りかかってきて、自分で泣いてるとか面倒くさい女)』
『私、面倒くさくない!』
南雲君は嫌いだ。強いから全然言うこと聞いてくれないし、可愛いのに全然可愛くない。それに私だけを好きになってくれないのがわかった。
「カラス。もういないかな?」
布団から起き上がる。誰も片付けてくれる人がいないから散らかしっぱなしの部屋の中。私は心の綺麗な人を探して、今日からまた外に出ようと思った。ちなみに私はあんまりお金がない。
レベル200だとブロンズガチャを引けるから、コイン稼ぎをしたり、普通にちょこっと仕事をするだけで、結構お金が稼げる。でも、そんなことしてたら、心の綺麗な人を見逃しちゃうかもしれない。だからしてない。
コイン稼ぎも仕事もしてないから、あんまりお金がない。だから新人の頃から住んでる狭いボロアパートに今でも住んでる。共同シャワーを借りて、すっきりするとパチンッと指を鳴らす。そうすると、専用装備が体を包んだ。
蝶の髪飾り。フリルのついた黒い服。そしていつものフリルのついた黒い傘。これが私の戦闘服だ。鏡を見る。化粧はしなくても顔は綺麗だった。
「うん。今日も私は可愛いわね」
廊下に出る。昔から女友達みんなでここを一部屋ずつ借りて住んでいた。今もなみちゃん、れいちゃん、りんちゃんは一緒にここに住んでるけど、いつ頃からか部屋から出てこなくなった。みんな頭がなくなって部屋の中で寝てるんだ。
「さすがにもうカラスはいないはずよね。さて。六条祐太君の心の中はどんなのかな?」
私は地面からポンと飛び上がる。隣のビルの屋上に着地した。見慣れた街並み。全部殺してしまいたいほど心の汚い人ばかり。でもそんなことをするときっとカラスが飛んでくる。
「面倒なカラス。死んでしまえばいいのに」
ビルの上を走り、隣のビルへと飛び移り、山の中へ入ると、甲府のダンジョンがすぐに見えてきた。ダンジョンの入り口にあふれかえっていた新人の子たちが私のことを認識する前に、私はダンジョンの中へと入った。





