第百十二話 黄金花
五階層クエスト
クエスト:レベル29時点でグランドスライムを討伐し、【黄金花】を入手せよ。
使用武器:刀剣類。自身の魔法とスキル。
使用禁止:拳銃や現代兵器。美火丸の肌着、美火丸の物理護符、美火丸の魔法護符
成功報酬:ストーン級スキル【焔鳥】
A判定で力、素早さ、防御、器用+15。
S判定で力、素早さ、防御、器用+30。
少し時を遡り、まだ伊万里がエヴィーとレベルアップをしていた頃。
俺は伊万里を助けるためにリーンと共に五階層に入った。そして、まず五階層のクエスト確認を行った。伊万里のことももちろん心配していたが、新しい階層に来たらまずクエスト確認が習慣化していたのだ。
そして、五階層でのクエスト内容は、グランドスライムという五階層の“主”から【黄金花】を入手することだった。
『やっぱりこれか』
『ユウタ。時間制限のあるクエストじゃなくてよかったね』
リーンもそれを確認して声をかけてきた。
『ああ、まあ、十階層まではクエスト内容って人によっての変更はあまりないらしいんだけどな』
五階層の“主”と言ってもゴブリン大帝・ラストのようなネームドではない。
五階層に10体は常に存在していると言われる超大型スライムのことである。このスライムはその体内に淡く輝く【黄金花】というものを生成することで有名で、それは永遠に輝く黄金で出来ていると言われていた。
【黄金花】は他のスライムには見られない、グランドスライムだけがする奇妙な行動によって出来るものだ。まず、地面の土を取り込み、それと同時に五階層に微量に存在すると言われている黄金を取り込む。
そして、黄金だけがスライムの持つ酸で溶解されず、花のような黄金塊を体内で形成する。これが売れば10億はくだらないという代物で、それでいて探索者にとってそれ以上に貴重なものだ。
というのも、専用装備と相性が良くて、強化素材として使われるのだ。専用装備の強化がどれほど重要かは、散々その恩恵にあずかってきた俺だからよくわかる。実際探索者はこれを売って金にするか、売らずに強化素材にするかでかなり悩むらしい。
だがエヴィーの財力と俺のガチャ運のせいで、俺達はそんな悩みとは無縁だ。
だから俺は、この【黄金花】をより多く手に入れたいと考えた。
『グランドスライムの同時討伐って無理かな?』
そして、俺はその考えを伊万里のレベル上げが終わって、みんなで五階層に入ってきた時に提案してみた。
『どういう意味? 必要個数を後で手に入れるのがセオリーだったと思うけど……同時に手に入れる必要なんてある?』
エヴィーが不思議そうに俺を見ていた。グランドスライムの体内にだけ存在する【黄金花】は金になる。だがダンジョンは露骨なコイン稼ぎを嫌うのと同じく、必要以上に【黄金花】を入手しようとする行為も嫌うそうだ。
だからこそクエスト達成の後で必要個数だけ手に入れて、さっさと下に降りるのが五階層のセオリーなのだ。
『ネット情報だと、このクエストはグランドスライムが単独行動だから、四人がかりだと結構簡単だって話だ。つまり今までのクエストに比べてグランドスライムのクエストは明らかに簡単だって噂なんだよ』
『まあクエスト条件であるレベル29ならね。レベル25の私たちにとっては結構厳しいと思うわよ』
『だとしても、俺はその条件なら楽に勝つ自信があるよ』
『まあ、ユウタは間違いないでしょうけど……』
『でだ』
『うん?』
『このまま普通のスライムとは、できるだけ戦闘しないようにしてレベル25をキープする。そしてグランドスライム三体を先に見つけてしまう、そして三体同時に討伐するっていうのはどうかな?』
『本気?』
エヴィーは俺が何を言いたいのか解ったようだ。ほかの2人もなんとなく察しはついたようである。
『本気だ。俺はガチャから自分専用の強化アイテムが出てきてるから要らないけど、美鈴とエヴィーと伊万里の三人分がいるしちょうど良いだろ』
『要はより良いクエスト判定を得るために“クエストの達成と必要素材の収集を同時にやってしまう”というの?』
『正解』
『あのね。欲張りすぎて失敗したら元も子もないわよ』
『でも、“SS”判定が欲しくない?』
俺が言いたいのは伊万里が手に入れたクエストのSS判定だった。伊万里の話を聞いてから、SS判定はどんな条件下で手に入れられるものなのか、気になっていた。討伐クエストでは、より低いレベルでクリアすれば良い判定がもらえる。
でも、それでSS判定になるとは思えなかった。そして俺は、おそらく三階層で【意思疎通】が手に入ることから、五階層ではそれも使う必要があるのではという結論に至った。
つまり、
A判定が25レベルでグランドスライムを四人で討伐。
S判定が25レベル&二組に分かれてグランドスライムを二体討伐。
SS判定が25レベル&四人でそれぞれグランドスライムを四体討伐。
『ただし、クエストへの挑戦権は一度しかない。だから』
『【意思疎通】を使ってグランドスライムを私たちがそれぞれに“同時討伐”する』
『その通り』
『なるほど…………。確かに不可能ではないわ。いえ、むしろこれに気づかなかったら五階層のクエストは低評価しかもらえないのか。簡単なんて言われるクエストには罠があるってこと?』
『伊万里は一人でできそう?』
俺が尋ねた。
『祐太がやれというならやるよ』
『伊万里、そういう話じゃない。できるかどうかを聞いてるんだ。伊万里が失敗したら、伊万里だけがクエスト失敗になるんだぞ。一つでもクエストを失敗すると下の階層にどれだけ降りにくくなるか分からないのか?』
伊万里が俺の言葉にちょっと膨れた。
『……私だけだと9割失敗すると思う。私は手数に弱いし、グランドスライムの攻撃はものすごく手数が多いって聞くから、多分それを捌ききれない』
『リーンがいれば?』
『それなら……まず間違いなくやれる。リーンちゃんと私は相性が良いし』
『リーンはイマリとはちょっとうまくやっていける自信が……』
リーンが何か言ってる。
『よし。それでもS判定は確実だろうから伊万里はそれでいこう。次は美鈴とエヴィーだけど、ラーイと一緒ならいけそう?』
おそらく美鈴は一人じゃクエストを達成できない。エヴィーもリーンが居ても無理だ。リーンは近接向きで、エヴィーと合体しても俺や伊万里ほど強くならない。でも美鈴とエヴィーの二人なら出来る気がした。
『残念だけど無理よ。ラーイが居るから戦いにはなるけど、肝心の核を壊す手段がないわ』
『ねえエヴィー。九枚ある【溶岩】の魔法陣を使うのはどうかな?』
美鈴が意見を口にする。最近この光景も珍しくなくなってきた。その事が俺は嬉しかった。
『それなら……。無理ではないと思うわ』
その意見にエヴィーも考えた。基本的にガチャから出てきたものに関してはマイナス判定もない。威力という点に関しても申し分なかった。
『ミスズ。【溶岩】の魔法陣を使うなら、私がグランドスライムの注意をラーイとともに引きつける。そして、【溶岩】の魔法陣を遠隔操作で作動させるわ。グランドスライムに大ダメージが与えられるはずだから、そこをミスズの弓の一撃で仕留めるというプランでいきましょう』
『私の矢を正確に当てることが難しそうだね。攻撃の気配を感じ取られて、少しでも動かれると核からずれるし』
『じゃあ準備が整うまでミスズは隠れてていいわよ』
『え、え? エヴィー、私が隠れてていいの?』
『ええ、むしろこの作戦はミスズが見つかった時点で崩壊するから、私がどんな状況でも絶対に出てきちゃダメよ。私たちの方で討伐を失敗すれば、私はイマリにリーンを貸してるから大丈夫だけど、ミスズはクエスト失敗になりかねないわ』
美鈴はエヴィーの意見にかなり考え込んでいた。何だか自分が楽をしているような気がしたのだろう。だが、囮役と仕留め役の二つは必要なものである。どちらが優先順位の高いものでもなく、どちらも居なければいけないものである。
『ミスズ。変な遠慮はしないで。あなたはあなたがやれることを精一杯して。私は私ができることを精一杯するから』
『……分かった。エヴィー、絶対に成功させようね』
エヴィーのその言葉に美鈴は頷いた。
『じゃあ、時間が惜しい。俺と伊万里は単独探索。美鈴とエヴィーとリーンとラーイは、一緒に探索。あとは【意思疎通】で相談しながら決めていこう』
それぞれにルートを決めて走り出した。俺たちは、まず、階段とグランドスライム三体の発見を急ぐことにした。
「提案しておいてなんだけど、自分が頑張ったらどうにかなるわけじゃ無い所がな……」
《祐太。階段も見つけたよ》
作戦を立ててから時間はかなり経った。
京極パーティーが先に六階層に降りてから遅れること一日である。ついに俺たちの全てのピースが揃った。グランドスライム三体のうち一体は美鈴とエヴィーが見つけ、俺はゼロ。伊万里が上空からの捜索で二体見つけてくれた。
そして時間短縮のため階段も先に探してもらい、それも見つけた。
《よし。あとはクエストだけだな。伊万里はグランドスライムを追跡しているリーンと合体、そのままクエスト達成に向けて作戦を開始する。美鈴、エヴィーもいいね?》
《《《了解》》》
全員から明瞭な【意思疎通】が送られてきた。
エヴィーからリーンを離すことは危険だが、それでも急ぐ必要があった。俺は仁也と戦ってみて解ったことだが、現状ではかなりレベルが上がらないと、魔眼病への対抗手段はないと痛感した。
「魔眼病が仁也ぐらいなら、悩まなくていいんだけどな」
米崎の口振りからして、おそらく魔眼病の強さは俺がレベル200になったぐらいはあるのだろう。
「時間がもっとあれば……」
言っても仕方がないことだが、あと、 三ヶ月あれば、俺達はレベル100までいけると思う。そしてそこまでレベルアップすることができれば、確実に魔眼病から逃げることができるはずだ。
「魔眼師なんて職業の探索者が近接特化のわけないし、レベル100の俺や伊万里の素早さに勝てるとは思えない。美鈴もレベル100ならもっと隠れるのが得意になってるだろうし、エヴィーにはラーイが居る」
三ヶ月の間でいいのだ。この期間だけでも魔眼病とエンカウントしなければ、俺たちは安全圏に入ることができる。でもそれはかなり難しい。99%無理だという気がしていた。だからこそクエストを急がなければいけない。
俺は再度、ステータス画面にあるクエスト項目を確認した。
五階層クエスト
クエスト:レベル29時点でグランドスライムを討伐し、【黄金花】を入手せよ。
使用武器:刀剣類。自身の魔法とスキル。
使用禁止:拳銃や現代兵器。美火丸の肌着、美火丸の物理護符、美火丸の魔法護符
成功報酬:ストーン級スキル【焔鳥】
A判定で力、素早さ、防御、器用+15。
S判定で力、素早さ、防御、器用+30。
どうしても、俺だけでも、ここに表示されていないSS判定を取らなきゃいけない。白い息を吐いて俺はステータス画面を消した。他の3人が無事にクエスト開始位置に着いた。それぞれの距離が20キロ以上離れている。
お互いの助け合いは不可能な距離だ。それぞれ全員でクエストをこなせることを願いながらも、まず自分だと俺は正面を見据える。
相変わらず凍えるほどの冷たい雨。
だが、その氷雨が一部分だけぽっかりと避けられている。
「オオオオオオオオオ」
大気が震える音がする。俺が目の前に見据えているもの。透明な体が闇の中に溶けて混じっているようだった。それはとてもとても大きくて、俺の体よりもはるかに大きくて、象よりもまだでかい。家が動き出しているようだった。
「デカいな」
《みんな、配置はいい?》
《伊万里OK》
《リーンOK》
《ラーイOK》
《エヴィーOK》
《美鈴OK》
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!」
強大で透明な体が動きだした。スライムにも発声器官があるという話は聞いていた。それが地面を震わせるほどの大音声となって響きわたる。グランドスライムが俺を見つけたのだ。
「《気合いを入れろ! 決して引くな! 引けば溶かされて終わりだ!》」
俺は仲間と自分自身を鼓舞させる意味でも【意思疎通】と同時に声に出して叫んだ。グランドスライムの巨体が動き出した。雨に打たれる透明な体の表面がうねり、無数の触手が飛び出してくる。その一本一本に強烈な酸を帯びている。
美火丸を抜いた。できるだけ触手をよけながら、避けきれないところは美火丸でたたき斬る。この攻撃のすべてが、触れると溶ける攻撃である。そのためグランドグライムと戦う時は、魔法を使うのがセオリーである。
骨すらも一瞬で溶かしてしまうその酸は、エロ漫画でよくあるような、女の服だけとかしてしまうなんて器用な事はしてくれない。どこまでも惨たらしくすべてを溶かしてしまうのだ。この五階層で死ねば遺体も遺品も何も残らない。
触手が俺の足をとらえてくる。だが、美火丸の脛当てに触れた瞬間。まるで熱いものにでも触れたように触手が離れた。それを見越して新しく生えた魔法【石爆弾】を撃ち込む。グランドスライムの触手がバンッと爆ぜた。
しかし、俺は魔力が弱い。触手を破壊するぐらいはできるが、その大きな体の体積を削るところまではいかない。
「オオオオオオオオオオオオオオォッ!」
大したダメージではなかっただろうに、怒っているように見えた。触手が10本同時に横薙ぎに振るわれる。【韋駄天】を唱えて、5本の攻撃をかわした。4本は【蛇行四連撃】で 次々と斬り払った。しかし残った1本が腹をとらえた。
「ぐうっ」
横に吹き飛ばされる。さらに触手が無制限に伸びてきた。
《祐太、エヴィーさん、美鈴さん。伊万里とリーン、いつでも行けるよ》
「《ちょ、え? もういいのか?》」
驚いた。おかげで必要もないのに、また声に出してしまった。今の【意思疎通】はグランドスライムをいつでも仕留められる状態にあるということだ。伊万里とリーンが組むと強いとは思っていたが予想以上だ。
そして伊万里がなぜさっさと止めを刺さずにこんな連絡をしてきたかと言うと、【黄金花】を同時に入手しないと、クエスト自体が終了してしまうからだ。それを避けるために俺たちは同時にグランドスライムを殺そうと言う話になっていた。
《えっと、エヴィー、美鈴、もう準備OKだったりする?》
俺は思った以上に伊万里が活躍していることに、若干ショックを受けつつ、受け身を取ってグランドスライムの攻撃をかわす。
《今、話しかけないで!》
余裕のないエヴィーの返事だった。
そりゃそうである。いくらなんでもこんなに早くグランドスライム追い詰められるわけがない。美鈴たちの方の作戦は、かなりエヴィーの負担が大きい。しかし、隠れるのにむいたスキルを持っている美鈴しか仕留め役はできない。
俺はグランドスライムの触手を【鉄壁】で防ぐ。向かってくる触手に向かって再び【石爆弾】を放つ。グランドスライムの巨大な体まで貫通し、体内で爆発するが、爆発ごと吸収するように溶けてしまった。
「はは、凄いな、お前」
一撃で、仕留められるところまで、こいつを弱らせる必要がある。
「あとからきた伊万里に負けてられないんだよ!」
向こうは実質2人だ。だが、あとからきた伊万里に負けてられない。再び【鉄壁】を使う。自分を守るためではなくグランドスライムの真下に放った。体がもちあがってグランドスライムの触手の攻撃が乱れた。
「よし!」
一気にグランドスライムへと近づく。こいつはダメージらしいダメージをいくら攻撃しても受けない。ただ本体から切り離された体液は、崩壊して地面に吸収されてしまう。だから本体からまず体を切り離していく。
そうして体積を減らして核にまで攻撃が届くようにしなければいけない。ゼロ距離で【蛇行四連撃】を無数に放つ。グランドスライムもそれに対抗するように触手を無数に放ってきたが、攻撃を防いでくる触手を徹底的に叩き斬った。
できるだけ近い距離で、根元から触手を斬り離すことで、グランドスライムの身の回りに本体を守るべき触手がなくなっていく。そして、
「【炎流惨】!」
地面が裂けて炎の柱が立ち上る。俺の体ごと炎がグランドスライムを包んだ。体が焼ける感覚を味わいながら、俺はグランドスライムが炎に包まれたことを確認して、自分が放った炎から逃れた。
「あっちー」
急いでポーションを飲んで自分の体を治した。さすがにまだ【炎無効】がない状態ではいくら美火丸でもかなり火傷してしまった。ちょっと強引な方法だったが、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!」
グランドスライムの体が沸騰して、-5°の世界を蒸気で満たしていく。やはり一人でいけた。レベルが上がり専用装備のバフが増えるほどに楽になっていく。そしてより難易度が高いことができるようになっていく。
この俺に美鈴達にはついてきて欲しい。そして、
「伊万里の奴、多分一人でいけたな」
それなのにどうしてできないなどと言ったか。
「美鈴が一人で出来ないからか……」
俺はそれでも自分を優先した。伊万里はそれでも“俺”を優先した。
「『私は祐太と一緒に生きていきたいだけだから』か」
【炎流惨】が晴れる。グランドスライムは炎に熱せられ巨大な体液が沸騰して、水泡が浮き上がり、体積もかなり減らしていた。
「よし」
こちらも準備が整った。おそらくもういつでも止めを刺せるはずだ。
《エヴィー、美鈴?》
《わかってる。わかっているのよ!》
エヴィーが焦っていた。そして、一度も美鈴が【意思疎通】を送ってきていない。ケガでもしたのか? 気になって仕方なかった。俺はそんな中でもグランドスライムの体内に向かって【石爆弾】を撃ち込んだ。
体積が減ったせいで【石爆弾】の爆発を抑え込めなくなっている。【石爆弾】が爆発するたびにグランドスライムの体が弾けた。グランドスライムが抗おうとしても、体積が減るほどに、その攻撃が手緩くなった。
《エヴィー、アドバイスできるかもしれない。イライラせずに状況を教えてくれ》
美鈴とエヴィーが近くにいたら直接助けられる。だが、どうしても距離がある。
《うん……。【溶岩】の魔法陣の発動が遅いの。おかげでグランドスライムがうまく引っ掛かってくれなくて、二つも無駄にした。当たりもしない場所で爆発させてしまったから【溶岩】の魔法陣にグランドスライムが慣れてしまった。多分、もう上手く掛かってくれないわ》
《今現在の状況は?》
《攻撃から逃げるだけで精一杯な感じ》
《じゃあエヴィー、グランドスライムの攻撃から逃げることができているということだ。なら、その状況を難しく考える必要はない。【溶岩】の魔法陣はあと七枚あるだろう?》
《ええ》
《【溶岩】の魔法陣を全て使ってしまうんだ。そしてグランドスライムを包囲して、溶岩の中に、でかい体ごと沈めてしまえばいい》
すぐにそこまで思いついた。
《でも、それだと【溶岩】の魔法陣が一つもなくなってしまうわよ?》
《別に良い》
《そ、それに、【黄金花】が溶岩の中に沈んでしまって、回収することができないかもしれないわ》
《主、私の存在を忘れてもらっては困る。溶岩の中だろうと何だろうと私が回収してきてみせます。主はポーションの用意をしておいてください》
俺が言おうとしたことをラーイが自ら言ってくれた。 こちらには財力がある。ダメージを無視して、ラーイが駆け抜ければ、【黄金花】の回収もできる。
《エヴィー、問題はあるか?》
《……はあ、OK。問題なしよ》
なんだか面白くなさそうにエヴィーが頷いた。
《ユウタ》
《何?》
《バカ》
なぜ俺が馬鹿になるのか理解できない。だが、時間はいつも正確に時を進めていき、【溶岩】の魔法陣をグランドスライムを取り囲むようにエヴィーが設置したことを知らせてくれる。そして【溶岩】の魔法陣が七つ発動した。
七つ全て発動したその光は、こちらからでも十分にわかった。それは陰鬱な五階層をさらに恐ろしくするような真っ赤な光だった。大地が揺れる。まるで本当の火山の噴火のようだった。五階層のすべてにその光と轟音が響きわたった。
《美鈴、いけるな?》
《……》
返事がない。でも美鈴と確かに【意思疎通】はつながっている感覚がした。この一瞬を絶対外さないために美鈴は一切声を出さず、集中しているのか……。
《伊万里、リーン。いけるな?》
《いつでも》《はーい》
《タイミングはエヴィーに任せる。カウントしてくれ》
《OK。10》
俺は死刑宣告をするようにゆっくりとグランドスライムとの距離を詰める。
《9》
グランドスライムも殺されることがわかったのか、最後の抵抗とばかりに触手をありったけ出してきた。
《8》
俺は再び【韋駄天】を唱える。
《7》
時が止まっているのかと思えるほどのスピードの中、降り積もる氷雨の形すらわかった。
《6》
極限の集中。グランドスライムの触手が俺に到達する前に【蛇行四連撃】によりことごとく斬り裂いていく。
《5》
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!」
なんらかのスキルを使ったのだろうグランドスライムは、その体ごと爆発したように見えた。自分の体の殆どを使って、敵に酸を浴びせるつもりだ。絶対に触ることが許されないグランドスライムの体液が襲い掛かってくる。
「【炎流惨】!」
だが焦らない。心はどこまでもクールだった。地面がヒビ割れて、巨大な炎の柱が俺とグランドスライムとの間を隔てる。
《2》
「終わりだ」
《1》
炎の柱に包まれたグランドスライムの体どんどんと蒸発して行く。【飛燕斬】の飛ぶ斬撃が、グランドスライムの赤い核を確実にとらえた。そして真っ二つに切り裂いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
なんとかその巨体を止めておこうとするが、グランドスライムの体が崩壊していく。人間を骨ごと溶かしてしまう強烈な酸が、地面へと染み込んでいく。
その中にグランドスライムの酸に溶けることなく、そしてグランドスライムの魔力を帯びることで、ほのかに輝く【黄金花】と呼称される綺麗な結晶体のような黄金が落ちていた。
《伊万里、ラーイ》
《こっちは、いつでもいいよ》
《ラーイ、いけるな?》
このクエストの目的はグランドスライムの討伐と【黄金花】の回収である。俺たちはクエストを誰か一人だけがこなしたなんて事態を避けるために、この二つを三組が同時に行うと決めていた。
《いける! すぐ!》
ラーイが【黄金花】が溶岩の中に沈む前に急いで駆けだしているのがわかった。俺は【黄金花】をいつでもとれる位置まで移動した。
《せーの!》
ラーイの【意思疎通】に合わせる。黄金花を伊万里とラーイと俺で同時に掴んだ。ほぼ同時に聞きなれた女性の声がした。
【六条祐太は五階層のクエストをSS判定でクリアしたことをお知らせします。SSボーナス。【意思疎通レベル2】への昇格を承認。ダンジョン内においてどの階層にいる仲間とでも交信することが可能となりました】
ステータスを確認すると、S判定の報酬から更にプラスして、魅力とガチャ運以外全てのステータスに+15がついていた。意思疎通に関しては、これでダンジョン内ならどこにいても連絡が取れる。
《美鈴、もういい?》
《うん。ごめんね返事ができなくて》
美鈴に確認すると、クエストはS判定だったらしい。
ただ、寡兵によるクエスト達成が承認され、【意思疎通レベル2】が生えたそうだ。伊万里とエヴィーも同じ扱いで、エヴィーは美鈴と同じ報酬で、伊万里は【治癒】が生えたらしい。伊万里は回復系もあるということか?
ともかく満足のいく内容だった。しかし、直近の問題である魔眼病に対する対抗手段としてはなんとも弱かった。そして俺自身、自覚があった。俺たちパーティーは多分目立つ。まず間違いなく魔眼病の目に留まる。
穂積の時のように対策らしい対策を立てずにいたら、今度こそ殺されるかもしれない。
「レベルが低いから対抗策がないなんて言ってられないよな……」
自分はこのまま進んでいいのかともう一度、自分に問いかける。それでも答えなど返って来るわけもなく、現状で自分の頭で考えうる最高を選ぶしかない。それがミスでないことを俺は願った。





