第百十話 退学組
《じゃあ退学組と協力関係ということでいい?》
《ああ、そうしよう》
《こんにちわ。藤原といいます。魔眼病がいなくなるまでの協力関係っていうことでよろしく》
《ああ、あなた達の呼び方は【退学組】で本当に良いんですね?》
《OK。それでいいわよ。私たちの間じゃ褒め言葉みたいなものだから気にしないで呼んでくれていいわ》
ダンジョンの中の様子はどんどん変わってきている。というのも三つものパーティーが五階層に下りてきているのだ。Dランではそれ以上の教育はできないからと、退学を希望した成績優秀者である別名【退学組】。
この退学組もDラン改革が行われるとわかった時点で、ほかの一般人に紛れて甲府に前乗りしていたようだ。その退学組とエヴィーと美鈴のコンビが接触した。そしてエヴィーが現状、魔眼病についてだけ協力関係を敷いてはどうか?
そう俺に【意思疎通】で提案してきたのだ。退学組はほかの階層にもいる。そうすると魔眼病の出現情報だけでも集めることができる。魔眼病については命の危険があるため、メリットが大きいと判断して俺も受け入れた。
《じゃあまずお互い自己紹介をしておこう。俺は六条祐太だ。パーティーリーダーをしている》
《私もパーティーリーダーよ。名前は藤原瀬利佳。よろしく》
そこからいくつか話を聞くことができた。藤原さんの話では甲府に居る退学組は、山梨ダンジョン高校出身のものがほとんどらしい。山梨ダンジョン高校は、山梨県山梨市の中心部に発生した山梨ダンジョンをホームとするDランで、山梨県に住んでいるDラン生のほとんどがここに通っている。
そしてそこからの退学組で、下に降りてきている三つのパーティーが、
Dランでは五階層を探索していたレベル31の藤原パーティー。
Dランでは七階層を探索していたレベル56の古見パーティー。
Dランでは十一階層を探索していたレベル100の京極パーティー。
エヴィー達が遭遇したのはレベル31の藤原パーティーで、女性6人組だ。聞いてもいないのに自分たちの情報を話してくれて、藤原さんの冒険譚が語られた。彼女たちは大学在学中。マンガ研究会を立ち上げ、女6人で同人活動をしていた。
その最中、大学構内にダンジョンが出現。6人の総意で一度はダンジョンに入ったそうだ。しかし、ゴブリンに本気で殺しに来られて、そのおっかなさにすぐに逃げ出してきた。
その後、ニュースの情報からダンジョン内で実際に人が死んでいることを聞くと、余計に足がすくんでダンジョンに入れなくなったそうだ。大学卒業後も女6人での同人活動は続けるが、魔法やスキルを使う人間をテレビで見ると、
《私も使いたいって思ったの!》
ダンジョンへの夢が捨てきれず、なんとか自分達も入れないかと考え、そこにDランができたのだ。藤原パーティーのリーダー藤原瀬利佳が話してくれた自分たち冒険譚によると、
『ここでダンジョンに入らなかったら、私たちは一生一般人のままよ!』
と、サークル仲間を説得。Dラン一期生として入学したらしい。Dランで基本的な戦闘方法などを熱心に教えてもらいレベル3になることに早期に成功。レベルが上がってできることや理解できることが増えていくと今度はダンジョンが楽しくなり、現在ダンジョンに恋してるらしい。
《なんだか自分たちが隠していることが、ばかばかしくなるぐらいペラペラしゃべってくれるわね》
《いいことじゃないか。退学組はそこまで危ない考え方をする奴らがいないってことだろ?》
《まあそうね。少なくともセリカはダンジョンの中で揉めたことがないそうよ》
藤原さんの冒険譚を聞きながらも、自分たちは自分たちで【意思疎通】でしゃべる。藤原さんは今、一階層での苦労話を一生懸命話してくれている。
《勝ちたいね》
誰かに向かって闘争心が向いたのは初めてだった。いつも負けることが当たり前だった。誰かに勝とうなんて考えたこともなかった。でも退学組に負けたくないと思っている自分がいた。
《ユウタが負けるわけないでしょ》
《そうそう。私たちが2人で探索しているだけでも向こうは驚いてたんだよ。藤原さん達、ここにもまだ一ヶ月以上いるつもりみたいだし》
《そうなんだ》
せっかく闘争心が湧いたのにすぐにしぼんだ。さすがに一ヶ月もこの階層にいるつもりはなかった。
《だとすると退学組でライバルになりそうなのは京極パーティーぐらい?》
《そうね。キョウゴク達は一年でレベル100まで行ったらしいわ》
【意思疎通】はこういう時以外も継続している。伊万里とリーンとラーイも繋がったままで、俺たちは、ダンジョンに居る限り、別行動をするときは【意思疎通】は切らないでおこうということになっていた。
《それは超えたいね》
《私のユウタなら大丈夫》
雨が降り続く夜のサバンナ。闇の世界。雨音がうるさく聞こえていた。五階層では気温は-5度に固定されている。普通なら雪になるはずが、ダンジョンでは物理法則がかなり歪んでいるようで、氷のように冷たい雨だった。
氷雨の中に、出てくるモンスターはスライムという透明な軟体生物だ。藤原さんの冒険譚を聞きながら、透明なスライムの体が闇の中に浮かび上がるのを見た。
「ふう」
白い息が口から漏れる。スライムの触手が伸びてきて、それを美火丸でたたき斬る。この階層のスライムも核が弱点で、そこを一突きした。スライムの形が崩れていく。
スライムには強い酸があり、こちらの武器や体を溶かしてくる。だから普通は武器を使わず魔法でスライムは撃退する。
「やっぱり嫌か?」
なんとなく美火丸が嫌がっているような気がして、俺は刀を鞘に収めた。今の俺はリーンと離れている。側にもいない。
《やっぱりリーンは返さなきゃよかったかな》
俺はエヴィーに話しかけた。
《あら、貸して欲しいの?》
リーンは今、本来の主であるエヴィーと合体している。
《少しね》
《ダメ。一人で十分だって言ったのはあなたよ》
《リーン。大人気で困る》
とリーンが自惚れた。
《まあリーンだとブルーノヴァを撃ってるだけでいいからな》
《祐太。一人でも平気?》
俺と同じく単独行動中の伊万里からの【意思疎通】だ。俺はリーンをエヴィーに返し、一人で探索をしていた。リーンと一緒に最初の一日はいたのだが、その必要はないと判断して返してしまったのだ。
《俺は大丈夫だ。伊万里は一人で大丈夫そうか?》
現在、伊万里も単独で動いており、【閃光弾】を使用して、【天脚】で文字どおり空中を駆け上がり、地上を照らす。そして地上に着地するまでに階段を探す。この方法だとかなりSPポーションを節約することができた。
なおかつ、この氷雨が降る夜の五階層でも、かなりハイペースで階段を探せる。俺たちパーティーは現在、俺、伊万里、美鈴とエヴィー、この3組に分かれて探索している。危険だが、今はリスクを取ってでも急ぐ必要があるのだ。
《うん。いけそう。ちょっと厳しいときはあるけど、早く下に降りたいしね。頑張る》
《そうだな。伊万里の空からの探索がかなり鍵になる。頼むよ》
《任せて祐太》
そして俺たちが一刻も早く階段を探したい理由。それが“魔眼病ミカエラ”である。藤原さんは、
《そして私たちはラストに挑むことにしたの!》
と自分たちの冒険譚を締めくくった。どうやら退学組になる条件は三階層でラストのクエストをクリアしたかどうかによるらしい。そして肝心の魔眼病の話に戻った。
《三階層にいる仲間の話では、ここに下りる階段を探してる時に二つの大きな血痕が残ってたんだって。でも2日程、魔眼病が誰かを殺したって言う情報は無いみたい。四階層、五階層まで降りてきている仲間にも襲われた情報は無いって》
ここ2日ほどではあるが、魔眼病の出現情報はないらしく、どうも魔眼病は現在ダンジョンにいないようだった。退学組は自分たちの身を守るために魔眼病に対してだけ協力体制を構築している。
そして、上と下の階層を行き来する仲間を作って情報収集をしている。その情報から今、魔眼病はダンジョンにいないことは確実だと思われた。
《急にいなくなったのってどうしてだろう?》
《人殺しに飽きたのかな?》
《いや、多分そうじゃない》
俺は人工レベルアップ研究所で、魔眼病について米崎にもう一度聞いてみたことがある。米崎は俺のことをかなり気に入ってくれているみたいで、その時かなり情報をくれた。
『ふむ。いいだろう。教えてあげよう。魔眼病はね、その青い左目で人の心を読むことができるんだよ。そして赤い右目で人を爆発させることができるんだ。魔眼師と呼ばれるレア職業だ。おそらく単独で戦えば彼女は甲府で最強だろう』
『最強……』
『そうだ。それでいてとても厄介な性格の持ち主でね。どうも彼女は自分が心を読んでも綺麗なものしか出てこない相手を探しているようだ』
『は? そんな人間いるんですか?』
少なくとも俺は自分の心を読まれたら汚いものだらけだという自信があった。
『僕の知る限りいないね。だから彼女は永遠に存在しない相手を探してダンジョンを彷徨っているんだ。ついたあだ名が魔眼病さ。知ってるかい? 凶行があまりに酷いとそのダンジョンでの“排除対象”になるんだよ』
『排除対象……』
聞いたことがない用語だった。言葉自体の意味は分かるが、探索者の間でそれが使われているのは聞いたことがなかった。だから俺は聞いた。
『それってどういうものなんですか?』
『言葉のままだよ。排除対象は排除されるんだ。例えば排除対象がホームとしているダンジョンで、そのダンジョンにおける有力者がパーティーを組んで、排除対象を殺してしまうわけさ』
『やり過ぎれば、警察や政府から高レベル探索者に依頼がいく話は聞いたことありますけど、探索者間でもそういうものがあるんですか?』
『あるさ。日本の死刑制度と同じだよ。3人殺したら死刑。警察官を殺したら1人でも死刑とか、だいたいの基準があるじゃないか? それと同じでね。一般人20人。探索者は6人殺せば理由の正当性が認められない限り甲府じゃ排除対象だ』
『だからミカエラも排除対象になっていると?』
『そうだよ』
『でもまだ生きてますよね?』
『強いからだよ。探索者が自分のわがままを通したければ強くなければいけない。それがないものは例えどれほど正義感にあふれたものでもなんの尊重もされない。国でもそうだろ? 強い国の言うことを弱い国は聞くしかない。彼女は強い。だから我が儘を通す権利があるわけだ』
少なくとも俺と米崎が話した時点では、魔眼病は甲府を越えて、高レベル探索者が出張ってくるほどの悪事を働いていなかったということだ。何よりもダンジョン内でのことは外に漏れにくい。
《俺の情報源については秘匿させてもらうが、彼女にとっての殺しが【心のきれいな人間を探す】という明確な目的を持ったものなら飽きることも、やめることもないと思う》
俺は藤原さんに【意思疎通】で伝えた。退学組にもこの情報を伝えたのだ。藤原さんたち退学組から魔眼病の出現情報をもらう対価をこちらも出す必要があるのだ。
『“カラスが飛んでくる”。探索者の中では有名な死を意味する言葉だ』
米崎がそう言っていた。
《おそらく魔眼病が一旦引いたのは烏丸時治が原因だ》
《それなら烏丸時治を利用すれば……》
《残念だけどそれは考えない方がいい。言っておいてなんだけど、高レベル探索者というのは火薬庫みたいなもんだ。一度動いたら、かなりことが大きくなる》
《そ、そうなの?》
藤原さんが不思議そうに言う。
《ともかくカラスを気にして魔眼病がいなくなってくれているなら、今のうちだ。くれぐれも気は抜かないように》
そう話して【意思疎通】を切った。
翌日のことだが、俺は別の退学組とも接触した。
「君、ちょっといい?」
その言葉を聞いた瞬間。心臓が飛び出るほど驚いた。油断したつもりはなかったが、いつの間にかそばに誰かがいたのだ。魔眼病だと思って慌てて美火丸に手をかける。
「うわーマジか?」
「すごー。専用装備いくつ着けてんの?」
「お、おいおい、なんだこの超絶イケメンは?」
「神様、人間差別しすぎだろ」
相手をしっかりと見た。男5人だ。
「なんだ退学組か……」
良かった魔眼病じゃない。こちらに近づいてくる人間。おそらくエヴィーたちが言っていた退学組だ。男5人で、専用装備らしき武器をもっているものが2人いた。
「こんにちは。君がエヴィーのパーティーに選ばれたという最高に幸せな男、六条祐太かな?」
不幸な事故を防ぐためにも、ある程度俺たちの情報も伝えている。情報を伝えることに関してはかなり迷ったが、今は魔眼病に対するリスクを一つでも減らすことが何よりも大事なことだと考え、そちらを優先させることにした。
「何か用か?」
男5人。思い当たるのは古見パーティー。レベル56の山梨ダンジョン高校では七階層にいたパーティーだ。俺より格上。完全に信用しきることもできなくて、美火丸からは手を離さないまま返事をした。
「すまない。そんなに警戒しないでくれ。こっちに敵意はないんだ」
ダンジョンの中なのに面倒じゃないのか髪をきれいにセットした白い歯が光る男だった。清潔感のある男だ。おそらくこの男が古見ではないかと思われた。藤原さんからかなり堅苦しい男と聞いていたのだ。
「その割には急に現れた気がしたけど?」
「スキルさ。こっそり近づいたことは謝るよ。魔眼病のことがあるから、一人で居る人間には警戒してるんだよ」
「なあ別に下手に出る必要なくないか? ぼっち野郎だぞ」
痩せた男だ。スパイラルパーマを当てたチャラい頭髪。眉間にしわを寄せこちらをにらんでいた。
「バカ。よく見ろ。彼は専用装備が全部揃ってるぞ。そうでなくとも初対面の相手に上から目線で接する理由なんてない」
「そりゃそうだけどさ。エヴィーが所属しているパーティーのハーレム野郎だぞ。なんか調子に乗ってないか? なあお前、毎日あの体を堪能しまくってるんだろ?」
「仁也。喧嘩したところでなんの得もない。おとなしくしておくんだ」
「ちぇ。はいはいっと!」
ふてくされたように返事をした仁也と呼ばれた男は一気に俺に近づいてきて、手にはメリケンサックをつけていた。その拳を振りかぶって腹に一発ぶち込むつもりだ。池本にもよくやられたボディブロー。
「【韋駄天】」
スキルを唱えてバックステップを踏む。仁也が拳を打ち込もうとした場所に俺はいない。仁也は前のめりになってバランスを崩す。こいつが古見パーティーならレベルが56だ。どうする? 明らかに喧嘩を売られてるよな?
「ふう」
俺は動きを止めないまま一度息を吐く。池本の時。俺は池本の方が強いからと何をされてもいつも下手に出ていた。そして虐め続けられる惨めな人生を送ることになった。ここでもその選択をするのか?
「ふん」
思わず笑いがこみ上げた。そんな選択を二度とするかと思った。美火丸の物理護符と魔法護符をマジックバッグから取り出し、懐に入れる。美火丸の陣羽織も装備してフルにしたいところだが、さすがにこの状況で陣羽織を着る暇はない。
おそらく相手は武闘家ジョブ。このタイプは力が最も高いステータスのはずだ。レベル56の場合、予測される力のステータスは400近い。そして優秀なスキルをもっていれば600ほどの力が出せるはずだ。
レベルがわかるだけで、相手のジョブからステータスがだいたい予想できる。でも俺達は信用を得るため退学組にレベルの情報を教えていた。恐らくこいつは俺のステータスを最高でも“200”と予想しているだろう。
「舐めるなよ仁也!」
「呼び捨てにしてるんじゃねえよクソガキ!」
俺は手始めに【蛇行四連撃】を放つ。
「は!? よ、【四連掌】! なんだこのグニャグニャ!?」
仁也は驚く。だが寸前で自分もスキルを使って四つともすべて受け止めた。すぐさま【蛇行四連撃】を重ねがけして息つく間もないほどの猛攻を加える。仁也はかろうじて俺の刀に拳をぶつけ、連撃を受け止める。
スピード的にはほぼ互角。やはりレベルは向こうの方が上でもレベルアップの質が全く違う。南雲さんが『レベル差は残酷なものだ』と言っていたのは、同じ質のレベルアップをした者の場合で、少なくともこいつには当てはまらない。
「お前レベル25じゃないのかよ!? そんなに早く動けるわけないよな!?」
「本当だ! ステータスは偽れない! 【石爆弾】!」
新たに生えた魔法を唱える。石の弾丸に爆発属性を加えて放つ。【石弾】の進化系で、使い勝手が悪くて使ってなかった【石爆】と統合されて現われたのだ。相手はそれを拳で叩き落そうとして、【石弾】が爆発したことに驚く。
「いてっ、お前、殺傷力があるスキルや魔法を人に向けたらいけないって知らないのかよ!」
「そっちは殺す気はなかったとでも言うのか!」
「あ、当たり前だろ? ちょっと一発かまし」「なら相手を間違えたな!」
俺は目線を仁也の仲間の方に送る。手を出してくる様子はなかった。全員で向かって来られたらさすがに危ないのだが、古見はそうするつもりはないようだ。ということは仁也の独断か、それなら、
「【飛燕斬】!」
俺がこいつを倒すことができれば終わりだ。【飛燕斬】の斬撃が飛んだ。弧を描く衝撃が仁也の体に傷をつけた。
「いつっ、 ちょっ、悪かった。俺が悪かった謝る!」
「謝る? 白々しい! 俺がおとなしく殴られるようなやつだったらお前何を要求するつもりだった!! 【炎流惨】!」
美火丸の切っ先が地面を斬り裂く。そこから炎の柱が立ち昇ったかと思うと、それが流れとなって仁也を呑み込んだ。凄まじい炎があたりを照らし出す。焼き殺す勢いで炎は渦を形成し、仁也を中心に集中して行く。
中心部の温度が一体どれほどになっているのか? それは俺にも想像できなかった。レベル56。退学組。相手とのレベル差が倍以上と考えて、これでダメージを与えられるようなら嬉しいなと思った。
「ぐうっ」
炎の渦が収まっていく中心部の地面が溶けていて、それでも仁也の足元は溶けてなかった。仁也の周りには防御結界が張られていたからだ。仁也が溶けていない地面の上でうずくまっていた。
「こ、こいつ洒落にならない。ちょっとふざけただけだろうが! ここまでやるとか、お前バカか!? 古見、手伝ってくれよ! 俺一人に戦わせる気か!?」
台詞がそのまま池本みたいだ。体中にかなりの火傷を負った仁也が、それでも生きてはいたし、動けるようだった。
「手伝うわけないだろうがバカ。仁也。お前が悪い。謝れ」
この5人パーティーのリーダー格であろう古見が、謝罪を促した。
「なんで俺が謝るんだよ? 一歩間違えたら殺されてたのは俺だぞ!」
「いいや、相手に殺意はなかった。俺の結界が間に合うのを待ってくれていた。そうじゃなければ今頃お前は消し炭だ」
古見は冷静に様子を見ていたようだった。そしてほかのメンバーも口を開いた。
「仁也! お前、いい加減にしろよ! 『外では調子づいて喧嘩を売るな』って先生達に死ぬほど注意されただろうが! 『外じゃ誰が強いかなんて分からない! 下手な相手に喧嘩を売ったら殺される』ってよ! 死ぬならお前だけにしろよ! 俺達を巻き込むなこのボケ! こんな専用装備全部着ているやつに喧嘩売るとかお前、頭悪いもいいところだぞ!」
「だって、超いい女連れたハーレムパーティーなんてむかつくじゃないか……」
「はあ。だから俺はこいつをパーティーに入れるの反対だったんだよ。あんた。マジですまん。こいつまだ外のルールがよくわかってないんだよ。ちゃんと言って聞かせるから、この場は刀を収めてくれないか?」
相手のメンバーが次々に口を開いた。この人たち全員で向かって来られたら相当厳しい戦いを強いられるところだったが、その気は無いようだ。そしてレベル56の人たちなら、俺の最大火力を防御できるようだ。
どうやら俺は嫌になるほど、まだ弱いようだ。弱い俺が調子に乗るわけにはいかない。ここまでしたらさすがに舐められることはないだろうし、俺は謝罪を受け入れることにした。
「いえ、さすがに俺もちょっとやりすぎました。でも俺は見ての通り一人なので油断するわけにはいかないんです。理解してもらえますか?」
「あ、ああ、ちょっとね。も、もちろんだ」
「えっと、やっぱり謝罪の印はいるよな?」
古見さんに続いてほかのメンバーが言った。ダンジョン内でのマナーの話だろうか? ダンジョン内で揉め事が起きた場合、負けた方が謝罪の印を出すという暗黙のルールがある。それは当事者が居る階層の金カプセルと決まっていた。
「……いえ、謝罪は必要ありません。こっちが怪我をさせたぐらいですし」
だが俺は断る。ストーンエリアにいる探索者にとって、金カプセルがどれほど重要なものか美鈴達のガチャでよくわかっている。あれを一つでも謝罪として出すことはかなり嫌だろう。
「そういうわけにもいかない。これはこちらの過失だ。これを」
古見がポーションと思われる瓶を投げてきた。俺はそれを受け取る。
「良いんですか? 大事なものだと思うけど」
「ああ、大事だがケジメだ。先生達からも『ダンジョン内に居る“先達”には嫌われるな』とかなり言われてるんだ。仁也が本当に悪かった」
「そうか……」
俺は1000万円のポーションを迷いはあったがマジックバッグに収納した。仁也という人も、「悪かったよ。ポーション、大事に使えよ」とバツが悪そうに謝ってくる。そして泣きながら古見に渡されたポーションを飲んでいた。
仁也の火傷と刀傷が修復されていく。学校でふざけている延長なんだろう。池本のような奴かと思ったが、本当の悪人ではないようだ。何度もこちらに頭を下げて古見パーティーが遠ざかっていく。
「さて……」
氷雨が体を打つ中、景色を見渡す。相変わらず嫌になるほどの闇。【暗視】がなければ手を延ばした先が見えないほどだった。ふと榊たちが無事だろうかと気になった。まあデビットさん達が居てくれるし、大丈夫だろうと思う。
俺はゆっくりと走り出した。
その一時間後、京極パーティーが下への階段を見つけたことを知らせてきた。どこまでの猶予があるのかも分からない中、京極パーティーも一刻も早く魔眼病に対抗できるぐらいのレベルを手に入れるためにかなり急いでいるようだった。
それは俺達も同じで、一刻も早く強くなる必要があった。





