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第百九話 Side小春④魔眼病

 クリスティーナとアンナ。そして筋肉マッチョの元軍人デビットとマーク。これに加えて、米崎博士からの100億円の支援。ポーションを十分に揃えられるようになった事もあり、これならなんとかなると思った。


 私は常に六条と同じレベルでいたかった。六条から便利に使われるには、それが一番いいと思ったのだ。


「四階層か。たったの一階層、降りるのに四年だぜ?」

「そうだな。オリバーとベンジャミンにも見せてやりたかったな」


 デビットとマークの2人は元軍人だけあり、非常に優秀だった。博士にステータスを修復してもらうとすぐに私達と合流。そして一旦別れると、クエストをわずか10日で終わらせてしまった。


「俺はやっと自分のジョブがわかったぜ。まさか銃ジョブとはな。あれほど呪い殺してやりたいと思ってた銃がガチャから出て来た時はなんの冗談かと思ったぜ」

「マークが羨ましいよ。俺は防御ジョブだ。このクソ重たい鎧を着て動けってな」


 そう話しながらも、筋肉マッチョの2人はうきうきしているのが分かる。かなり年上相手に失礼かもしれないが、微笑ましい気持ちになるほどだ。


「ふふ、なんだかはしゃいでますね」

「これから、よろしくお願いします」


 クエストをこなせずにいたクリスティーナとアンナも私が手伝うことでA判定は取ることができた。これで二人のステータスも言うほどひどくなくなった。クリスティーナが剣士ジョブでアンナが水が中心の魔法使いジョブ。


 そして私が呪師。ガチャ運はマーク以外全員3だ。マークはガチャ運2で、銃ジョブはレア職だった。そしてアンナとデビット以外が、専用装備を一つずつ出すことに成功していた。


「コハル。階段も見つかったし、そろそろ降りるか?」


 私たちの指揮官は自然とデビットになっていた。これが渋い声の金髪マッチョで、顔も六条程ではないがなかなかいけてる。六条を知らなければ絶対に一度は寝ただろうなと思った。


 私は六条の美しさを見てからすっかり誰にも体を開く気が起きなくなってしまった。どうしてあれほどの綺麗さがこの世に存在するのだろう。あの美しさの前には、すべての男が霞んでしまう。


「ええ、私もそろそろいいと思ってました」


 デビットは私が一人で三階層でS判定を取ったことをとても評価してくれて、方針を決める時などは必ず相談してくれた。


「じゃあマーク、遊んでないで行くぞ」

「おう、わかった」

「クリス、アンナも行くわよ」

「はーいお姉様」

「少々お待ちくださいお姉様」


 そして私はクリスとアンナに懐かれていた。この2人、三階層で行き詰まった一番の原因は完全にダンジョン恐怖症になってしまっていたのだ。私が合流した時、2人はゴブリン相手に震えながら攻撃していた。


 六条の前で戦った時は平気だったそうだが、2人で三階層に降りてきて、いざ闘おうとした時。体が震えて、うまく戦えなくなったらしい。それでもダンジョンに入る以外の道を知らなかった2人は、無理をしてダンジョンに入りつづけた。


 しかし、ゴブリン集落に入ろうとして、どうしても萎縮して入れなくなった。私が六条に二人を紹介されて、2人のクエストを手伝うことになった当初などは酷いものだった。ゴブリン集落はもう目の前なのに、2人が一歩も動こうとしないのだ。


『どうしたの? もうレベル10でしょ? これ以上はゴブリンライダーじゃレベルが上がらないよ』

『わ、わ、分かってはいるのですが、あの集落に行くと思うと』

『お、お願いです。もう少しだけ時間をください』

『このことは六条様には決して、言わないでおいていただけると……』

『はあ、言わないけどさ』


 どうしようかと悩んだ私は、2人をリハビリさせるために、ゴブリン集落に自分が乗り込んで全滅させた。そして2人にゴブリンのいなくなった集落に入らせて、死んだゴブリンの体に触ったりさせた。


 そんなことを3日も繰り返した。保育園児の引率でもしている気分だった。それでもこの2人を復調させないと、まず話にならない。そしてそんなことをしていたら、2人が回復してくる程に、『お姉様』と呼ばれるようになった。


 そして4人全員のクエストが終わり、レベル16まで三階層で上げ終わると、いよいよ四階層に行く事になったのだ。


「先に伝えておくが四階層では戦略的に考えてマークとアンナが組む。残りは俺と組んでもらう。コハル。それで問題ないな?」

「ええ、OK」


 四階層ではパーティーで固まって動けば、よほどのことがない限り安全だと言われている。それでも私たちは二手に分かれることにした。六条が取れたS判定を私たちもとらなければいけないからだ。


 S判定を狙うダンジョン探索は命がけだ。それでも誰一人として異論はなかった。デビットとマークは六条に恩を返したい。そして私とクリスティーナとアンナは、六条のそばにいて、声をかけてもらい、その姿を見ていたい。


 そのためなら死んだっていい。そう思っていた。


 カバが水面から顔を出しているのが見えた。地球の風景とそっくりだけど、ここはダンジョンで、非日常を感じさせる。照りつける太陽はサンサンと熱い。もはやオーブントースターで焼かれているような気分だ。


 そんな中をマッチョな外国人2人と、綺麗な北欧美少女2人。そして平凡な日本人の私が一緒に走っている。たった一人の男のために命をかけて。普通のJKになるはずだった私だけど、どうやら結構数奇な運命の元に生まれているようだ。


 ダンジョンではごく普通の一日の始まり。


 そんな日に私は奇妙な女の子と出会った。


「あっつーい」


 その女の子はダンジョンの中に居るのがとても場違いに見えた。


「ああ、もういや。『寒いのと暑いのとどちらが好きか?』って聞かれたら、私、絶対に『寒いの』って答えるわ」

「逃げろ」


  デビットがその女の子を見た瞬間口にした。


「え?」


  もちろん、もともと一般人代表な私は、その言葉に反応が遅れる。


「アメリカでも見たことがある。うまく言えないんだが、ああいう雰囲気のやつはやばい」


 その奇妙な女の子はダンジョンの中だというのに、黒いゴスロリ服を着て、フリルの付いた日傘を差していた。その姿を目にしたマークまで頭を抑えた。


「デビット、マジであいつヤバそうか?」

「ああ、俺の勘だが、アメリカにいたイカれたやつらとは比べ物にならないぐらいやばい」

「くそっ、最近いいことが起きすぎると思ってたんだよな……」

「ふん、お前はまだ自分の専用装備が見れただけでも良いだろ」


 華奢で可愛いらしい少女だった。こんな場所ではなく、街中で出会えばきっとみんな憧れる。100人に聞けば、100人が『可愛い』と答えるぐらいクリッとした瞳。愛らしい唇。そして雪のように真っ白な肌。


 デビットとマークの半分ほどの身長しかない。体重なんて半分もあるかどうか。どうやらこの可愛い女の子にマッチョな2人は焦っているようだ。女の子は愛らしく喋る。


「うふふ。Dランが面白いことを決めたって聞いて様子を見にきたの。でも全然だめな子たちばっかり。あなたたちは大丈夫?」

「お姉様。お守りします」


 私の前にクリスティーナが立って、アンナの前にデビットとマークが立った。


「クリスティーナ。何を?」

「アンナと逃げてください。あの子は私に巻き込まれただけの可哀想な子なんです」

「いやいや何言ってるの? もしかしてあの可愛い子が私たちより強い探索者だって心配してるの? 大丈夫よ。いえ、もし仮にそうだとしても、敵対しないようにすればいいだけでしょ?」

「お姉様。そういう問題ではないのです。デビット様とマーク様が危険だと思う。私たちよりはるかに経験を積んできているお二人がそう思うのなら、危ないということなのでしょう。それに私も何かあの人から嫌な感じがします」

「ふふ、あら、外国人が4人もいるのね。《英語でおしゃべりした方が良いかしら?》」


 女の子は後半の言葉を英語で喋った。とても綺麗な英語でよどみがなかった。まるで英語圏の国に生まれたのかというぐらい綺麗な英語。


「《大丈夫だフロイライン。我々は日本語を喋れる》」

「あら、ドイツ語? そう。でもあなた駄目ね。心がとても汚いわ。バン!」


 女の子はまるで子供の遊びみたいだ。ニコニコしたままそう呟いた。瞬間。デビットの頭が爆発した。それはまるで夢の中にでもいるようだった。現実感がなく、あんなに強くてたくましいデビットがまるで風船でも割れたみたいに頭がはじけた。


 頭がはじけてなくなってしまったデビット。まるであの時の和也みたいに地面に倒れてしまった。


「は?」


 何なのこの女?

 ここは日本だぞ?

 ダンジョンの中とはいえ日本だぞ?

 私のなかにはなんだかんだで、日本人に対する信用があった。和也みたいにバカならともかく、交渉の余地もなく、いきなり人を殺してくる。そんな狂ったやつが存在するとは思ってなかった。


 だからデビットの死体があるのに、その血が地面に広がっていってるのに、まだどこか夢の出来事ではないかと思ってしまった。


「くっ」


 マークが悲痛な顔になる。でも動かなかった。


「あら、かなり手加減してあげたのに死んじゃった。随分と弱い子ね。病弱なのかしら?」

「魔眼病ミカエラか?」


 マークがなんとかしゃべった。あっさり人を殺してしまった女の子は、右目が赤く光り、左目が青く光っていた。


「そうよ」

「どうしてデビットを殺したか教えてもらえるか?」

()()()()()()()()

「そ、そんなの、なんで分かるんだよ?」


 マークは恐怖で震えてるんじゃない。怒りで震えている。握りこぶしから血が滲み出ていた。長く苦楽を共にしてきたデビットが殺されて腹が立って仕方がないんだ。私の中で徐々に現実感が湧いてくる。


 ああ、この女の子は現実なのかもしれない。じゃあ今日わたしは死ぬのだろうか?


「私の左眼はね。()()()()()()。あの男、デビットはこう思ってたわ。『少女の皮を被った化け物だ』って。私とまだちゃんとお話もしてないのによ? 一方的に決めつけるなんて酷いと思わない? あら、あなたも今ちょっと酷いことを思ったでしょ? 『デビットの思ったことが事実じゃないか!』ですって? どうして? だって、その男は私を『化け物だ』って罵ったのよ。そんな酷いことをする人を殺すことが、どうして化け物になるの?」

「は、はは、いかれてやがる。言葉が通じねえぜ」

「どうしてそんなこと言うの? ちゃんと私とあなたで会話が成立しているじゃない? 心と心で通じ合う。素敵なことよ」

「ハッピーなのはお前の頭だけだろが!」


 マークは銃を構えた。きっとマークが銃を構えた中で、その動きが一番早かった。マークの専用装備として現れた銃。【ボルドの魔銃】。装弾数六発のリボルバー拳銃。MPによって弾丸が補充され、純粋な破壊の鉄塊を吐き出す。


 鉄塊の速度と硬度はマークの魔力に依存する。マッチョなマークだが攻撃寄りの魔法使いジョブだった。今のマークの弾丸はゴブリンジェネラルの鎧と分厚い皮膚でも貫通することができる。その超火力が、すべてミカエラの額部分に向かって撃ち込まれる。


「ふふふ、はい」


 しかし、【ボルドの魔銃】から放たれた鉄塊の全てが、ミカエラの指と指の間に捕らえられていた。


「クソ!」


 そして、その結果は予想どおりだった。ミカエラのレベルは知らないが、私たちよりはるかに上であることだけは間違いない。レベル16のマークの攻撃が効くわけはなかった。


「頼む。ミカエラ。交渉させてくれ」


 だからマークは精一杯冷静に言った。


「なんの?」

「そもそもお前にとっては俺らなんて雑魚同然だろ? 目的」「バン!」


 マークの言葉を遮るようにミカエラがまたその言葉を言った。私たちにとって死を意味する言葉。ミカエラはマークとしゃべりながらも、私達の顔を一人ずつ順番にじっと見ていた。


 まるでそうすることで、心の中を読んでいるように見つめ続けていた。その瞳がアンナをとらえていた時だった。何か気に入らないことをアンナが考えてしまったのか? 一瞬だけ表情が変わったのがわかった。アンナが殺される。


 私は助けに入ろうとして、しかし、一瞬だけ迷ってしまった。格好良い男のために死ぬなら別に良かった。でもアンナのために死にたいかと言われれば違う。それに犬死したいわけでも、強者の気まぐれで殺されたいわけでもないんだ。


 だからアンナを助けることに迷ってしまった。


「させるか!」


 でもマークは迷わなかった。確かにミカエラの気配を読んで、自分が死ぬためにアンナの前に入った。


「ふふ、あなたが誰かを庇おうとしているのはずっとわかってたわ。でも心の綺麗な人が死ぬのは一番最後よ。だって心の綺麗な人には可能性があるもの。やっぱり心は汚い順に死ないとね。そう思うでしょう?」

「くそっくそっ!」


 ミカエラの能力は、かばったはずのマークを飛び越して、アンナの頭を風船みたいに破裂させた。アンナの体がゆっくりと地面に倒れた。私はやっぱりここで殺されるんだ。ちょっとでもミカエラの気に入らないことを思った瞬間に殺されるんだ。


「死ね死ね! 糞女!」


 狂ったようにマークが魔眼病に向かって、次々と銃弾を撃ち込んだ。弾切れになったらすぐに、MPを消費して弾を補充していく。地上のどんな生物でも、これだけ【ボルドの魔銃】の超火力を食らうとミンチになるはずだ。


 それこそマークは自分のMPが尽きるまで【ボルドの魔銃】の弾丸を撃ち続けた。それでも結果など分かり切っていた。高火力の弾丸がどれだけ当たったところで効くわけがない。


 そして私はふざけんなよ、このイカれ女! と内心思っていた。そんなことを考えてはいけないと思っていても心を誤魔化せる訳がなかった。


「榊小春って言うお名前なのね。可愛いお名前なのにビッチなの。経験人数は6人かしら? 15歳で6人は確かに少し多いわね。でも今好きなのは六条祐太。あなたが私のことを『ふざけんなよ、このイカれ女』って思ってるのね」


【ボルドの魔銃】の派手な火花と煙にミカエラは包まれていた。それはミカエラの姿を見えなくするぐらいだった。


「ふふ、このお名前はアンナとクリスティーナの頭の中からも聞こえてきた。とても綺麗で格好良くて神様みたいな人。ねえ、クリスティーナ。アンナが最後に思っていたこと、教えてあげましょうか?」

「え?」


 クリスティーナは茫然自失として、アンナの死体を見つめて地面に座り込んでしまっていた。ミカエラはマークが放った弾丸の煙に包まれたまま喋り始めた。


「アンナは『私はこんなところについて来たくなかった。でも王様と両親に「姫について行け」と強制された。おかげで、ゴブリン集落に捕まるし、純潔を奪われて命まで奪われる。ああ、呪います。アンナはこの世でお嬢様が一番嫌いです』ですって」

「アンナ……」

「クリス、気にするな。こんな女の言うことが本当かどうかも分からねえだろ」


 マークがフォローする。でも私はミカエラの言葉が本当に聞こえた。何となくだけどミカエラは本当のことしか言わないように思えた。


「あら、心外。私ほど正直な人間はいないわマーク。私はあなたの心の中だってちゃんとわかってるのよ? 『逃げろ。頼むから逃げてくれ。俺はもう知ってるやつが死ぬのを見たくないんだ。俺が死んでそれで代わりになるなら喜んで死んでやる。だから頼むから二人とも逃げてくれ』って思い続けてる。あなたはとても心が綺麗よ。好感が持てるわ」


 ミカエラを包んでいた弾丸の煙が晴れていく。現れたミカエラの両手の上には何の効果も示さなかった弾丸がすべて乗せられていた。放たれた弾丸を全てつかんでいたのか?


「こんなにいっぱい撃つなんて酷いわ。私のか弱いお手々が重くて折れちゃいそう」

「は、はは、言ってろこの化け物女」

「ひどい言葉。私ショックで倒れちゃう。ああ残念。あなたは心が綺麗でも、私は大事なことを忘れてない。私に憎しみを向ける人間はどんな理由があってもやっぱりダメよ」

「俺を殺すのか?」

「ええ、ちなみにそこの2人も殺してあげる。だって私のことずっと『化け物だ』って罵り続けているもの。『すまねぇユウタ。なにも恩を返せなかった』? 大丈夫よ。六条祐太君でしょ? その子はあなたたちのおかげで私と出会えるんだもん。きっと嬉しいはずだわ。じゃあね」


 私は思わず眼を逸らした。人の頭が爆発するところなど、そう何度も見たいものではなかった。


「バン!」


 マークの体が倒れていく。地面に倒れる音が聞こえる。きっと次は私だ。心は誤魔化せない。憎しみを向けたら殺される。でもそれをやめるなんて無理だ。たとえ数日の付き合いとはいえデビットも、そしてアンナだって悪い子じゃなかった。


 マークも……。3人の人間を簡単に殺すような女に好感などもつわけがない。


「なんのつもり?」


 私が目をそらしている間も、クリスティーナがミカエラに立ち向かおうとしているのか? ミカエラからそんな声が聞こえた。まあ、そうよね。どうせ頭を爆発させて死ぬだけなら、せめて抵抗ぐらいはしよう。


 せめて私も武器ぐらいは構えて死んでやる。そう思って、


「ふむ、やはり座標に定めた位置を爆発させているようだね」


 ミカエラが全く別の方向。私たちの後ろを見ていた。振り向くと白衣を着た男がいた。


「博士……」


 マークの声がした。地面に倒れたマークは骸骨に引き倒されていた。マークの頭は無くなってなかった。


「ミカエラ君。試しに僕の心を読んで見てくれるかな?」


 私はその姿を直接見たことがなかった。テレビで見て、その人物が私に対して100億円も投資してくれるという話を聞いていた。


「“米崎”。なんのつもりかって聞いてるのよ? 私に喧嘩を売るつもり?」


 米崎秀樹。マークたちは博士と呼んでいた。サバンナの中で白衣を着ているのに、妙に馴染んで見えた。


「やはり僕の心は読めないか。まあ無理もない。君は僕より頭が悪そうだ」

「どういうつもりか聞いているのよ!」

「見ての通り人助けさ。見ればわかることを聞いてくるのは頭が悪い証拠だよ」

「まさかあなたが人助け? 冗談でしょ? あなたは人になんて興味ないんじゃないの? ゴブリンと人間のSEX見て喜んでるド変態さん」


 私は心の中で博士に拍手喝采を送った。このイカレ女にもっと言ってやってくれ。なんなら殺しちゃってくれてもいいと思った。ミカエラは博士の言葉がよほど腹立たしかったのか、持っていた傘を構えた。


「おや、いいのかい?  君は弱者を虐めていただけだろう? 同レベル帯の人間を相手にできる準備があるとは思えないな」


 博士の手に手術で使うメスのようなものがあらわれた。そしてそれを振り上げる。ミカエラの周囲の土の中から探索者らしき姿をしたゾンビが100体以上現れた。


「ちなみに僕はいついかなる時も準備万端だ」

「ちっ」

「それに君。いいのかい? あまり派手にやりすぎると、いくらなんでも()()()()になるよ。元Dラン生をもう何人殺したんだい? 外でずいぶん噂になってるよ。森神様の耳にでも入ったらカラスが飛んでくるよ。君は彼に勝てるのかい?」

「……次にあなたを見たら殺してやるわ」

「それはやだな。視界に入らないように気を付けるよ」

「言っておくけど、少しだけあなたの頭の中が見えたわよ。六条祐太ね。その子たちの頭の中にも浮かんだ名前。どんな子なのかしら?」

「さあ」

「私にとって何よりも大事なことを邪魔したんだから、あなたの大事なことも邪魔してあげる」


 可愛い顔が増悪に歪んで、博士の顔を睨んだ後、ミカエラの姿が消えた。あたりに漂っていたプレッシャーが一気に霧散する。私は地面にへたり込んだ。


「やれやれ。玲香君どうだった?」

「無理ですね。一瞬たりとも警戒が緩むことはありませんでした」


  ミカエラが消えた方向にあるアカシアの木の裏から、どうしてか美鈴の姉が現れた。


「まあ、当然のことか。やはり面倒な相手だ」

「甲府でとうの昔に排除対象になっているのに、いまだに生きてる化け物ですから」

「だよね。それにしても君たちは残念だね」


 こちらを失望したように見つめてくる博士の姿。どうにも人間としての価値を下げられた気がして、心に来るものがあった。


「博士。デビットとアンナを生き返らせることができないか!?」


 そんな視線など、どうでもいいとばかりにマークが聞いた。高レベル探索者になれば蘇生薬を持っている。それを使えばマークやアンナを生き返らせることができる。それを期待しての言葉だろう。


「恥を忍んで言います。私からもお願いします。2人を生き返らせてもらえないでしょうか?」


 クリスティーナもそれに続いた。


「玲香君。 やはりこの子達では六条君に追いつくのは無理そうだ。まあ最初から期待などしていなかったのだけど、思った以上にお粗末だ」

「博士がレベル1000の器だと思われた相手です。当然の結果でしょう」

「彼に嫌われるようなことはできるだけ避けたいのだけど、まあ、仕方がないか。榊君」


 そんな2人の悲痛な言葉を全く無視して私は聞かれた。


「は、はい」

「甘いもの何か持ってる?」

「えっと」


 私は慌てて自分のマジックバッグを漁る。しんどくなってきたときの癒しとして取っておいた虎の子のマカロンが入っていた。それを博士に差し出した。後ろを振り向くとデビットとアンナの死体を見つめたマークとクリスティーナがいた。


「二人を生き返らせてあげることは……」

「無理だ。それよりついてきなさい。ダンジョンから出るよ」

「ま、待ってください。二人に声をかけてきます」

「僕は忙しい。早くしてくれ」


 マカロンを口に放り込みながら言う言葉。この人は決して、良い人ではないのだなと思った。でも博士がいなかったら100%、私たちは全員殺されていた。博士はどうしてここにいたんだろう? やっぱり私たちを助けに来てくれたんだろうか?


 いや、それよりも六条。私たちの心にその名前が浮かんでしまったせいで、ミカエラは確実に六条に接触しようとする。私はどうしてもそれが気になって聞いていた。


「あの……博士。六条は大丈夫でしょうか?」


 マークとクリスティーナもそれを気にしていたのか博士の方を見た。


「さすがに派手に殺しすぎてるからね。カラスに飛んでこられたくなかったら、彼女もしばらくはおとなしくしてるんじゃないかな。その間に彼がどこまでレベルを上げられるかだね」

「じゃ、じゃあ、私がそのことを伝えてきましょうか?」

「どうやって?」

「それは……」

「大体、君がそれを伝えたとして何が変わるんだい? 無駄な行動をとることは許さないよ。ミカエラに殺されるようなら、六条君も期待したほどではなかったということさ」


 その言葉を聞いていると、博士は私達を助けてくれたけど、六条を助けるつもりはないようだった。心を読む事ができて『バン』の言葉だけで、人を殺すこともできる。おまけにレベルははるかに上。


 そんな相手に勝つ方法があるのだろうか? 気をつけてどうにかなる相手でもない。勝つことなんて絶対に無理だ。だから私は六条がミカエラと出会わないことを願った。

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― 新着の感想 ―
気になったこと:マークが蘇生薬使ってほしいと言ったところで"マークとアンナが蘇生できる"になってる 正しくはマーク→デビットであってる?
サブパーティ=やられ役 ですか 容赦ないですね 入ったばかりの新人から死んでいく これを「太陽にほえろ方式」といいます
衝撃の展開
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