第三章最終話 Side伊万里③仲間
「ちっ」
クエストを確認した瞬間からの行動が早かった。ずっとダンジョンに入って来ただけあり、召喚獣ラーイを呼ぶと、その背にまたがって、エヴィーさんは即行で三階層へ戻る階段へと走っていく。
【四階層に降りたあと5分以上仲間が同階にいた場合、クエストは失効とする】
クエスト禁止事項にそんなものがあった。下に降りたらすぐにクエストを確認する。それはエヴィーさんにとっても癖になっていた。階層ごとにクエストには傾向があり二階層は個人討伐クエスト。三階層はパーティー討伐クエスト。
そして四階層は時間制限系のクエストが出る可能性が高い。階段の直前まで走ったエヴィーさんが【意思疎通】を送ってきた。
『イマリ! 私のアドバイスは全部頭に入っているわね!?』
『大丈夫です』
『じゃあ、絶対死んではダメよ!』
エヴィーさんの声はそこで途絶えて聞こえなくなる。夜の闇が一気に私に襲いかかってくる。獣の唸り声が聞こえてくる。それがどこからでも聞こえてくるのだ。この夜のサバンナには動物のゾンビが相当数いるという話を聞いていた。
視界が悪く、遠くまでは見えない。10m先のアカシアの木がなんとか見えるというぐらいだ。夜空は半分ほど雲に覆われていて、あまり明るいとは言えない三日月と星明かりだけが頼りだった。
「大丈夫」
怖いという気持ちを抑えるように、しっかりと下腹に力を入れた。
『絶対死んではダメよ!』
きっと本気で言ってくれたのだろう。
「ふふ、エヴィーさん手強そうだし、死んでくれたら、きっと私なら喜ぶけどな」
ずるい私にダンジョンはきついお仕置きでも据えようというのか? 既にゾンビのライオンの群れが、周囲を取り囲んでいるのがわかった。
「この階層、私とは相性が悪そうだな」
ゾンビは光に寄ってくる。そして私のスキルは、私の心を全く反映していないように、光を放つものばかりだ。剣を抜いて構える。最初に動物を殺したとき、吐き気を催したのに、何百何千と殺しているうちに何も感じなくなった。
「グルゥ……」
ゾンビになったものは生きているものが羨ましくて仕方ないのだという。あまりにも羨ましくて殺して自分と同じにしたいのだ。でもいくらそうしても自分が生き還ることはなく、餓えだけが酷くなり、生者を恨むだけの存在になる。
最初に襲いかかってきたのは右目がなくなり、口が裂けた雌ライオンだった。私は鎧の中で一番厚くしつらえてあるガントレットで受け止めてわざと噛みつかせた。そこまではいい。二体目と三体目も向かってきていた。
私の死角になる後ろから容赦なく両側から、胴の部分に噛みつこうとしてくる。左側からの攻撃は避けることができないと判断して、腹の部分を噛みつかせた。その牙は鎧を貫通してきて、私の肉に食い込んでくる。
「痛いっ」
でも予想していた痛みだ。我慢できる。右側から来た奴の口に剣を差し込む。横に振ると口から首が半分ちぎれて頭がだらんとした。それでもゾンビは死なない。心臓部分にある核を潰さなきゃ、どれだけダメージを与えても死なない。
だから私は落ち着けと自分に言い聞かせて口から剣を抜くと心臓を刺した。一体だけ動かなくなってくれたと思ったら四体目が飛びかかってくる。あなたたちがたくさん寄ってきちゃうんだけどな! と心で思い、
「【光輝一線】!」
放つ。剣の刃が光りだした。振り抜くと、私の腹と腕に噛みついているライオンを斬り裂くことができた。更にもう一度【光輝一線】で、四体目を斬り伏せる。ゾンビには特に効くのか、バターのように斬れた。
しかし、まわりに気配が増えたのが分かった。ゾンビは光が苦手なのに光に寄ってくる。ゾンビの一番恐ろしいところが集まる習性だ。この習性によって発生する圧倒的な物量。その物量には際限がないと言われていた。
『イマリ、四階層では止まって戦うのはタブーよ』
エヴィーさんに三階層で食事をしながら四階層のタブーもたくさん教えてもらっていた。最後に【意思疎通】で叫ぶように伝えてきたのは、大事なことを念押ししてくれただけで、すべてのことは事前に教えられていた。
止まれば際限なくゾンビは寄ってくる。私が走ると後ろから奴らの足音が聞こえた。
『奴らはどこまでもどこまでも追いかけてくる。たとえそのもろい足が壊れても、這いずりながらでも追いかけてくる。生きているものをゾンビにするまで、どこまでも追いかけてくる。その死ににくい特性と、生者への恨みは、国を一つ簡単に呑み込んでしまうほどよ』
その通りだった。
黒く塗りつぶされた世界の中から突然飛び出してくるように、一体のチーターが噛みついてくる。速さに翻弄されて私の足が滑った。目の前にチーターの顔。ポーションで回復するといっても顔を噛みつかれるのはさすがに嫌で、
「【閃光弾!】あっ……」
この階層まで私を散々助けてくれた魔法。思わずそれを唱えてしまった。周囲すべてがまるで私がここに居ると示すみたいに強烈な光に包まれた。
「なんで唱えちゃうのよ! くそっ!」
【閃光弾】をチーターはまともに食らったはずなのに止まらない。ゾンビは網膜を焼かれたぐらいでは絶対に止まらないし、強烈な光は数キロ先からゾンビを呼び込んじゃう。
「あの人に注意されたのに!」
ギリギリのところでアッパー気味にチーターの顔を殴り飛ばす。チーターのほっぺたの肉が抉れた。態勢を立て直して、そのままなんとか走って、まだ襲いかかってこようとするチーターの足を斬った。
「ああもう。使っちゃったじゃない!」
これは絶対に良くなかった。今まで追い込まれると、【閃光弾】さえ使えばなんとかなってきた。そのせいで追い込まれると、つい使ってしまった。今まで後ろから聞こえていただけの足音が、周囲全てから聞こえてくる。
四階層のゾンビたちが、私をゾンビにするために群がって来ている。
「祐太もエヴィーさんもお金持ちだよね!? 幾ら使っても良いんだよね!? 後で請求しないでよ!」
とりあえず1000万円のポーションを出して、ゾンビにかまれた傷を回復する。
「【天脚】!からの【加速】!」
きっとあんまり使い込んだら一生返しきれない借金を背負うことになる。
「【加速】!」
借金はだめだ。あのどうしようもない女みたいになってしまう。だが、もはや私にそんなことを気にしている余裕はなかった。
「【天脚】!」
【閃光弾】のミスをなんとか回復しないと死んでしまう。これから走ろうとする方向にもゾンビがいて、追い詰められる前に空に逃げた。そして【加速】を使い続けた。とにかくまず二つレベルを上げて【暗視】が生えてくれないと、敵の攻撃に対して、暗すぎて反応が遅れてしまう。
「冷静になる!」
私にはATMになってくれる人が二人いる。祐太とエヴィーさん。祐太はダメだけど、エヴィーさんから貰う分には良心は痛まない。だから私はレベルが二つ上がるまで、いっさいスキルを惜しまない。
「お金があってよかった!」
自分のお金じゃないけど、札束で叩くようにゾンビを斬り裂く。できる限り核を攻撃して完全に殺した。
『ちゃんと一体一体丁寧に殺すのよ。そうじゃないとユウタでも階段探しを優先して、ちゃんと止めを刺さずに逃げ続けたら、最後はかなり危なかったのよ。その祐太でもリーンと【人獣合体】していた。レベル差のせいで、リーンと合体する事が出来ないあなたは逃げ続けたら時間が経つほどに苦しくなって殺されるわよ』
エヴィーさんのアドバイスを思い出す。ここでゾンビになるぐらいだったら、
「憎い相手の言葉でも聞くわよ!」
象の巨体が目の前に現れた。こいつもやっぱりちゃんと始末しといた方が良いんだろうか? 一目見て理解する。スキル無しでは絶対に勝てない相手だ。
「【光輝一線】!」
私はヤケクソ気味に叫んだ。
『伊万里ちゃん。四階層は死ぬ程眠いよ』
「——こっちも本当か!」
美鈴さんが言っていた。無事に【暗視】のスキルが生えて、さらにレベルが上がったことにより戦い自体も安定してきた。そうなってくると、この階層ではゾンビの数が増えないようにだけ気を付けて探索を続ければ、かなり安全に回れる。
『イマリ。安定してきたら、とにかく眠ってしまわないように気をつけなさい。どうしても無理なら三階層に戻ってきて休んでもいいわ』
私は一人しかいない状態である。眠ってしまったら危ないと思ってエヴィーさんはアドバイスをくれてる。でも美鈴さんは違った。
『伊万里ちゃん。何があっても三階層に戻ったらダメだよ。戻った時点でS判定はない。あと、最初は仕方ないけど、ある程度レベルがあがってきたらゾンビは無視して、とにかく階段を早く探す。ゾンビは放置でOK』
『そんなことしてゾンビの数が増えすぎたらどうするんですか?』
『そんなことよりも階段を見つけなかったらS判定にならないじゃない』
美鈴さんはS判定を二度も逃してしまったことで、まずとにかくS判定を優先させている。その真逆を行くようにエヴィーさんはまず死なないことを優先させている。きっとどちらも正しい。でも、
『本当、才能がない我が身としては困っちゃうわけよ。でも、祐太と離れたくなくて無理しちゃうんだ』
私が一番負けたくないと思っているのは美鈴さんだった。直接見て余計によく分かった。最大の敵はコイツだと。祐太は絶対美鈴さんが大好きだ。なんというか、顔も性格も声も全部が美鈴さんはあいつの好みなのだ。
「階段は見つからないし、眠いし。嫌いな相手の言うことを聞いちゃってるし!」
『四階層は糞』
美鈴さんがそんなことも言っていた。その点だけは同意だ。走り続けるのとポーション以外摂取しないことで、排泄をしないで過ごせている。だが、その他すべてが最悪だ。敵は気持ち悪いし臭い。自分の体も臭い。
「水浴びぐらいさせろ!」
『伊万里ちゃん。五日間、絶対に眠りたくなかったら、ギリギリの痛みを体に与え続けるんだって』
『それってどうやるの?』
『祐太はリーンに爪の間に針を刺して貰っていたらしいよ』
「うっ。そんでもって痛い!」
間違いない。きっとあの女も私が嫌いなんだ。だってエヴィーさんと違ってアドバイスが無茶苦茶だ。四日目の終わりごろにどうしても眠気が我慢できなくなってきて、やむを得ず本当に針を人差し指の爪の間に刺した。
美鈴さんはさらっとすごいことを提案してくれる。死ぬほど痛いじゃない。これが終わったら祐太に死ぬほど慰めてもらわなきゃ割に合わない。でも眠気が我慢できるようになった。
私は美鈴さんの言葉に従うようで腹立たしいが、もうほとんどゾンビを倒すこともやめていた。一人でそんなことをしていたら全然先に進まなくなったのだ。だから階段探索に集中して後ろから追ってくる足音を無視した。
徐々に徐々にその足音の大きさがシャレにならなくなってくる。ゾンビたちが押し寄せてくる数が多すぎて、地鳴りのように響いている。今からでは方針を変えても、もう倒しきることができない。
やはりエヴィーさんの言ってたことの方が正しかったか? 激しく動きすぎるせいか、爪の間の針ですら効果がなくなってくる。そして倒さずにいたゾンビの数が、【暗視】で後ろを振り向くと、見える範囲すべてを埋め尽くしていた。
思わず【天脚】で上に逃げた。
しかし、そうすると下に敵が溢れすぎていて地上に降りられなくなった。そのまま地上に降りれなくなって二時間も【天脚】で走り続ける。地上からは100m以上離れていた。それでもゾンビは私を追いかけ続けて、決して見失うことがない。
何故か?
それは【天脚】の特性が、この階層と相性が悪いのだ。上の階層では明るすぎて気にしていなかったが、【天脚】は空中を蹴るたびに光るようなのだ。
「どうして私はスキルも魔法も全部光るのよ!」
その光にゾンビが寄ってきてしまうのだ。私のSPは現在レベル23で160、【天脚】はSP5の消費で10歩しか走れないから、このSPで1万歩走るのにSPポーションを31本も飲む必要が出てくる。
エヴィーさんは四階層ではSPポーションが恐ろしいほど大量に要ると予想してくれていたようで、デビットさんたちに頼んで大量にかき集めてくれていた。
『イマリ、545本。これ以上かき集めるのは無理だった。そして、このポーションがなくなったら探索は終わりよ。何があっても四階層から戻ってきなさい。そうじゃないと死ぬわよ』
かなり何度もそう注意されていた。エヴィーさんの言ってることは私も理解できた。どう考えてもポーションがなくなる前に帰らなかったら死んでしまう。この階層でスキルも魔法も使えない状態なんて自殺行為だ。
「このペースはまずい」
地上に降りられずにSPポーションを連続で消費しつづけていた。SPポーションをもう何百本飲んだかもわからない。
「もうすぐ5日目が終わるよね。祐太はこのぐらいで【睡眠耐性】が生えてくれたって言ってたけど」
そう考えていた時だった。頭に女の人の声が響いた。
【東堂伊万里の【睡眠耐性】獲得をお知らせします】
「よし! やっと来てくれた!」
急に頭の中がはっきりしてきて、眠気が吹き飛んでいく。おかげで以前よりも足に力が入るようになった。そして頭の中に響く女の人の声はそれだけじゃなかった。
【【天脚】の10万歩連続使用を確認。スキル【天脚】は、【光天道】に昇格しました】
どうしてもゾンビが振り払うことができず【天脚】を使い続けるしかなくなってしまった。その結果私はSPポーションを313本も飲んでしまい【天脚】を1万回連続で使ったのだ。私の一歩が3mぐらいだろうか?
約300㎞も上空に居続けたのか……。おかげで探索範囲は随分広く取ることができたが、もう一度やりたいとはとても思えない。そして、
「【光天道】」
分からないままつぶやいていた。それと同時に目の前に光の道のようなものがあらわれた。それは祐太がしていたゲームのレインボーロードと言われるもののように、光り輝いた空中の道だった。
「また、目立って仕方がないスキル! もうちょっと暗くていいのに!」
と言いながらも、スキルの詳細が自然と頭の中に入り込んでくる。
「光速移動?」
嘘だろうと思いながら、その光の道に足を乗せた。瞬間。光の道の先に私はいた。
「へ?」
振り向くと光の道がまだある。先に光の道をスキルで造って、そこに足を踏み入れた瞬間に光る道の先にまで光速移動できるスキルなんだと頭の中に入ってくる。どんな生物も追いつけない代わりに、予め光の道を敷かなければいけない。
そして1mにつきSPを5消費するようだ。それってすごく燃費が悪くないのかと思いつつステータスを出して確認する。
SP残量:150→0
「0じゃない!」
燃費、悪過ぎ! ほんのちょっと移動しただけだぞ。でも、あれほど下にいて振り払えなかったゾンビから少し離れられた。おまけにとてつもない明るさで、周囲を見渡すことができたのだ。
そうすると、かなり上空にいることもあって数キロ先まで見えたのだ。
「ちょっ!? あった!」
まだかなり離れていたけど、確かに“階段”があった。あそこまで行けばクエスト達成だ。 しかし、ここまで光ってしまうと間違いなくゾンビが寄ってくる。何よりも体にかなり虚脱感が湧き上がってくる。
【睡眠耐性】が同時に生えてくれていなかったら、きっと強制的に眠っていたほどの虚脱感。どうしよう。【光天道】は本来の私のレベルではまだ唱えることができないスキルなんだ。
それなのに【天脚】を無理やり使い続けたから昇格しただけなんだ。このまま【光天道】を使い続けたら、いくら【睡眠耐性】があっても起きていられなくなるんじゃないのか? いや、
「迷うな! これしかない!」
私はSPポーションを飲んでもう一度唱えた。
「【光天道】!」
下にあふれていたゾンビ達が、私に追いつけなくなるところまで唱え続けた。【睡眠耐性】があるのに、意識を失いかけている。【光天道】の使用によって急激にSPを消費し、体が悲鳴をあげて気絶しかけてる。これ以上は無理だ。
気絶してしまう前に地面に降りた。あとは【加速】で階段まで走れば終わりである。階段までゾンビ達はいなかった。私は死ぬ気で走った。階段がみるみる近づいてきて、階段に触れた瞬間。クエスト達成を知らせる女の人の声がする。
【東堂伊万里は四階層のクエストをSS判定でクリアしたことをお知らせします。SSボーナス。【意思疎通レベル2】への昇格を承認。ダンジョン内においてどの階層にいる仲間とも交信することも可能となりました】
「はは、そう」
初めて案外ダンジョンは気が利くんじゃないかと思った。
「これで助けを呼べるってことね。でも、助けに来るまでは気絶するなってことね」
私をずっと追いかけ続けていたゾンビ達が、なんとか逃げきれた理由にもなった【光天道】の光を目印に私に気づいた。バカなんじゃないかというぐらい【光天道】は輝いていたから、バカなんじゃないかというぐらいゾンビが群がってきている。
《エヴィーさーん! 助けに来てー!》
エヴィーさんと言いつつ、全員に送った。向こうは【意思疎通】がレベル2ではないから返事がない。しかし仲間の誰かに伝わったという感覚だけはした。誰にも弱いところを見せたくなかったが仕方ない。ゾンビになるよりましだ。
一番くる可能性が高いのがエヴィーさん。二番目が姉のレベルアップを手伝っているという美鈴さん。祐太は残念ながら一番ない。押し寄せる津波のようなゾンビの群れ。一番最初に巨大な象のゾンビが10体襲いかかってきた。
「あ、ダメだ。意識が……」
ダンジョンを呪い殺したい気分になった。後ろも前もすべてがゾンビだらけだった。これはもうどうしようもない。それに誰も助けに来てくれるわけがない。まだ6日目に入ったところである。
本来S判定でも10日ギリギリで見つけられるかという階段を、【天脚】でゾンビから逃げ続けたのと、【光天道】の光のおかげで6日で終わった。エヴィーさんですら、こんなに早くここへの階段の前には待機してないだろう。
でも、もし待機してくれていたら?
「ラーイのスピードならここまで直線10分ぐらい」
10分だけ頑張ったら祐太と一緒に探索者ができる。可能性はある。とにかく時間を稼ごうとして、走り出そうとして、すでに後ろに回り込まれていて体がぶつかった。体がふらつく。足に力が入らない。意識を失いそうだ。
目の前に白い靄がかかってきて、強制的に意識を失いそうになっている。
「これはダメか……」
そうかここで死ぬか。できればゾンビは嫌だったんだけど仕方ない。それも人生か。ああ、でも、やっぱり祐太と探索者したかったな。
「ひどいな伊万里。どうして俺じゃなくて、エヴィーに助けを求めるんだ?」
「へ?」
いるわけがないんだ。時間的に絶対に間に合うわけがないんだ。こんなに早いわけがないんだ。もしかしてゾンビになっていて、幻でも見てるのか?
「大変だっただろう。もう寝ていいぞ。あとは俺が始末する」
「祐太。なんでいるの?」
その姿は、私が今一番求めていた男の姿に違いなかった。その男は赤備えの甲冑を着込んでいて、死ぬほど格好良かった。でも絶対に居るはずがないのに、どうしているんだ?
「起きたら話すよ」
私が話を聞けたのはそこまでだった。祐太が幻ではなくちゃんといると確信した私は意識を手放していた。「お休み」という言葉ととてつもない炎の塊が、ゾンビに襲いかかっているのが見えた。
「装備スキル解放。美火丸。全てを炎に呑み込め!」
【炎流惨】
そっか。私のこと、心配して多分五階層で無理して待機してくれていたんだ。1分1秒でも私のそばに早く駆けつけられるようにって……相変わらず祐太は過保護だ。嬉しい。嬉しくて泣きながら、そして私は眠った。





