第百三話 Sideエヴィー⑦
「こんなに遅れるなんて」
思わず舌打ちが出た。世界的な情勢不安のせいで、ダンジョン崩壊がほとんどなかった国へ、とっとと逃げてしまおうという人が増えていた。そのせいでアメリカへは簡単に帰れても、日本に戻るための手続きに凄まじく時間がかかった。
「しゃあねえよ。まだなんとか帰ってこれただけマシだろ」
「エヴィー。この調子では次にアメリカに帰れば、もう日本に戻ってくるのは無理かもしれないな」
「そうでしょうね」
『日本のDランで大幅な制度改革があり、日本の一般ダンジョンが、より入りやすくなった』
という噂が世界中に広まっていた。おかげで、日本のダンジョンに行こうとする外国人が急増していた。日本のダンジョンが安全だとみんな思っているのだ。
「焦ったところで早く着くわけじゃないぜ」
「わかってるわよ」
コロラド・スプリングス空港から二ヶ所の空港を経由し、一日以上かけて羽田に到着した。急いで空港に駐めていたリムジンに乗り、甲府へと走る。車窓から景色を見るといつもの東京のようではあるが、探索者の姿が多いように思う。
首都高速を普通に走っている探索者の姿もあった。首都高速はいつもどおりの渋滞気味で、私も走った方が速いのだけど残念ながら甲府までの道は覚えてなかった。それに私はラーイに乗らないとそこまで速いわけじゃない。
「ああ、俺もなんかスキルか魔法が使えるようになりてえなー」
運転しているマークが気軽に話しかけてくる。
「調子はどうなの?」
「聞かないでくれよ」
マークが肩をすくめた。まあ、そんなに簡単に一度ダメになったステータスが戻せるわけないか。それが出来るなら、アメリカはこんなに困ってない。最初の銃のしくじりが今もアメリカを呪い続けているのだ。
「俺たちのことよりエヴィーの家はどうだったんだよ」
「みんな元気だったわ。とりあえずホッとした」
今回はボスには悪かったが、仕事はほとんどできなかった。二ヶ月ほど帰らずにいた家の方が気になったからだ。電話で話していたけど、今回家族と会わなければ一年間会えなくなる。ボスには悪いが、仕事よりも優先させてもらった。
『エヴィー。あなたの真似して私もダンジョンに入ったのよ』
ようやく帰った私にママがレベル3になったのだと報告してくれた。ママは全く争いには向かない性格だけど、私の下の妹2人を守るためにも頑張ったのだそうだ。
『危なくないの?』
私はまず一番にそう心配した。アメリカのダンジョン一階層はゴブリンガンナーだらけのはずだ。
『大丈夫。かなり銃も回収されて、あなたがこっちのダンジョンに入っていた時よりも状況はいいのよ』
『エヴィー、心配しないで。ママ結構強いよ』
『そうそう。エヴィーより強いぐらいかも?』
妹2人が、おどけてそんなことを言ってくれてたけど、そんな訳なかった。だってレベル25だと教えたら本当に驚いていた。ハイブルーになったリーンと、かなり大きいライオンのラーイを見ると、3人ともとても喜んでくれた。
『エヴィー。あなた、本当にたった一年でレベル200になるつもり?』
一年間会えないことを伝えたらそう言われた。ユウタと居ると常識が狂うが、レベル10ですら1年かけてなれれば十分というのが世間の常識だった。わずか一年でレベル200を目指すなど狂気の沙汰だ。
『ええ、でもそこは通過点よ。三年以内にはレベル500になるつもり』
『うわー。エヴィー。そうなったらすごいなんてもんじゃないよ』
『正真正銘ヒーローね』
そんなふうにママも妹たちも喜んでくれてたし、そういうことなら、一日でも早く日本に帰れと引き止められることもなかった。上の妹が14歳でダンジョンにはまだ入れない。下の妹は10歳でもっとダンジョンに入るのは先だ。
日本は今ダンジョンに入らないものを完全にシャットアウトしている。だから、家族を安全な日本に呼び寄せようと思うと私が新人を抜けて低レベル探索者になって、その“特権”で呼び寄せるしかない。
世界一綺麗になると同時に、それが私のもう一つの目標でもあった。
「心配しても仕方無いわよね」
どの道、自分がアメリカでできることはない。エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクがダンジョンに入っているとわかれば、アメリカじゃどんな騒ぎになるかわかったもんじゃない。私は思考を切り替えて全く別のことを口にした。
「デビット、マーク。それにしても今回もすごかったわね」
「当然だ。任せられる以上はそれぐらいの結果を出さないとな」
「ああ、それだけの報酬をもらってるしな」
デビット達は早くも四階層が終わった時点での報酬の現金化が終わっていた。
精力増強剤五箱。果実二個。合成素材二個。
合計で14億7200万円。
今回アメリカで私が家族と過ごしている間もデビットたちは動き続けて、ダンジョンアイテムの現金化をしてくれていた。やはりアメリカではダンジョンアイテムがかなり品薄状態で、相当高く売れたらしい。
ユウタとは既に利益配分の話し合いもしていた。その結果、探索費用として2億7200万円を残すことにした。以前の分と合わせてすでに3億以上のお金が探索費用として回せるようになっていた。そしてさらに残りが12億円である。
ユウタが6割の7億2000万円。
私とミスズ、そしてイマリも利益配分に加えることになり、それぞれ1割ずつの1億2000万円。
デビットとマークは二人で1割なので6000万円ずつと決めた。
ユウタはこの利益配分を、
『さすがにこれはやりすぎだ。平等でいいよ』
そう言った。でも、これに関しては私たち3人とも意見があった。私は前にも言った言葉を繰り返して受け取らせた。ガチャ運5。誰からも聞いたことがないほどのガチャ運。探索者にとって収入を得るためにこれほど重要なものはない。
きっと、どこのパーティーでもユウタを同じか、それ以上に扱うに違いなかった。
「それにしてもガチャ運が高いってすごいよな……」
今回のことで6000万円も手にしてしまったマークが呆れたように口にした。彼もユウタのガチャ運のおかげでとんでもない恩恵を手にしたのだ。
「ええ、だからこそくれぐれも秘密にね」
「心得ている」
「ああ、外ではこの話題を口にもしないようにしてるよ」
甲府ダンジョンが見えてきた。いつも通り手前の駐車場で下ろしてもらう。
「じゃあまた補給とかであなた達と会うでしょうけど、よろしくね」
デビットたちに別れを告げて【天変の指輪】で変装して、ダンジョンの入り口をくぐって中へと入る。
「本当に人だらけね」
今までのダンジョンの静けさが嘘のようだった。素人丸出しの探索者たちが、あちこちでゴブリンと戦っている。ゴブリンに腕を切り落とされている男性もいた。そのそばでレベルアップして喜んでいる者もいるし、ゴブリンを殺せて喜んでいる者もいる。
「自分の事で精一杯よね」
少し離れた場所に人間の死体が転がっているのも見えた。サバンナの草原を見渡す。防具がお粗末な人間が多かった。ダンジョン人気が急に高まりすぎて、装備の供給が追いついていないのだそうだ。
「私は私のすべきことをしないとね」
一人や二人なら助けてもいいが、こんな大人数になればとても助けられない。悲惨なことになってしまっている者を何組も目にしながら、走り続けた私は、二階層への階段に到着した。
「一気に人がいなくなるわね」
さすがにあれほどいるから、もう階段を見つけて下に降りてきている人間はいるだろう。そう思ったけど、少なくとも目につく範囲には誰もいなかった。
「ラーイ。出てきて」
「がう!」
ラーイを召喚すると待ってましたとばかりに召喚陣から出てきた。私は素早くラーイにまたがると三階層への階段へと走らせる。追いかけてくるゴブリンライダーを簡単に振り切って、そのまま三階層の階段を降りた。
ユウタの位置をスマホで確認する。3キロ程走れば居る。2週間ほど会えなかったからユウタと会えることがうれしかった。私はその場所まで行くことにした。
「ギャギャ!」
「うん?」
だが、三階層で縄張りの見回りをしているライダーの群れが、こちらに走ってくるのが見えた。
「ちっ、いきなりか! リーン出てきなさい!」
「はーい」
素早くリーンと【人獣合体】をして迎え撃とうとし、
『エヴィー。大丈夫だから手を出さないで見ててあげてくれ』
そこでユウタの【意思疎通】が届いた。大丈夫とはどういう意味だ? いくらこの階層のモンスターでも攻撃が当たれば私はダメージを負う。そう思ったところに別の声がした。
「そこの金髪! 邪魔よ!」
それは地上からの声ではななかった。
「へ?」
空から聞こえた気がして上を見た。
「飛んでる?」
西洋鎧を着た小柄な女の子が、空を飛んでる? いや、飛んでるというより走っている。そして天空からライダーの群れに向かって、指先からレーザーのようなものが放たれた。ライダーの額に風穴が開く。
『ユウタ。ひょっとしてあの子がイマリ?』
ミスズと違って西洋鎧だということを聞いていたから、見当がついた。
『ああ、空をかけているのは【天脚】って、スキルらしいよ。一度使用すると空中を10歩だけ走ることができるんだって』
『つまり上空からの奇襲ができるってこと?』
『そうだ』
『初手では圧倒的なアドバンテージね』
『俺もちょっとそう思ったけどね。ダンジョンはそんなに甘くないから、それだけじゃ勝てないみたいだよ』
ユウタのその言葉通り上空からの一方的な攻撃というわけにはいかない。ライダーたちはすぐに弓での攻撃に切り替えた。そうすると上空にいることが却って攻撃しやすい的になる。しかしイマリはただの的にはなっていなかった。
空が光ったのだ。
『あれは?』
『【閃光弾】。強力な目眩まし魔法だね。三階層のライダーで14秒の間、動きを鈍くする。でも、レベルの高いモンスターほどデバフに対しての回復が早い。つまりレベル依存だから、伊万里にとって強いモンスターにほど効きにくいってことだ』
強烈な光がイマリの目の前に出現する。すると14秒の間、ライダー達の動きが鈍った。その間にイマリは地上に降りて素早くライダー達を片付けていく。
『強いわね』
その様子は小柄な女の子とは思えない圧倒的なフィジカルを感じた。
『問題はここからだ。【天脚】と【閃光弾】。この二つで、伊万里は初手でかなりの数を減らすことができる。けど、三階層のゴブリン達は人間並みの知能がある。そしてその知力を戦うことに集中して使う。だから、一度見てしまうと、その対抗策もすぐに考えてくる』
イマリが再び【閃光弾】を放つ。しかしゴブリンライダーはそれを目を閉じてやりすごしてしまう。初手一発限りの魔法ということか。
『エヴィー。そんなに近くに居るとイマリのステータスに悪影響が出るよ』
『と、そうだったわね。ごめんなさい』
「ラーイ!」
「がう」
ユウタの声からして、そこまで心配しているようには思えなかった。私はイマリから視線を外して、とにかくイマリから3キロも離れているユウタのもとへと走った。
『イマリのレベルは?』
『9』
『なんだ。あと1レベルか』
この階層のライダーで上げられるレベルはあと1レベルだけである。それはつまり、もうライダーがほとんど敵じゃなくなっているということだ。私がユウタのもとに到着したのが、イマリが三階層に来て3日目のこと。
たったひとりで頑張っているというのにそれでもうレベル9。どうやら新しい仲間は優秀なようだ。
「大変だったね」
「私がいなくて寂しかった?」
私はラーイから降りるとユウタと抱きしめあって、唇を合わせた。それからユウタとイマリの元まで向かうと、いくつかの引き継ぎをしてユウタとはすぐに別れた。
もう少し一緒にいてくれてもいいのにと思ったが、ヨネザキの研究所に行くはずの予定を遅らせていたそうだ。
「ユウタ。変装しておいた方がいいわよ!」
「わかってる!」
ユウタがイマリとも、別れを告げると走り出した。どんどんユウタの姿が小さくなっていく。
「行っちゃったわね」
「そうですね」
「はじめましてイマリ。私の名前はエヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクよ」
「私は東堂伊万里です。実はさっきレベル10に上がったんです。レベルアップの挙動確認お願いしてもいいですか? ステータスもまず見ておいてください」
「へ? ああ、OK」
イマリとの挨拶もそこそこにして、イマリのステータスを確認すると【加速】が新たに生えていた。【加速】は便利であると同時に使いこなすのが非常に難しいスキルである。
「じゃあこの【加速】を使いますね」
「イマリ。そんなに慌てないで。私たちに手伝ってもらってるから、早く早くと思うのはわかるけど、ちゃんと今日は確認しましょ。あなたレベル10に上がったんならこれからゴブリン集落に挑むんでしょ?」
「そのつもりです」
「ゴブリン集落だけは舐めてると大怪我するわ」
次々と進んでいこうとする様子に、彼女の焦りを感じる。これほど順調にレベル上げができているのに何を焦っているんだ。
「戦いながらわかればいいことだと思いますけど」
「ダメ。ゴブリン集落だけはダメ。ユウタですら、ジェネラルにはかなり苦戦したんだから」
「……分かりました。じゃあ調整に付き合ってください。実戦稽古でいいですか?」
「OK。リーン。頼むわね」
「了」
私は近接ゴリゴリのイマリの相手などしたくない。完全な青に覆われたリーンが、イマリの前に立った。
「召喚獣ですか?」
「ええ、人間と合体する事も出来る近接融合型よ。今のあなたのステータスだと、どうひっくり返っても、この子には傷ひとつつけられないわよ」
「へえ、じゃあ思いっきり殺す気でやっていいですか?」
「もちろん。リーン。ちゃんと手加減しなさいね。ブルーバーは使用禁止。わかってる?」
「大丈夫ー」
イマリはむっとしているように見えた。
「じゃあ始め!」
声をかけたと同時だった。イマリがいきなり【加速】を使ってくる。鋭くて速い斬撃。おそらく私だったらちょっとぐらい攻撃がかすったかもしれない。しかし、リーンはふわりとよけてしまった。
ステータスが違いすぎるので、当然の結果だ。リーンがイマリをあしらう。小学六年生ぐらいの見た目のリーンに軽くあしらわれて、かなり悔しいだろうが、あまり順調すぎると油断する。これぐらいがちょうど良いだろう。そう。
「そのはずなんだけど……」
戦闘が長引いてくるほどに、だんだん様子が変わってきた。最初はあくびをしながら相手をしていたリーンが真剣になっていく。【天脚】で完全に予想外の挙動を取られて、【光輝一線】でブルーバーを斬り裂かれたのだ。
リーンは少し焦ったようだったが、それでもまだ余裕があった。しかし余裕が完全に消えた一瞬があった。【閃光弾】を完全にここだというタイミングで、目の前で食らわされたのだ。当然そんなことをされると全く見えなくなる。
生物にとって一番大事な五感である視覚が奪われたのだ。ブルーバーを使用禁止にしているリーンでは、もうどうしようもない。リーンは斬られると焦った。結果、
【主、ブルーバー!】
【ダメ、これだけレベル差があって追い詰められるなんて反省しなさい】
「ぎゃ!」
リーンが逃げた。見事なほどの逃げっぷりで100m以上一気に離れた。
「ちっ。逃げないように、もう一手間かけたら殺れたのに」
「リーン。 何、思いっきり逃げてるの。戻ってきなさい」
人間から逃げるなんてやはりこの子、相当普通のモンスターとは違う。というか、イマリがなんだか怖いこと言ってる。
「うぅ」
戻ってきたリーンだが、攻撃パターンを掴まれたのか、その後も何度かひやりとする時があり、リーンは無事?イマリに苦手意識を植え付けられた。
「——ミスズがあなたのことを褒めてたわよ」
夜といっても相変わらず太陽がさんさんと光っている中で、私とイマリは、それぞれに睡眠を取り、目が覚めるとゴブリン集落に挑むことになった。
「そうですか……」
私の耳にはすべて英語で聞こえているわけだけど、イマリの声の調子が硬くなっていることはわかった。理由はわかっている。分からなければどうかしている。ユウタのことで蟠りが、彼女の中ではかなりある。
「私たちのことを恨んでる?」
日本人はこういうことをストレートに聞かないのだろうが、私はどうしてもはっきりと聞いてしまう。胸に溜めておくのは嫌いだった。
「正直、恨んでます」
イマリが口にした。
「頭に来たなら怒っていいのよ」
「そうしたいところです。でも、そうする権利が私にはないから」
「権利?」
「はい。私は祐太に好きだと思わせてるだけですから」
それはよく理解できない言葉づかいだった。
「祐太は錯覚してるんですよ。私の事が好きだって」
「錯覚? その言葉が本当だったとしても、どうして私にそんなこと教えるの? 言わなきゃ私がただの泥棒猫だったのに……ミスズのことも『泥棒猫』だって言ったんでしょ?」
「言いましたね。ずるい私の精一杯の抵抗です。南雲さんって知ってますか?」
「ええ、一度だけあったことがあるわ」
「あの人、池袋のダンジョンでトップの人らしいです。それって、つまり12英傑ですよね?」
「それは……あなたどうしてわかったの?」
私も分かったのは最近になってからだった。それもデビットたち経由の情報だった。
「ネットの情報とかいろいろ拾っていけば分かることです」
「そ、そう?」
「私が知らないところで、祐太は私よりはるかに頼りになる人たちと知り合いになってくる。それに祐太自身も……どうしてこんな話を……はあ。もう行きます」
イマリがもくもくとゴブリン集落に向かうための準備を始める。私はいまいちイマリの心境がわからなくてそれ以上は聞かなかった。でも、本来の役目を果たさなきゃいけない。イマリが死なないように、私はアドバイスをたくさんした。
ゴブリン集落へとイマリが向かっていく。しっかりと隠れてゆっくりと近づいていく。
「私と戦った時と違う」
「この状況で無茶をすれば死ぬって判断したんでしょ。リーン。あなたはまだ状況判断が甘いところがあるから、しっかり見習いなさい」
「はーい」
イマリはゴブリン集落でじわじわと攻撃を繰り返し、ゴブリンを殺した。それでも殲滅状態にまですることは一度もなかった。一つの集落で1/4ほどの数を減らすと、次の集落へとすぐに移ってしまうのだ。合間の休憩でその理由を聞いたら、
「あれ以上減らすとゴブリンの警戒が強くなりすぎます。そうなると一人しかいない私は囲まれて殺されるか、捕らえられる。捕らえられても、あなたが助けてくれるでしょうが、レベルアップの時にかなりのマイナス評価が付くのは間違いないですよね」
とのことだった。まあ、要は私に助けられるなんて、絶対にあってはならないということだ。ミスズとは全くタイプの違う子だ。とても根気強くて、そんな戦い方を丸一日続けても愚痴一つ言わなかった。
「もうそろそろレベル12ね」
「【剛力】が生えたので、次でジェネラルに挑みます」
「OK。作戦は?」
「パーティーで動くときはちゃんと相談しますけど、一人の時は自分で考えます」
「あっそ」
全然こちらに気を許してないか。しかし私は無理に何かを言うことはなかった。ここまでできるイマリがどうやるのか見てみたくなったのだ。イマリはレベル12になってすぐにジェネラルに挑んだ。
ジェネラルがいる建物の中で姿を現し、ほかのゴブリン達を外へと誘い出した。誘い出したゴブリン達に対して【閃光弾】で目眩ましをすると、すぐに踵を返し、ジェネラルを残した建物に忍び込んだのだ。
3m近い大きさを持つジェネラルは、建物の中では全力を出すことができない。レベル13になるまで計四体。そのやり方でジェネラルとの戦闘に慣れていく。
「主。イマリが集落に挑み始めてもう四日目。イマリここまで一度も気づかれてない」
「ええ、四日間同じことを黙々とやり続けた。怖いほどの集中力ね」
『レベルが14に上がりました』
イマリがスマホで知らせてきた。【意思疎通】はこの三階層のクエストが終わらないと使えない。
『ようやくクエストね。このまま行くの?』
『はい』
イマリのクエストは静かに始まった。まず、ゆっくりと集落の中のゴブリンの数を減らしていく。そのことがバレて騒ぎになりそうになると、すぐに離れておさまるまで待つ。おさまるとまた近づいてゴブリンを2、3体だけ殺す。
「真綿で絞め殺すようなやり方ね」
「リーン。イマリと戦うの嫌」
「でしょうね。あなただと正面から戦わない限り今の時点でも負けるかしら?」
まあ流石にブルーバーを許可したら勝てるだろうけど、レベル差がこれだけある状態で対等な条件だと勝てない。やはり戦いにおいて知能はとても大事なファクターだ。でも、
「“ダンジョンに好かれている”わけでは無いのよね」
ダンジョンは、ほとんどの人間を平等に扱う。でもたまに一人の人間を強烈に贔屓する。それは本人が望んでいようが望んでいまいがそうなる。その理不尽について行くために、
「あなたも必死なのね」
ジェネラルは強い。下手な人間よりも、戦いに関しては賢い。集落の中のゴブリンが減っていくほどに警戒がどんどんと強くなった。それでもイマリには関係なかった。しっかりと隠れて近づく。
殺せるときは一気に五体殺したかと思えば、無理なら一体も殺さずに離れることもあった。集落の中のゴブリンは、どれだけ減らしても、24時間経てばリポップしてしまう。逆に言えば24時間の時間がある。
だから24時間かけてイマリはゴブリン集落を落としにかかった。やがて集落の中にゴブリンの数がジェネラル二体と、ソルジャーが五体になってしまう。イマリはそこでようやく隠れるのをやめた。
この三階層の総仕上げ、
クエスト:1人の場合、ジェネラル二体の同時討伐。
クエストの開始だった。
「——あなたが敵じゃなくてよかった」
「それって褒めてくれてるんですか?」
「これ以上ない程にね」
イマリはゴブリン集落を殲滅しきった。メイジは優先的に先に殺し、クエスト開始時には一体もいなかった。クエストではジェネラルの護衛に就いていたソルジャー達がまず先制の【閃光弾】で一気に殺された。
丸裸にされたジェネラル二体は戦略においてイマリに負けたのだ。抗うすべなどあろうはずがなかった。ユウタはレベル14でゴブリン軍50体の中に居るジェネラル二体に勝ってみせた。でもきっと敵にとって戦いたくないのはイマリだ。
ユウタは敵にとって一番の獲物のはずなのに殺し切れない。イマリは敵にとって一番やられたくないことをしてきて、敵を獲物にする。その違いはかなり大きく思えた。イマリと共に四階層への階段を私は降りた。最後のレベル上げが始まろうとしていた。
四階層クエスト:5階層への階段を14日以内に単独で発見せよ。
使用武器:刀剣類。自身の魔法とスキル。
使用禁止:拳銃や現代兵器。
禁止事項:同階に仲間が居ること。
階段の位置を東堂伊万里に教える行為。
四階層に降りたあと5分以上仲間が同階にいた場合クエストは失効とする。
成功報酬:ストーン級【浄光】
A判定で力、素早さ、防御、器用+10。
S判定で力、素早さ、防御、器用+20。





