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第百二話 Side美鈴⑨変化

「東堂伊万里です。よろしくお願いします」


 その子はとても可愛くて小柄で、とにかく胸が大きい子だった。そんなに大きくて重くないんだろうか? そう思えた。私は自分の胸を見てしまった。なんとなく向こうが「ふっ」と笑った気がして、悔しかった。


 負けてる。確実に胸は負けてる。というか、比べるのが間違ってるぐらい負けてる。私は無い乳。向こうは有る乳。私達と同じく二階層から装備を一新させて、西洋風の鎧だけど、その鎧の胸部装甲が明らかに膨らんでいた。


 伊万里ちゃんが日本人なのに西洋装備なのは、ガチャの銀カプセルで日本刀ではなく西洋剣が出たからだそうだ。


 たとえ銀カプセルから出てくるアイテムでも、その人に合ったものしか出てこない。つまり伊万里ちゃんは専用装備が西洋のものになるということだ。それは日本人としては結構珍しいことなのだそうだ。


「私は桐山美鈴。今日からよろしくね」


 深夜4時のダンジョンに入る。ガチャゾーンに祐太はいなかった。なんでも伊万里ちゃんが『ついてこなくていい』と言ったそうだ。この子と、これからずっとやっていくから、2人でも上手くやれるようにならなきゃいけないんだ。


「伊万里ちゃん。まず2階層まで行くよ」


 そう言ってガチャゾーンから出て、伊万里ちゃんが先行して、一階層のサバンナを走り出した。私が先行すると速くなりすぎるので、伊万里ちゃんについて行く形で、二階層への階段まで走るのだ。


 陽炎が立ち上るほどの暑い日差し、象の群れがゆっくりと水浴びをしていた。今となってはこの一階層が牧歌的とすら思えた。何しろ四階層に降りるとあの象がゾンビになる。そしておどろおどろしい姿で襲い掛かってくるのだ。


「ね、ガチャどうだった?」

「あんまりでした」

「そっか。あのさ、伊万里ちゃんガチャ運いくつ?」

「3です」

「すごい。私、1だよ」

「私は普通です。むしろ1の方が稀少でいいと思いますよ」

「え? そうかな」

「はい。虹カプセルは一つ出るだけで、とてつもなく強力だと聞いています。祐太は鬼の田中のファンだから、虹カプセルをきっと楽しみにしてると思いますよ」

「へえ」


 それは知ってたけど、初めて聞いたみたいにしゃべっている。駄目だ。まだ緊張が抜けない。


「美鈴さん。二階層のレベル上げとクエスト。それとコイン集めが終わったら、ガチャを回しに行きたいんですけど、いいですか? できれば一つ、専用装備が手に入れられたらって思うんです」

「うん。了解。ガチャ運3なら私もそのほうがいいと思うよ。コイン集めは何日ぐらい許されてるの?」

「3日間です。二階層はそれ以上はしないほうがいいと言われてます」

「レベル上げとかクエストで1週間ぐらいかかるだろうから、じゃあ二階層は10日間ぐらいの予定かな」


 私も事前に祐太やエヴィーから聞いたり、ネットで調べたりしたが、伊万里ちゃんの方がちゃんと調べてそうである。それにしても固い喋り方をしてくるな。ずっとこれで通す気だろうか?


「すみません、走るの遅くて」

「いいよ。どうせすぐに同じペースで走れるようになるから気にしないで」


 すごい揺れてる。いいなあ。と思った今日この頃。


「あの何か?」

「あ、大丈夫、大丈夫だよ」


 いけない。伊万里ちゃんの巨乳をガン見してしまった。


「伊万里ちゃんって、背がそんなに高い方じゃないんだね」

「はい、平均より低いって言われます。美鈴さんは結構高いですね」

「うん、まあ平均よりは高い方かな。でもエヴィーはもっと高いよ」

「エヴィーさんって外国のトップモデルの人ですよね?」

「知ってた?」

「有名ですから。昔、飴のCMで見たことがあります」

「そうそう、あの超可愛い女の子が成長してエヴィーなんだよ」


 自分のことじゃないのに、エヴィーのことは自慢したくなる。それぐらい彼女と知り合いということはすごいことだ。世界中の誰にでも自慢できるぐらいエヴィーのネームバリューは大きいのだ。


「実際見たらすごいですか?」

「魅力79だからね。最初から70もあったんだよ。びっくりするぐらい綺麗でね。しかもなんかいい匂いがするの。祐太もするよね? いい匂い」


 しまった祐太の話題を出してしまった。しかも結構きわどい内容だ。いつも抱きしめられるたびに、くんくん匂いを嗅いでいる私。自分の性癖がバレるじゃないか。


「それはまあ分かります。でも私は昔の祐太の匂いが好きでした。あ、でも、もちろん今も好きです。ずっと好きなままですから」

「そうだよね。うん。私も昔の祐太も大好き」

「昔のことは知らないんじゃないですか?」


 結構グサッと言うな。


「うん。はは、ごめん、そうだった。なんか昔の私って人に興味なくてさ。今になって後悔はしてるんだけど、もう遅くてね……ごめん」

「別に謝らなくていいですけど」

「はは、そうだね」


 ダメだ。私、だだ滑りしている気がする。実は祐太と伊万里ちゃんが一階層にいる間、私は芽依お姉ちゃんのレベル上げをずっと手伝ってあげていた。芽依お姉ちゃんは早くレベルをあげたいみたいだったから、結構頑張ったのだ。


 だからこの一階層で同じくレベル上げをしていた祐太と伊万里ちゃんとは、いくらでも接触する機会があった。でも【探索網】をフルに使って絶対会わないように気をつけていた。


『何をこそこそしてるのよ』

『だって……』


 逃げる私に芽依お姉ちゃんは呆れていたけど、なんだか会うと気まずいじゃないか。それぐらい私は伊万里ちゃんと会うのが怖かった。伊万里ちゃんの方は私に気を使っている様子もなく会話がやんだ。


 そりゃそうだ泥棒猫は私だもんな。盗まれた方がこそこそするわけない。そこからは黙々と二時間かかって二階層の階段に到着した。二階層に降りると余計に暑くなる。


『美鈴』

『何?』

『マジ暑いんだけど』


 そう言った後にゴブリンライダーにお腹をさされた芽依お姉ちゃん。レベル上げの時はあまりに上のレベルのものがそばに居るとレベルが上がらない。だから私は離れていた時だった。お姉ちゃんはなんとか自分で対処していた。でも改めてあの時、芽依お姉ちゃんが死んでたらと思うとゾッとする。


「伊万里ちゃん。頭を下げてまず周りを確認」


 私はスイッチを入れ替えた。ここからは気を抜いていると本当にヤバいのだ。


「了解。風下に敵影があります。少し移動します」


 ゴブリンは匂いなんかで人間に反応したりしないが、騎乗するライオンが敏感に察知してくる。この時点で気付かれたら、私がすべて仕留めればいいのだけど、それでは伊万里ちゃんのレベル上げにならない。


 私たちは素早くライオンに匂いが察知されない場所まで移動し、ゴブリンライダーの群れの様子をうかがう。ゴブリンライダーは相変わらずしっかりと鎧を着込んでいて、背中に弓を背負い、腰にしっかりと帯剣していた。


「あれがゴブリンライダー」

「うん。一階層のゴブリンとは桁違いに強いよ。そもそもあんなに武装している時点で、攻撃も通りにくいし、下のライオンも結構強い。と、その前に一旦上に戻ろう。クエストの確認しないと」

「そうですね、わかりました」



クエスト:ゴブリンライダー15騎以上の群れをレベル5時点で、単騎討伐せよ。

使用武器:刀剣類。自身の魔法とスキル。

使用禁止:拳銃や現代兵器。

成功報酬:力、素早さ、防御、器用+5。

     A判定でさらに+3。

     S判定でさらに+6。



 一階層に戻って安全な状況で確認した。伊万里ちゃんのクエスト内容は祐太とほぼ同じだ。それはつまり伊万里ちゃんも前衛型であることを示していた。祐太から聞いた情報と一致するものだ。


『美鈴、伊万里は間違いなく前衛だ。回復が生えてくれたらとも思ったんだけど、それはまだわからない。ただかなりいいことにガチャ運3なのにレアジョブだ』


 私と祐太は伊万里ちゃんの前ではしなかったけど、当然情報の引き継ぎをした。そこで伊万里ちゃんがかなり無理をする性格だということも聞いていたし、“熊殺し”のことも聞いた。


『祐太の為にそこまで……』


 伊万里ちゃんはダンジョンに対して積極的な女の子じゃない筈だった。それなのに祐太のためにそこまでした。そして実際に強いのだという。それを聞いて私は祐太への愛情で……“負けてる”と思ってしまった。


「じゃあ、まず銃でライダーの群れを5騎まで減らして、それから挑みます」

「ダメ。最初は3騎。そこまで減らさないのなら譲れない」


 私は言い切った。伊万里ちゃんはステータスを気にしているのだろうが、レベル3でいきなりゴブリンライダー5騎はやりすぎである。


「いいえ、ライダーを残すのは5騎です。美鈴さん。あなたたちも最初は15騎の群れを3人で討伐したはずですよね?」

「それ、祐太から聞いたの?」

「過保護にしてくれる必要はありません。ステータスが悪くなるだけです。それでもし私が死んだとしても、祐太にもあなたを恨まないようにと言ってあります」


 伊万里ちゃんが真っ直ぐこっちを見てくる。こっちが揺らぎそうになってしまう強い想いを感じる。祐太に聞いていた通りの覚悟がある。絶対に何があっても祐太に最後までついていく覚悟。


 この強い気持ち。分かっている。これが私に足りないものだ。


「……わかった。でも本当に気をつけてね。死んだら終わり、それだけは忘れないで」


 正直言えば一人で、誰もフォローできない状況の場合、最初は1騎で、そこから1騎ずつ増やしていくのが確実だと思っていた。実際、芽依お姉ちゃんにはそうした。でもそれをすればまず間違いなく、祐太にはついていけない。


 ギリギリ3騎ならと思ったけど、納得してくれないか……。私は伊万里ちゃんは分かっているとは思ったが、改めて、「最初は正面から行かずにちゃんと不意打ちするように」と念押ししておいた。


「——じゃあ私は“2キロ”離れるからね」

「そうしてください」


 さらに『これだけはやってはダメ』という注意もかなりした。でも、伊万里ちゃんはもうこちらを見ていない。ゴブリンライダーに集中して、私はいてもいなくてもどっちでもいいようだった。


「本当に気をつけてね」


 私が2キロの距離までくるとダンジョンに入っている間は常時発動する【探索網】で伊万里ちゃんを見る。実際、使っているのは【探索】の五感強化で、【探索網】はレーダーみたいな感じで、100メートル圏内の敵の位置を捕捉できるというものだった。


 だから今はあまり意味がないけど、伊万里ちゃんのほうに集中したいから常時発動して、自分の安全の方は、大雑把に確認していた。何しろ『ゴブリンライダーの群れを5騎まで減らす』というが、これが意外と難しいのだ。


 銃で減らすわけだけど、その銃を撃てば伊万里ちゃんの位置にゴブリンライダーが気づく。そうするとライダーは容赦なく伊万里ちゃんに襲いかかってくる。その状況だと、そのまま銃で全滅させるしかなくなる。


 しかし、これだと5騎残すことができないのだ。それに正面から戦うしかなくなり不意打ちができなくなる。じゃあどうするかといえば、ボルトアクションライフルにサイレンサーを取り付け、1キロ先から狙撃する。


 まあ、要は私たちが使った20式小銃ではなくて、スナイパーライフルを使うのだ。離れた位置から狙撃すれば、ゴブリンライダーに自分の位置を悟らせることなく5騎まで減らすことができる。そう伝えたのだけど、


『それよりいい方法があります』


 そう言っていたのだ。詳しい内容は『見てれば分かる』と言って教えてくれなかった。


「……何する気?」


 祐太から無茶する性格だとも聞いていたから気が気じゃなかった。いざというときは急いで駆け付けるけど多分間に合わない。()()()()()()()()()2()()()だから当然だ。頼むから無茶苦茶なことしないでね。私はそう願いながら見守った。


 伊万里ちゃんは銃を構えた。ライダーに向かって怯えた様子もなくしっかりと構えていた。


「あれ、スナイパーライフルじゃないよね?」


 しかし、伊万里ちゃんが構えたのはスナイパーライフルじゃない。


 私たちがこの階層でよく利用していたものと同じ自衛隊制式採用の20式小銃だ。しかも草むらに隠れながら近づいていっていると思ったら、ライダーの群れから100mほど手前で堂々と立ち上がってしまった。


「は!? 『正面から行くな』って言ったじゃん!」


 20式小銃からどんどんと弾丸が放たれて、ライダーはその弾丸の前に次々と沈んでいく。この階層のゴブリンはライフルには勝てない。だからあっという間にその数が減っていく。残り5騎になって伊万里ちゃんは20式小銃を投げ捨てた。


 ライダーも別に黙って撃たれていたわけじゃない。


 伊万里ちゃんから1メートルの直前まで近づいてきていた。伊万里ちゃんはできるだけ離れた位置のゴブリンライダーを殺して、残った5騎のゴブリンライダーが一塊になるようにしていた。ライダー5騎が伊万里ちゃんの目の前に居る。


「何をするの?」


「「「「「ギャー!」」」」」


 ゴブリンライダーの怒り狂った叫び声がはっきりと私の耳にまで届いていた。もはや見守ることしかできなかった。伊万里ちゃんが手を前にかざした。こちらからでもわかるほどの光が明滅した。


「な、なるほど、ズルい」


 伊万里ちゃんの持つ魔法。【閃光弾】だ。ライダー達は憎しみをこめてしっかりと伊万里ちゃんを見ていた。そしてそれが仇になった。完全に不意を突かれる形で、強烈な光が自分たちの眼の中に襲った。


 残されたライダー5騎は完璧にその目を焼かれていた。目を見開いてしっかりと伊万里ちゃんを見てしまったのが運の尽きである。伊万里ちゃんが瞬く間にライダーを斬り裂いていく。


 向こうは生物にとって一番大事な五感を塞がれて抵抗ができない。それでも効果時間は20秒ほどのようだった。それ以上になってくると、ゴブリン達は急に見えるようになった。しかし、ライダーの数が2騎にまで減っていた。


 ゴブリンライダー2騎では伊万里ちゃんに勝利することは無理だ。2騎同時に向かってくるが、懐に忍ばせていたらしい石つぶてをライオンの顔面めがけて思いっきり投げつけた。


「うわー」


 祐太とは全く違う戦い方だ。伊万里ちゃんは勝てばいいという感じだ。レベル3の人間が投げた石つぶての威力は、ちょっとした弾丸並みの威力である。そんなものを顔面にぶつけられたライオンはたまったものじゃなかった。


 痛みにもんどりうって、ゴブリンライダーが振り落とされそうになる。その隙を逃さずに伊万里ちゃんが振り落とされそうなライダーを殺してしまった。残された一騎に伊万里ちゃんがスキルを使った。


 とたんに剣が輝きを帯びた。


 鎧ごと光る剣でライダーが一刀両断にされた。


「【光輝一線】だ」


 よくわからないけど、モンスターに対する特効があるらしく、まるでバターみたいにモンスターが斬られた。


「強いな……」


 少なくとも私のレベル3のときよりはるかに強い。伊万里ちゃんは私に確認することなく、次のゴブリンライダーの群れへと向かっていく。


「次は6騎残すか」


 5騎では少ないと私も感じたが、次は6騎だった。多少危ないと思ったが、それでも倒し切った。昼ごはんを挟んで順調に狩り続けた伊万里ちゃんは明るいうちにレベル4に到達し、そこからはさらに安定してくる。


 レベル5に到達したのは翌日の正午頃だった。


「——すごいね」


 この子ならきっと二階層クエストでS判定を取れる。私は負けていることが悔しかった。でも許せないとまではいかなかった。エヴィーを受け入れた時から自分は、そういうことを許せるようになってしまったんだ。


「そうですか?」

「だってレベル4の時点で8騎まで一気に相手してたじゃない」


 伊万里ちゃんがレベル5になったことでお昼休憩になった。お昼ごはんをサバンナに座り込んで食べた。私は豚亭のカツサンドで、伊万里ちゃんは吉乃家の牛丼を食べていた。カプセルから出てくるため、サバイバル感のない食べ物である。


「でも同じ頃の祐太と比べたらどうですか?」

「祐太?」


 そう聞かれると考えてしまう。伊万里ちゃんは【閃光弾】などを使って手段を選ばずに相手を圧倒している。しかし、祐太はそうじゃない。基本的にあまり絡め手は使わないし、それでも勝ってしまう。


「戦い方で言うと、伊万里ちゃんの方が正しいと思う。でも、それも踏まえた上で同じぐらいかな」


 そう思えた。


「私もそう思います。普通に私と祐太が戦ったら、私は祐太に勝てないと思う。でも頭を使えば五分五分に持ち込める。でもレベル5の時点で正面から戦えない。それなのに祐太はガチャ運5がある。それはどんどんどんどん広がっていく差になる気がするんです」

「うん。まあ……」


 祐太はなんというか、私たちとは違う何かを持っている。それがきっと『ダンジョンに好かれる』ということなのだろう。


「それが祐太にとっていいことかどうかは分からないけど、私は1分1秒でも祐太と長く一緒に生きたいから、クエストでSを取ります」


 伊万里ちゃんはその宣言通り、私にはできなかった二階層のクエストでS判定をあっさり手にした。そんな伊万里ちゃんがレベル上げに手こずるわけもなく、6日目の夜、レベル7へとあまりにもあっけなく到達してしまった。


 私は自分が苦労したからわからなかったけど、ひょっとすると祐太も二階層のクエストは伊万里ちゃんぐらい楽勝だったんじゃないだろうか。そう思えた。


「——じゃあガチャだね」

「ガチャですね」


 伊万里ちゃんの声が硬くなっている。そこからさらに3日間ひたすら伊万里ちゃんがコイン集めをして、23枚のガチャコインが見つかっていた。前のガチャの結果があまり良くなかったせいか、伊万里ちゃんもガチャになると緊張するようだ。


 その様子にようやく自分と同じ年なんだと思ってホッとした。私たちはまず一階層に戻った。そして私はもう一つ見たことがない光景を見た。


 その変化は初めてのものだった。


()()()()


 常時発動したままの【探索網】に“人”が反応した。


「ああ、やっぱり変わったんだ」


 伊万里ちゃんはすぐに見当が付いたみたいだった。私も外に出た時に聞いていたことだった。4月からDランの制度が大きく変更されたらしい。それに伴い、一般のダンジョンにもたくさんの探索者が再びもどってくるとニュースになっていた。


 実行したのは木森派閥の人間らしく、マスコミも黙っているわけにはいかなかったのか、森神様への批判的な記事が新聞を賑わせていた。何しろ、その制度変更は再びダンジョンでたくさんの人が死ぬことと同義だからだ。


 テレビもその話題でもちきりで、木森派閥の重鎮と呼ばれる人が、会見の場に出てきていた。政治家ではなく探索者が初めて矢面に出てきたことに私も驚いた。そして、そのこともあって探索者の会見は何度もニュースで流れていた。


【今回の急な制度改革により、再びダンジョンでの死者が増えると思われますが、そのことに対する責任はどうとられるのですか?】

【責任とは?】

【ですから、ダンジョンに入ることでですね】

【何度も同じ話をするな。わかっている。だが、自分の意思で入るのがダンジョンだ。それを責任という意味がわからないな。もう一度言ってくれ。誰になんの責任がある?】

【いや、だから、木森が】

【木森様だ阿呆】

【ひ、人に様をつけろということは、探索者が普通の人よりも偉いということですか?】

【おい、そこの阿呆。別に殺してしまってもいいのだぞ?】

【そ、そういう探索者のおごりが今の!】

【やめろバカ!】


 会場から一人の記者が叩き出されて、しばらく会場が静まり返っていた。木森派閥の重鎮烏丸時治。レベル856の正真正銘の高レベル探索者。その口から理路整然と、軍事力の観点から考えても今回の制度改革は必要だったと説明された。


 軍事力という言葉に左派メディアは激しく反応した。いくら探索者相手でも矛先を収めることができず好き放題に批判している。しかし、それも時間の問題で、見せしめとして左派メディアがまたどこか潰されて問題解決か?


 ネットの方はこれから潰されるであろう左派メディアの予想に夢中だ。ただ不思議と今のところ木森派閥からはそういう動きはないそうだ。


 ガチャゾーンまでくると、建物の手前で列ができていた。10組ほど順番待ちしているのだ。私はダンジョン内で人と接触するのが危ないことだという先入観がある。


 しかし、ここのガチャに並んでいるのは、誰も彼もが素人感が丸出しだった。軍服すらまともに着ていない者もいるし、あちこち怪我をしている者もいた。


「うわー。あなたたち綺麗ね。レベルいくつ?」


 20歳過ぎたあたりのOLの集まりらしきパーティーに声をかけられた。


「人にレベルを聞くのは、ダンジョン内ではマナー違反ですよ」


 私ははっきりと言った。


「何よ。すましちゃって」


「感じ悪」とかいう言葉も聞こえたけど、気にしない。こんなところで自分のレベルを教えられるか。ダンジョンに入るなら、それぐらい調べておけと思ったけど口には出さなかった。


 この列はどうやらガチャの順番待ちを外でしているらしい。というのも、ガチャ結果を見られるのは誰でも嫌なものである。だから1組ずつ入ってガチャを引く。それが暗黙の了解なのだそうだ。


 おそらくDランでできた暗黙の了解なのだろうが、これは助かる。特に祐太のガチャは人に見せられない。こういうルールがあってくれるなら、かなり祐太のガチャもやりやすくなる。


「——美鈴さん。一気に回した方が出る確率高いんですよね?」


 順番が回ってきてガチャゾーンの中にはいると、伊万里ちゃんが100回ガチャの前に立った。


「まあ、一回一回心をこめて回した方が出るとかいう人もいるから、その辺は人によるかな? でも祐太は『100回の方が良い』って言うね」

「じゃあ、私もそうします」


 ガチャ運5の男が言うのだから間違いない。そう思った。しかし結果は……、


「1個だけ……」


 230回分回して金カプセル1。銀カプセル2。銅カプセル8。ガチャ運的に考えると妥当な結果が出た。しかし、伊万里ちゃんはガチャ運3ならもっと出てくれると思っていた様子だった。


「まあこんなもんだよ。というより、ここから更に1/6だもんね。専用装備だといいんだけど」


 ガチャゾーンの中には2人しかいないから、このまま金カプセルを開けることにした。人のものだけど中身が何かとドキドキする。伊万里ちゃんが目をつぶって願いを込めて金カプセルを開ける。中に入っていたのは、


「これ、なんだろう?」


 伊万里ちゃんがつぶやく。そこには根元部分の中心が光っている不思議な草があった。


「たぶん強化素材じゃないかな? 祐太のガチャからも変わった素材がいっぱい出てたよ。専用装備の強化に使うの。普通の装備の強化にも使えるけど、ちょっともったいないかな。それぞれの専用装備に合った強化素材があるんだって」

「これがそれ?」

「うん。専用装備だけでも十分強いけど、更にそこから強化もできる」

「専用装備はまだ出てないけど、これはこれでアリだ」

「あとあとの楽しみだね」


 伊万里ちゃんの素が少し出ていた。ずっとこういう喋り方してくれればいいんだけど、仲良くなれる日は遠そうだ。私たちはガチャのカプセルを私が背負っていたバックパックに入れて、外へと出た。まだ少し肌寒い3月最後の日。


 外は中以上に賑わっていた。もう隠れてダンジョンに入るというのも終わりなのかもしれない。そんなことを考えながらエヴィーの姿をさがした。エヴィーはまだ到着していないようだった。でも祐太の姿があって近づいてきた。


「美鈴さん。ありがとうございました」

「ううん。なんかあんまり役に立ってる気はしなかったよ。でも、無事に二階層が超えられてよかった。エヴィーとも仲良くね」


 どちらも結構気が強そうだから、大丈夫かなと思いながらも、私は伊万里ちゃんと別れ、祐太に声をかけ、再び芽依お姉ちゃんのレベル上げを手伝ってあげることにした。


 家に帰ると事前に電話していたせいもあって、芽依お姉ちゃんが装備を整えて待っていた。何気に専用装備を一つ引き当てているのが羨ましい。


「おかえり。“ライバル”はどうだった?」

「全然仲良くなれなかった」

「仲良くなれたら奇跡よね。まあ気長にやりなさい。美鈴悪いけどこれからでも構わない?」

「もう行くの?」


 帰ってきたところなんだけどと正直言いたかった。


「もちろん。夜の12時だしちょうどいいでしょ? あんまり人目につきたくないのよね」

「それはもう無理だと思うよ」

「もしかして、もう結構人がいた?」

「うん。たぶんダンジョンに入りたいけど、我慢してた人が制度改革で一気に流れ込んできてるんだと思う。これからはかなり一階層はうるさいと思うよ」

「じゃあやっぱり急ぎで二階層まで降りたのは正解ね」


 まだ3月31日であり、制度改革が始まるのは明日からである。でもかなり一階層がざわめき出していた。おそらく明日から一階層はもっと凄い賑わいになるだろう。


 だが、一般の人が二階層に来るのはまだ時間がかかるだろうし、Dラン生でも階段を見つけるのにしばらくかかる。そう考えると、二階層にはまだ数日は人がいないはずだ。


「うん。そう思う」

「まあ、ほかのモデル仲間もこの流れに乗って、外のダンジョンに入ってるみたいだし、ずっと隠れ続けるわけにはいかないんだけどね。美鈴悪いけど付き合ってよ。美鈴が、本格的にダンジョン攻略再開する前にレベル10まで上げておきたいの」

「了解。まあ仕事のためだもんね。わかった」


 芽依お姉ちゃんはまだ探索者として普通よりは才能がある方だと思うけど、ゴブリンライダー一体を倒すのに、かなり下準備をしなきゃいけなかった。伊万里ちゃんのように簡単にレベル上げが進むわけじゃなかった。


 普通の人はまずゴブリン相手に体が動くようになるのに時間がかかるし、その時死なないようにするためにも時間がかかる。だから、私が再びダンジョンに入るまでの残りの期間でレベル10まで上げるのは大変なのだ。


「仕事のこともあるけど、どうも最近きな臭いのよ。Dランの制度改革なんて、普通はもっと何年も話し合ってすることでしょ。けど、急に決まったみたいだし、外国では大規模な探索者同士の争いも起きてるし」

「なにか大きいことあったの?」

「死神が、カインの召喚獣一体殺しちゃったみたい。それにあんた達がダンジョンに入っている間に国がまた一個滅んで、探索者が王様に収まっちゃったのよ」

「うえー」

「日本に住んでるからって、あんまりボケッとしてない方が良い気がするのよね。危機感を煽られてダンジョンに入る人ももっと多くなるわよ」

「私、ダンジョンから一年出てこないけど、お姉ちゃんたち大丈夫?」

「まあ、それは多分ね。さすがに日本でそんなに極端なことは起きないと思うけどさ。でも危ない探索者が増えそうだし、我が家が大丈夫であるためにも、私のレベルを上げておくわ」

「そっか。わかった。玲香お姉ちゃんは?」

「留守。どうも玲香姉も……」


 玲香お姉ちゃんはそれでもダンジョンに入る気はないのだろうか? 玲香お姉ちゃんの頭の良さだけは、ちょっと私には理解できない。それぐらい頭のいい人だった。それなのに、どうして?


 私はそれが気がかりだった。

伊万里の現在のステータス。


名前:東堂伊万里

種族:人間

レベル:6→7

職業:探索者

称号:新人

HP:44→53 

MP:33→37

SP:36→42

力:50→58

素早さ:48→55

防御:46→53

器用:41→47

魔力:30→35

知能:35→37

魅力:46→48

ガチャ運:3

装備:ストーン級【髪飾り】

   ストーン級【胴鎧】

   ストーン級【脛当て】

   ストーン級【ガントレット】

   ストーン級【肌着】

   ストーン級【アミュレット】×2

   ストーン級【剣】

   ストーン級【盾】

   ストーン級【靴】

   ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)

   シルバー級【マジックバッグ】(200kg)

   サファイア級【天変の指輪】

魔法:ストーン級【閃光弾】(MP4)

   ストーン級【光線銃】(MP8)

スキル:ストーン級【光輝一線】(SP3)

    ストーン級【天脚】(SP5)

クエスト:二階層S判定

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― 新着の感想 ―
勇者東堂
主人公は技巧と敏捷と膂力特化の純探索者型、伊万里は技巧の代わりに防御が伸びる勇者型って感じ せっかくヒロインとにゃんにゃんしてるのに描写ゼロという悲しみよ…… それぞれトップモデル体型、貧乳アスリー…
[気になる点] 光線銃……だと?(ワクワク)
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