気づけば袋小路
まさか偽物か。
疑った氷室は、カメラの向こうを急ぎ見る。
すると、こちらに向かって歩いてくる一人の青年の姿が見えた。
(結希……明日斗ッ!)
間違いない、本物だ。
本物の結希明日斗が現われた。
(くそっ。卯月の奴、失敗したのか)
おまけに下に配置していた自分の手駒も、彼の足止めを失敗した。
氷室が歯ぎしりをする。
子どもの使いも出来ない奴らだったとは思わなかった。
(ギルドに戻ったら処分してやる)
どろどろとした感情を抑えている間に、結希が反対側の席に座った。
そこでやっと氷室は冷静になった。
卯月の件は後だ。
問題は何故、彼がいまここに現われたのか、だ。
(どうやってここに入った? いや、そもそも一体何しに来た?)
テレビ局には、軽々に入れない。
無理矢理侵入したのか。
だとしても、理由がわからない。
容疑者がわざわざテレビの前に姿を現したところで、何かが変わるとは思えない。
ならば武力で解決しようという魂胆か。
(暴れるようなら、即座に抑える)
荒事に備えるため、体内に魔力を循環させる。
氷室は日本きっての魔術士だ。
氷結魔術を得意としており、詠唱が不要な〈無拍子〉スキルのおかげで、どれほど素早い相手でも即時対応が出来る。
(よっぽど自信があるのか。でも、相手が悪かったね)
氷室のハンターランクはA。
もうすぐSに手が届くレベルだ。
Cランク程度のハンターなら、赤子の手を捻るように制圧出来る。
「皆様、我が局だけの独占インタビューを行います。それでは結希明日斗ハンター。いまちまたでは、結希ハンターがハウンドドッグを壊滅させたという噂が流れておりますが、これは本当でしょうか?」
ちらり、カメラの下にカンペが出た。
『ネット接続数爆上がり!』
『SNSもバズってる!』
ディレクターもプロデューサーも、接続数が急上昇して顔がほころんでいる。
どうやら、結希が無理矢理押し入ったわけではなさそうだ。
(……まあ、いいさ。なにをしようと無駄だからね)
すでに、結希が悪人とのイメージは完璧に仕上がっている。
彼を潰すためだけに、エリゴスが作戦を練ったのだ。
彼女の策略を打ち破ることなど、ただのハンターには不可能だ。
「その真偽を語る前に、こちらの映像をご覧下さい」
そう言うと、結希は机の上にノートパソコンを載せた。
その画面にカメラが寄っていく。
差し込まれたメモリスティックのデータを開き、映像が再生される。
映像は、二人の男を俯瞰するシーンから始まった。
そのモニターに映った卯月の姿を見て、氷室の心拍数が跳ね上がった。
『気づいていますかぁ? その職員、寄生樹に侵食されていることに』
『どうして、まことに寄生樹なんて植え付けたんだ』
『邪魔だったからですねぇ。その職員は、ハンター協会の中でちょろちょろと情報を嗅ぎ回ってました。諜報活動がやりにくくなったので、ついでに消すことにしたんですよぉ』
『わけがわからない。初めからきちんと説明しろ!』
頭から、さあ……と音を立てて血が落ちていく。
これを放置するのはまずい。
氷室は勢いよく立ち上がる。
「なんですかこれは。結希明日斗、一体どういうつもりですか!?」
あわよくば映像の音声を遮ってやろう、カメラをモニターからこちらに振り向かせようと思って大声を上げたが、結希は律儀にも映像を一次停止していた。
まるで、〝こちらの行動をあらかじめ知っていた〟かのようなタイミングだった。
邪魔をさせるつもりはない。
相手の強い意志表示に、氷室は歯がみする。
「氷室さん、何か後ろめたいことでもあるんですか?」
「なんだって!?」
「何もないなら、黙って見ていられますよね」
「ぐっ……!」
漏れ出した魔力が辺りの温度を低下させた。
指先に生じた氷の結晶が、パキっと音を立てて割れる。
ここでさらに大声を出すのは悪手だ。
しかし、かといって座視するのはもっと危険だ。
(やめさせろ)
氷室は目だけでディレクターに合図する。
しかし、視線の意味が理解出来ないディレクターは首をかしげるだけ。
(くそっ、アイツは卯月を知らないんだ!)
卯月は、至誠ギルドの中でも立ち位置が特殊だ。
氷室の右腕ではあるが、めったに表に出ない。
顔が知られてないのも当然である。
状況を打開する手立てを模索している間にも、映像が流れていく。
『特権とは、持っている者が少ないからこそ価値が生まれますぅ。その特権を失わないために、あなたにはハンターの舞台から早々に退場して頂くことにしたのですぅ。銀山まことは、あなたをおびき寄せるための餌になっていただきましたぁ』
『……誰の命令だ』
『もちろん、我がギルドマスター氷室青也――』
「うそっ、氷室さん……」
「違うッ! ぼくは何もしていない!!」
アナウンサーの血の気が引いたような声に、氷室はたまらず声を荒げた。
その後、スタジオに訪れたのは嫌な静けさだった。
はっとして、周りを見回した。
アナウンサー、AD、ディレクター、プロデューサー、カメラマン。
皆が、これまでとは違った色の目を向けていた。
それは人が、他人を敵として意識したときに現われる色だ。
「ぼ、ぼくは、なにも……」
「氷室さん。俺を陥れるために、方々にデマを流しましたね。おかげでこれほどの騒動に発展した」
「ち、違う。何もやってない」
「なら、確かめましょうか。ネット記事に、週刊誌、新聞、テレビ。記事を書いた記者に、情報提供者が誰かを聞けば、嘘かどうかが、簡単にわかります」
「……そ、その映像は、ねつ造だ! でなければ、あんな俯瞰したところから撮影出来るはずがない!」
「いいえ。いま流れた映像は本物です。ゴールドショップに、天使専用のアバターアイテムがあります。この中に、撮影用カメラが販売されてるんですよ。画角がおかしいのは、俺の天使が撮影したからです」
「な……」
確かに、天使へのアバターアイテムがあることは、氷室も知っている。
その中にカメラがあることも、だ。
しかし映像カメラの値段は五万ゴールドと、とてつもなく高い。
こんなものを、天使のためだけに購入する酔狂な奴など、一人を除いて他にはいないと思っていた。
(そんな馬鹿な……)
「さて、氷室さん。先ほどあなたはおっしゃいましたよね。『もし自分が間違いを犯したら、逃げ回らずに、みんなの前で土下座する』と。
――土下座、してくれるんですよね?」




