第52話 奏刃のアルタ
第52話 奏刃のアルタ
気がつくと俺は鉄格子のリングに放り込まれていた。
逃げようと思えばいくらでも逃げられたのだが、シズルががっしりと俺をつかんでぐいぐいおっぱいを押し付けてくるのだ。
やわらかい感触がもったいなくてとてもじゃないが動けなかった。
そうこうしているうちに選手登録をすませたとか言いながら、マズルがやってきて、
双子が2人して俺を鉄格子の中に押し込んだのだ。
「ちょっと待て、おい出せよ」
鉄格子はがっしり閉まっていた。試合が終わるまで開けられることはないんだとか。
「はぁ……マジか」
スタッフっぽいエルフが俺をリングの上へと押し出す。
おっかなびっくり俺がリングに上がると、鉄格子を囲んだギャラリーの顔が見える。
『ギャハハハハハハハ』
それが一斉に笑い声を上げた。
「なんだあのおっさん弱そー」
「おいおっさん、お前どうやって戦うんだ?」
「待て待て、意外とああいうのが強いかも知れないぞ」
「じゃあお前、あいつの勝ち券を買えよ」
「やだよ、小遣いがもったいない」
さらし者か。なんだか、隠し撮りされた写真をツイッターで晒されて、それにひどいコメントがたくさんついてるのを見つけてしまったような気分だ。
「ようこそいらっしゃいました、バトルアリーナは初めてですか?」
リングの対面には、いけ好かなそうなエルフの男が立っていた。
「わたくし奏刃のアルタと申します。本日は挑戦権のお買い上げ、誠にありがとうございます」
「はぁ、どうも……」
どうやら俺の対戦相手らしい。
「ところで棺おけは買われましたか? 挑戦権を買った旨を申告されますと割引がありますよ」
鉄格子を覆ったギャラリー達がドッと笑い声を上げた。
そんなハンバーガーと一緒にポテトもどうですかみたいな感覚で進められても困る。
「儲け話ってこういうことかよ」
「勝つのよカラスマ!」
ギャラリーの最前列からシズルの掛け声が聞こえた。
「登録料と挑戦権買うので2万エン。あと勝ち券に3万エン賭けてあるんだからねー!」
「ふざけるな、俺はそんなの聞いてないぞ」
「あなただったら、簡単に勝てるでしょ?」
簡単に勝てる? 勝てるのか?
いけすかないエルフの背後には、細身のロボット、ゴウレムが立っていた。
全身から剣の先というか刃というか鋭利な突起物が生えている。
ヤマアラシの怪人のようなデザインだった。
「これは我がゴウレム奏刃。戦いの音色を刃で奏でる動く芸術品にございます」
現代アートは俺には良くわからん。
審判だろうか? 縦縞のボーダーの服を着たエルフがリングの中央に立つ。
「ビギナーの挑戦者にもう一度ルールの説明だ。
勝負は相手を戦闘不能にするか、相手が試合を放棄するまで続けられる。
参ったと言ったら負け。相手を殺してしまっても失格だからな。
明るく楽しく殺し合いをして欲しい。まぁ、新人さんには無理だろうけどな」
審判のエルフが俺の肩を叩く。
「俺も長年、このアリーナでジャッジをしているが、あんたみたいな物見遊山の田舎者が腕試しをしにきて大怪我をして田舎に帰れなくなるのをたくさん見てきた」
「……」
「だがいいんだよ、ここは夢を買う場所だ。一攫千金やなりあがりを夢見て人生を賭けるのは大いに結構。こっちも儲かるからな」
なんだろう、俺が負ける前提でみんな話が進んでないか?
「ええと、挑戦者、アンタの名前はカラスマか……よーし、これより試合を開始する。
リングマスター奏刃のアルタ! 対するは、挑戦者、カラスマ!」
ゴングが鳴った。
「試合開始!」
対戦相手のエルフが手をばっと突き出した。
その手の動きに合わせてヤマアラシのトゲトゲゴウレムが両腕をバッと広げる。
ひぃぃぃぃん。
「奏刃。今日もいい音色です。」
ゴウレムから飛び出した刃物が、空気に触れて音叉のような音を響かせた。
「さあ、奏刃よ、戦いの序曲を奏でなさい! 殺してしまっては失格になってしまいますからね、ギリギリで死なない程度手加減はしてあ、ごべ……」
リングの上に突風が吹いた。
ローリングソバット。
俺は疾風を飛び出させて一瞬で距離をつめ、対戦相手のあごに強烈な一蹴をお見舞いしてやる。その衝撃が、風となって、リング一帯に吹き付け、飛び出した風が観客の髪の毛を揺らす。
奏刃のアルタがぐらりとゆれ、
「ほげぇ」
白目を剥くと、そのままリングに沈んだ。
ギャラリーの声がぴたりと止まる。
「なっ、おいどうしたアルタ!?」
驚いた審判が、アルタに詰め寄る。
「し、死んでない。気絶してるだけだ……」
「なぁ審判さん。対戦相手が戦闘不能になった場合、俺の勝ちなんだよな?」
「しょ、勝者カラスマ……」
ギャラリーが一斉に怒号を上げた。
「なんだよそれ!」
「アルタが突然気絶したぞ」
「ふざけるな、金返せー!」
「いや、違う、なんかあのおっさんがやったっぽいぞ……」
「キャーッ! やったわカラスマー! 3万エンが5倍になったわ! 15万エンよー!!!」
やってきた審判が、俺の顔を見る。
「なぁ、アンタ。何をやったんだ?」
「何って……」
俺は手のひらに浮かせた疾風を審判に見せた。
「こいつを飛び出させて、あいつのあごをちょっと蹴りつけてやっただけだ」
「あ、アンタは一体?」
「俺はカラスマ。そうだな、あのエルフ風に自己紹介するなら……」
俺は疾風を飛び立たせて、空中でかっこいいキメポーズをつけた。
疾風から湧き上がった風が、リング一帯にぶわっと広がる。
さすがに観客にも今度は様子が見えたらしく、再び静まり返る。
「『モノコックウェポンズフラウ001=疾風』、そのマスターだ」




