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第50話 公爵邸

第50話 公爵邸


「お待ちしておりました」


「ご主人様がお待ちです」


「「どうぞこちらへ」」


 メイド達に案内されて男は屋敷の奥へと歩を進める。


□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


 謁見の間。

 そんな言葉が似合いそうな広間だ。


「よく来てくれたマエストロ」


 屋敷の主である老人は、椅子に座ったままマエストロと呼んだ男を笑顔で迎える。

 その顔はひどく疲れて見えた。


「貴殿の日頃の働き、ひとえに感謝しかない」


「だあ。だあ」


「おお、よしよし。今は静かにしておくれ。大事なお客様だ」

 老人は膝にまとわり付く息子をあやす。


「あー。だあだあ」


「こちらで路頭に迷っていた私を救ってくださったのは閣下です。私はただその恩を返しているまでです」


「そうか……、そう言ってくれるか」


「だうう、だあだあ」


「今日は何をご所望ですか?」


「それには及ばない。……かねてよりの貴殿の願い。それに報いる手はずに算段がついた」


 男は目を見開いた。


 はじまった身震いを隠せなかった。


 切望してやまなかった願いが、叶うかもしれない。


「……」


「長く、長く待たせた」


「いいえ、法外な望みであることは、私自身が分かっておりましたので……」


「確かに法外での」

 少女の声がした。


 かつかつと音を立て、老人とマエストロと呼ばれた男に近づいてくる少女がいる。


「エンプレス……」


「術式を用意するにも準備がいるゆえ、一度対象者を見たかっただけじゃ」


 老人の膝にまとわりついていた息子が、エンプレスに気づく、そして目を見張る。


「きやああああああ、いやあああああああああああ」


 その姿を見て顔をかきむしりながら恐怖のこもった悲鳴を上げた。


「あああああああああああ、ぎゃあああああああああ」



 老人は同じく年老いた妻を呼び、失禁した息子―デン公爵を広間の外へ連れ出させた。


 幼児退行した彼はメイドにも怯え、年老いた父と母にしか心を開けなくなっていた。


□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


「見苦しいところを見せた」


「……」


「あれ以来、銀髪の娘を見るとひどく取り乱すのだ」


「ふふ。私は娘という歳ではありませんがな」

 銀髪に褐色の肌の少女、エンプレスが笑う。


「この年になって、あの子のおしめを再び取り替えることになるとはな。私は息子の、あの子のためならばなんでもしてやった

たとえそれがどれほど間違っていたとわかっていてもだ。その報いを受けているのだろう……」


「……」


「不出来な子供ほど可愛いものだ」


「……」


「マエストロ殿、最後にひとつ仕事を頼みたい」


「……」


「頼まれてくれるかね?」


「……」


「同じ子供を持つ親として、私の気持ちを汲んで欲しい」


「私の望みがかなえられるのならば、如何様にも。閣下」


 老人は立ち上がり、男の手をすがるようにつかんだ。


「ありがとう、ありがとう……」


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