第50話 公爵邸
第50話 公爵邸
「お待ちしておりました」
「ご主人様がお待ちです」
「「どうぞこちらへ」」
メイド達に案内されて男は屋敷の奥へと歩を進める。
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謁見の間。
そんな言葉が似合いそうな広間だ。
「よく来てくれたマエストロ」
屋敷の主である老人は、椅子に座ったままマエストロと呼んだ男を笑顔で迎える。
その顔はひどく疲れて見えた。
「貴殿の日頃の働き、ひとえに感謝しかない」
「だあ。だあ」
「おお、よしよし。今は静かにしておくれ。大事なお客様だ」
老人は膝にまとわり付く息子をあやす。
「あー。だあだあ」
「こちらで路頭に迷っていた私を救ってくださったのは閣下です。私はただその恩を返しているまでです」
「そうか……、そう言ってくれるか」
「だうう、だあだあ」
「今日は何をご所望ですか?」
「それには及ばない。……かねてよりの貴殿の願い。それに報いる手はずに算段がついた」
男は目を見開いた。
はじまった身震いを隠せなかった。
切望してやまなかった願いが、叶うかもしれない。
「……」
「長く、長く待たせた」
「いいえ、法外な望みであることは、私自身が分かっておりましたので……」
「確かに法外での」
少女の声がした。
かつかつと音を立て、老人とマエストロと呼ばれた男に近づいてくる少女がいる。
「エンプレス……」
「術式を用意するにも準備がいるゆえ、一度対象者を見たかっただけじゃ」
老人の膝にまとわりついていた息子が、エンプレスに気づく、そして目を見張る。
「きやああああああ、いやあああああああああああ」
その姿を見て顔をかきむしりながら恐怖のこもった悲鳴を上げた。
「あああああああああああ、ぎゃあああああああああ」
老人は同じく年老いた妻を呼び、失禁した息子―デン公爵を広間の外へ連れ出させた。
幼児退行した彼はメイドにも怯え、年老いた父と母にしか心を開けなくなっていた。
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「見苦しいところを見せた」
「……」
「あれ以来、銀髪の娘を見るとひどく取り乱すのだ」
「ふふ。私は娘という歳ではありませんがな」
銀髪に褐色の肌の少女、エンプレスが笑う。
「この年になって、あの子のおしめを再び取り替えることになるとはな。私は息子の、あの子のためならばなんでもしてやった
たとえそれがどれほど間違っていたとわかっていてもだ。その報いを受けているのだろう……」
「……」
「不出来な子供ほど可愛いものだ」
「……」
「マエストロ殿、最後にひとつ仕事を頼みたい」
「……」
「頼まれてくれるかね?」
「……」
「同じ子供を持つ親として、私の気持ちを汲んで欲しい」
「私の望みがかなえられるのならば、如何様にも。閣下」
老人は立ち上がり、男の手をすがるようにつかんだ。
「ありがとう、ありがとう……」




