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第48話 カラスマ氏、異世界でよくあるやつに出くわす。

第48話 カラスマ氏、異世界でよくあるやつに出くわす。


 じゅわじゅわと液体が焼けて飛ぶ音。醤油と砂糖とみりんが焦げる甘ったるい匂いが漂ってくる。


 これはイカ焼きの匂い。


 香辛料の効いた肉の焦げる良い匂いが煙に混ざって飛んでくる。


 あれはケバブっぽいものか? 


 小麦粉の炊ける甘い匂い。

 

 鯛焼き。そのまんま鯛焼きもあった。


 

 時刻は夕方くらいだろうか。


 露店の通りだ。そこかしこで食い物が売っている。


 腹が減った。


 それもすさまじく。


 酒とコーヒーを飲んで腹はたぷたぷしているのだが、まったくメシを食べていないのだ、当たり前か。


 とりあえず目が覚めるまでこの変な街を見て回るのもいいかもしれないと歩き始めたのだが一向に夢から覚める気配が無い。


 腹が減った。

 なにか食べたい。

 しかし買おうにも金が無かった。


 手持ちの財布にはそこそこ現金が入っているのだが、どうも通貨が違うらしい。日本円はここでは使えない。


 ならばもう一度あの店、異界堂で換金して小銭を得るのもいいかも知れない。


 と、店に行ってみた。


 暖簾が無い。


 店は閉まっていた。


 なんてこった。 


 詰んだ。詰みである。



□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


 これからどうしよう。


 しかし腹が減った。


 それはもう腹のあたりがムカムカするくらいに腹が減っている。



 ふと考える。


 これは俺の夢なんだ。


 夢の中なんだから何をしたって構わないはずだ。

 だからそこら辺の食い物屋で食べ物を取って食べてしまってもいいはずだ。

 

 足が止まった。

 目の前の露店はパン屋だった。


 日本のケーキ屋のようにショーケースに入っているわけじゃない、八百屋や魚屋のようにパンが並んでいるスタイルだ。


 手を伸ばせばパンに手が届く。


 さすが異世界。なんだかわからない。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」


 俺がパンを眺めていると。店番をしている狼っぽい獣人の女の子がニコニコと笑顔を向けてくれた。

 同じ顔が二つ並んでいる。

 双子の店員か。


 ようし。やるぞ。やっちゃうぞ。


 並んでいるパンの中で一番美味そうな、分厚いハムととろけたチーズの飛び出したホットドッグ状のパンに手を伸ばす。


 伸ばす。……伸ばそうとしてその手を引っ込めた。


 ……。


 駄目だ。なんだか気がひける。たとえ夢の中だったとしてもだ。


 俺は万引きをしたことがない。当たり前だが。


 無銭飲食なんかやりたくない。


 武士は食わねど高楊枝なんて言葉もある。

 俺は武士じゃなくて原型師だが。


「そちらは当店のお勧めですよ。ハムとチーズのホットサンド。600エンです」

「肉汁がとってもジューシーでソースは異界産のレシピを使っています」


 ……やっぱりとっちゃおうかな。


「「今ならトッピングをオマケしてもいいですよ? どうですか?」」


 狼の獣人の双子がそろって俺の顔を見て笑顔を向けてくれた。


 駄目だ……通貨を手に入れなきゃ。


 それでまっとうに買おう。


 もう一度あの異界堂に行ってみるか。

 あるいは質屋を探して何かを買い取ってもらうのもいいかもしれない。


 俺が手を伸ばそうかと考えていたパンをむんずとつかむ大きな手があった。


 男の手だ。


 ガラの悪そうな男だった。

 男はパンを一口ほうばると、


「まずいな」


 と、吐き出して、パンも地面に放り出した。


 一瞬何が起きたのかわからなかったが、俺は次の瞬間「邪魔だ」と突き飛ばされていた。


 俺の視界も地面に転がる。


 目の前に落ちたパンがある。


 パンは男の足に踏みつけられた。


 俺の食べたかったパンが、美味そうなパンが、どろまみれでぐしゃぐしゃになっていた。


□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


 そこから先は異世界モノの小説とかアニメでよくある話だった。


 ガラの悪い男達が、店番の獣人の双子に詰め寄る。


 みかじめ料の払いが無いだの。

 そんなものを払うつもりが無いだの。

 そんなやりとりが繰り広げられている。


「誰に断って商売してるんだ?」

「営業許可証は取ってるわよ」

「わかんねぇやつだなオイ」

「わかんねぇのはどっちよ」

「姉さん。馬鹿に何を言っても無駄よ。何を言ってもわからないから馬鹿になるんだから」


 ガラの悪い男たちを前にして店番の女の子達は一歩も引かなかった。

 狼の毛並みを逆立てて牙を剥く。


 男たちと双子はにらみ合い一触即発という感じだ。

 

 通行人たちは面白そうな見世物を見るように遠巻きに輪になって眺めている。


 取り残されて地面に転がったままだった俺もその遠巻きの輪に逃げ込んだ。


「痛い目を見なきゃわかんねーようだな。おいあいつを連れてきな」


 ガラの悪い男たちは用心棒のロボットをひっぱりだしてきた。

 ムトーさんが連れていたような3メートル大のロボットだったが、全身にトゲトゲがついていて、いかにも凶悪なデザインだ。


「こいつはアーム工房の特級品で、今日卸したばかりのゴウレムだ」


「それがどうしたっての?」


 トゲトゲのついたロボットは巨大な腕を振りかぶると、パンの露店に振り下ろす。


 粉々になるパン屋。

 飛び散るパン。


「おっとすまねえ、なにせ使いたてなもんで、ちょっと運転を間違えちまった」


 笑い出す男たち。


 俺は心の狭い男だ。

 だから世の中は許せないことだらけだ。


 今特に許せないのは食べ物を粗末にする奴かな。


「腕を引っ込めるにはどうやるんだったかなぁ?」


 その時だ。突風が吹いたかと思うと、


 がつん。


 と、音を立てて、ロボットの右手が突然落ちた。


「なんだ?」


 続けて風が吹き左手が落ちる。


「なんだこれ?」


「おい、ちょっと待て、そいつは新品だぞ何壊してるんだッ!」


「待ってくれ俺は何もやってねえよ!」


 混乱する男達の目の前でロボットの頭が落ちた。


 続けて胴体がさいの目に切れる。


「なんだよこれ、なんなんだよ……」


 ふん。何が起きてるのかわかるまい。

 何せ見えない速さで疾風を動かしてロボットを切り刻んでるんだからな。


 さっき突き飛ばしてくれたお返しだ。


 そしてこれは、お前が踏み潰したパンの怒りだ。


 俺は疾風でちょっと前までロボットだった石片を持ち上げると、上空から男達の頭に順番に落としてやった。


「あがっ?!」

「ごっ?」

「べっ!?」


 かなりにぶい音がして男達が倒れる。


 ちょっと……やりすぎただろうか。


 まぁいいか。


 遠巻きに見ていたギャラリーたちは誰一人何が起きたのか分かっていないのかぽかんとしている。


 さて、スッキリしたところで、もう一度異界堂に行ってみるか。


 俺がきびすを返して、ギャラリーから離れたところで、声をかけられた。


「「待って!」」


 声の揃ったハミング。

 

「「助けてくれてありがとうお兄さん」」


 目の前に満面の笑みのパン屋の双子の狼が居た。

 

「え? ええ……?!」


 いつの間に前に居たんだ。


 俺が混乱しているのをよそに、俺の腹が盛大に、ぐぅと鳴った。


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