第47話 缶コーヒー
第47話 缶コーヒー
例えば海外旅行に出かけて「日本人じゃないですか?」なんて声をかけられたらどうおもうだろう?
俺は警戒するタイプだ。
客引きか何か、良い店があるんだけど一緒に来ない?
それでバカ高い料金を請求される。
まず詐欺を疑うね。
このまるで異世界にいるような夢の中でも何故かそうだった。夢だと分かっているつもりだったが。
橋の往来の中から現れた山男はあごの辺りをぽりぽりと掻いて続けた。
「ああ、いきなり話しかけちゃってすみませんね。悪かったかな?」
「いいえ」
俺の姿をまじまじと見る。
「その様子じゃ、こっちに来てすぐか、日が浅いのかな?」
こっちに来て? 何のことだ?
俺も山岳ジャケットのひげ男を見返した。
山男のような風貌。ビニールの買い物袋をさげている。
何の変哲も無い。
だが異様だと思ったのは、ひげ男の後ろに立っているものだった。
背後に3メートルほどのロボットが大きなダンボール箱を抱えて立っている。
控えているというか、使用人のようにしたがっているイメージを受けた。
俺の視線に気がついたのか山男もロボットを見た。
「今買い物帰りでね、これは荷物もちのゴウレムだ。僕が作った」
男の意図がわからない。念のため疾風をすぐに出せるように待機させる。
「ちょっといいかな?」
橋の通りの往来から、3メートルのロボットを従えて橋の欄干に近づいてくる。
男はロボットを呼び寄せると、ダンボールから缶コーヒーを取り出した。
「これ、どうぞ」
受け取る。わりとポピュラーな黄色い缶のコーヒーだった。
山男も缶コーヒーを開けると、欄干に寄りかかって話し始めた。
□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆
缶コーヒーを開けて飲む。
練乳入りでやたらと甘い。
「あなたもこっちに呼ばれてちょっと混乱してるでしょ?」
「ええ、まぁ」
「あ、ちょっとまってね」
男はポケットからメモ帳を取り出すと、なにやら走り書きをはじめ、ページを切り取ると名刺を渡すように差し出してきた。
「僕はこういうものです」
渡されたメモ帳の切れ端には、男の名前と住所が書かれていた。
武藤柔兵衛。スタジオアーム。
ムトーさん、スタジオアームか。不思議と見覚えのある名前だった。だが何故だか思い出せない。
どこで見たんだっけ。
「こっちに呼ばれる方だから、多分僕と同じ系統のお仕事をされてると思うんだけど、失礼ですが今どこかでお仕事を?」
「仕事ですか?」
原型師。そう答えていいのだろうか。今の俺は。
俺が答えに詰まっているとムトーさんはさらに続けた。
「その様子じゃ、こっちにきて本当にすぐなんだね。家は決まってる?」
「家?」
家? この夢の中に? 考えたことも無かった。
「まぁあんまり根掘り葉掘り聞いても失礼だよね。これ、僕のアトリエだから、興味があったら遊びに来てください。今はこっちで、ゴウレムを作る仕事をしてるんです。正直人手が足りなくてね。
よかったら向こうの世界、今の日本の話も聞きたいから」
「ああ。はぁ」
「それじゃ馬車を待たせてあるんで、今日はこの辺で」
ムトーさんは手を振ると、ロボットを従えて往来へと戻っていった。
去り際、ムトーさんの下げたビニール袋に書かれたロゴが見えた。
『異世界マート異界堂』
その袋から飛び出した特徴的なプラモのパッケージを俺が見間違えるはずは無い。
ミセリコルデ。150万円。
この人が買っていたのか。




