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第44話 シズルとマズル

 シズルとマズルは双子の姉妹だ。年はまもなく17になる。


 姉は銀色、妹は黒い毛並みのオオカミの獣人であるが人間の血が濃く出たらしく、頭の耳と尻尾を上手く隠せば少々毛深い田舎娘を装うことができる。


 幸い獣人族が虐げられていた時代は、2人が生まれるずっと昔に、異界人達のこの世界への来訪をきっかけに終わってはいたが……。


 2人の母はその世界ではそこそこ知られた傭兵であり、冒険者であり、魔法鎧の使い手であった。


 物心つくと父親は居なかった。

 獣人という種にとってそれは珍しいことではない。今では夫婦となり、家庭を作る獣人も増えたが、基本はつがいを作らない。

 

 ヒトではなく動物に近いもの。


 けものの力を併せ持つ兵士として作られた存在。獣人は、はるか古代に戦闘用の魔導生物として人工的に生み出されたと伝えられている。そのため獣人には女しか生まれず、また耳も4つあるのだと。


 母は幼いシズルとマズルを連れ、世界を旅して回った。


 人付き合いの苦手な母は、ひとつの場所に留まるのを嫌った。そして手っ取り早く稼げるのがいいからと、金払いの良い魔獣退治の依頼を求めて、大陸を西から東へ歩き続けたものだ。


 魔法鎧「三つ顎」を着た母が、大懸賞金の掛かった名前付きのワイバーンを狩った光景は今でも鮮明に思い出せる。獲物の首を掲げて依頼者の村へ凱旋した時の地うねりのような歓声と、叫ばれる母親の名。


 誰よりも強い母。憧れの存在。その背中を見て育った姉妹は、自然とその技を見よう見まねで覚え、いつしか陽動役として母と狩人の群れを組むようになった。


 姉妹が狩人として腕に覚えを感じた頃、それは起きた。


 本来であればオトリ役である姉妹が、獲物の正面に立ちはだかった。

 自分たちもあの母のように!


 何度も魔獣を屠るのを手伝った! シズルとマズルならばやれるはずだ!


 だがそれが実力を客観視できなかった思い上がりであったことをすぐに気づかされた。

 

 討伐対象の魔獣、ポワゾンカッツェは倒せた。


 姉妹をかばいながら。そう、魔法鎧「三つ顎」を解除し、「三つ顎」をビーストモードで姉妹の守りにつけて、生身で戦った母の犠牲とともに。


 ポワゾンカッツェは牙と爪に毒を持つ猫の魔獣だった。


 母親は、ひと月ほどでベッドから起き上がれない体になった。


□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆


 自分の体が動かなくなることを予期した母は姉妹を連れてこの島に移住した。


 そしてこのベルニア、今はデニアと呼ばれているこの町に家を買い、家族3人で暮らしている。


 母の病状は小康状態が続いている。これ以上悪くはならないが、これ以上良くもならない。

 血清さえあればいいのだが、超高額以前に市場に出回らない代物だった。ポワゾンカッツェの毒は生きている状態でしか作用しない。生き血を抜いて精製しなければ血清は作れなかった。

 加えて非常に珍しいこの魔獣は滅多に現れないのだ。


 母親は寝たきりではあったが、相変わらず快活で「今まで働きづめだったんだからモラトリアムを楽しませてもらっている」とまで言い切った。


 シズルとマズルはパン屋で働き、たまに私塾にも通っている。

今日は休みなので2人で薬草を詰みに来たところだ。


 この丘の上は薬草が群生している。

 あまり知られていない穴場だ。

 

 丘の上には貴族の屋敷があり、そこに植えられた薬草が丘を覆っていったらしい。


 薬草取りの一番の目的は母の治療の為だが、余剰分は薬屋に買い取ってもらっている。

 これが生活の足しになり、2人が貯めている血清を買うための貯金になる。


 以前に薬草を取っていて屋敷の人間であろう若い娘と鉢合わせたことがあった。


 屋敷の娘は2人が新芽には手をつけていなかったのを見ると、


「大事にしてくれるならいいわ」


 と、帰っていった。


「あの人は軍人ね」

 とシズル。


「何食べたらあんなふうになれるのかな」

 とマズル。


「邪魔なだけよ、脂肪の塊だから」


「……」


「……」


 そんな会話をしたなと、シズルはふと思い出していた。丘の上の屋敷の人たちは皆良い人だった。

 夏の日。急な雨に降られたときなど、ずぶ濡れでは風邪をひくからと、自分たちと同じくらいの年の女の子が屋敷に招き入れてくれたことがある。

 背の高い、体のいろんな部分がパンパンになったメイドが入れてくれたお茶がとにかく美味しかった。


「今日はもう、こんなところじゃない?」

 と、シズル。


 だが、マズルは答えずに屋敷の方を見て唖然としていた。


「どうしたの?」


「あれを見てよシズル」


 丘の上の貴族の屋敷。


 その屋敷の上に、荷車くらいの大きさの木の枝が浮かんでいた。


 獣人の目でよく見れば、木の枝に男が乗っているのがわかった。


「なにあれ」


「さぁ?」


 貴族のやることはわからない。


「俺は自由だあああああああああああああーッ!!」


 男を乗せた木の枝は急加速すると、姉妹の頭上を飛び越えてデニアの町へと飛び去っていった。


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