第38話 疾風、再起動
夜8時過ぎ。
消灯時間は9時なのであと少しでテレビがつけられなくなる。
夜は寝るものなんだな……。
人間として、生き物として、当たり前のことを思い出した。
夕方に会社の役員の一人が様子を見にやってきたので、しばらく会社に出れない旨を伝えた。
ブラック企業に休職という制度はなく、日給月給制なので休んだ分月給から減らされるそうだ。
あー。
現実から逃れたい。
今日は検査や診察や食事の時以外はお気に入りの投稿サイトで異世界ものの投稿小説を読んで過ごした。
アメフェス当日に読んでいたのは更新分まで読み終えたので別のものを。
異世界に転移してそこで農家を始める小説を読み出したのだが、面白い。森を切り開いて家を作っていく描写はサバイバルだったが、そこから住民が増え村を広げていく様子はのんびりとした気分に浸れるものだった。大きな犬がたくさん飼えたらそれだけで楽しいしな。この作家の手にかかれば巨大な蜘蛛ですら愛すべき家族に思えるように読めてしまう。
しかし困ったのが続きが気になること。
もうじき消灯時間だ。9時以降明かりを付けるのは禁止されているのだが、スマホの最小明度の明かりなら……過ぎても布団を被って読めば怒られないだろう……。
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気がつくと眼鏡エロBBAメイドことメイド長の顔が眼前にあった。
まるで寝ていて目が覚めたような感覚だが、これは例の夢の続きを見始めたようだ。
メイド長は俺の顔に当てられた貼り薬の交換をしてくれているらしい。ミントと唐辛子っぽい匂い。ジェル状の何かの感触がした。
あとで聞いたが、薬草とスライムを潰したものだそうだ……。
「ここはひざまくらでやるところだろ……」
「ん……? 今何か言いましたか? ……肘鉄が欲しいとか?」
冗談じゃない。このBBAはゴリラを小指で(中略)せるパワー系なんだ。今度こそ顔が陥没してしまう。
「指の感触で満足します」
エルボーがみぞおちに刺さった……。
……普通自分が手当てしている怪我人にするか?
おー……。
あー……。
メイド長は出て行った。
出て行くとき見たけどケツもすごいな……。
……前回続き物の夢にびっくりしたし、夢の中で眠って起きたら夢なんてことがあった。
正直この夢を見るのは怖くもあったのだが、今回はちょっと試したいことがあった。
なので、ちょっとワクワクしていたりする。
わーい! 今日のご飯は草の浮いたスープか。
メインディッシュは小ぶりのじゃがいも(っぽいいも?)を蒸したやつ。
虐待か?
まだ病院食のほうが豪華じゃないか。
まぁ……味は悪くない……。
メイド長が出て行って10分ほど待つ。
よーし。
近づいてくる足音がないかを気にしながら、俺はとある実験をはじめた。
それは再び疾風を動かすこと。
意識を集中する。以前見た夢だ。疾風を動かしていた時のことを思い出すんだ。
体のどこかにコブがある感覚がした。
そのコブに意識を集中すると、小さな体が広がる感じがする。疾風の体だ。
アクセスというか、疾風と繋がる過程を表現するとそんな感じだ。
頭はひとつなのに、体と視界は2つある。そんな不思議な感覚。
この感じ。
頭部を外されていた疾風はこっちでも元にもどせたようだ。
あのおっぱい御前様が頭のパーツを外した時には何度やってもリンクできなかったんだが、今は自然とつながりが出来ている……。
あのおっぱいが何故パーツを外したのかなんとなくわかった。
しかし、現実と夢がリンクしている……?
いや、夢は起きてる間に体験したことを寝ている間に脳が整理する行為だと聞いている。
起きている時に疾風の頭を押し込んで直したと記憶すれば、直しを終えた状態の夢を見たって不思議じゃない……。
……きっとそうだ。
そうしておこう。
さて、疾風=俺の視界は真っ暗だ。圧迫感もある。
なにか、箱のようなものに入れられているな……。
無理やり破壊して飛び出してもいいんだが……、とりあえず穏便にやってみるか。
箱の天井を持ち上げると簡単に外れた。
外に出るとまだ暗いが、一本の光の線が縦に伸びている。
想像するに観音開きの棚かたんすの中か……。
ふわりと浮きながら、光の先を見る。
部屋が見えたが……誰も居ない。
扉の中心に手をかけ、慎重に押した。
開いた……。
ようし、ひとまず疾風は脱出成功……、
なんだこの部屋……?。




