第36話 カラスマ、怒る。
以前見た夢の続きを見ることがある。
それ自体は特に珍しいことじゃないみたいだ。夢占いの本やサイトでもそういう時はどうのこうのという心理状態だからという解説がある。
入院初日の晩。手続きやら検査やらなにやらが忙しく過ぎて、今朝から昼間にかけて寝たにも関わらず(倒れて意識不明になるのは寝るとは言わないか……)、消灯時間に俺はぐっすりと眠ることができた。もともと睡眠不足が溜まってたんだろな。
その晩、俺は夢を見た。
薄暗い場所だった。空気が澱んでいる。
俺は堅いベッドに寝ていた。両手両足が鎖でベッドに繋がれていて、パンツ一丁だった。
鉄格子が見える。牢屋かここは?
なんだろう。ここが夢の中だと不思議と分かった。
病院で点滴のチューブや尿道カテーテルに繋がれて不自由な思いをしているっていうのに、夢の中でまで勘弁して欲しい。いや、現実でチューブやらなにやらに繋がれてるから、鎖に繋がれた夢を見たのかな?
鉄格子の向こうにある扉が開いた。
「あー……?!」
入ってきた連中を見て、俺は思わず声を上げる。
メイド長と、虎っぽい獣人と、ダークエルフ……。朝に見た夢の登場人物達……。
メイド長はクラシックなロングスカートのメイド服を着ている。虎っぽい獣人は確かハウといったか。ダークエルフはルナリアだな。質素なドレスの上に俺が預けた白いサマーセーターを羽織っている。
「よかった……やっとお目覚めになられたんですね」
ルナリアが心配そうに鉄格子に貼り付いてくる。
「メイド長、鍵を開けてください。中に入ってお話を」
「いけません」
「でも……」
「お嬢様が何をされるかわかりませんから」
「わからん」
「ハウ、お嬢様を」
けものがルナリアの肩をつかんで、鉄格子からひきはがす。
「あー」
とルナリア。
それはいいとして……とにかくだ。
「なぁ、なんでこう(鎖をがちゃがちゃする)なってるんだ?」
「また御前様の胸を揉まれてはかないませんので」
「あれは完全に同意の上だろう。本人も揉めって言ったし」
召喚の対価ってやつだ。
ん? 召喚の対価って何だ? まるで消費税やエスカレーターは右側を開けろだののように、召喚の対価を要求できて当然だ……という考えが俺の頭の中に刷り込まれてる……。
「……とにかく同意の上だった」
「同意の上でも『限度』というものがあります。あんな……」
「あんな?」
そういえば一人足りないな、あれ? おっぱいはどうした?
「……」
ぎぃ。とドアが鳴る。
どす黒く澱んだドブ川を思わせる、光点の消えた病んだ目。
それが、わずかに空いたドアからこちらを伺うよう見ている。
俺が気づいたのを察したのか、
『目を合わせるのも嫌』
という風にドアがばたんと閉まった。
「……とにかく、捨てずに拾ってきて介抱しただけでもありがたく思いなさい」
「介抱ってなんだよ……。俺は(中略)をつぶされそうになった挙句、顔面を踏み潰されたんだぞ。医者の診断もひどいもんだった……」
コンビニにつっこんだハイブリッド車の運転手が、どうだ? 粉々にした自動ドアもガラスも直してやったぞ感謝しろって言ってるのと同じじゃないか。
「とりあえず、これ(鎖ガチャガチャ)、外してくれないか?」
「駄目に決まっているでしょう」
「おしっこ」
「……ああ」
「漏れそうなんだけど。そういうプレイをお望みなら……」
(中略)
メイド長の腕力は相当なもので、繋がれた鎖を簡単に引きちぎってしまった。その様子を直接見せられて抵抗しようなどという気持ちは消え失せる。
だが、右足の鎖は外してくれない。
トイレは部屋の隅にそれっぽいくぼみがあって、そこでやる仕様のようだ。ついたてとか無い。
ベッドからトイレまで鎖がギリギリのびた。
(中略)
「ふぅ」
ハウがルナリアの目を隠しているので、終わった旨を伝えてやる。
顔には包帯が当てられシップのようなものが貼られているようだ。すりつぶされた草の感触とにおいがした。
とりあえずベッドに腰掛けて、メイド長たちに向き直った。
鎖ががちゃがちゃと重くてうるさい。こんな鎖、疾風が居れば一瞬で切れるのに……。
今は疾風が居ない。
居ればこんなことには……。
あれ?
あの夢の続きで登場人物も皆同じで揃っていて、
なんで疾風だけ居ないんだ?
鉄格子の向こう側にはテーブルが見える。そこには俺の着ていた服が綺麗に畳まれて置かれているほか、タブレットや充電池といったバッグの中身が並べられている。
窃盗とか密輸事件のニュースでよくある、捜査で出てきた押収物が並べられている光景を思い出す。
そこに疾風は無かった。
アメフェス会場で見た夢では、疾風は俺の体の一部のようにつながって認識できたのに……。
目の前のメイド長を見た。
「なぁ、メイド長さん。俺の疾風を知らないか? 俺が飛ばしていた女の子の『人形』なんだけど。メイド長さんの足と押し合いをしていたやつだ」
俺はわかりやすいように言葉を選んで話す。
「……」
メイド長は答えない。
「あれは俺にとって大切なものなんだ」
俺はもう二度と作ることが出来ない。いや一番調子が良かったときですら、同じものをもうひとつ作れと言われても出来るものじゃない。
「まさかあそこに置いてきたのか?」
夢の中とはいえ、何だか現実の出来事のようにあの作品を失うのに忌避感があった。
「頼む、どうしたのか教えてくれ! あれは俺にとって大事な物で……!」
「……」
ぎぃ、と重くきしんだ音がして、鉄格子の向こうの扉が開いた。
おっぱいが立っていた。
「御前様、ご無理をなさらず」
「構わん、異界人殿への最低限の義務は果たしたい……」
御前様は、間に入ろうとしたメイド長を退けた。
「異界人カラスマよ」
改まった顔で、俺に近づいてくる。御前様は持っていた剣を腰に下げ、その代わりにトレイを抱えていた。
トレイの上に載っていたのは……。
がつんっ! がつんっ! がつっ!
大きな音がしてびっくりした。
なんの音だろう。そう思うと俺の両手がにぶく痛んだ。
俺は脳で認識するより前に鉄格子をなぐりつけていたらしい。
ルナリアがおびえた顔で俺を見ていた。
御前様と俺の間に、すぅ、と、メイド長とハウが立っていた。
まるで壁をつくるように。
「はやて、という名前だったか? このゴウレムと、貴殿の力はあまりにも、あまりにも強すぎるのだ」
トレイの上には疾風が載っていた。
だが、その頭部パーツが胴体から取り外されている。
目を凝らして、もう一度トレイの上を見る。
単にポリキャップから、頭のジョイントをとりはずしただけのようだ。ようだが……。
「ふざけるな!」
「……」
「そいつは、俺の大事なものなんだ! 勝手に触るな! 首の軸が折れて壊れたらどうするんだ!!!」
叫び終えて、
女に吐いていい言葉とか、男がとっていい態度じゃないよなと、もう一人の俺が見ている気がした。
所詮はおもちゃなんだ。疾風は。
軸のパーツだって交換が利く。
いや、夢の中でアフターパーツの取り寄せってできるんだろうか?
「すまない」
御前様が言った。
「考えてもこれ以上の対処法が見つからなかったのだ」
その会合はそれでお開きになった。
疾風は確かにあそこにあったのに、動かせなかったのは何故なんだ……。
頭のパーツが外れていたからか?
それ以外に考えられない……。というか直感でそんな気がする。
あいつは疾風を起動させないために頭部パーツを外したんだろうか……。
……。
まぁいいさ、こんな変な夢。どうせすぐに覚める。
俺は掛け布団のつもりなのか、薄い布を被って寝ることにした。
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俺は確かに眠った。
そして目が覚めた。
目が覚めるとそこは、牢屋の中だった。
なんだろう。
夢の中で眠りについて、そしてさらに夢の中で目が覚めるっていうのは。
夢から覚めた夢を見る。
こんなことってありえるんだろうか?
メイド長の持ってきた豆と葉っぱの浮いたシチューをかっ込みながら、考える。
囚人か俺は。
ひどい飯だ。
俺はもう一度眠ることにした。
頼むぞ! 次は目が覚めてくれ!!!!!
50ブックマーク誠にありがとうございました。
更新できる時とそうでない時の落差が激しく、なかなか書けなかったのですが、
自分が書きたくて始めたシーンまでは書き続けようと思っておりますので
更新が不安定になると思いますが、よろしくお願いいたします。




