第16話 血の雨のハウジャガー
時は数分さかのぼる。
ゲートキーパーを先導していたハウは、自分達と並走している殺気を察知した。
いつの間にか自分達にぴったりとくっついて10メートル横を走っている。
ここまで綺麗に殺気を殺せるものか……。
殺気が鋭さを増し、スピードを上げて主人であるゲートキーパーに迫った。
影が飛びかかってくる。
ハウはそれを撃ち落とすべく、横へ飛んだ。
待ち伏せをしていたデン侯爵のホワイトナイトが、ゲートキーパーに不意打ちをかけるのは、その数秒後の事だ。
襲った影、迎え撃った影、2つの影はもみ合いとなり、数度拳と蹴りを交えて、ぶつかり合うクラッカーのようにはじきあう。
相手の放った突きをハウが絡めて背負い投げとばす。それを機に2人の拳客は距離をとった。
ハウと対峙していた影、それはハウと同じ獣人の女であった。
「アタイも悪党の用心棒なんてやくざなものをやって、日銭で酒を飲む。そんな楽しみしかない、ドブみたいな今になっちまったけどよ……」
白い毛並みに、虎縞の獣人。この女、名前をシ・ビャッコという。
「どうにも巡り合わせってのはあるもんだねぇ。こんな所で昔の顔に会うとはさ。……しかもアタイの獲物としてだ!!」
野性味あふれる美貌の持ち主だが額から頬にかけて大きな傷がある。
「お前、血の雨のハウジャガーだな」
血の雨。かつてハウが帝国軍の師団長を務めていた頃につけられていたあだ名だった。
「全然わからん」
「とぼけても無駄だ。アタイはあんたをこの目で見てる。あの宮殿、刃の広間でね」
「わからん」
「アタイは暗殺部隊にいたんだ。見間違えるものかよ」
「さっぱりわからん」
「じゃあ、アタイがわかるようにしてやるよ……出てきな禍爪!」
すとん。
まるでその場に突然現れたかのように、一匹の虎がシ・ビャッコの隣りに座っていた。
その体は乳白色の半透明の物質で出来ている、虎型のゴウレムだった。
「魔法鎧!」
半透明の虎型ゴウレムが、シ・ビャッコの背中にとびかかる。
頭からかぶりつくように、シ・ビャッコに噛みつくと、それはシ・ビャッコの頭を覆う虎の顔型の兜になった。
同様に虎のツメは巨大な手甲に、胴体と脚は、シ・ビャッコの胸と腹、両足を守る鎧に変化した。
「アタイら暗殺部隊は元来、表に出ない。クソみてーな汚れ仕事さ。でも、正規軍が総崩れになったせいで、表に引っ張り出されちまった。普段はひかげの仕事しかさせないくせに、困るとああだ。おかげで仲間はたくさん死んだ」
ツメを振りおろす。
空気が切れ、衝撃波となって、ハウに迫った。
それはハウの頬すれすれをかすめた……。
つぅと、ハウの頬から血が流れる。
「王国軍が後宮まで迫った時だ。あんたはあの場所の守りを任されていたはずだ師団長殿。……だが、あんたはあそこに居なかった」
「……」
「許せるか……いや許さねえ。臆病者め。日蔭者のアタイらに死地を押しつけて逃げやがった」
「……」
「なにかあるかい?」
「わからん」
「そうかい……」
ハウの背後にも、いつの間にか猛獣の影があった。
それは、噴き出たばかりの血のように赤い、赤いジャガー型のゴウレムだった。
「まほう」
ハウもまた。赤いジャガーのゴウレムを鎧に変えて装備する。
ジャガーの頭型の兜に、長いツメの生えた巨大な手甲。真っ赤な鎧姿。
「アタイは禍爪のシ・ビャッコ」
巨大な手甲をハウの顔に向けてつき出した。
「アタイの名前を覚える必要はないよ。この場であんたは消えるんだから」
「わからん」
赤と白。二つの影が再び交差した。




