第156話 捕食
大変お待たせしました。連休中に何回か更新できたらいいなと思っています!
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第156話 捕食
ガーネットが12歳の夏の日だった。
大好きな父と、4歳になった妹と、メイド長と、ハウ。屋敷の家族で連れ立って領地にある高原に遊びに出かけた。
高原から見える海はとても青く澄んでいた。
父の駆るゴウレムの背に乗って、ガーネットは幼い妹と共に高原を駆け抜けた。
むせるような草の青い匂い。刺すような太陽光。それらを吹き飛ばしていく涼やかな風。
あの夏の景色は未だに忘れることができない。
メイド長の作ってくれたお弁当が美味しくて、父や妹と見る海がまぶしくて、ガーネットはこの時間をどうしても夕方で終わらせたくなかった。
そして普段は決して言わないわがままを言った。
「嫌、私、帰りたくない! お父様とルナリアとメイド長とハウと、皆で一緒にまだここにいたいの! 見てお父様! 一番星よ! きっと、きっと夜空はもっとすごくきれいよ!」
自分の願いは叶えられ、その晩、その高原に野宿することになったんだと、ガーネットは思い出す。
焚き火を囲みながら、父に抱えられ、ガーネットは、幼いルナリアと一緒に、3つの月と星の運河を夜が明けるまで飽きることなく見ていた。
見上げる夜空。シルクのような星の川が、黒くあるはずの天球を銀色に濁らせて照らしていた。
あの日に見た夜空。
<ぐるるるるるるるるるるぅぅぅぅ。ぶしゅるるるるるるる……>
夜空。
それが今、ガーネットの目の前にあった。
<ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
巨体を震わせ、3つの頭を持つ狼ゴウレムが、叫び声を上げる!
膨れ上がった銀と黒の巨体。その肌は、銀河のように星の光芒と宇宙の闇がないまぜになったような色をしていた。
透き通る巨体、渦巻く星々のその奥に、シズルとマズルの体が浮いている。
双子の鮮やかな銀髪と濡れた黒髪は、その色をゴウレムに吸い取られ今は白く褪せ始めている。
焦点を失った瞳は、血の涙を流す。
流れた赤い涙が、ゴウレムの体を内側から赤くにごらせていた。
双子の顔は苦悶に満ちていた。
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<ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
ひぃぃぃ。びっくりした。
ガーネットとルナリアの目の前で、3つの頭を持つでかい狼のゴウレム。ケルベロスが大声で吼えたのだ。
びりびり空気が震える。
「ひぇッ……」
と、アルタの声。
俺の後ろでばたばたと何かが倒れる音がした。
人だ。
後ろを振り返ると、コロシアムに詰めかけた観客達が、ばたばたと倒れている。
さすがに、リングマスターの連中は大丈夫……。
アルタと、ソードマンロコリコと、パニッシュメントが泡を吹いて倒れていた……。
無理も無い、あれ、すごい怖い声だもの。
<るろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
ケルベロスが再び、遠吠えを上げた。
あっ……。フィッシャーの奴が気絶して倒れた。
3つの首がそれぞれ別々の声を上げ、大ボリュームの不協和音がコロシアムに響く。
そのたびに、どんどん観客が倒れていく。
スタンバッシュ? だっけ? 精神攻撃だかなんだか、そういうのがファンタジーのゲームであったな……。
ケルベロスの体はまるで宇宙で出来ているみたいに黒とキラキラのマーブルで出来ている。
きれいだけど。
きれいだけど、邪悪な感じがする。
「なんてきれいで、醜い、ゴウレムなんだろ……」
思考が、俺が頭で考えてたことが自然と俺の口から出ていた。
「ぐ……うう……」
俺のすぐ横で、ムトーさんがうつむき、手すりを力一杯握り締めていた。
ケルベロスの3つの頭、6つの目がギンと、光った!
身構えるルナリア。
ガーネット!?
ガーネットは。
ぺたりと、床にすわりこんじゃってる!
「立て! ガーネット! しっかりしろ!」
叫ぶ俺! ガーネットに届け!
「あ……ああ……」
呆然としているガーネット。
「ガーネット立てーーーーーーーーーー!!!」
やばい、ケルベロスが動く!
ガーネット、ガーネット!!!
動き出したケルベロスは……!
!
観客席に向かって突っ込んだ!!!
俺と対面の観客席。エンプレスとハングドマンが居る場所。
そこに向かって、3つのあごの牙をむきだしにして、どんと、突っ込むケルベロス。
見えない壁にぶちあたって、ケルベロスが空中に張り付いた。
見えない壁。
確かジャッジが魔力障壁ってバリアを張ってるんだったなここ。
その見えない壁。
その見えない壁にヒビが入った。
ケルベロスがぶつかった場所。
その場所に、空中に、くもの巣みたいな、ヒビが走っている。
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「おお、こわ……」
と、ハングドマン。
目の前の魔力障壁。秘密結社の同志である高位の魔術師によって張られた誰にも破られないはずのその壁が破壊されかけている。
「調整に失敗したなエンプレス、完全に暴走してるじゃねぇか……。俺が負かされた時より化け物になってやがる……どうすんだよ?」
「われはクライアントの望みを叶えただけじゃ。あの異界人を葬れる怪物を作れとな。望みどおりであろう? あとは知らぬよ……」
「けっ……」
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<ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
ぼこぼことケルベロスの体があわ立つのが見えた。
「うううう……」
「ああああ……」
ケルベロスの中のシズルとマズルが……。あの双子が、胸の辺りをかきむしって苦しむのが見えた。
エネルギーを……体から? 何かを吸い上げてるのか!?
ケルベロスの3つの頭。そのあごが真っ赤に発光する!
口の中にビームを溜めて……、
コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーッ!
3つの口がそれを吐き出した。
ひび割れた見えない壁、バリアにぶつかる3つのビーム。
それが一本の線に収束し!
ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーッ!
レーザーカッターのすごいやつみたいになって、ひび割れをえぐろうとする。
だが、そのレーザーの前に、かさぶたみたいに魔方陣が現れ、レーザーを堰き止める。
ジャッジの奴の魔法だろうか?
ケルベロスはビームを吐き終える。
黒焦げになった魔方陣が掻き消える。
<ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
ケルベロスが再び吼えた。
ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーッ!
収束ビームを吐き出すケルベロス。
今度はそのビームが、観客席の天幕のあたり。
王様が居る席の近くに向かって発射される。
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コォォッ!
赤い光条が、ビームが老公爵の目の前に着弾する!
揺れる観客席。
「ひぃぃぃぃ!」
狼狽して叫び声を上げる老公爵。
だが、ビームは見えない壁=魔力障壁によって阻まれる。
阻まれるのだが、ビームを受けた見えない壁が融解を始め、空中が溶けたガラスの様に赤熱して歪みはじめる。
「うわあああああああああああああ……! あああああ……!」
恐慌状態に陥る老公爵。
「モーメント! ちょっと待っててくれ」
ジャッジ・ザ・マスターが、老公爵の前に立った。
両手で印を組むジャッジ。
ビームの着弾点の前に盾のように魔方陣が現れ、ビームを受け止める。
だが、その魔方陣もすぐさま焼ききられた。
「シット! 対処療法じゃどうにもならんか!」
「支配人、このままではアリーナに被害が!」
と、ハーミット。
「OK……俺のアリーナを舐めるなよ……次元を分離するまでだ……」
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!
俺の目の前、ガーネットとルナリア、ケルベロスの居るリングの周囲。
その周囲が、リングの際に溝ができるように円形に光り始める。
リングの周囲の空間、地中、空中、それらの際が輝きだし、球形に丸く切り取られる。
リングが周囲の空間ごと、金魚鉢みたいに切り取られて、空中に浮かんだ。
<ぐるおおおおおおおおおーッ!>
発射されるケルベロスの赤いビーム。
そのビームが、球体を飛び越えた部分で消失する。まるでどこかに消えたみたいだ。
空中に浮かぶリングの金魚鉢。
ガーネットとルナリアは、ケルベロスと一緒に中に閉じ込められている。
あれじゃあまるで檻じゃないか……。
<ぐるるるるる……>
ビームを外に撃っても意味が無いことを悟ったのか、ケルベロスが外を見るのをやめた。
「シズル、マズルよ! お前達の敵は我らではあるまい? 思い出せ! そこにいる女男爵どもよじゃ」
エンプレスの声が聞こえる。
余計なことを言うなロリババァ!!
<ぐるるるるる……>
ケルベロスが、リングの中央に向き直る。
ガーネットとルナリアをその6つの目が捕らえたのがわかった……。
ケルベロスの体の宇宙がふつふつと沸く。
中のシズルとマズルが、のどの辺りをかきむしった。
「ガーネット! ルナリア! 来るぞ! 気をつけろッ!!!」
叫ぶ俺。
「……。……」
だが、ガーネットはぺたりと床に座り込んだままだ。
「ガーネット! ……ルナリア! ガーネットを守れ!」
「はいッ!」
座り込むガーネットの前に立ち、ケルベロスから守るルナリア。
「お姉さま、しっかりしてください!」
「……ルナリア。あの星空を覚えてる? あなたと、お父様と見たの。あの夏の高原で。綺麗だったわ……綺麗だったわね……」
「お姉さま!?」
<ぐるおおおおおおおおおーッ!>
ケルベロスが吼えた。
巨体を震わせ、跳び上がるケルベロス。
空中に浮かぶ球体リングが揺れた。
ガーネットとルナリア目掛けて飛び掛ってくるケルベロス!
「魔力経路エンゲージ!」
ルナリアの手の上で、ちぃネットが発光する!
「ちぃネット、四式戦装甲!」
ちぃネットが輝き、その光に吸い寄せられるように、四式戦装甲のパーツが、一瞬で装着されていく!
「リンクアップ!」
<ぐるおおおおおおおおおーッ!>
「ちぃネット!」
ぎいいいいいいいいん!
ケルベロスの前足のかぎ爪と、ちぃネットの構えた二刀流の日本刀が激突する!
ケルベロスの巨体。10トンを超えるであろうその超重量をちぃネットが受け止め、受け止めきれずに押し出される!
「くぅ!」
叫ぶルナリア。
<ぐるおおおおおおおおおーッ!>
「負けません! 魔導エンジン全開! チェストッ……!」
ちぃネットの体が、2本の日本刀を構えたまま回転をはじめ……、
「チェストバスタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」
1つの竜巻になった!
あれは俺の必殺技じゃないか!
<ぎゃおおおおおおおおおおおおおーッ!>
竜巻になったちぃネットが、ケルベロスの腹にぶち当たる。
ドリルと化したちぃネットは、ケルベロスの体を掘り進む。
……はずだが、ケルベロスの体は削るたびに、まるで雲か霞のような黒いもやが飛び散るだけだ。
ちぃネットは、ケルベロスのもやを撒き散らすだけで、体の中に浸入できずにいる……。
<ぐるおおおおおおおおおーッ!>
発光するケルベロス。
「うううーッ!」
「あああーッ!」
中に浮かんだシズルと、マズルが、苦悶の叫びを上げた。
もやを撒き散らすケルベロス。
だが、その体が内部から膨れあがり、ちぃネットが穿っていた傷がすぐさま元に戻る。
再生能力? そんなものまであるのか!?
「必殺! 左捻りこみ・斬! チェストオオオオオオオオーッ!!」
ルナリアの気合と共に、ちぃネットの必殺技が飛ぶ!
だが、びくともしないケルベロス!
「必殺! 木の葉落とし・斬 チェストオオオオオオオオーッ!!」
「必殺! 螺旋飛行・斬! チェストオオオオオオオオーッ!!」
「エーテル体オーバーフローッ! インペリアルシザース!」
必殺技の乱打、乱打、乱打! だが、ケルベロスは……、
<ぐるるるるるるるッ>
びくともしない。不敵に笑っているかのようにさえ見えてくる。
「ルナリア! お前の体が持たなくなる! 体勢を整えろ!」
「いいえカラスマ様!」
「!?」
「シズルさんとマズルさんを!」
中に浮かんだシズルと、マズルが、苦しそうにもがいている。
「早くあそこから出してあげなきゃ! ユグドラシルを照らす曙光ッ!!!!」
熱線を体から出すちぃネット!
熱線はケルベロスの肌を焼く! だが、ケルベロスは何も感じていないかのように微動だにしない……ばかりか……。
<ぐららららーッ>
ケルベロスの中央の口。その口が、熱線を受け止め……食べ始めた。
「なあッ!?」
ケルベロスは、熱線を食べながらちぃネットに近づき、
<がぶっ!!>
ちぃネットが、食われた。
「ちぃネット!」
ちぃネットの体が、ケルベロスの透けた黒と銀の体の中に浮いていた。
「お姉さま……」
背後のガーネットを見るルナリア。
「……」
ガーネットはまだ呆けたまま、地面にぺたりと座っている。
「ちぃネット! うわあああああああああああああああああああーッ!!」
叫ぶルナリア。
「わあああああああああああああああああああああーッ」
そのまま、羽うさぎの夫婦の空中浮遊で空を走り出し、
<ごば……>
ケルベロスの口の中に飛び込んだ。
「ルナリアッ?!」
叫ぶ俺。
「ルナリア?」
妹が怪物の口の中に飛び込む。その光景を見ていたのか、ガーネットはようやく気がついたようだ。
「ルナリアーッ!」
叫ぶ俺。
なんて無茶をしたんだ!
ルナリアはケルベロスの中に浮いている。
その手が同じく、ケルベロスの中に浮くちぃネットを掴む。
ルナリアは、ちぃネットを掴み、そのままケルベロスの外へと投げた。
ケルベロスの口から、飛び出すちぃネット。
座り込むガーネットの前にちぃネットはホバリングし……。
ルナリアがケルベロスの中から、こっちに、俺に、ガーネットに微笑み掛けるのが見えた。
<ぐるおおおおおおおおおーッ!>
発光するケルベロス。
ルナリアの周囲がごぼごぼとあわ立ちはじめ、ルナリアが、ルナリアの体が動かなくなるのが見えた。
「ルナリアッ!!」
ガーネットの目の前に浮いていたちぃネットが、ことりと地面に落下した。
ルナリアの体から、何か、銀色のオーラみたいなものが、ケルベロスの体に取り込まれていくのが見えた……。
ふつふつと体を沸き出させるケルベロス。
「ルナリアーッ!!!!」
叫ぶガーネット。
ルナリアの魔力を吸収し、ケルベロスの体が、さらに倍の大きさに膨れ上がった。
□□□□■□□□□◆□□□□■□□□□◆
「ああ……」
と、観客席の手すりを握り締めるムトーさん。
「ああ、僕は、なんてことを……、なんてものを……」
俺のすぐ隣で、ムトーさんが両膝をついた……。
拙作はいかがだったでしょうか?
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