第155話 三つ顎
第155話 三つ顎
光が晴れた。
「一体……一体どうなった……!?」
「カラスマさま!」
「カラスマ!」
上空から声がする。
ルナリアとガーネットだ。
ルナリアがガーネットを背負いながら、空中を一歩一歩踏みしめて降りてくるのが見えた。
「お前ら! 無事か!?」
「はい!」
「なんとかね……」
リングの上に目をやる。
シズルとマズルが倒れているのが見えた。
仰向けに倒れた双子の上に、ちぃネットサジタリアが乗っている。
鎖骨の間あたりに、槍を突き刺してる。
何をやってんだろうあれ?
ガーネットとルナリアが、着地した。
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ぱきり。
シズルの魔石を壊すちぃネットサジタリア。
ぱきり。
つづいてマズルの胸に槍を突き刺し、マズルの魔石を破壊する。
仕事を終えたちぃネットは主人達の下に走りよる。
ルナリアが宙を掬うように両手を出す。
その上に帰還するちぃネットサジタリア。
ルナリアの手の平の上で、ちぃネットとルビーアイが分離する。
「あっ……」
人馬型の鎧に姿を変えていたルビーアイ・ラムペガスは、そのボディのほとんどを溶解させていた。
2つの太陽を落としたその代償が、鎧であったゴウレム一機で済んだのは奇跡と言えよう。
ガーネットが左腕でルビーアイを抱く。
その機体が静かに崩れ落ちる。感覚の無い右手でそれを受け止めるガーネット。満身創痍であった。
「ありがとうルビーアイ。……ゆっくり休みなさい。カラスマに修理してもらいましょう……」
ガーネットと、ルナリアはシズルとマズルに向き直る。
二人はそのまま、倒れている双子に向かって歩いてゆく。
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「く……うう……」
シズルと、マズルは立ち上がれずにいた。
「姉さん…ッ」
「マズル……」
姉が妹の手を、妹が姉の手を掴もうとして、互いに手を伸ばしあっている。
「シズル、マズル……」
ガーネットが双子に声を掛ける。
「「ッ!」」
「胸の魔石は砕いたわ。まだあの狼は出せるのかしら? ビームは撃てて?」
左手でレイピアを構えるガーネット。刃先を双子に向ける。シズルが使っていたものを、ガーネットが拾い上げたのだ。
「決着よ……」
声に冷徹さを込めた。
「まだだッ!」
叫ぶシズル。
「あたしたちは負けられない」
叫ぶマズル。
「あたしたちは負けない」
「「絶対に負けるわけには行かない!」」
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時刻は過去に巻き戻る。
ガーネットとズーランのタイトルマッチ。
その決着をカラスマが妨害し、バトルアリーナで騒動を起こした晩のことだ。
シズルとマズルの母、ヘイズルは、余命あとわずかの宣告を受けていた。
「こちらにヘイズル様はおいでですかな? 『三つ顎』のヘイズル様は?」
その母を訪ねて訪れたのは、褐色の肌に銀の髪を持つエルフの少女、エンプレスだった。
「……お二人がお求めのものはこちらにございます」
毒に蝕まれた母を救う唯一の方法、血清のつまった瓶を携えて、エンプレスは笑う。
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余命いくばくも無い母は公爵邸へと運び込まれた。
そこで母は治療を受ける。毒を完全に消し去る血清の規定量。その半分を注射された。生死の境を彷徨う母はそれで命をつなぎとめる。
「「どういうこと?」」
抗議するシズルとマズルに、エンプレスはただ笑いかけるだけだ。
「まずは、前金。と、言ったところかの……」
「前金?」
「お二人にはこれよりお父上と、そのお父上に会っていただきますのじゃ」
「「父親?」」
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初めての父親との対面。
「うあー、あうー、あううー」
床に寝転び、己のネクタイをひっぱりつづけるデン侯爵。
初めて会った父は、よだれをたらす赤子であった。
その姿にシズルとマズルは何も感じなかった。何の感情も動かなかった。
「よく来た。よく来てくれた我が孫たちよ」
しわがれた老人。老公爵が二人の肩を抱き、頬を寄せてくる。目には涙を浮かべていた。
「こいつ……いまのいままでうちらと母さんを放っておいて、いまさら親戚ヅラするのかよ……」
「黙ってマズル」
「シズル……」
シズルは老公爵に向き直る。
「初めましておじいさま……。と、お呼びしても?」
「構わぬ」
「私達は『何をすれば』よろしいんですか? どうすれば母を救ってくださいますか?」
「聡い子だ。……シズル」
老公爵は笑う。そして、デン侯爵の頭を撫でた。
「この子の……。お前達の父親をこのようにした憎き奴ら。それを打ちのめせ……さすれば、お前達の母親は救われるであろうよ」
「奴ら? ……そいつらの名前は?」
「ベルン男爵家。そして、その子飼いのゴーレムマスター、カラスマだ」
「「カラスマ……?!」」
ついさっきまで一緒に居た。あの不思議な力を持つ変態の異界人……。
「シズル様、マズル様」
と、エンプレス。
「お二人には、我が『大いなるアルカナ』が十分な力をお授けします。その力でお父上のかたきをとるのです。お母上の命は我らが守ります。ご安心されよ」
母親の身は人質に取られたということだ。
「わかったよ」
「シズル!?」
「やってやればいいんだろ? アタシとマズルで。やってやればさ?」
老公爵とエンプレスは笑みを浮かべる。
「あうー、だあーーだあああー」
デン侯爵は床に寝転び、地団太を踏んだ。
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コロシアム。
「そうじゃ!」
立ち上がれないシズルとマズルに、女の声がかけられた。
「そうじゃ、シズルよ。マズルよ! お前達にはまだ残っているであろう?」
観客席の最前列。手すりから身を乗り出して、エンプレスが叫び声を上げる。
「……残っている?」
「…何がさ? あたしたちにはもう……」
「命じゃよ……」
「「!」」
「その命はまだ燃え尽きていなかろう?」
エンプレスの笑み。その笑みは冷たく、邪悪に満ちていた。
「命か……」
「命……」
シズルとマズル。互いの手が、互いの手にようやくたどり着く。
双子はしっかりと、手をつなぎあった。
「エンプレス、約束だよ? 血清を母さんに!」
「鋭ッ!」
レイピアを構えたガーネットが、一瞬でシズルとマズルに近づく。
その刃先をシズルの喉元につきたてようとした瞬間、
「ぎゃっ!?」
ガーネットの体がはじき飛ばされた。
<ぐるるる>
<がるるる>
衝撃波を伴って、シズルとマズルの体を覆っていたゴウレム達がはがれ、元の姿、神獣の姿に戻ったのだ。
「いくよマズル!」
「ああシズル!」
互いに、互いの体を抱きしめる双子。
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「やめるんだ!」
俺は、観客席、最前列の手すりから身を乗り出していた。
その背後から、声がコロシアムに向かって投げ込まれる。
この声は。
「シズル、マズル!」
ムトーさん!?
「シズル!マズル! それだけは! それだけは使うなと言っただろう!」
ムトーさんは俺の隣に駆けて来て、同じようにコロシアムに向かって身を乗り出す。
「やめろシズル、マズル!」
シズルとマズル、二人が、ムトーさんに向かって、ニッと笑うのが見えた。
どうしてこの3人が?
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「「融合!」」
双子が叫んだ。
二人の背後に控えていた2体の狼型神獣ゴウレム。
その掛け声と共に、2つのシルエットが融合し、その体躯を何倍にも膨れ上がらせてゆく。
3つの頭を持ち、銀と黒の毛皮を持つ、巨大な狼、ケルベロスの姿に。
<ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
「「エンプレス、血清を母さんに!」」
がぼッ。
3つの顎を持つ巨大な狼は、抱き合う双子の体を丸呑みにした。
「なッ!?」
驚くガーネット。
声も出せないルナリア。
<ぐるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!>
10トントラックよりなお大きな巨体。
コロシアム全体を振動させ、ケルベロスが吼えた!
拙作はいかがだったでしょうか?
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