第145話 ルナリアの新しいお守り
第145話 ルナリアの新しいお守り
俺にすがるように抱きついてきたルナリア。
「あれは私のお守りだったんです。お守りがなくなっちゃったんです……。なくなっちゃったんです。カラスマさま、私うごけなくなりました。うごけなくなっちゃいました。どうしたら……どうしたら……」
……そうか。
あのサマーセーターは、ルナリアにとってそんだけ大事なものになっていたのか。
駅ビルに入ってる(中略)で1980円で買ったヤツなんだけどな……。
あの時、露出狂のエルフに襲われて全裸にされたルナリアにサマーセーターをかけたんだけど、あれ以来セーターはルナリアが大事そうに着ていたままだったな。
最近じゃ、カラスマ成分の補充とかで俺が何日か着て、そのあとこいつが着るみたいな変な儀式が行われるようになっていたんだけど……。
心の支えになっていたのか……。
無理もないよな、あんな目にあわされてたんじゃ……。
目の前には足をがくがく、全身を震わせて、立てないルナリアが居る。
これから決闘に向かう。その怖さもあるんだろう……。
いつだったか。俺が1つだけ願いをかなえてやるって話をしたとき、こいつはこう言ったっけ。
「ルナリア? なんか欲しいものはないか?」
「カラスマ様に愛していただきたいです!」
……。
あの時は重いってはぐらかしたけど。
今この子に力をあげられるのは俺だけ。俺だけなんだろうな。
「わかった……」
ルナリアを抱き起こす。立たせた。……すごく軽いんだよなこの子。
流れている涙を手でぬぐって……。
両手で、ほっぺたを掴む。
目を丸くして、俺の顔を見るルナリア。
「今から新しいお守りをやる」
でこチュー。
おでこにチューくらいは根性なしの甲斐性なしの俺にだってできるさ。
ちょっと、緊張するけど。
ルナリアが、目を閉じた。
ルナリアの背は低い。
俺は背中を丸めて、ルナリアのおでこに唇を近づける。
俺も目を閉じる。
そのままおでこにちゅー。
するつもりが何だこの感触は……。
なんだこれ、なんだ、なんだ。
ものすごくやわらかくてぷにっとしたものが俺の唇に当たってる。
それからもっとやわらかいものが俺の口のなかに……。唇を押し広げて侵入してくる……。
完全に侵入を許してしまった……。
驚いて目を開ける。
口と口とでチューしてるじゃないか。
ちょっと待て、ルナリアと俺には身長差がある。こいつはどう背伸びしたって、俺の口には届かないはずなんだが……。
どうやって?
ちぃネットだ。
浮かんだちぃネットが、ルナリアの背中を押しているのが見えた。
どおりで背が小さいのに届くはずだ……。
反則だ。
それはない。
それは……。
俺の口の中はすっかりルナリアに占領されていた。
口と繋がった背筋に電気が走っていた。
全身の神経が過敏になって、それが甘くとろかされていた。
俺の鼻を突くように、すごく甘い匂いがする。
とんでも無い多幸感に溢れたちゅーだった。
たまらなくなって俺はもう一度目を閉じた。
舌が完全に征服されている。
それがたまらなく気持ち良かった。
この快楽におぼれてしまおう。
そう思った。
そう思ったその時、目の前で『とすっ』、という音がした。
驚いて目を開く俺。
ガーネットだ。
ガーネットが両手で口を押さえて、膝をついていた。
今のは倒れこむように膝を突いた音だったのか。
ガーネットは、
泣いていた。
顔をくしゃくしゃにして、泣いて、泣いて、俺を見ていた。
ええと。
ええ!?
ガーネットの傍らに控えていたガーネット専用ゴウレムが、瘴気のようなものを立ち上らせていた。
青白い。見ているだけで悲しくなるような、弱弱しい青い瘴気。
俺はルナリアに捕まえられたままなんだけど……。
どうしたらいいのこれ……。
と思っていたら、ガーネットは両手で顔を洗うようにして涙をぬぐった。
そして、そのまま立ち上がる。
今まで泣いていたのが嘘みたいな燐とした顔を見せた。
「ルナリア。もう大丈夫よね?」
ルナリアの顔が、俺から離れた。
ようやく俺を解放してくれたルナリアは、泣き止んでいた。
体の震えも止まっている。
ルナリアは俺の唇を指先でぴんと押す。
そして、ガーネットへ向き直った。
「はい! お姉さま。もう大丈夫です! 新しいお守り、確かに戴きましたから!」
「いいわ。いきましょうルナリア!」
「はい!」
と、ルナリア。
「いってきますカラスマさま」
「あ、ああ……」
ルナリアは駆け出すと、先に居たガーネットに追いついた。
「じゃあ、行って来るわねカラスマ!」
ガーネットが俺に背中を向ける。
だが、その傍らに控えたガーネットのゴウレムは、青い瘴気を出したままだった。
「ガーネット!」
呼び止める。
ぴたりと、その背中が止まる。
「だいじょうぶ……大丈夫なのかお前!」
「大丈夫? 大丈夫なわけないでしょ!」
振り向くガーネット。
顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「こんなんじゃ。こんなんじゃ私、戦えないわよ!」




