第13話 異世界の男爵令嬢(妹)のたくらみ
「ルナリア……あなた……!」
ガーネットは今、ゲートキーパーの背に乗せられて、森の中を移動している。
景色がぬめるように流れている。
巨体のゲートキーパーは乱杭歯のように生える木々の隙間を、まるで子鹿のような軽快さで駆け抜けてゆく。
前を見る。
ゲートキーパーの先を先導するのは獣人のハウだ。獣人は人よりも「けもの」に近く、身体能力は比べ物にならないほど高い。4本足で駆けながら、するすると森を抜けてゆく。
驚くべきはハウとゴウレムの走るスピードに合わせて、メイド長も後ろについてきていることだ。
ゲートキーパーに乗らないのではなくて、自らの意思でしんがりを守るために自分の足で走っているという。
ガーネットは思う。まず、自分をさらったことをルナリアに詰め寄る前にだ。
この妹のゴウレム乗りとしての適正はなんだ?! 強いゴウレムほど莫大なマナが掛かる。仮に自分が0から彫刻を仕上げたとしても全くゴウレムを動かせない人間は多いのだ。事実、自分はゲートキーパーを父のように満足に動かせたことはない。
……にも関わらず、軍部に認められた自分ですら動かせなかったこの巨体、この強さのゴウレムをこれほど巧みに操るとは……。
ガーネットの父は特別に魔力が高かったと聞く、だから数世代動かせる者の居なかったゲートキーパーを動かせた。先祖返りを起こした父の耳は特別に丸みをおびていた。ルナリアも父と同程度に魔力が高いということなのか?
……やはり血筋なのか……。
ルナリアの秘密を父親たちから教えられたのは、父の亡くなる数日前のことだ。正直そんなものに興味はなく、血のつながりはなくとも、ルナリアは自分のたった一人の可愛い妹であった。
だが……。今はその秘密が重くのしかかってくる。
懸念を振り払い、ガーネットは差し迫った『これから』に対処することにした。
「ルナリナ、……あなたは今、自分が何をやっているかわかっているの?!」
「誘拐ですお姉さま。或いは拉致とも言いますね」
さらりと、妹は答えた。
「最大限の効果を狙うのであれば、式の最中にさらうのが相手のメンツと心を折る上でベターでしたが」
とメイド長。
「屋敷に入れられたら何をされるかわからないでしょう」
とルナリア。
「わからん」
とハウ。
「こんなことをすれば侯爵家は黙っていないぞ」
「ですから、これからのお姉さまのお答え次第では、夜逃げに変わります」
「夜逃げ……」
「我が家の負債。私も処分を手伝わせていただきました。どうにか何か打開する方法はないかと私なりに考えたこともありました。王様に恩赦を願いでる。不当な利息だと訴え出る。(中略)。でも、そんな私でも思いつく浅知恵はお父様もお姉さまもとっくに考えられていて、それを立場上、或いは有効でない方法だから、やらずにに却下されていたことでしょう」
ガーネットは父の汚名を少しでも早くそそぐために、罰金の支払いを急いだ。その時点では借金弁済の当てはついていたのだが、領地で起きた災害などのイレギュラーが多すぎたために、最初の借金を返すために次の借金を重ねる悪手を踏み、デン侯爵家への負債をここまで膨らませることになった。
「……なので、私なりに何か新しい稼ぎ口を作れないか考えることにしたんです。その時にテーロス師がつくられた屋敷の工房に入りまして。……私、なんだかこの子が直せそうな気がしてたんです」
「それが、そのゲートキーパー」
ゴウレムの体を自ら彫るか、紋様を刻み、自らの製作物とすることでゴウレムはゴーレムマスターと魔力的なつながりを持つ。ルナリアはゲートキーパーを修復したことで、強いつながりを持ったようだ。
だが、つながりを持つだけでは、こうは自在に動かせない。
「ツノとトゲトゲは変装用に仮止めでつけただけですからすぐにお父様が乗っていた頃のものに戻せます」
「そうじゃなくて!」
「私、お姉さまとメイド長が話していたのを聞いてしまったんです」
「……!?」
「お姉さまは私に名前を変えて生きよと言って下さいました。父の汚名で判断されない別人として生きよと。では、私も変わる代わりに、姉さまも変わってください!!」
「私にベルン家の名前を捨てろというの?」
「ええ!! 逃げちゃいましょう? どうですか?」
全てを放棄して逃げるか。ガーネットは思いもしなかった。もとより侯爵家に嫁ぐのを決めた一番の理由は、この妹の幸せを、妹の人生の選択肢を少しでも増やしたいと思ったからだ。
妹が自ら望んで今回の夜逃げを計画したのであれば、それを否定する理由がどこにあろうか。
「お父様が亡くなった今、ベルン家はどこにあるか? 私たちが居る場所こそが、家になるんじゃありませんか?」
「ルナリア。今わかった。……私は本当はあんな奴の元に嫁ぐなんて絶対に耐えられなかったんだ」
「その耐えられないことをお姉さまがしてくだった。でもあの侯爵の下でこれからお姉さまが過ごすであろう処遇に比べれば、どこでどんな生き方をしたって耐えられるのではありませんか? みんなで過ごせるなら」
メイド長もハウも頷いている。
「私ゴーレムマスターをやってみたいんです。あと修理工のマイスターも。どこかの遺跡で深層の発掘をしながら宝物を探す。懸賞金のかかった怪物を倒すだけでも生活ができると聞きます。このゲートキーパーにお姉さまのルビーアイが加われば、私たち4人暮らしていけると思うんです」
「冒険者という奴か。その日暮らしの」
これも異界人がもたらした生き方だという。
「東方大陸ならばここからも暗黒の島からも遠いです。私たちの事を知る人は居ません。そこで名前を変えて新しい暮らしを!」
「海……。船旅はしたことが無かったな」
侯爵の慰みものとして生きると自ら人生の選択肢を塞いでいたガーネットだが、妹がその諦めを父のゴウレムによって粉々に砕いてくれた。
自分の道はまるで大樹の枝のように広がっていたのだ。
希望に満ちた新しい生活が始まる。それを確信した矢先、ゲートキーパーに強い衝撃が加わった。
「うあああ……?!」
「きゃあッ!!」
ゲートキーパーが、それよりも一回り大きな白いゴウレムの体当たりを受けてはじかれたのだ。
ゲートキーパーはよろめき、乗っていたガーネットの体は宙を飛ぶ。
ガーネットの体が地面に激突しようかという瞬間、地面の下から、無数の腕が生え、ガーネットの体をうけとめた。
見ればあたり一帯の地面から、ゴウレムの腕が生えゲートキーパーの両足を捕まえている。
「これは!」
メイド長も地面から生えた手に、その足を捕まえられていた。
ハウの姿はどこにも見当たらない……。
ゲートキーパーに体当たりを加えた白いゴウレムが、ガーネットにゆっくりと近づいてくる。
その背中が開き、中から、細面の優男が現れた。
「おお我が花嫁よご無事ですかな?」
ガーネットを身請けしようとした、デン侯爵、その人であった。
ズン…。ズン…。がちゃん。がちゃん。
遠くから、たくさんの鈍重な何かが近づいてくる足音が聞える。
森を掻き分けて進んでくる、侯爵配下のゴウレム兵達だった。
ガーネット達は完全に取り囲まれていた。




