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一緒のおうちへ帰ろう

「あっ、あのっ、えと、あなた方の大切な息子さんを私にくださいっ」


 ディートヘルムやイオニアスには承諾をもらっているとはいえ、自分の両親には承諾はおろかそもそも何も言ってなかったな、と思い出したヴィルフリートは、エステルを伴って休業日の実家を訪れていた。


 エステルと交際している事自体は両親に知られていたが、まさか結婚……正しくは婚約にまで持ち込むとは露にも思っていなかったらしく、呆気に取られていた。

 その上女性であるエステルの方から息子をくださいと要求してきた事が驚きで仕方ないのだろう。


 居間のテーブル、その向こう側では両親とバシリウスが絶句していて、エステルもエステルで反応が返ってこないので「私間違ってしまったでしょうか」と言わんばかりの眼差しを向けてくる。


「あー、そろそろ帰ってきてくれるか? エステルが切り出したから驚いてるだろうが、大事な話だから」


 そもそも切り出すべきはヴィルフリートだったのだが、エステルの意気込みに任せてしまったので、結果として半ば放心状態になってしまったのだ。

 それでも、これからの生活に関わる事であるので、出来ればさっさと戻ってきてほしい。


 ヴィルフリートがとんとんと机を叩くと、いち早く戻ってきたのはバシリウスだ。


「えーと、ヴィルフリート。……冗談じゃないよな?」

「恋人をわざわざ連れてきて恋人に嘘つかせてまで家族を騙そうと思うほど性根は歪んでないし暇でもない」


 そんな冗談を言いにくるくらいなら、家でエステルと過ごすなり鍛練した方が余程有意義である。それに、そんな事をしてはエステルに失礼であるしエステルの思いも侮辱する事になるだろう。


 回答にまた絶句したバシリウスにため息を落とし、そんなに自分は結婚に縁がないように見えたか、とこぼす。


 確かに、ヴィルフリートはエステルと付き合うまで浮わついた話は一つも持ち上がらなかったし、さして興味もなかった男ではあるが、それなりに結婚願望はあるし、好きな女性と一緒になりたいと思うのだ。


「俺は、エステルと結婚を前提に付き合ってて、先日婚約した。エステルの親も承諾済みだ。母さん達には事後報告になるし、母さん達が駄目だって言っても俺は受け付けないから」


 親に反対されようが、ヴィルフリートはエステルを選ぶ。既に指輪は渡したし、婚約するという正式な書類にもサインしている、もう後戻りのしようがないのだ。


(まあ、反対されるとは思わないが)


 両親共に放任主義であるし、むしろさっさと結婚しろとか言ってくるくらいなので、文句があるとすれば相談もなしに、といった点くらいだろう。


 案の定、両親は驚愕を色濃く残しつつも「まあアンタがそう決めたなら」といった旨の言葉を口にしている。


「もちろん、駄目だとは言うつもりはなかったんだがねえ……唐突すぎて驚いたというか」

「エステルがどうしても自分で言うって聞かなくて」

「だ、だって……ヴィルフリートを立派に育てたご家族の方から、息子さんをいただく訳で。挨拶は必要ですよね?」

「まあそりゃそうですけどね」


 それでも男が言う台詞をエステルが言うのはねえ、と苦笑すると、エステルが照れたらしくてはにかんでいる。変なところで男気(?)を見せるエステルは、それでも満足そうにしている。


 エステルがヴィルフリートにベタ惚れだという事は察したらしく、母親は「随分と可愛いお嫁さんを得られてよかったねえ」とにやにや。可愛いというのは真実なので否定する気もなく済ました表情で流しておく。


 隣にいれば小突いてきそうな母親は置いておくとして、ヴィルフリートが気になったのはバシリウスの方だ。

 元から寡黙な父が喋らないのは予想していたが、まさか兄まで静かだとは思わなかった。


「……おい兄貴、聞いてんのか」

「……弟の方が早く結婚するとか」

「兄貴は一人に絞らないのが悪い」


 先を越された事に地味にショックを受けているらしく、肩を落としているバシリウスに、ヴィルフリートはにべもなく返す。


 元々、バシリウスはヴィルフリートよりも見目は良いし多少軽薄な所はあるものの、性格は明るく人を寄せ付ける類いの人間だ。その上で、料理は出来るし男性にしては気の利くタイプである。だからモテるのだが、うっかり何股もしてしまうので別れるのも早いのが悩みの種だろう。

 誠実さが加わればすぐに結婚でも出来る人間なのに、本人の気が多いから破談になるのである。


 そこは両親も不安視しているので、ヴィルフリートの指摘にバシリウスは両親から「あんたはちゃんとしてたらモテるのに……二股かけるのが悪い」「……三股ではなかったか?」「あらやだそうだったねぇ。ほんと、そういうところだよ」とこき下ろされている。

 自業自得なので庇うつもりは更々ない。自分の兄ながらそういうところな勿体ない、とは思っているものの、流石に兄を褒めたら調子に乗るので黙っているヴィルフリートだった。


「で、父さん母さん。先に言っておくけど、俺は多分これからはまず家手伝えなくなるから人雇ってくれよ」


 ひとまず兄の事は置いておき、ヴィルフリートは今後の懸念事項を伝えるべく口を開く。


「なんでまた急に」

「……いや、流石に一応重役がここで働いてんのばれたら、周りがうるさいっつーか」

「重役?」


 両親には、数か月前にあった人事異動を知らせていない。

 わざわざ知らせる必要はないと思っていたし、そもそも忙しくてすっかり頭から抜けていたのだ。


「あー、その。……俺、魔導院で働いてるだろう?」

「それがどうしたんだい。出世でもしたのかい?」

「出世っつーか……その、……一応、なんだけどさ、魔導院で二番目に偉いというか」

「は?」


 これには、対面している三人が一斉に目を丸くした。


 二番目に偉い、と微妙に婉曲に伝えたのだが、彼らはヴィルフリートが筆頭魔導師を目指していた事を知っているし、ある程度魔導院の事も言っている。

 彼らの頭の中で示した地位が筆頭魔導師補佐官、というものに変換されるのを待って、ヴィルフリートはそっとため息を一つ。


 信じられない、といった眼差しを返されるのだが、事実なのだから仕方ない。

 ヴィルフリートも家族の立場なら有り得ないと言っただろう。国の守護に携わる組織のナンバー2(ディートヘルムが居るので実力的にはナンバー3ではあるが)に選ばれた、とか言われても信用しない。自分の家族が並み居る魔導師達を押し退け、貴族でもないのに上の地位に就くなど、到底信じられるものではないのだろう。


「まあ嘘のように思えるかもしれないけどさ。色々と縁があったり事情があったりして、そうなってた。別に信じようが信じまいがどっちでもいいんだけど、ここ最近手伝えなかったのはそれが理由だ。んで、エステル……俺の婚約者なんだけど、彼女が魔導院で一番偉いんだよ」

「は!?」

「俺だってそっちの立場だったらびっくりしたわ」


 こんなふんわりとした美少女が魔導師の中で一番強くて、尚且つ自分の家族の婚約者とか聞かされたら、絶句するのも頷ける。ヴィルフリート本人でも若干現実なのか怪しんでしまいそうなのだから。


「で、俺、彼女の家の方に婿入りするから。……ですよね?」

「はい。お義父様に確認してきました」

「あー、という事なんだ。だから、俺はこの家はまず継げない……いや兄貴居るからそこは心配してないんだが、この家の手伝いもほぼ不可能になる。仮にも筆頭魔導師補佐官が働いてたら格好がつかないというか、あらぬ混乱を招きかねないから」


 ヴィルフリートとしては筆頭魔導師補佐官という認識よりは店の従業員といった感じなのだが、地位を知っている他人から見たらそうはいかないだろう。

 それに、補佐官就任の際不本意ながら多少恨み妬みも買っているので、もし目をつけられたりでもして実家を巻き込む事があれば困る。弱味を握ろうと脅しにかかる事も、万が一の可能性であるだろう。

 無論、家族が巻き込まれた場合は報復も辞さないのだが、もし何らかの怪我を負ったり営業停止処分にでもなったら自責の念で一杯になるのだ。


 なので、一定の距離は置くつもりだと宣言しておく。同時に、ヴィルフリートが筆頭魔導師補佐官になった事をわざわざ吹聴しないように頼む。

 知られている人には知られるだろうが、全員に知られる訳でもない。目立たないようにしてくれたらそれでいいのだ。


 ヴィルフリートの心配には家族も了承した。母親は「アンタくらいに仕込み出来る子を探すのは大変なんだけどねえ」とちょっぴり不満そうなものの、どちらにせよ人手は足りていないし後回しにしていたツケが出てきただけなのでスルーした。


 まあ頑張れ、なんて他人事のように応援して一息ついたヴィルフリートは、あまり喋ろうとしていなかった父親がじっとこちら――といってもエステルの方を見ている事に気付く。


「……エステルさん。一つ、聞いてもよろしいか」

「はい」

「エステルさんは、その……よいところのお嬢様ではないのかな」

「それはその、それなりには」


 唐突な質問にやや困惑を見せたエステルだったが、小さくうなずく。

 それなりと言っているが、かなりいいところのお嬢様だろう。わざわざ 細かく聞いた事はないが、ディートヘルムは爵位を持っているらしいし、王都に広大な屋敷を持っている時点で相当なものだと窺える。


 よくよく考えればそんなところに婿入りすると考えると恐ろしいものがあるのだが、あえて考えない事にした。


「確認させてもらうが、ヴィルフリートでいいんだな? うちの息子じゃなきゃ、駄目なんだな?」

「はいっ。ヴィルがいいです、ヴィルじゃなきゃダメなんです。私が好きになったのは、あなた方が立派に育て上げたヴィルです。ヴィルじゃなきゃ、結婚出来ませんししたいと思いません。婿入りの件も、ちゃんと父が認めてますから」


 揺るぎなくきっぱりと答えられると、こちらが何だか気恥ずかしくなってくるのだが、エステルは誠意を示すためにヴィルフリートの父親を見ている。

 父親は、その言葉を受けて少しだけ頬を緩めた。


「そうか。それなら、いいんだ。君のような女性が側に居てくれるなら、安心だよ」

「ヴィルの事は任せてください。必ず幸せにします」

「それ俺の台詞なんですけど……そんな男気今見せなくていいですから」

「ヴィルが私を幸せにしてくれるのですから、私も大切な息子さんを幸せにするとご家族の方に誓うのが道理だと思いますっ」

「……こんないい子をもらうんだから、絶対幸せにしなさい」

「分かってるよ。幸せに出来もしないのにその場の勢いで交際したり結婚したりは有り得ないから」


 ちゃんと悩んで、相談して、結婚すると決めたのだ。

 幸せにするに決まっている、と言い切ったら、にやにやとしている母親と目が合った。けれど何か言われる事なく、ただにやにやされるだけなので、非常に居心地が悪い。


「まあ、そういう訳だから……その、今まで育ててくれて、ありがとうございます。父さんと母さんが料理を教えてくれたから、こうしてエステルと結ばれたんだよ」

「そうだろうそうだろう、胃袋を掴むのは重要だからねえ」

「普通性別が逆だったと思うけどな。ん、でも、本当にありがとう。……兄貴もな。兄貴が居たから、今の俺はあるし」

「ヴィルフリート、お前……」

「兄貴を反面教師にしたから、こうして可愛い嫁を手に入れられた。本当にありがとう」

「感動の瞬間にオチつけるの止めろよな!? おめでとうこの野郎! ちくしょう!」


 机の向こうからバシリウスがやって来て揉みくちゃにしようとしてくるので、ヴィルフリートも笑って軽く抵抗する振りをした。

 本気で抵抗すればバシリウスはあしらえるのだが、今日ばかりは甘んじて受け入れる。バシリウスなりの照れ隠しを、ヴィルフリートなりの照れ隠しで受け止めるために。


 ぐしゃぐしゃにされながら、エステルと視線が合う。


 満たされたような、幸せを宿した美しい笑みに、ヴィルフリートもこっそり笑い返した。




「……ふふ」

「どうかしましたか」


 帰路に就いた際、エステルが口許を押さえて笑っているので、ヴィルフリートはいきなりどうしたのかと覗き込む。

 エステルは、慈しむようで羨むようで、それでいて自身も満たされたような微笑みを浮かべていた。


「いえ。思い出し笑いですよ。仲いいなあって」

「仲がいいというか、兄弟はあんなものです。上の兄と姉が揃うともっとひどくなりますよ」

「ふふ、じゃあまたご家族が一堂に会するのが楽しみです」

「俺がもみくちゃにされるのが見たいんですか」

「いえ、ああいう風な家族の光景を見るのが楽しみです」


 少し羨望を混じらせた、しかし負の感情は一切ない憧憬の声を口にしたエステルは、ヴィルフリートをまっすぐに見上げる。


「ねえヴィル。私達も、今日みたいな、家族に……なれるでしょうか」

「無理ですね」


 あえてきっぱりと否定すれば、エステルが眉を下げそうになるので、ヴィルフリートはエステルの頭をぽんと撫でた。


「あんな風にはなれません。あなたはああいった風に軽く殴ったり罵倒したりするの苦手でしょうから」

「うっ、それはそうですけど」

「ああいうのは、男同士だから出来る事です。俺とあなたではまた違いますよ。言ったでしょう? 夫婦に型はないんです。俺達は俺達らしい夫婦の、家族のかたちを探していきましょう」


 ヴィルフリートとエステル、それにディートヘルムやイオニアスも、家族になる。クロイツァー家のようなかたちにはまずならないだろうが、自分達らしい家族のかたちを、きっと見付けていく事が出来るだろう。


 ヴィルフリートの真意を見たエステルが、ふわりと笑みを浮かべる。

 決まっていない、これから築いていく家族のかたちを夢見てあどけないかんばせが綻んでいくのを、ヴィルフリートも柔らかな表情で見守った。


「じゃあ、帰りましょうか。俺達の家に」

「はい!」


 ヴィルフリートの、一人で住んでいた家にはもう帰らない。

 帰る場所は、同じになったのだから。


 まだ家族ではないけれど、いずれ家族になる人達が住む場所へ、これから夫婦になる二人が住む場所へ、二人は手を繋いで歩き出した。

これで一旦後日談は終了です。まだ結婚してないよ!

次の話から二部開始予定です。プロットを用意するので少しの間お待ちいただけたら幸いです。

これからも応援していただければ嬉しいです!

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