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元同僚から見たふたり(後編)

 あっだめだまぶしい。

 俺の斜め前に居るエステル様の姿に、やはりというか直視出来ずに視線がうろうろしてしまう。美人に耐性がないっていうのが大半の理由。残りは自分の属する組織の頂点に立つ人と相対なんてまず機会がないので緊張してる、といったところだ。


 思わず部屋の方に視線がさまよった。

 ヴィルフリートが第二特務室に行く前まではたまーに訪ねていた、それなりに見慣れた家も、美少女が居るだけでやけに華やかな雰囲気に思えてしまう。


 ヴィルフリートはというと、隣に座っているエステル様には慣れた様子だ。そりゃ家に入れてるくらいだからな。


 エステル様がにこにこしながらヴィルの腕にちょっかい出しているのだが、ヴィルフリートはしれっとした顔だった。

 ちらりと視線を投げて、駄目ですよ、と宥めるように一度だけ小さな掌を握ってすぐに離す。それだけで、エステル様はいかにも幸せそうにはにかんだ。他でやってくれちくしょう。


「あー、その、遅れたが筆頭魔導師補佐官に就任おめでとう。これで同期の中ではお前が一番出世頭な訳だ。つーか誰よりも出世してるけどな」

「ありがとうございます。出世頭、と言われても自覚はあまりないですけどね」

「謙遜するなあ。つーか他の誰も予想してなかったぞ、お前が筆頭魔導師補佐官になるとか。第二特務室に飛ばされたくらいだからさ」


 掃き溜めとか揶揄される第二特務室に左遷された時は、ディートヘルム閣下に睨まれてあいつ生きていけるのかとひやひやしてたが……もしかしたら、あれはのちのちの布石だったのかもしれない、なんて。

 ヴィルフリートは、俺が見た限り閣下と仲が悪そうではない。寧ろよさそうだ。険悪な雰囲気はない。

 機嫌を損ねて飛ばされたにしては、和やかな空気なのだ。


 だから、つまりはそういう事なのだろう。能力を見抜いて先に補佐官の仕事に就かせて慣れさせておいた……みたいな? なんて、俺の勝手な想像だが。


「まあ、紆余曲折ありまして」

「紆余曲折の果てに美人な彼女を手に入れて魔導院で二番目に偉くなるって一体。……ああいや説明してほしい訳じゃないんだがな。説明出来ないからこうしてぼかしてるんだろうし」

「助かります」


 なにがあったかは知らんが、色々な機密やら何やらがあるのだろう。そこを根掘り葉掘り探ろうとは思わんし、当人の嫌がる事をしつこく聞くのは品性に欠けるからな。

 いやまあでも、エステル様との仲くらいは聞いてもいいよな。


「まあ地位については聞かんが、エステル様の事くらいはいいだろ。ちなみに馴れ初めは」

「馴れ初め」

「聞いちゃ悪い事でしたか」


 どういう風に二人が出会って恋に落ちた……とか気になるだろ。こんな美人が、ヴィルフリートのどこに惚れたとか。ああいやヴィルフリートを蔑むとかではなくて、エステル様くらい美人ならよりどりみどりだったんじゃないかなーって。


 聞いてはダメ、というよりはきょとんとした顔で唇に指を当てているエステル様。


「……私とヴィルの馴れ初め。……えっと、お腹すいて倒れてたところを助けていただきました」


 ……は?


「ああ、ありましたね。最初はめちゃくちゃ警戒されました。今ではこんなですけど」

「こんなとは何ですか」

「むしろ警戒を知らなくなったでしょうに。あのですね、恋人とはいえ少しは警戒しなさい」

「だって……ヴィル相手ですし」

「エステル」

「……最近は、ちゃんと考えてます」

「遅い」

「いいのですっ。とにかく、その時からヴィルの料理に虜になってます」

「俺の料理だけですか」

「ち、ちがいますー、きっかけだけでヴィルの事が好きです、ヴィルが料理作らなくても我慢できます」

「三日くらいですね」

「うっ現実的な数字」

「俺なしでは生きていけないですからねえ」


 ここまで、俺、口が挟める訳もなく聞いていたんだが……エステル様は、餌付けされたって事なのか? 良家の子女と思わしきエステル様が、料理上手とはいえ庶民派の料理(馬鹿にしている訳ではない)を作るヴィルフリートの料理を気に入ったと。

 いや、意外というか……ご飯がきっかけとは。

 つーか今のろけられたよな、ナチュラルに。のろけられるの覚悟して聞いたけどさあ……。


 エステル様はというと「ヴィルが居ないと生きていけません」と何故だか嬉しそうに笑って、ヴィルフリートの腕に抱きついている。その満面の笑みがまぶしくて、また直視できなくなる。 

 遠目に見た時は、落ち着いて上品な女性だと思っていたのだが……ヴィルフリートの前では、恋する少女にしか見えない。純真無垢、といえばいいのか。あどけなさとか、ピュアさが、俺にすら分かる。


 筆頭魔導師という事で公の場ではしっかりとしているらしいが、本人の素はこちらなのだろう。

 俺に見せていいのかは分からんが、なんというか……少しだけ親近感を覚えたりした。あんなに強くても、この子は年頃の少女で、好きな人の前では甘えたりしてるんだ、と。人形のような作り物めいた美しさがあって近寄りがたかったのが、一気に消え失せた。


「なあヴィルフリート」

「はい?」

「ちょっと席を外してもらってもいいか」


 さりげなく誘導なんて出来ないし、直接的に言うと、ヴィルフリートは少し目を丸くして、それからあっさりと頷いた。

 いや頼んだ俺ですらこれにはびっくりだよ。自分の彼女と友人を二人きりにして間違いがないか、とか、変な事吹き込まれないか、とかそういう心配ないのか?


 そんな事を聞くと「エステルが俺以外を今更見るなんて有り得ませんし、あなたはそんな人ではないと確信してますので」と盛大にのろけられたし信頼を示された。いやそうなんだけどな。

 あとぼそっと「まあもし万が一間違いを起こそうとしてもエステルに敵う人間なんてほぼ居ませんので、襲ったら再起不能にされますよ」と呟かれた。ですよね。最強の魔導師ですもんね。不意をついたところで返り討ちにされる事なんて分かりきってますとも。


 まあ人の彼女に手を出したりとか、そもそも無理強いとかは男がするもんじゃないと思ってるのでその辺の心配はしなくてもいいのだが……いやこうもあっさりいいんだろうか。


 エステル様をちらりと見ると、俺が何か話したい事があると分かっているのか、二人きりになる事は嫌がりはしなかった。いやほんと俺の話を聞いてくれる機会を与えてくれてありがとうございます。


 ヴィルフリートがキッチン(といっても近いのだが、本人が防音障壁を張っているので遮断されている)に行ったところで、俺はエステル様に向き直る。


「あの、エステル様。聞いてもいいでしょうか」

「はい?」


 ほぼ見ず知らずの俺の言葉にも、エステル様は嫌がった気配はない。


「……ヴィルフリートの、どこが好きなんですか」


 ずっと聞きたかった事を、聞いてみた。

 さっきは料理云々とか聞いたけど、ちゃんと聞いてみたかったのだ。いやあそこまで好意を示されたら本気だってすぐ分かるし惚れてるって分かりやすいのだが。


 一応、エステル様よりは長くあいつと一緒に居たし、まあそれなりに付き合いはあった訳だ。あいつのいいところも悪いところもそれなりに知ってる。

 そういった全部の面を含めて、あいつの事が好きなのか……そう、問いかけたかった。


 エステル様は質問に目を丸くした後、微笑んで悩む事なく口を開いた。


「全部です」


 断言した彼女は、俺の視線に「といってもこれでは曖昧にとられてしまいますよね」なんて苦笑して、改めて唇を動かす。


「えっと、がんばりやさんで、優しくて、でも厳しくて、私のために叱ってくれるところとか、好きです。ヴィルは、だめな事はだめって叱ってくれます。好きだからと全肯定はしません。私の事を考えて、正しい判断をしてくれます。それに、私が辛い時はすぐに気付いて側に居てくれます。私は、それだけですごく……安心するのです、ああこの人は私を大切にしてくれているんだなって、実感して」


 そこまで語って、エステル様ははにかむ。


「好きって部分ももちろんそうなのですが……苦しい時に側に居てくれて、その苦しみを一緒に乗り越えてくれる。私の事を誰よりも大切にしてくれる。私の事を全部知って、側に居てくれる。支えあって生きていけると思ったから、私はあの人とずっと一緒に居たいと思うのです。あの人となら、ヴィルとなら、幸せに生きていけます」


 だから、私はヴィルを愛しているし一生を共にしたいのです――そう締めくくってちょっと照れ臭そうに笑ったエステル様に、ああこれべた惚れにも程がある、とこっちまで恥ずかしくなってきた。


 俺が心配する必要なんて全くなかったじゃないか。立場というか環境は真逆のようだった二人が一緒になって大丈夫なのか、とか、あいつの女への興味のなさが問題にならないかと思っていたが……杞憂だったようだ。


「……盛大なのろけ聞いた気分です」

「えっ、のろけてなんか」

「幸せそうで何よりというか……よかったというか」

「よかった、とは?」

「いえ、ヴィルフリートはあんまり女が好きではないというか……興味がない訳じゃないですけど、魔法の方を優先させてましたから。その魔法より優先する人が出来たんだなって」


 あいつは、目標に邁進するタイプで、色恋沙汰に関心は薄いやつだった。朴念仁とかクール、というよりは女性関係には淡白だったというか、どの人にも平等に接していた。

 友人枠である俺達はそれなりに親しくしてもらっていたものの、他には特に関わりがなければどんな美人だろうが普通に対応していた。むしろ仕事中にしつこく構ってくるようなら態度は穏やかでも若干わずらわしそうにするくらいだ。


 地味に言い寄られていたりして俺達もちょっと妬ましく思ったものの、あんまりに興味なさげにしている(断る態度はかなり丁寧だしやんわりとした拒絶ではあるが)あいつの姿に、妬むのも馬鹿らしくなった。


 そんなヴィルフリートが、分かりやすく好きと態度に示して、眼差しも愛しそうにしているのだから、それだけ惚れ込んでいるのだ。

 誰にも向けなかった愛情全部注がれているらしいエステル様は、誰が見ても幸せそうだった。


「ああ、でも気を付けてくださいね。女性に縁がなかったというよりは向けられる好意にあまり興味がないってだけなやつですから」

「え?」

「別にヴィルフリートはすごい美形って訳じゃないですけど、普通に顔は整ってますし。貴族出身の連中には不評ですけど、平民から上がってきた女性魔導師には、性格や能力込みで概ね好意的に捉えられてましたから」

「えっえっ」


 いや不安にさせたかった訳じゃないんだが、ちょっとだけエステル様には注意を促しておきたい。


 俺はあいつがこんなにもエステル様を愛してると分かってるのだが、エステル様から見て言い寄られてる事について勘違いされても困るのだ。


 あいつの評判は、今やかなり高い。

 妬みとか怨嗟の声が全くない訳じゃない、戦闘部門の一部のやつらは未だにぶーたれてたり筋違いの恨みをぶつけようとしてるのは知ってる。でもそいつら以外には割と好かれているのだ。


 大体戦闘部門にプライドの高い貴族出身のやつらが固まっているので、他の部門……研究部門だのなんだのは一般の出が多い。

 ヴィルフリートは研究部門の方にも業務の関係上顔を出していたし、友人も居る。そもそもの業務態度がよろしいし、公平な視点と態度を持っていたので、元々評判はよかったのだ。


 その上で筆頭魔導師補佐官まで登りつめてしまったのだから、そりゃ期待は高まる。庶民の出でも、地位は向上させられる、って夢を持てるようになったのだ。


 あとついでに言うとエステル様が筆頭魔導師に就いてから研究部門の予算が増えたと研究部門のやつらが泣いて喜んでた。ヴィルフリートが予算増額するべきであると根拠を資料付きで示して進言したところ通ったらしい。


 それぞれの研究課への予算分配も現場を見て今までの功績を鑑みて決めたらしく、貴族が幅をきかせていた功績もほぼない課の予算がはひどい事になったらしい。

 文句言おうにも逆に閣下に睨まれたらしくて根拠付きでついでに横領の証拠も提示されて解雇になってた。貴族といっても爵位も高くなければ見放されてる三男坊らしくて将来に困るらしいが、俺らは知らん。


 まあそんな事があったりなんやらで、今まで不当に扱われてきた職員からの評価がかなり高い。エステル様なんて女だからと舐められていたが、戦闘部門トップクラスの魔導師を片手間に蹴散らすような圧倒的な実力と、実力を評価するスタイル、かなりの美人さが相まって一般職員からの人気は非常に高い。

 強くて公平で尚且つ美人ならそりゃ人気出るわな。俺だって美人で有能なら普通に従うわ。嫉妬したところで逆立ちしても絶対に敵いっこないから清々しすぎて逆にする気にもなれんだろう。


 さておき、まあエステル様にはヴィルフリートがあんまり女性にモテるのは嬉しくないよなあ。


「まあヴィルフリートはエステル様にしか興味を持ってないみたいですけど、言い寄られたりしたらエステル様が面白くないでしょう。ですので、しっかり捕まえてあげてくださいね」

「分かりました! ぎゅっと捕まえておきます!」

「そうしてください」


 多分これ物理的に捕まえておくよなあ、と思いはしたものの、本人がやるき満々なので勢いを削ぐつもりもなく、がんばれーと内心で応援するだけに留めておいた。

 まあ浮気なんて天地がひっくり返っても有り得ないとは思うが。


 大切な恋人を魔の手(仮)から守ろうと意気込むエステル様に、自然と頬が緩んだ。


 本当に、こうして見るとエステル様は可愛らしいというか、結構幼さが見える。世間知らずさが透けて見えるというかなんというか。


 普段はそういった面を表に出さないせいか楚々とした淑女に見えるのに、こうして話してみればただのヴィルフリート大好きな可愛い女の子なのだ。


「なんなんですか、捕まえるとかなんとか聞こえたんですが……」


 話が粗方終わったのを感じたらしいヴィルフリートがこっちに戻ってくるので、俺はエステル様と顔を見合わせて笑った。


「お前も罪作りなやつだな、って話だな」

「はい?」

「ヴィルは、私だけのヴィルですからね」

「は、はあ……いきなり何を?」

「いいのですっ。ヴィルは私のものです」

「は、はあ……何を当たり前な事を……?」


 困惑しながらも至極当然そうに答えたヴィルフリートに、エステル様がご満悦そうな顔。ヴィルすきっ、と甘い声で告げて隣に座ろうとしたヴィルフリートに抱き付いていた。

 そしたらまあ、ヴィルフリートも満更でもなさそうな顔でエステル様の頭を撫でていた。他の奴には見せないであろう、とびきりの柔らかい笑みを、見せて。


 あーあー、この野郎、べた惚れじゃねえか。

 分かりきってた事なんだが、こうも「互いしか見てない」っていうのもろだしの甘ったるい笑顔を見せられると、居心地が悪いっていうかなんというか。


 淡白なヴィルフリートをこうもでれでれにしてしまうエステル様に驚けばいいのか、高嶺の花であるエステル様の心を射止めたヴィルフリートに驚けばいいのか。


 なんにせよ、独身彼女なしの俺には大打撃なのである。


 俺も彼女ほしい、なんていつ叶うかも分からない事を望んで、二人の姿を遠い目をして眺めるしか出来なかった。

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