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元同僚から見たふたり(前編)

本編ででてきたヴィルフリートの元同僚視点。

 俺達の元同僚が、手の届かない場所に行った。

 何も知らない顔をして穏やかに笑っていた男だったが、実際は俺らには隠してその地位に就く努力をしていたらしい。確かに仮に内定が決まっていても、守秘義務的に俺らには言えなかったのも分かるが、少し寂しい気持ちになった。


「出世したなあ、あいつ」

「そうだな。今や魔導院で二番目に偉い男だぞ。大出世だ」


 同期とはいえ俺達より数歳は下で、当然魔法に触れている年月も違う。それでもあいつは、今の地位に就いた。

 その事に関して妬ましくないと言えば嘘になるのだが、あいつならやりかねなかったな、とも納得してしまう。


 ヴィルフリートは、天才、という訳ではないと思う。


 天才というならば、今の筆頭魔導師であるエステル様に相応しい言葉だろう。俺も極稀に廊下ですれ違う程度でしかないし、戦うところを沢山見てきた訳でもない。

 ただ、エステル様が筆頭魔導師に就任する事に納得のいかないと離反しようとしていた奴等を軽く一掃していたのを見て、あれには誰にも追い付けないと思った。


 その側に控えているヴィルフリートは、エステル様に比べたら、目立たないし弱く感じてしまうのかもしれない。

 けれど、戦闘部門の中の誰よりも強い事は知っている。この間の魔物の討伐でその実力が周知されたというか、俺も人づたいではあるが、翼竜ですら圧倒していたらしい。

 ご飯にしようとしていた、と聞いてあいつらしいと乾いた笑いが出た。


 あいつは、天才ではない。けれど秀才ではある。目標のためならどこまでも頑張れる男だ。あまりそれを表には出しはしなかったが、きっと裏で努力を重ねていたのだろう。

 筆頭魔導師になりたい、なんて夢を聞いた時には鼻で笑ってしまった俺だが、結果的にそれに近しい地位にまで登り詰めてしまったのだから、その努力の形跡が窺える。


 秀才だろうがそれだけ才能があったというのは否定しないが、それに相応しいくらいに努力を怠らなかった、だからこそあそこまで辿り着いたのだろう。


 他の同期の妬む声を聞きながら、そんな事を思った。




 今では大した接点こそないが、それなりに仲の良かった自覚はある。

 先日の食事で今度は宅飲み、という約束をしたので、サプライズも兼ねて休みの日にボトルを持ってあいつの家を訪ねた時、衝撃の事実が発覚した。


「よお、……え?」

「……どちら様ですか?」


 てっきり、俺と同じぐらいの背丈の男が出てくるかと思いきや、視線を下げないと目が合わないような小柄な女性がドアを開けた。


 眼下で揺れるのはピンクパールのような淡く色づき艶やかな光沢を放つ、波打つ長い髪。

 頭一つ分は背丈が違うその女性……というよりは少女と言っても良いのかもしれない、成人してそう経っていなさそうな、ややあどけなさの残る容貌。その容貌はひたすらに可愛らしく、美しい。なんというか、大人の色気と少女のいとけなさを絶妙なバランスで保持していて、今だけしかない危うい魅力がある、と言えばいいのか。


 幾度か見かけた事のある、けれど話すなんて恐れ多い女性が、そこに居た。


 待て。何でヴィルフリートの家に筆頭魔導師であるエステル様が居る。

 いやヴィルフリートはかつてのエステル様の補佐官であったし現在でも筆頭魔導師補佐官だから、当然親交はあると思うが、家に入れるような仲って何だ。あれか、つまりあれか、そうだよな?

 こないだは興味のないなんて言って、ちゃっかり親しくしてるんじゃねーか……。


「え、あ、……あー、……その、ヴィルフリートの、元同僚です」


 俺の訪問に不思議そうに首を傾げているエステル様に、何も喋らないままでは単なる不審者だよな、と声が震えそうになるのを抑えて告げると、エステル様は「そうなのですか、ちょっと待っててください」と疑う事なく微笑んだ。

 慣れた様子で振り返り「ヴィルー、前の同僚さんが来てるんですがー」と随分と気軽な風に部屋の中に声をかけている。


 ヴィルフリートを愛称で呼んで、家に入れて、尚且つ招かれた本人が当たり前のように居る、というのはあれだよな、最早確定と言ってもいいよな。


 あまり声量はないが澄んだ声音はよく響いて、おもむろに中から元同僚が現れる。

 完全にオフなのでラフな服装をしている奴は、俺の顔を見るなり軽く目を見開いた。


「……来るのいきなり過ぎないですか?」


 突然訪問した無礼な行動を咎めるというよりは、あんまりにも意外でつい口からこぼれたといった言葉だった。


「や、祝いに酒持って……って、何でその、筆頭魔導師様が」


 至極当然な質問には、説明に困ったような渋い顔をされる。

 いや、こっち薄々察してるんだけどさ、何でそんな関係になったとかその辺りめっちゃ気になるんだよ。

 曰く付きの第二特務室に居たから遠巻きにされていたし職場の位置的にめったに姿を現す事はなくとも、こっそりと美少女として一部の人間には知られていた、あのエステル様とヴィルフリートが、こうして親しくしてるとかさ。


「……まあ、個人的にも親交がありますので」

「いやいや、親交っていうか、女性が男性の家に居るってのは」

「ですからそういう事なんです」


 誤魔化す事は諦めたらしいヴィルフリートがため息混じりに、やや投げやり に応えて「エステル、一旦中に入っていてくださいね」とエステル様に部屋に戻るように指示している。呼び捨てとかほんと仲いいというか。


 エステル様もヴィルフリートの言葉に二つ返事をして、それから俺の方に淡い微笑みを浮かべてとてとてと奥に行った。

 ……めっちゃ美人で、俺目配せだけでなんか心臓がヤバイ。なんでヴィルフリートは平然と出来るんだか。


 緊張の素となるエステルが視界からなくなった事で少し落ち着いた俺は、素知らぬ顔をしているヴィルフリートにじいっと視線を送る。


「……いつの間に」

「前々からですよ」

「もしかして、飲み会の前から」

「そうですね」

「言えよ!」

「言える訳ないでしょうに」

「そりゃそうだがなあ」


 自分でも無茶を言っているのは分かる。上司とお付き合いしてる、なんて言えなかっただろうし、あの時エステル様の噂やヴィルフリートの噂があって、正直に言ってしまえば俺達に邪推されるとでも思ったのだろう。

 慎重な所はあいつらしい。実際、それは正しいだろう。

 今だって、二人がお付き合いしているなんて噂は立っていない。ヴィルフリートは、少なくとも人目のあるところでは部下らしくしているだろう。


 もし、二人が地位を変える前にそんな噂が立てば、あらぬ邪推をかけてくる輩も出てくるだろう。そういう予防のために、俺達にも言わなかったに違いない。


「……裏切りものめ。美人の彼女、ウラヤマシイ」


 俺達に言わなかった事を責めるでなく、純粋に興味ないふりして俺らより早く彼女持ちやがって、といった意味で裏切り者とこぼせば、ヴィルフリートが少しだけ安堵したように瞳をなごませた。


「そんな事を言われましても。出来てしまったものは仕方ありません」

「くっ、このパートナー持ちの余裕!」

「何言っても怒りませんかダリウスさん」

「流石に妬むわ! このやろー、めでたいけどな!」


 手にしていたボトルをヴィルフリートに押し付ければ、苦笑されてしまう。


「わざわざありがとうございます。どうぞ上がっていってください」

「いいのかよ」


 エステル様が休みの日にわざわざ訪ねてるんだし、俺が邪魔するのは……と口ごもると、ヴィルフリートはけろりと「エステルはほぼ毎日うちに居ますので」と言ってのける。

 同棲じゃねーか、と突っ込むと「それは違うしまだ」との事。訳が分からん。


「……仮に、お前が良くても、その、筆頭魔導師様はいいので?」

「エステルならいいと言うかと。エステル、この方うちにあげますけどいいですよね?」

「私は構いませんよ」


 と返事がきた。近寄りがたい美貌の持ち主のエステル様は、実に寛容なお言葉をくださった。

 いいのか……と思いながらも、ありがたく厚意を受け取る事にした。


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