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ヴィルフリートの特別

「ヴィル、私疑問に思っている事があるんです」


 休日に家にやってきたエステルは、至極大真面目な顔で隣に座るヴィルフリートを見つめた。

 エステルは普段のんびりぽややんとした少女ではあるのだが、魔法への知識なら他の追随を許さない。代わりにちょっぴり、いやかなり世間知らずなところがあったりするのだが、そこは愛嬌。


 そんなエステルが疑問に思う事、といっても見当が全くつかないヴィルフリートは「疑問とは?」と返す事しか出来なかった。


「ヴィルは筆頭魔導師補佐官になりましたよね」

「ええ」

「与えられた資格的には筆頭魔導師と遜色がありませんよね」

「実力的には隔たりがありますが……やれる事としては筆頭魔導師と同じ事が出来ますね」


 ロゼから与えられた大地の干渉権は、いわゆる筆頭魔導師の証といってもいい。

 地位こそ筆頭魔導師補佐官に収まっているが、筆頭魔導師としての役割を果たす事が出来る。エステルと時折代わって役目を担っているので、エステルの言うとおり表向きには出来ないが資格的には筆頭魔導師とほぼ変わらないのだ。


 それはエステルも分かりきった事だろうし、どこが疑問に繋がるのかさっぱり理解出来ないのだが……相変わらず、エステルはどこか沈鬱そうなな面持ち。


「……じゃあ、どうしてヴィルは私を上司みたいに扱うのですか」

「はい?」

「何で、恋人で、対等な存在なのに敬語を使うのですか」


 思いもよらぬ事を言われて一瞬戸惑ったものの、エステルが抱いている疑問――正しくは不満に気付いて、つい笑みがこぼれた。


 随分と可愛らしい事を気にしているんだな、という感想を抱いたのだが、エステルにはそれが小馬鹿にされたように感じたらしくてむぅぅと唇を尖らせる。


「もう恋人ですし、地位だってほぼ対等なのですから敬語は取ってください!」

「え、お断りします」

「何でですか!」

「いえ、なんというか、これが一番しっくり来るというか……俺はあなたに丁寧に接したいというか。この口調が一番いいのです」


 ヴィルフリートは、普段こそ丁寧な口調を心がけているものの、素だとやや口が悪い。極端に悪いものではないが、どうしても庶民育ちなので荒っぽい口調になってしまう。

 それをわざわざエステルに向けたいとは思わなかったし、なるべく見せたくない面だと思っていた。


 エステルはどうやら気軽に接して欲しかったらしいが、気が引ける。

 それに、あまりエステルには素の口調は向いていない、とヴィルフリートは思っている。


「……なんか、疎外感感じます……ヴィルは、ご家族には砕けた感じでしょう?」

「そりゃ俺の性格で家族にまでこんなんだと気持ち悪いでしょう」

「……ずるいです。私もヴィルに気安くされたいです!」

「いやいやいや。これが適切ですから」

「……むぅ」

「そういうあなたこそ、俺に敬語でしょう」

「私の場合は誰にでもこうですもん。ヴィルは使い分けてます。私だってヴィルにため口使われたいです」


 どうしても素の口調にしてほしいのか、やや拗ねた表情で甘えるように腕にもたれてくるエステルに、どうしたものやらと音もなく嘆息。


「何故そこまで拘るのですか」

「だって、ヴィルは、家族に特別に口調を変えるんですもん。私も、特別になりたいです……」

「……可愛いですねえ、あなたは」


 遠回しに家族になりたい、と言われているにも等しいので、なんというか少しずつでもそういう方向に意識が向いているのかな、なんて嬉しくなってしまう。

 まだまだ本人には結婚とかそういう選択肢が頭にはないと思うのだが、脈がない訳ではないので安堵してしまった。


 ただ褒めたつもりが馬鹿にされた気分になったのか、エステルは「ば、ばかにしてませんか」とたじろぎつつちょっぴり唇を尖らせていて、そんなところまでいとけなさが目立っていた。


「そんな事はありませんよ。でもまあ、俺としてはこの口調のままでいたいのですよ」

「うー」

「……それに、多分エステルがもたない気がするんですよね」

「もたない、とは?」

「いや、ほら。粗野な面が出てしまいますし……」


 何より、エステルはあまり男らしい面を見慣れていないのだと思う。

 先日のディートヘルム宅の泊まりでは少しだけ本性……というより我慢していたものの片鱗を覗かせてみせたが、何かを察した途端にすぐに真っ赤になってしまったのだ。


 いつもと違う雰囲気には弱いらしく、少し強引な面を見せればたじろいであわあわとしてしまうエステルに素の自分で接してしまえば、確実にうろたえる。

 こちらとしても、ただでさえ最近たがが緩んでいるのに口調という一種の防壁を取り払ったら、自分の事だというのに何をするか分かったものではなかった。


「そんな事で幻滅したりしません!」

「そういう意味ではないですが……」

「とにかく、私ヴィルがお兄さん相手みたいに喋っても引いたり怒ったりしませんから!」

「……じゃあ本日限定で口調でも変えてみましょうか」

「ほんとですか!」

「あまり気乗りはしませんけどね」


 エステルが珍しく引く気配を見せなかったので、躊躇いを覚えつつも一日限定と期間を制限してお試し程度に口調を変えてみせようか、という提案をすれば、エステルはすぐに頷いた。

 あどけなさの残る顔には期待が色濃く浮かんでいて、余程楽しみにしているのだろう。


 ヴィルフリートとしてはため口の何がいいのかはさっぱり分からない。むしろ丁寧に接している方が余程特別扱いなのにな、とすら思うのだが、エステルが満足するなら少しくらい素の口調で喋ってもいいだろう。


 すみれ色の瞳を煌めかせてこちらを見上げるエステルに、軽く咳払いをして「じゃあ今から口調変えるぞ」と告げると、やはりというか嬉しそうに笑うエステル。


「ヴィル」

「何だ?」

「呼んだだけですー」


 にへー、とご満悦そうな表情を見せるエステルは、ヴィルフリートの腕にぺとりとくっついて頬をすりよせてくる。

 甘える仕草は、構ってほしいという事の表れだ。ただでさえ筆頭魔導師の仕事に中々慣れず忙しくてあまり二人の時間を取れなかったので、折角一日丸々空いている今日は甘えたいらしい。


「ヴィル、ぎゅーしてください」

「いいぞ」


 なんとも可愛らしいおねだりに、ヴィルフリートもこれくらいならお安いご用だとエステルの膝裏に手を回し、自分の足の間に座らせる。

 まさか体勢まで変えられるとは思ってなかったらしくぱちくりと瞬きを繰り返しているエステルに、ヴィルフリートはにっこりと笑いかけた。


「これでいいか?」

「は、はい」

「そりゃよかった。他にはどうしてほしい?」

「……じゃ、じゃあ、きす、して?」

「エステルが望む通りにしてやるとも」


 微妙に恥じらいを乗せた表情で上目使いに甘い声でねだられれば、誰だって応えたくなるだろう。ねだられなくてもするつもりではあったのだが。


 エステルのお望み通りに、ヴィルフリートは唇を寄せる。

 触れた先は、エステルのまろやかな頬。


「……あの?」

「どこに、とは聞いてないからな」

「えっ」

「どこにしてほしかったんだ?」


 エステルには基本からかいはしないのだが、家族に接する時はそれなりにからかったり皮肉をぶつけたりする。

 肝っ玉母さんと四人兄姉の荒波に揉まれてきたヴィルフリートは案外意地が悪かったりするのだが、エステルがそれを体感した事はないだろう。いい機会だと思って少し意地悪をしていた。


 わざと唇には施さず、柔らかな頬に唇を触れさせたヴィルフリートに、エステルが頬の赤らみを強くする。

 普段なら「唇にです」とはっきり言えるだろうに、今回のエステルはどうしてだかその言葉を口にするのを躊躇っていた。


 なので、ヴィルフリートも唇にはせず、頬や鼻、額や瞼に優しく落としていくだけ。いつもこっちが振り回されどきどきさせられている側なので、今くらいはエステルを存分に振り回してやりたかったのだ。


 滑らかな肌の感触を唇で味わいながら、エステルの頬の赤さを伸ばすように、丹念に口付けていくヴィルフリートに、エステルが肩を縮めていた。

 どうやらかなり恥ずかしくなっているのか、ヴィルフリートを見上げる瞳が潤んで震えている。泣きそう、とは言わないが、今にも羞恥で溶けてしまいそうな湿り気を帯びている。


 普段からこれくらい恥じらいを持ってくれればいいのに、とは思ったものの、積極的で無防備なエステルも可愛いので、羞恥は極まれに見えた方がいいのかもしれない。羞恥以前に大切な知識を付けていてはほしかったが。


「ヴィル……ほ、ほっぺとか、じゃ、やだ……」

「じゃあどこがいいんだ」

「……いじわる」

「俺が意地悪いなんて今更だろうに」

「いじわる!」


 ぺしぺし、と胸を叩かれても痛くも痒くもない。

 涙目でヴィルフリートを可愛くなじったエステルが胸に顔を埋めてキスを拒み始めるので、あんまりやり過ぎてもよくないよなあ、なんて思いつつも拗ねた姿も可愛いのでついつい耳に口付ける。


 うひゃぁ、と跳ねた声を上げて顔も上げてくるエステルの唇に噛みついて、お望み通りにしてやった。


 ぱち、と目を見開いたエステルに笑いかけて瑞々しい唇の感触を味わうように軽く啄み、肩に流れた髪を梳きながら首筋を撫でる。

 びく、と体が震えるのは、彼女がくすぐったがりだからだろう。あまりくすぐるとあとでご機嫌ななめになるのも分かりきっていたので、ヴィルフリートはそれ以上はやめておいて今度は手持ち無沙汰そうだった掌を握った。


 する、と指を絡ませて、細く繊細な指を撫でる。

 随分とほっそりとした頼りない掌は、ヴィルフリートの掌で簡単に包み込めそうだ。

 エステルの薬指には今何もはめられていないが、いずれここにもヴィルフリートのものだという証がはまる予定である。既に寝ている間にサイズははかっているので、あとは石やデザインを決めるのみ。


 あまりぐずぐずしていても義父(仮)や実兄に急かされるしエステルの美貌に目が眩んだ男性にちょっかいをかけられる可能性もあるので、出来れば早く、関係を変えたかった。


 そんな事を考えながらしばらく優しく口付けていたヴィルフリートだったが、そろそろエステルが限界そうだったのでゆっくりと離して瞳を覗きこむ。


 すみれ色の瞳は、熱に溶かされたようにふやけて湿っている。

 唇から熱い吐息がこぼれていて、触れるだけの口付けなのにいっぱいいっぱいになっていたらしい。これでもっと深い口付けをすればどうなるのか好奇心がわいたものの、エステルにはゆっくりと慣らしていかないとすぐにオーバーヒートしそうなので、好奇心はぐっと飲み込む。


「……これでいいか、エステル」


 耳元で囁くとエステルは大仰に体を震わせて、ヴィルフリートの胸に倒れこむ。小さく「……あぅ」とうめき声にしては随分と可愛らしい声を上げて、視線から逃れようともぞもぞと頬を胸板にくっつけていた。


「どうかしたか?」

「……ヴィルが、いつもと違うから」

「違和感があるか?」

「そ、そりゃあ今まで敬語でしたし……。で、でも、違和感というより」

「違和感というより?」

「……なんだか、ヴィルがすっごく、男の人に思えます」

「逆に今までなんだと思われてたんだよ……」


 好かれていても、あまり異性として意識する事は少なかったのだろう。先日の泊まりでようやくそういった面にも気づき始めたエステルは、まだ積極的に押される事にはなれていないようだ。


 いつもなるべく紳士的に接していたからこそ、性を意識されなかった。今回はややいつもより強気の姿勢を見せたので、余計に男性だと意識したのが顕著になったらしい。


「ち、違うのです。男の人だって、分かってたけど……今日のは、普段とのギャップでどきどきするというか」

「ふぅん?」

「……いつものヴィルは、優しくて、すごく丁寧に接してくれるじゃないですか。今のヴィルは、優しいけどちょっと強引な感じがあるというか」

「普段取り繕ってるだけでいつも強引にいきたいと思ってたらどうする?」


 当たり前ではあるが、ヴィルフリートも男だ。エステルの成長と学習を待ってゆっくり進めてはいるものの、体に触れたり口付けも進んだものをしたい、とは思うのだ。

 抑えているだけであって、もっとエステルと触れ合いたい。


 その辺り分かってくれないと後々苦労するのはこっちなので、出来る事ならエステルにも理解してほしかった。


 ヴィルフリートの言葉にエステルは顔を真っ赤にしてこちらを見上げて、視線が合えば気恥ずかしそうに瞳を伏せる。


「え、あ……そ、その、お、お手柔らかに……」


 いや、とは言わない辺り自分も好かれてるし信頼されてるな、と実感する。

 優しくすれば、大抵の事は許してくれそうな気もしたが、流石に実行に移す訳にもいかないので、ヴィルフリートは色々と欲求を飲み込んでエステルの頭を撫でるに留めた。


「俺はいつも優しくしてるだろう?」

「うぅ」

「……どうしてほしい?」

「こ、この間のは、はずかしいから、今はだめです」

「いつになったらしていい?」


 からかい混じりに問いかけてみれば、もぞもぞと腕の中で身じろぎしながら「……ね、寝る前?」と非常に危ない発言をいただいたので、ヴィルフリートは苦笑してエステルを抱き締める。

 していいんだ、と思うとなんというかよからぬ欲がむくむくとわいてくるのだが、実際にしてしまうと止められなくなりそうなのでここは遠慮しておくべきだろう。


 代わりに、少しだけその言葉に甘えようと首筋に口付けて、ぎりぎり襟に隠れる範囲に小さな痕をつけていく。

 何をされたのかは察したらしいエステルが「今はだめって言ったのに!」と涙目でヴィルフリートを睨んでくるが、やはりというか可愛らしくて全く怖くないしそんなの抵抗の内には入りそうにもなかった。


「……俺は強引だから、駄目と言われると余計にしたくなるな」

「だ、だめです、よくないですそういうの」

「じゃあ、嫌だって言ってごらん?」

「……い、いや、ではないから、嘘はつけません」


 健気にも拒絶だけはしないエステルに、ヴィルフリートもこれだから無自覚はと笑みが浮かぶ。

 そうやっていちいちこちらを無意識に煽ってくるのだから、たまらない。嫌だと言われたらすぐに退くのに、嫌ではなくてだめだから、どうしても止まってやれないのだ。


 小悪魔め、と内心で呟いて、起伏に顔をうずめる。

 先日よりも高鳴った鼓動に、笑みがこぼれた。


(ほんと、どきどきするところが違うんだよな)


 彼女のツボがいまいち分からないが、とにかくエステル的には普段とは違う顔を見せるとどきどきするらしい。

 それならたまにはこういった面も見せるべきか、と今後の接し方を考えていると、エステルがヴィルフリートの肩を掴んで、引き剥がす。


 前は自分から抱き寄せてきたのに、態度が変わったものだとちょっと微笑ましさを覚えたのだが、エステルは顔を真っ赤にして逸らし、ぷるぷるしながらヴィルフリートから距離を取ろうとしていた。


「ううぅ……い、いい、です。も、もういいです……」

「もういいって?」

「……普段の口調に戻してください」


 一日のはずが早々にギブアップ宣言をしたエステルに、それ見たことか、と苦笑。

 最初から薄々こうなる事は分かっていたのに、エステル本人は理解していなかったようだ。


 エステルがもたないのでこれ以上続けても仕方ないのだが――素直に止めるには、物足りなさがある。

 いつも振り回されている側なのだから、少しくらい焦らしてもいいのではないだろうか。


「どうしようかな」


 体こそ少し離されたものの、ヴィルフリートの腕の中に居る事には違いない。

 少し顔を寄せれば、また口付けの出来る距離に居る。


 甘い吐息を感じとれる距離まで顔を寄せて、今度はエステルの手を持ち上げて軽く爪の先に唇を触れさせた。接触はほんの少し。けれどちゅ、と軽いリップ音をわざとたて、熱をたっぷりと含めてエステルを見やれば、伝播したように顔が一層赤らんでいく。


 あぅ、とかうぅ、とか、そんな言葉にならない唸り声を上げるエステルだが、決して振り払おうとはしていない。つまり嫌ではないらしいので、遠慮なく可愛がれる。


「ヴィルぅ」

「エステルから言ったんだろ」

「だ、だってぇ」


 こんなになるなんて聞いてない、ともじもじしながらこぼされて、ヴィルフリートとしては見通しが甘すぎるとしか言えない。

 いつも優しく優しく、危害を加えず、極力紳士的に接していたとはいえ、ヴィルフリートも男なのだからそれなりにそういう部分はある。今までで気付かなかったエステルがうっかりさんなのだ。


 もう少しエステルを可愛がりはしたかったが、流石にこれ以上はエステルが沸騰しそうなので、そろそろ控えねばならないだろう。

 ゆだりきったエステルはエステルで可愛いが、復活に時間がかかる上にしばらくの間口を利いてくれないので、ほどよいところで終わっておくのも彼女と仲良くするための秘訣だろう。


「……ふ、やめておきましょうか。あなたがもちそうにないですし」


 指先への口付けを止めて体も軽く離し、支えるように抱え直すと、自分から言ったというのにエステルは呆然としていた。あまりの変わり身の早さに驚いたのかもしれない。


「どうかしましたか」

「……な、なんでもない、ですけど……な、なんか、さっきのヴィルは、すっごく……」

「すっごく?」

「……たらしに見えました」

「ほう」


 言うことに欠いてたらしとは、ひどい言いぐさである。

 ヴィルフリートはバシリウスのように口説き回るほど軽率ではないし、あくまでエステルに対してだけ甘やかしていたつもりだ。たらしのような言動をした覚えはない。

 少々、キザだったかもしれないが。


「……妙に、色っぽいし……なんか、だめです。むりです。心臓に悪いです」

「意識していただけたなら重畳ですね。普段からもっと意識していただきたいものですが」

「き、気を付けますから!」

「気を付けてなるものではないのですが……まあいいか。で、どうです? やっぱりいつもの俺の方がいいでしょう?」


 エステル自ら言い出した事ではあるのだが、これで分かっただろう。エステルは、普段と違う言動をされるとうろたえるからこういう風なため口で積極的なヴィルフリート相手には大人しくされるがままになってしまう、と。


 本人に自覚があったらしくて、こくこくと首を縦に振っている。あまり男らしい男に会っていなさそうなのも原因だろう。耐性がなさそうだ。

 家族になっても、普段の口調は変えない方がよさそうである。


「ですので、ああいう口調はとっておきにしておきます」

「と、とっておき……?」

「あなたはあちらの口調では落ち着かないようですので、いざという時に使いますよ」


 具体的に言うと、エステルの腰を砕きたい時に使えばいいだろう。ここぞという時に使えば対エステルのみ破壊力がありそうなので、その時まで残しておこうと誓うヴィルフリートである。


「な、何だか私が大変な事になりそうです」

「よくお分かりで。でも、普段からこんな風だとあなたが落ち着かないでしょうし?」

「……そうですけど」

「ですので、言葉遣いはいつも通りにしますよ」


 ヴィルフリートとしても、エステルに対してはこの口調の方が慣れているので、このままが望ましい。

 壁を作っている、というよりは自制心とやはり大切にしたいという気持ちからこのような言葉遣いになっているのだ。なので、ヴィルフリートなりの愛情表現でもあるのだが……いつも通り、という言葉にはエステルがほんのりと不服そうな顔をした。


 止めてほしいと言ったり口調を変えてほしいと願ったり忙しい人である。そんなちょっぴりわがままなエステルも、可愛いものだが。


「……エステル」

「はい?」

「特別だからこそ、こういう喋り方をしているんですよ。実の家族とはとは違う、特別です。誰よりも特別なのですよ。あなたを大切にしたいし可愛がりたいからこそ、丁寧に接しているのです。それだけはご理解くださいね」


 何がエステルに不満を感じさせているのかといえば、普段のしゃべり方からすれば特別ではないように思えてしまうからだ。

 なので、ヴィルフリートはエステルが一番で特別だからこそこのような接し方をしているのだ、と優しく説いてやるのが一番だろう。


 エステルは唯一の存在で格別なのだ、と優しく囁くと、エステルはぽわっと頬を淡く染めて「それなら良いのです」と小さく呟いて、ヴィルフリートの胸に顔を埋めた。埋める前の表情は、とても満足そうだった。


 耳までほんのりと染まった姿にヴィルフリートはひっそりと笑って、独占欲を見せてくれたエステルの華奢な体を優しく抱き締めた。

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