83 異変
短め
「ヴィルフリート補佐官、エステルを見なかっただろうか」
本日は珍しく仕事を早々に片付けて、ちょっと用事があるので一旦席を外すと言って一人で出ていったエステル。何やらやや思い詰めたような苦い笑みを浮かべていたので、気になって仕事を早めに切り上げてエステルを捜索していたのだが……そこでディートヘルムと鉢合った。
「奇遇ですね、俺もエステルを探しているところです」
「そうか。少し話があったのだが……君のところには居なかったか」
てっきりエステルはディートヘルムのところに行ったのかと思ったのだが、あてが外れた。伝達魔法も拒否されているので探知しようがないし、他に行く場所は思い当たらない。
「儀式の間に居る可能性は?」
「いや、今日はイオニアスが儀式を請け負っているから、エステルが近付くとは思わないのだが……イオニアスも途中で入って来るのは嫌がるからな」
ヴィルフリートは何も言われていないので知らないが、エステルは間違いなく知っているだろう。わざわざ嫌味を言われてまで会いに行く事もないとは思うのだが。
『ですので、ヴィルが言っても無駄なんです。だから、私が何とかするのですよ』
以前聞いた言葉が、蘇る。
『……ヴィルは、私を支えてくれればいいのです。私の選択を見守ってくれたら、それで』
エステルは、ヴィルフリートに何をするか、打ち明けてくれなかった。何かをする、という決意だけは感じられたが、その方法については口を閉ざしていた。
そう、その時の表情は、丁度今日姿を消す前に見せた表情にそっくりで。
「――閣下、儀式の間に立ち入りの許可をください」
「心当たりがあるのかね」
「杞憂であればいいのですが」
エステルは、ここぞという時に全部抱えて飲み込む人だ。ヴィルフリートに止められる前に、自分の責任でイオニアスをどうにかしようとするだろう。
筆頭魔導師の仕事に干渉できるタイミングなんて、こんな時しかないのだから。
「いいだろう、入るとよい。君の魔力は門に既に登録してある。私は他の場所も探してみよう。私は急ぎの用事ではなかったのだが、君の表情からして深刻そうだからな」
「……もしかしたら、急いて事を起こしているかもしれませんので。イオニアス様と一悶着起こしてそうで……」
「そう思うなら早く行ってあげなさい」
ディートヘルムはヴィルフリートに任せるらしく、筆頭魔導師の執務室の鍵を手渡す。
本来ならばそれは許されないであろうが、ヴィルフリートへの信頼からあっさりと渡したディートヘルムは、踵を返す。自分が行くよりもよいと判断したらしく、言葉通り別の場所を探すためにヴィルフリートから離れていった。
渡された鍵を見て、ヴィルフリートはゆっくりとその鍵を握る。
何事もなければそれでいい。もしイオニアスと鉢会わせたら頭を下げよう。
(エステル、頼むから変な気だけは起こさないでほしい)
一人で突っ走っていそうなエステルに心でそう呼びかけて、ヴィルフリートは筆頭魔導師の執務室へと歩を急いだ。




