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82 覚悟と宣誓

 国の最深部である儀式の間は、大地の意思であるロゼにとって自身の体と同義である。

 国土そのものが体と言ってもいいのだが、その中でも自身が自身として居られるのはこの空間だけだ。他の大地は繋がってはいるし大地が軋めば痛みに似た感覚を覚えるものの、儀式の間ほど自分の領域としては知覚出来ない。

 一応国の中ならばどこでも人間の営みを覗けばするものの、ひどく集中しなければならないのでわざわざ見ようとはしない。


 逆を言えば儀式の間は自身の体内と同じであり、何が起こっているかはすぐに分かるのだ。


 だから、他人が入ってきた時は否応がなしに気付かされる。

 長い年月を精神だけ生かされるという状況に狂ってしまわないように、普段は大地の悲鳴を感じつつも微睡みにも似た状態に居るロゼだが、流石にこの時ばかりは起きるのだ。


 この儀式の間に入ってくるのは限られた人間で、尚且つイオニアスが調整に入る時期ではない。

 だからヴィルフリートがお話しに来てくれたのか、とやや歓喜しながら緩やかに覚醒したのだが、感知した魔力の質に、少しだけ落胆した。


(……ヴィルフリートだと思ったのに)


 本来人の形を捨てたロゼに目という概念はないのだが、視界を儀式の間に合わせれば、碧の光に照らされながらも毅然とした歩みで擬似的ながらもロゼの意識の本体である中央部の結晶に向かってくる少女の姿。


 助けたい彼と同じ色の髪を揺らしながら姿を表したエステルは、静謐な面持ちで結晶の前に立ち、彼女の背丈よりもある結晶を見上げる。

 すみれ色の瞳は、据わっている。芯があるといえばそうなのだが、どこか不安定さがあるようにも見受けられる眼差しだった。


 いつもの貫頭衣ではなく普段彼女が着ているらしいこの儀式の間の管理組織の服をまとったエステルは、まるでそこにロゼが居るのだと分かっているように、じっと見つめている。


「……私には、あなたの声が聞こえません。あなたの苦悶の嘆きしか、届かない。意味のある言葉としては、受け取れません。けれど、ヴィルがあなたの声を聞き届けられたから……私は、ようやく実行に移せます」


 淡々と、ロゼに聞かせるようで自分に聞かせているような呟きを落とすエステルは、無表情だ。


「私だけがあなたの願いを叶えてあげられます。あなたの望みを果たしてみせましょう。ですから――私が、筆頭魔導師の地位を簒奪する事を、見届けていてください」


 薄紅の唇からこぼれた言葉は、聞く人が聞けばエステルを拘束して罰する事になるものだったが、エステルは確固たる意思を持って口にしていた。

 碧の光にも負けないすみれ色の輝きは、誰がなんと言おうと撤回しないと物語っている。


「私はあなたに許しを得に来た、という訳ではありません。たとえ許されずとも、私はそれを成すでしょう。これは、宣誓のようなものです。あなたが望む、イオニアスの救済を私は成し遂げましょう。彼に恨まれようが、罵られようが、私は彼を生かしてみせましょう。それがあなたの望みでもあると思います。私が彼を追い込んだ一端を担っているのですから、私が責任を取ります」


 それは違う、と言いたかった。

 ロゼからすれば、イオニアスと度合いが違えどエステルも被害者であり、本来ならば救われてもいい筈の存在だと思っている。強制的に命を捧げさせられているイオニアスを救いたいのも確かだが、エステルに責任があるとは思わなかった。


 しかし、ロゼの声がエステルに届く事はない。ヴィルフリートの通訳を通してようやく他者に意思を伝えられるという状況で、エステルが居るだけの今意思疎通は無理だ。


「ヴィルに言ったら、多分止められちゃうでしょうね。もうちょっとやり方があるんじゃないかって。ヴィルは、優しいから」


 ヴィルフリートに言えば、おそらくエステルを止めるだろう。

 けれど、エステルが事を起こすのとヴィルフリートが次この場に来るのとでは、恐らくエステルが早いだろう。エステルがヴィルフリートをこの儀式の間にしばらく近付かないようにと誘導する事が出来る。


「それを悠長に待っていたらお兄様は弱る一方です。私が見て欲しかった外の世界を、見る事も出来なくなってしまう。だから、私の独断専行だとしても……変革は、劇的であるべきです」


 それに、ロゼ本人にとって、彼女のなそうとする事を全部拒否するつもりはないのだ。むしろ、本来の目的で言えば都合がいいのだ。

 なにもしなければ、きっとエステルは筆頭魔導師になるだろう。魔力も血も近しく、筆頭魔導師の役割を幾度となく代わってきた彼女ならば、弱ったイオニアスから無理に資格を譲渡させる事も出来る。ロゼが継承の儀を手伝えば、もっと簡単に出来るだろう。


「あなたは、きたる時に私を認めてください。それだけでいいのです。私が、あなたの望みを叶えてあげます。……十年囚われ続けてきたお兄様を、解放してあげましょう」


 少しだけ震えた声で呼び掛けたエステルが微笑むのを、ロゼは見守る事しか出来ない。


 エステルの言う事は、正しい。

 このまま限界までイオニアスを働かせては、解放したところで長くは生きられない。でも、まだ間に合うのだ。たとえ常人よりも命が早く燃え尽きるのは変わらないとしても、まだ延命は可能なのだ。


 けれど、エステルが無理に奪い取って、彼を絶望させていいものなのか、分からない。助けて欲しいと願うものの、彼を生かす役目というものを奪い取った時、どうなるか分からないのだ。


 誰にも苦しみを理解されず孤独に役目を果たしてきた彼を見守り続けてきたロゼは、どうしていいのか分からずにエステルが去っていくのを見送る事しか出来ない。


 手段は極端でも、エステルの行いは間違っていない。助ける事に繋がるのは彼女の思うままにさせる事だ。


(……わたしは)


 彼女の思うままにさせるべきなのだろうか、と桃色が揺れて消えた方向を見て、ロゼは誰にも聞こえない声で呟いた。

一ヶ月は更新空けませんでしたセーフセーフ。

もう少しで終わる予定です。本編はシリアス(?)ですが後日談では全力でいちゃいちゃしてもらいます。今年度中に本編は終わらせてみせる。

あと昨日はバレンタインデーだったので活動報告に腹ぺこのバレンタインSSアップしました、ご興味のあるかたは覗いてみてください。

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