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78 出動要請とご飯確保

「久し振りですね、こうして一緒に外を歩くなんて」

「そうですね」

「天気もいいし、気候も穏やか。絶好のお散歩日和です」


 にこやかな笑みで隣を歩くエステルに、ヴィルフリート柔和な笑みを心がけつつ内心やや汗をかいていた。

 確かに晴れ渡り澄みきった青空、風は頬を撫でる程度で緩やかであり、陽射しが柔らかく降り注いで、確かに散歩や昼寝にふさわしい条件が揃っている。


 ――周囲の魔物の残骸さえなければ。


「あの、エステル。これお散歩日和でしょうか」

「はい、お散歩日和です。ヴィルとお出かけなだけで晴れでも雨でも風が吹きすさぶ日でも楽しいです」

「いや雨風激しい日はどう考えてもおうちにこもってる方が良いかと」


 のんきな会話ではあるが、絶賛魔法で撃退……というのは生ぬるく、掃討の勢いで魔物の息の根を止めていっている状態である。

 エステルは隣でゆるりとした笑みを浮かべて焦りなど一欠片もない。というのも、魔物が視界に入った瞬間に的確に弱点を突いて殺しているヴィルフリートが居るからだろう。


 表面上は穏やかな笑みを心がけているが、ヴィルフリートとしてはいたって大真面目に魔法で倒している。エステルに指ひとつ触れさせないように、その歩みの邪魔をさせないように。

 エステルが倒した方が早いし効率はいいのだろうが、ヴィルフリートが全て任されているのには理由があった。


「しかし、狙いすませたかのような大暴走、嫌になりますね」


 そもそもの事の発端は、滅多に討伐の仕事が回らない第二特務室に戦闘要請がきた事だった。

 普段こちらには仕事などこないのに、どうやら魔物の大暴走が起こったらしく、お鉢が回ってきたのだ。今回は数が数ゆえにこちらにも要請したらしい。


 現場に行ってみれば相当数居たものだから、とりあえず目についた魔物から処理している状態で、これがエステルの言う一掃(おさんぽ)である。


 しかしながら、今回お散歩を先導しているのは、ヴィルフリートだ。

 実力を見せつけてこい、とディートヘルムに尻を蹴られたため、エステルが動く前にヴィルフリートが片付けている。


 ディートヘルムが先日の会話を気にしているのは確かで、「君なら出来るだろう、私の地位に就きたいのだろう?」と期待と煽りを半々にした激励を飛ばしてきたのだ。これでは期待に応えざるを得ない。


「というよりは、ディートヘルムがそろそろ出番だって示唆していたのだと思います」

「事前に手を打っていたのかと。戦闘部門の動きも早すぎましたし、民への被害もほとんどありませんし。俺らがスムーズに動けたのもそれでしょうね」

「ですね。……私も、ディートヘルムに進言はしてましたから。そろそろきそうだ、と」


 一定周期で魔物が大きく動く、というのは、魔導師なら誰でも知っているものだ。いつ来るのかは一般的には知られていないが、大地の様子を知る事が出来る筆頭魔導師ならかなりの精度で予測は出来る。


 今回の大暴走は実力を遺憾なく見せ付けるにはもってこいの状況ではあるものの、もう少し詳しく言って欲しかった。

 お陰で現場に駆け付けたら駆け付けたで周囲からざわつきで出迎えられたのだ。


 これが実力のお披露目のためのお膳立てか、とあとから理解したのだが、到着当初は何故こんなにもひそひそと囁かれて遠巻きにされねばならなかったのかと思った。


 以前から戦闘部門の人間にはこうして助力の機会を与えられようが排他的な雰囲気で迎えられたものの、今回は排他的とかではなく困惑の方が大きかった。

 ディートヘルムに指示を受けていたのだと知ったのは、指揮官の元に行って方針を聞いた時だ。指示をあおいだ時のあの苦虫を噛み潰したような表情は、印象に残っている。


「うち漏らしはありますか? こっちの方面を任された身としては、担当区域だけでも壊滅させておかなくてはなりませんし」

「いえ、なさそうです。全部死んでますよ。浄化だけは私がしておきますね」


 死骸を放置すると大地(ロゼ)の負担になるので、なるべく消し炭にしておかなければならない。

 軽く手をふるったエステルが、一瞬で魔物の死骸の数々を清らかとも言える白炎で焼き尽くしていく。ヴィルフリートもあの超高熱の炎を出せなくはないが、息をするようにはふるえないのでまだまだだと痛感させられるばかりだ。


 灰になっていく魔物達の焼ける臭いに眉を寄せつつ、風でなるべく臭いがこないように誘導しているヴィルフリートは、自分が奪った命の数を考えながらひっそりとため息をついた。


(強くなった、のは実感した。こんなにもあっさりと屠れるなんて思ってもみなかった)


 掌を握りしめては開いて感覚をどうにかつかもうとするものの、いまだにしっくりこない。

 自己鍛練やディートヘルム、エステルとの修行こそしてきたが、魔物に力をふるうのは久しい。だからこそ、こんなにも違和感があるのだろう。比べる相手が間違っていたのだとは分かるが、こんなにも――。


「過信はよくないですが、結構強くなったんですかね、俺」


 魔物相手にして、ようやく自身が以前に比べてどれだけ強くなったのか、理解した。

 今までのは謙遜ではなく、それなりに成長はしていたのは自覚していたが本音で皆が期待するほど成長していないのかもしれない、と思っていたが、こうして魔物と退治して遅ればせながら気付けたのだ。


 以前は苦戦とは云わないがそれなりに時間がかかったような魔物でも、楽に倒せている。魔法の一撃一撃が研ぎ澄まされているのを、ようやく実感したところだった。


「何を今さら。ずっと強くなってたって言い続けたのに」

「自分では自覚できないものなのですよ。エステルこそよく分かりましたね」

「そりゃあ、ずっとヴィルにくっついてるから魔力の増大から魔力の流れ、練り方に扱い方まで全部洗練されてきているのをずっと感じていましたし」


 ちゃんと成長してきたのは見守ってきましたから、と胸を張って笑う恋人様に、ついつい面映ゆさから頬をかく。

 自分では余暇時間での鍛練なんて当たり前だったし、どう強くなったなんてあまり分からなかったが、どうやらご期待には沿えたようだ。


 自分でも手足のように魔法をふるえるようになっているのだと気付き、少しずつ高揚しているのを自覚している。


 ここまで魔法を連発しても疲れていないのは、日頃の成果と、エステルに刺激してもらい眠れる魔力を目覚めさせたからだろう。

 やけに最近消費が少ないな、とは思っていたのだが、ここまでとは思わなかった。


「……自信もっていいんですからね? これなら特級って言い張れると思いますよ。ほら、あっちで驚いてらっしゃる方達もいるようですし」


 エステルが視線で促した先には、指揮官の意向もあって一応こちらの監視と援護を目的にきていた魔導師。ぴきりと固まってこちらを見ている。

 遠いところでも、一掃の様子を見ていたらしく戦闘部門の魔導師達から視線をもらっている。


(そりゃあ今までの認識が『それなりに優秀だが居なくはないレベルの中途半端な魔導師』だったからなあ)


 我ながら地味な実力だったな、と苦笑したヴィルフリートは、改めて自分が磨いてきた力を目にして、ぐっと拳を握る。

 こうして偶発的とはいえ機会を与えたディートヘルムも、自信をつけさせたかったのもあるのかもしれない。


「……一応、これなら周囲も認めてくれますかね?」

「これ以上を求めるのも難しいと思うのですけど……やっぱりすごい魔物をばーんと倒すとか?」

「すごい魔物ですか」

「ほら、おあつらえ向きに」


 なにげなしに先程とは別方向を指差すエステルにつられて視線を向けると、空を羽ばたきこちらに向かってくる魔物の姿。

 種族名で言うなら、翼竜。以前エステルが魔物退治をした際に現れたのと同種のようにも見え、真っ赤な瞳でこちらを睥睨している。


 当然、竜……ワイバーンが来たともなれば現場に一気に緊張感が走る。


 下位の魔導師では太刀打ちできない魔物。竜の名を冠する生き物はそんなものばかりだ。

 昔のヴィルフリートも、そう簡単には倒せないものだっただろう。


「ヴィルなら大丈夫ですって。……うまく倒せたらご飯ゲット?」

「エステル的には出来れば嬉しいでしょうが、そんなのんきな事やってられますかね」

「おいお前ら、何のんきな会話を……!」


 少し離れた位置にいた監視の魔導師が慌てて駆け寄ってくるのを感じながら、ヴィルフリートは竜から視線を離さない。


 以前なら、一人では手こずっただろう。


 今は――。


「邪魔ですね」


 以前、エステルは飛行能力を奪ってからとどめをさしていた。

 自分も同じように出来るだろうか、と両翼に向けて多めに魔力を込めて爆発を引き起こす。


 お腹に響くような轟音を叩き出した爆発は、強靭な筈の翼を引きちぎるように爆ぜた。


 竜の鱗や被膜には炎を寄せ付けない筈であるが、強力な衝撃と火力の前では無力であったらしく、翼の根本の部分からもげて翼と胴体が分離している。


 当然ながら飛行能力を失った竜は苦悶の声を上げながら胴体から地面に落下した。


 大きな音を立てて地面に伏した竜。

 しかし戦意は失っておらず、先程よりも赤く染まった瞳で視線の刃を突きつけてくる竜に、ヴィルフリートは無言でその首を断つように氷の刃で押し潰す。


 頭さえ損傷させてしまえば、並大抵の魔物なら死ぬ。強力な竜とて、そこは変わらない。


 以前は簡単に動きを止める事は出来なかったし、竜の強靭な鱗の守りを無視できるほどの魔法は使えなかった。

 成長したんだろうな、とじわじわ実感しつつ無慈悲に首を落とせば、そこに残るのはびくりと痙攣を起こしつつも、もう抵抗という概念すらない胴体だけ。


 夥しい量の血が地面に染みていくのを見て、ヴィルフリートはそっと吐息をこぼす。


(……強くなったのはいいんだろうな。自身の評価と実力を擦り合わせるのに時間は必要そうだが)


 掌を開閉して力加減を確かめるヴィルフリートに、エステルは「ご飯ゲットですねー」とのんびり呟いて、ヴィルフリートの腕に軽くくっつく。


 視線を合わせると「大丈夫って言ったでしょ?」と言わんばかりににんまりと笑いかけるので、ヴィルフリートも釣られて笑う。


 その様子を見ていた同行の魔導師がひきつった表情をしていたが、ヴィルフリートはどうしようもないのであえて見て見ぬふりをした。

一応これが今年最後の更新になりそうです(もう一回更新できたらします)

あと更新が遅れたので今さらな報告になりますが

活動報告にクリスマスネタあげていました。本編で今あまり糖度がない分活動報告にあげてるものはいちゃつきが多めです。よかったらご覧ください。

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