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77 辛辣なお言葉

 特級に昇格したとはいえ、普段の仕事が変わる訳でもない。

 相変わらずエステルの仕事の補佐をして、ご飯を作り、時折筆頭魔導師の役目を交代するエステルに付き従い支える。


 変わった事と言えば、少しだけ以前よりも周囲の視線に含まれる感情が多彩になったといったところだろうか。


 以前は第二特務室への侮蔑や好奇心が多かったものの、エステルの次期筆頭魔導師疑惑が出始め、そしてヴィルフリートが特級になった最近では、得体の知れないものに対するような畏怖や、嫉妬といったものが含まれるようになった。


 以前ぶつかってきた戦闘部門の魔導師が顕著であったが、その頃よりも視線に嫉妬や羨望が多くなってきた。

 噂されていた時期にヴィルフリートが特級に上がってしまったため、ヴィルフリートの次期筆頭魔導師補佐官疑惑を後押ししてしまう形になったのだ。


 不正やコネを疑われすらするので、なんというか微妙に辟易しているヴィルフリートである。


「まあ、事情を知らない他人からすれば、何の兆候もなく特級になっているから疑わしいですよね」

「魔導師の格付けそのものを疑われても困るのだがね。君の昇格については私は何も関与していないし、探られても痛くはない。そもそも、私の口利きがないと通れない実力なら、特級への試験を勧めない」

「ごもっともで」


 試験を受けるように言ったディートヘルムは、ヴィルフリートが通る事を見越して受けるように言った。

 ヴィルフリートに特級になるように言い付けていたのは、それくらいの地位がなければ側に居る事を許されないからだ。


 エステルの心身の安定のためには公私共に側に居る事が望ましいが、そのためには実力が要求される。

 ゆえにヴィルフリートは努力したし、最低限侍る事を許される地位にまできた。あとは、経験と実績を積んでいく事が必要だろう。


「まあ、一般の魔導師からすれば特級昇格試験の具体的な内容とその意味を理解していなければ、君が昇格した理由も納得がいくまい」

「……もしかして、感応能力以外ぎりぎりでしたか」

「いや、充分だった。感応能力に至っては歴代でもトップクラスの筈であるが」

「となれば、単純に目に見えた功績がないのが不満の原因でしょうか」


 周囲からの不満が強いのは、ヴィルフリートが一般的には左遷先と言われていた第二特務室に所属しており、特に何もしていないように見えているからだろう。

 実際戦闘にはほぼ出ずにエステルの補佐ばかりしているのであながち間違ってはいないのだが。


「幼いイオニアスの頃もまああった反発ではあるが、イオニアスの場合は実力で黙らせた」

「それは何というか……流石というか」

「君にもそうしてもらうつもりだが」

「……はい?」

「分かりやすく実力を呈示すれば黙るだろう」

「いや、それはそうですけどね? 手段がないのでは?」


 確かに、実力を示せば多少の文句は収まるだろう。


 しかしながら、それを実行に移すのは難しいと言える。

 なにせ、ただ飯食らいと揶揄される第二特務室だ。実際はそれほど暇ではないが、魔物退治に出動要請されるなど滅多にない。こちらに任せるというのは戦闘部門の沽券も関わってくるらしいので、仕事が回されないのだ。


 エステルを必要とするような大規模なものや強力な個体が現れる事自体そうそうないのだから、ヴィルフリートが戦う機会も当然なくなる。

 ディートヘルムに直々に任される事はあっても、そもそも仕事の絶対数が少ないし、実力を見せるという事は戦闘部門の魔導師達と共に戦わなければならない。彼らがそれを許すとも思わなかった。


「第一の前提として、まず、俺は他人を黙らせるほど圧倒的な実力を有しているとは思いません。特級に上がれるほどの実力を持った、という事は分かりましたが、彼らを黙らせられるほど強いとは思わないです」

「君は存外自信のない男だな」

「エステルにも言われましたが、性分ですので」

「荒療治でもした方がいいのではないか」


 呆れたディートヘルムの視線を受けても、ヴィルフリートは意見を変えるつもりはない。


 実力を過信しすぎるくらいなら低く見積もって最悪の自体を視野に入れつつ立ち回った方がいい、と考える人間なので、エステルから褒められ認められているのはありがたいが手放しに喜べはしない。

 プライドが高いという訳ではないが、上を求めるがゆえに現状の到達点では称賛を完全には受け取れなかった。


「難儀な性格をしているな、君は」

「こればかりはどうにも」

「謙虚というよりは卑屈だな。時にそれは他者を蝕む傲慢にも聞こえるぞ」

「……存じております」


 ヴィルフリートとて、自分が何を求めているのかくらいは理解している。他人からすればもういいだろう、というラインを越えて強さを求めているのだ。


 事情を知らない人間から見て、ストイックと取るか、それとも納得出来ない自身にすら届かない人達を見下していると捉えるか。

 後者は穿った見解ではあるが、そう捉える人間が居なくもないのだ。


「まあ、それが君らしくもあるな。向上心が高いのは良い、それに他者に自身の基準を宛がわないのも良い事だ。他人にまで求めだしたら、それこそ傲慢だからな」

「……恐縮です」

「しかし、称賛を素直に受け取らないのはよくない傾向だろう。もう少し柔軟になりたまえ。称賛だけに留まらないが、内心でどう思おうが表面では取り繕うのが肝要だろうに」


 痛いところを突かれて、ヴィルフリートは口をつぐんだ。

 相変わらず、隙を見せればぐさぐさと刺してくるところは変わらない。


「……と、私が言ったところで、君は結局忠告を上手く活かせまい。まあ、基本的には親しい人間にしかそういった面を見せないのが救いか。致命的なまでに世渡りが下手とは言わない」

「……さっきから俺の胸がとても痛いのですが」

「事実だろうに」

「事実だからこそ痛いんですよ。閣下こそ、俺には取り繕いませんよね」

「不必要だろう。私に何を求めている」

「手心辺りでしょうか」


 今日はやけにディートヘルムの言葉の刃が痛いので、少し手加減をしてもよいのではないかと思うのだ。

 ただ、ディートヘルムはヴィルフリートの言葉に「馬鹿かね」と呆れた顔を浮かべるのみ。


「君は大人しいようで存外負けん気の強い男だろう」

「まあ、それなりには」

「だったらこれで問題はあるまい」


 いつもの読めない笑みを浮かべたディートヘルムに、ヴィルフリートは「そうですね」と肩を竦めて応えた。




「まあ、おおむねディートヘルムの言う事も理解できますよ。途中から若干辛辣だったのは、んー……やっぱりこれは本人が言われたくないだろうから黙ってます」

「は、はあ?」

「ヒントは、ヴィルが素直じゃないのが原因ですよ。……代わりに、負けん気云々の答え合わせですが……なんでそう言ったかっていうと、多分、期待からですよ」

「期待ですか」

「ヴィルは手厳しい事を言った方が成長するから、あえてきつく言ってる、と言いたかったんだと思いますよ」

「……何と遠回しな」

「ディートヘルムもヴィルの事言えないくらいに素直じゃない人ですよねえ」


 夕食時にディートヘルムとの会話について呟くとエステルが微笑ましそうに答え合わせをするものだから、何というかあの人はあの人で分かりにくい人だな、とじんわりと苦笑いが浮かぶヴィルフリートだった。

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