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76 試験と結果

 元々、ヴィルフリートは勤勉な方であったし、エステルの側に居ると誓ってからはずっと暇な時には鍛練を欠かさないようにしていた。エステルに手伝ってもらったり、時にはディートヘルムの手も借りてきた。


 それだけ期待されているという事に少々重圧を感じつつも、自分がたどり着きたい場所にいくためにも努力を重ねてきたのだ。


 その結果というのが現れると、なんとも感慨深いものがある。


「いいんですかね、これもらって」


 微妙に困惑気味に呟いたヴィルフリートの掌には、エステルやディートヘルムが上着につけているものと同じ徽章(きしょう)が頼りなげに乗っていた。




 先日、ヴィルフリートはディートヘルムの勧めで特級になるために必要な試験を受けた。

 いきなり受けられるものなのかと非常に疑ったものの、先に手配をしていたようだ。受ける資格があるのだから受けてこい、と雑な激励をされ、ヴィルフリートはぶっつけ本番で試験を受ける羽目になったのだ。


 試験、といっても、ヴィルフリートの感想としては案外さくっと終わるものなのだな、といったものである。

 知識を問う筆記試験やら、魔力量を計ったり、制御能力を見るために指定の魔法を使ったり。こちらは割と細かく指定されたので少々手間はかかったものの、問題はない。

 他にも試験官との実戦をしたりもしたが、こちらもすぐに相手を昏倒させてつつがなく終わった。


 ここまで何ら苦労をしていない自身の成長を喜べばいいのか、基準にしていた人が飛び抜けすぎている事を悩めばいいのか。

 やはりというかエステルやディートヘルムと比べると、何もかも簡単に見えてしまう。


 手応えを感じない、といっては失礼なのだろうが、拍子抜けといった感じだ。


 最後に、ヴィルフリートが連れてこられたのは、中央に台座が置かれただけの部屋だ。

 その台座には、拳大ほどの見覚えのある碧い石が置かれている。空気に乗って伝わる気配もヴィルフリートが知るそれで、これに魔力で満たせと言われた。


 特級に何を求めているかもよく分かった。

 つまり、魔力量はもちろんの事、感応能力を求められている。欠片とはいえ儀式の間にある特殊な魔石であり、適合しなければ魔力を注ぐ事すらままならない。


 特級から筆頭魔導師が輩出されるのだから、当然といえば当然だ。先に素質を確認しておくのは正しい。

 もしこれに魔力を通せないのならば、その時点で筆頭魔導師への道は絶たれる。特級には上がれるかもしれないが、それ止まりだ。


 一応内情を知っている身としてはこの確認に緊張する事はなかった。

 エステルがしていたように、魔力を捧げばいい。指先でそっと神々しい光を放つ石の表面に触れて、ゆっくりと魔力を注ぎ込む。


 想像した通り、抵抗はない。

 むしろ石の方から吸われるような、魔力の流れを感じる。欠片であるからロゼに繋がっているのかは分からないが、まず受け入れられている事には違いない。


 魔力を注ぎ込むごとに、輝きが増していく。

 淡い光は強く部屋を照らすものへ。薄暗い部屋は、神秘的な碧で彩られている。


 光に照らされた見張り役でもある試験官の顔は強張っており、石とヴィルフリートを凝視していた。


「これでよろしいでしょうか」


 やり過ぎたかもしれない、と気付いても遅かった。

 元々適性があるのは承知の上でこの確認作業に入ったのだ。やり過ぎると波紋を呼ぶのは分かっていたのだが、試験なので手を抜くのも難しく、過不足ない程度を目指そうとしたらこれだ。


 すっかり儀式の間と同じ輝きを取り戻した欠片に試験官はヴィルフリートを凝視したものの、「……問題がありましたら再度挑戦したいのですが」と聞くとゆるりと首を振った。

 彼も初めての事だったらしい。おそらく上層部の一人であるのだろうが、ヴィルフリートは知らない男だった。


「いや、いい。これで試験は終了だ、追って結果を知らせる」


 すぐに顔から動揺を消して何でもないように終了を告げた試験官に促されて退室したヴィルフリートは、試験官が足早に去っていくのを見てどうしたものかな、とため息をついた。




「という訳で特級の位を頂戴しましたが、いいのでしょうか」


 結果としては合格だった。ディートヘルムから言わせれば当たり前だ、との事。


「いいのではないでしょうか。日頃の努力の結果でしょう? 実技試験については当然ですし、感応能力検査ではむしろ群を抜いて高いはずです。これで落としたら直談判しにいってもいいくらいです」


 エステルも昇級については異論はないようだ。

 試験にあっさり通った事についてもヴィルフリートの努力のお陰だ、と納得していて、試験を受けた当人としてはこれでいいのか、と苦笑いが浮かぶ。


 もちろん、自分の実力が上がっていたというのは、自覚していた。常日頃からエステルのためにも邁進してきたので、その成果が出たのだという事も分かる。


 しかし、思ったよりも、成果が出すぎていた。


 基準が特級の二人だったためか、試験のハードルが低かったように感じてしまったのだ。

 魔導師の中でもトップクラスの実力の持ち主達を基準にするのが間違っているのは分かる。普段から側に居てその力を見ているエステルや師事しているディートヘルムのせいで、ヴィルフリートの思う魔導師の平均値が底上げされていたのだ。


「それは贔屓と取られますよ」

「でも事実です。必要な基準を満たしていなければ、絶対に特級にはなれないから自信を持ってください」


 隣に座って励ますエステルにありがとうございますと笑うと、エステルもふにゃりと頬を緩めてこちらの腕に身を寄せてくる。

 頑張りましたね、と本人よりも嬉しそうにしているエステルの姿に、緩やかながら特級になったんだな、という実感がわきはじめていた。


 まだまだ未熟とはいえ、まがりなりにも特級になった。

 一応ではあるがエステルの隣に立てる範囲にまでたどり着いた、そう思うとじわりと胸が熱くなる。


 筆頭魔導師補佐官として相応しいといえる域に達するには経験が足りないであろうから、そこは後々実戦経験を積んでいくつもりではあった。


「それでも、やはり閣下と同じ地位に就くにはまだまだ至らない部分だらけですから」

「……素直に受け取ってほしいのですけど。ヴィルはえらいのですよ」


 謙虚な人ですね、と仕方なさそうに笑ったエステルが、一度腕に絡み付くのをやめてソファの上で膝立ちになる。

 何をするのかと思えば、ヴィルフリートを包み込むように抱き締めた。


「……少しくらい、労いたいのです。いっつも一人で頑張っちゃいますから、ヴィルは」

「男はかっこつけたがりなのですよ」

「ヴィルは何をしなくてもいつもかっこいいですよ」

「贔屓目込みでしょうに」

「ヴィルのばか」


 どうして信じてくれないんですか、と不満げにぎゅうぎゅう抱き締めてくるエステル。

 地味に息がしにくいしこっちが落ち着かないので出来ればこの体勢は止めてほしいのだが、労いたいとの事でエステルはずっとヴィルフリートの頭を抱えている。確実にエリク辺りに余計な事を吹き込まれているだろう。


 まあ役得だよな、という事で何とか飲み込みつつ、ふくよかな感触をそれなりに堪能していると、エステルは微妙に膨れっ面でヴィルフリートの髪を撫でている。


「ヴィルはかっこよくて優しくて素敵な人なんですからね、お分かりですかっ」

「それ認めたらとんだ自惚れ野郎じゃないですか」

「……ヴィルって変に卑下してませんか。そういうのよくないですよ」


 何故かエステルに神妙な面持ちで諭される。

 それは惚れた欲目なのではないか、と突っ込みたかったが、エステルがまたぷくりと頬を膨らませてしまうのは想像に難くない。


 むぎゅうと抱き締めていかに自分が素敵なのか語ってくる恋人様にこっちが照れる。本人も大真面目だから、余計に照れ臭さを感じた。


「そもそも、私のためにこんなに頑張ってくれるヴィルは優しくて、本当にすごいのですよ。普通こんなにも頑張れません」

「特級は元々俺の目標の一つでもありましたから」

「夢に一途で努力家なところも好きです!」

「わかりましたからそろそろ離してください、割と苦しいです」


 幸せな苦しさではあるのだが、そろそろ辛い。

 褒め殺しと生殺しを同時に実行されるのは、割ときついものがあった。もちろん幸せといえばそうなのだが、お預けを食らっている身としては少しクールダウンしたかったのだ。


 ほんのりと顔が赤くなった事を息苦しいと受け取ったらしいエステルがしゅんと申し訳なさそうに離れるので、嫌ではないという意思表示のためにエステルを抱き締める。


「褒めてくださるのは、嬉しいですよ。でも、恥ずかしいというか」

「ヴィルはいっつも自己評価が低いので、これくらい言わないと分かってくれませんし」

「これでも正当な評価は」

「客観的に見てヴィルはすごいのですよ。……ほんとです」

「……ありがとうございます、嬉しいですよ」


 誰に褒められるよりも、エステルに褒められる事が嬉しい。

 自分の好きな人に頑張りを評価されるのはやはりというか胸に染みるものが違う。恥ずかしさこそあれど、嬉しいものは嬉しいのだ。


 ようやく正面から受け取ったヴィルフリートに、エステルもご満悦そうな笑みを浮かべる。


「今日は頑張ったごほうびにお祝いしなきゃですね!」

「お祝いって言っても、料理は俺が作るんですから」

「ここは私が」

「おやめなさい」


 血を見そうだったので微笑みながら有無を言わさずに止めると、エステルがまた不服そうに唇を尖らせる。


「……俺があなたに作る事がごほうびみたいなものなので、俺に作らせてくださいな」

「でも」

「代わりに、ごほうびとして甘えさせてください」


 柔らかい肢体をしっかりと抱き締めてエステルの首筋に顔を埋めれば、エステルはそれはそれで嬉しかったのか、はりきったように「任せてください!」とヴィルフリートを抱き締め返した。

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