73 呼び出しのお時間です
「君は馬鹿かね」
当然の事ながら、ディートヘルムに事の次第を報告すれば罵倒というには呆れしかこもっていない言葉を頂戴した。
エステルに説明した時は彼女は引きつった顔で顔で「それはとってもすごい事というか……どうしましょう、ディートヘルムに報告しなきゃ」と焦っていたので、ヴィルフリートが思っていたよりも重大な事態なのだとは分かっていた。
同じように、ディートヘルムも額を盛大に押さえてため息をついている。
「精神を侵されず対話した事と、名前をつけた事が問題だ。なつかれてどうする」
「ご、ごもっともです……軽率な真似をして申し訳ありません」
「前代未聞だぞ。余程波長が合わないとそうならない筈なのにあっさり対話して……悪い事ではないが、それはやるとすれば筆頭魔導師の役目だ」
大地の意思……ロゼの声がどんな形であれ聞ける事が、少なくともあの儀式の間に入る条件になっている事や、基本的に悲鳴や絶叫といった形で聞こえる事は、分かっている。ヴィルフリートがした事が普通は無理な事も。
しかし、ディートヘルムが頭を抱える程有り得ないという事をしたのだと改めて突き付けられて、ヴィルフリートも徐々に胃が痛みだしていた。
「適性があるとはエステルに聞いていたし、声が聞こえたとも報告があった。だから声を聞く事自体にはなんら問題はないと思っていたが……まさか対話するとは。言い方は悪いが筆頭魔導師用にラザファムによって調整された二人を気にかけるのは分かる。それを聞き届ける事が出来たのが君という事に驚いている」
それは自分も驚きだった。
ヴィルフリートは自身の事をある程度優秀な魔導師だと思っているが、エステルやイオニアス、目の前のディートヘルムに勝るような実力はないとも分かっている。
秀才ではあるが天才ではない、それが自身への認識だ。
そんな自分がロゼと対話するなど、自分ですら想像出来なかったのに誰も予想がつく筈がないだろう。
「天然か、事件による影響か……どちらにせよ、漏れれば波紋を広げるだろう」
「……それは、次代の筆頭魔導師について、ですか」
エステルは、筆頭魔導師は実力も必要であるがどれだけ大地の意思と適応出来るか、といった事が大切だと言っていた。
自分はエステルに勝る実力もなければ、魔力の保有量も彼女ほどない。
けれど――今回の事で、ロゼとの適合率が高いという点だけは、エステルに勝っているのだと証明されてしまったのだ。
ただ一方的に声を受け取るだけでなく、双方向で言葉を交わし合う事が出来たのだから。
「君は、筆頭魔導師を目指していたのではなかったか? ある意味で君には都合がいいのかもしれないが」
「……エステルの負担を減らせたら、と思う事はあります。役目から解放してやりたいとも思います。しかし――俺が筆頭魔導師になるには、実力が足りません」
たとえヴィルフリートがロゼと体質的に合っているのだとしても、筆頭魔導師という地位に至るには実力が見合わない。
大地に魔力を捧げるという隠されている本来の役割で言えば合っているのかもしれないが、魔導師を統率する立場に居るには相応しくないのだ。大地に魔力を捧げる量も、おそらくエステルには到底叶わない。
聞き届ける事が出来ても、大地を管理しきれないならば意味がないだろう。
「エステルを越えられないで筆頭魔導師になるべきではないでしょう。閣下が認めても、他が認めません」
「確かに、君は戦闘力という面ではエステルに劣るだろう。しかし感応能力で言えばエステルよりも上だ。エステルは受けとる事に特化してやや過敏だからな」
「……繊細ですから、エステルは」
「繊細すぎて壊れかねないというのは君も分かっているだろう」
「だからこそ、俺は支えたいと思っています。適材適所という言葉があるように、俺が出来る事を俺なりにしたいのです」
エステルに代われるなら代わりたいとも思う反面、自分では実力も魔力も足りないと分かっている。
ならば、ヴィルフリートが出来得る限りでエステルを支えるべきだ。見合わない地位に就き出来ないとぬかすより、エステルを支えつつロゼの声を聞き届け少しでもヴィルフリートなりに苦痛を和らげる方法をとった方がいい。
二人で負担を分け合えたらどれだけよいだろうか。
けれど現状の制度ではどうにもならないため、ヴィルフリートは裏方としてエステルを支えるつもりでいる。
ヴィルフリートの決意を見て、ディートヘルムはしばらくヴィルフリートを見ていたが、やがてひっそりと苦笑する。
「ならば、なおさら君は補佐官にならねばなるまい。文字通り補佐してもらわなければならないからな。君を推すために、君は努力をしてもらわなくてはならない」
「承知しております。……隣に立つのに相応しくあろうと思いますから」
「よろしい」
返答に満足したらしいディートヘルムが神妙な面持ちで頷く。
「……しかし、あの子……君でいうロゼか。彼女に気に入られるとは思っていなかった」
「閣下も聞こえるのですか」
「悲鳴が断片的にだがね。その力が薄かったから、私はラザファムに認められなかったのだし」
本人は事実を淡々と語っているようだが、その内容にヴィルフリートは言葉を返しあぐねていた。
十年以上は前から筆頭魔導師補佐官であるディートヘルム。
前筆頭魔導師ラザファムは、ディートヘルムを次の筆頭魔導師とは認めず、エステルやイオニアスを筆頭魔導師に出来るように調整した。
計画を知らされず、後から気づき事件の現場に乗り込んだ彼が見たのは、事切れたラザファムと倒れた子供達。その時彼は何を思ったのか……ヴィルフリートには推し量れない。
何故だか気まずくなって目線が下にいきかけたヴィルフリートに気付いたディートヘルムは、気分を害した様子ではなくただ苦笑をこぼしている。
「別に筆頭魔導師になりたかった訳ではないから、気にせずともよい。頂点に立つよりはむしろこうしてあれこれ根回しをしている方が性に合っているのでな」
「それは……閣下らしいですね」
「私の事をなんだと思っているのか聞いてみたいものだね。まあよい。私の心情を気にする余裕があるならば鍛練に励め。少なくとも、特級にならなくては側にはべる事を許されないぞ」
「……ご忠告、痛み入ります」
ディートヘルムに言われずとも分かっているが、言われるからこそより身に染みる。
エステルにも、贔屓と言わせないと言わた。他の誰でもない自分が隣に立つには、実力が不可欠である。その努力を欠かすつもりはない。
丁寧に腰を折るヴィルフリートに、ディートヘルムは何か考え事をするように意味深な瞳でヴィルフリートを見つめていた。




