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66 上司様の本音

 エステルが住まう場所は、城の中でも特別な区画にある。特別な魔導師に割り振られるようで、エステルもその区画に部屋をもらっている。恐らく、逃げ出さないように見張りもかねて。


 幾度か訪ねた事のあるエステルの居住区、エステルの部屋の扉をノックする。

 重厚な音が返ってくるのを聞きながら、今エステルは起きているだろうか、苦しんでいないだろうか、と心配しながらエステルが出るのを待つ。誰だとも言わないのは、ヴィルフリートすら連絡を絶っているからだ。


 伝達魔法では返事をしなかったものの、実際に訪ねると居留守を使う事はないらしい。扉の向こうで、幾分もたついた足音が聞こえる。

 ゆっくりと鍵が外されて、恐る恐るといった具合にドアノブが回る。ためらいがあるのか、扉が開かれるスピードは、かなり遅かった。


「……だれ?」


 先に誰かと尋ねる余裕もなかったのか顔を出しつつ問いかけてきたエステル。

 ずっとベッドに居たのか寝間着のままで、化粧着はおろかストールすら羽織っていないのに顔を出した迂闊さを突っ込むのは一旦止めておき、ヴィルフリートは優しい声を心がけて名前を呼ぶ。


 エステルは、ヴィルフリートの姿を見て固まった。

 どうしてここに、と瞳が物語っているが、ヴィルフリートからすれば連絡を絶てば心配するに決まってるだろうと言いたい。安否確認にくるのは普通だし、何かあれば力になりたいと思うのは当然の事だ。


「……ヴィル……?」

「エステル、今日はお泊まりしましょうか」

「え、え?」


 開口一番に提案すると、エステルは分かりやすく困惑した。

 あまり顔色がよろしくない彼女だが、今は不調ではなく戸惑いで占められている。


 彼女にとっては突飛な提案だっただろうが、ヴィルフリートからすれば実に大真面目で理にかなった提案だ。

 不安で心細いのであれば、隣に誰か居た方がいい。エステルにとっての精神安定剤である事は自分で自覚していたし、自身としてもエステルを一人にしたくない。


「俺の家ではなくここですけどね。側に居ますよ」

「え、あ、あの……」

「嫌でしたか?」

「い、嫌、とかじゃない、ですけど、……だめ」

「あんなにしたがっていたじゃないですか」

「そ、それはそうですけど! ……そ、その、き、今日は一人に……」

「させません」


 少し語気を強めて却下すると、エステルが更に瞳を困惑に揺らがせる。

 まさか意思を尊重してくれないとは思わなかったのだろう。


 ヴィルフリートとて、エステルが本当に嫌ならすぐに引き下がる。

 しかし、エステルのそれは嫌とかではない。言ってしまえば、強がりだ。心配をかけまいと平気なように振る舞いたい、自分一人で耐え抜きたいというものの表れだ。


 それを額面通りに受け取って大丈夫だと安心出来るほど、ヴィルフリートは鈍くもないし薄情でもなかった。


「一人になりたいならそうしますが、本当に一人になりたい訳じゃないでしょう。どうして中途半端なところで強がって頼ろうとしないのですか」

「ヴィル、」

「俺を頼っていいと言っているでしょう?」


 常日頃から一人で無茶するなと言っているのに、肝心な時に限って一人で抱え込もうとする恋人様には困ったものだった。 そんなに頼りにならないのか、とこっちが不安になるくらいだ。

 もちろんエステルとしては迷惑をかけたくないとか自分で何とかするし笑顔だけを見せていたいという気持ちも、理解はしてあげられる。


 しかし、だからこそ、ヴィルフリートは今彼女の側に居てやりたい。

 彼女を支えてやると誓ったのだ。今が支えるべき時なのは、明らかだろう。


「でも、私……」

「エステル」


 言いよどむエステルの華奢な肩を掴んで、ヴィルフリートはまっすぐに見つめる。


「俺を頼れ」


 基本的にヴィルフリートが使う事のない命令形の口調に、エステルは鮮やかなすみれ色をふやかすように滲ませた。

 返事こそなかったが、遠慮がちに、けれど確かに求めるように、ヴィルフリートの袖を引っ張る。


 入室を促すものだと分かったので、ヴィルフリートは震えているエステルの手を握って、エステルが促すままエステルの部屋に入った。




 エステルの居住区には幾つか部屋があったが、通されたのは居間ではなく一番奥の寝室だった。

 豪奢な天蓋が施されたベッドに座るように促されたヴィルフリートが別の意味でためらいつつも縁に腰かけると、エステルはその隣に座った、というよりはベッドに上がった。

 そのまま、ヴィルフリートにもたれてくる。抱き付いてくると言っても間違いないだろう。


 か細い体を抱き留めたヴィルフリートは、先程よりもためらいつつベッドに上がりしっかりと抱き締め返す。

 寝間着の薄布越しに感じる温もりは、心なしかいつもよりも冷えていた。


「エステル」

「……ヴィル、もっと」


 もっと、が何を意味するのか、すぐに理解して、ヴィルフリートはその華奢な体を更に抱き締める。

 触れてほしいと願うエステルは、人肌に飢えているのだろう。ヴィルフリートに触れてほしいのは、不安で仕方ないから。弱るとくっつきたがる傾向にあったが、今ほど顕著な時はなかっただろう。


 隙間など許さないと体を寄せてヴィルフリートを全身で感じようとするエステルは、そのままヴィルフリートに口付けた。


 愛しさというよりは心細さから。

 不安を埋めようとするように押し付けてくるエステルに、ヴィルフリートはわざと顔を離した。


 傷付いたように瞳を揺らしたエステルを安心させるように微笑んで、優しく優しくエステルに自ら口付ける。


 不安なら、溶かしてやればいい。


 優しく、甘く、ひたすらに丁寧に。

 強張って震える心をほどくように、冷えきったならば我が身で温めてやるように、ヴィルフリートは不安定なエステルを甘やかすように丹念に触れる。


 もっと、とねだるような眼差しがヴィルフリートを見つめる。

 不安で一杯で揺れてこぼれそうな瞳に、ヴィルフリートもひたすらに甘やかす事を選んだ。


「……立ち直ったと思わせてまだうじうじしてる私に、幻滅しますか」


 少し落ち着いてきたのか、くっついたままではあるものの、口付けの嵐は収まりを見せた。

 触れるだけのそれではあったが、エステルが心を休めたなら沢山した甲斐があった。口付け触れ合ったせいでややはだけた寝間着を直してやりながら、ヴィルフリートは首を振る。


「しませんよ。繊細な方なのは、元より承知しておりますし……あなたは、優しいから」

「優しくなんてないですよ」

「ずっと思い悩むくらいに人の事を考えられる方でしょう」


 そもそも事件の事で思い悩んでいるのは、事件に巻き込まれた子供達に罪悪感を抱いているからだ。

 本来であれば被害者であるエステルに責任はない。しかしずっと自分のために消費されてしまった子供達に、気を病んでいる。


 けれど、エステルはヴィルフリートの言葉を否定するように首をやんわりと振った。


「……そんな事ないです。私、さいていな事考えてます」

「最低、ですか」


 何がそこまでエステルを追い立てるのか、と背中をさすれば、エステルは泣き笑いのような表情を浮かべた。


「……お兄様と同じように、どうして私があんな目に遭ったのか、どうしてこんな事しなくちゃいけないのかって、思う事があります」


 それは、ある意味で抱いても当然の思いだった。


 かつてヴィルフリートも思った事。どうして殺されかけなければならなかったのか、と事件の後理不尽さに呻いた事がある。

 結果的に事件が功を奏したとはいえ、巻き込まれた当時は犯人に怒りを抱いた。


 それをエステルが感じるのは、当たり前だろう。

 事件で苦しい思いをした上、その後の生き方を定められたのだから。


「どうして私達が選ばれたのか、どうして私達が全てを強制されないといけないのか、どうして私達が苦しい思いをしなくてはならないのか。……理由なんて簡単で、ただそこに都合のよい駒があったからでしかないのですよ」

「エステル……」

「贖罪のために、こうして国に尽くす事を選びますが……それさえなければ私は逃げ出していたんじゃないかと思うのです。私一人の身に国がのし掛かるなんて、嫌です。苦しいのは、嫌ですから。私が逃げ出したら他の誰かに役目を押し付けると分かっていても、逃げ出したくなる。……ひどいでしょう?」


 責めてほしいようで、責めてほしくない。叱ってほしい。叱られたくない。

 そんな相反する気持ちを孕ませた言葉に、ヴィルフリートは安易に答えを出すのは止めた。


 どちらの気持ちも分かるのだ。エステルは止められたがってるし、自らに歯止めをかけるために自嘲している。でも、拒まれたくはない。

 だからこそ、肯定も否定もしない。


「……俺もひどい事を言わせてください」


 ただ、エステルがひどいと言うのなら、自分も大概ひどい男だろう。


「この国のシステムそのものが間違っていると思います。俺も恩恵を享受してきた身ですから、あまり言えませんが。……俺は、あなたさえ幸せなら、それでいいんです。好きな人が笑っていられたら、それでいい。……他の人が不幸になろうと、他人とあなたを天秤にかけるならあなたを選ぶ。ひどい男でしょう?」


 ヴィルフリートは、確かに善でありたいと願うし自ら悪になろうとは思わない。助けられるのならば手に届く範囲の全てを助けたいとも思う。


 けれど、もし愛しい少女と、他の誰かどちらかを選ばないとならないなら、迷いなくエステルを選ぶ。たとえそれで悪だと謗られようと、ヴィルフリートはエステルが大切で、最優先だからだ。


 だからこそ、偽善者だとイオニアスに言われるのかもしれない。

 結局のところは自分の独りよがりな思いで手をさしのべるだけで、差し迫ればただ一人の女性を選ぶちっぽけな男でしかないのだから。


 ただ、エステルを選ぶ事に後悔はないだろう。どちらとも救おうとしてどちらも掌からこぼれ落ちるより、大切なものを守り抜きたい。

 そのために誰かが犠牲になっても、ヴィルフリートは必要悪だと飲み込む。切り捨てる事に罪の意識は抱けど、それを悔やむ事はない。


「……それを咎められる私ではありません」

「俺もあなたを咎められる立場ではありません。……実際出来ない事は、互いに分かっているでしょう。俺達は、他を完全に切り捨てるには甘すぎますから」


 現実としては、二者択一になるほど追い詰められない限り他人を完全に切り捨てる事はない。

 イオニアスを見殺しにしたい訳ではないし、他の誰かを礎に捧げたい訳でもない。出来る事なら手をさしのべたいし、責任は果たしたいと思っている。


 エステルも、同じ考えだろう。だからこそ、こんなにも葛藤をしているのだ。


「ですから、俺は出来うる限りであなたを幸せにしますし、苦痛から守りたいと思っています。あなたが安らげる場所に、俺はなりたいのですよ」

「ヴィル……」

「俺にだけは、本音を見せてください。痛いなら痛いと言っていいし苦しいなら苦しいと言えばいい。……我慢しなくていいですよ」


 現状維持を選ぶならば、出来る事は少ない。

 エステルを筆頭魔導師に掲げるのであれば、ヴィルフリートはそれを支えるだけだ。逃げ出さないエステルの、心だけでも逃がしてやりたい。我慢せずに全て吐き出してくれたらいい。

 せめて、ヴィルフリートの側がエステルにとっての安らぎと幸福であれるように。


 もう一度優しく包み込んで背を撫でると、エステルは体を大きく揺らして、か細く息を吐いた。


「……本当はね、私、筆頭魔導師になんてなりたくないです。苦しいのもいや。……償わなくてはならないと分かっていても、囚われるのは、いや。勝手に生きる道を決めつけられるのも、いや」


 震える薄紅の唇からこぼれた言葉は、普段エステルからは聞けないような本音を赤裸々にしたものだった。


「私に国の命運なんて預けないで欲しかった。そんなもの背負いたくない。どうして、私なんですか。逃げたい。ただ、平凡に生きられたら、それでよかったのに」

「……ええ」

「でもお兄様を助けたい、これも偽りのない本音なのです。お兄様も、あの子も、救いたい。だから私がならなくてはならない。苦しいのは、いやだけど……でも、私が頑張らなきゃ、いけないから」


 責任さえ考えなければ、エステルは簡単に逃げ出せる。公にはまだ次期筆頭魔導師だとは知られていないし、ただの一魔導師として扱っているからだ。


 しかし、救いたい者がいるから、重責を負う事を決意しているのだ。どれだけ嫌だと思っても、結局は罪悪感と責任感から受け入れてしまう。エステルの優しいところであって、甘いところだ。

 ヴィルフリートは、エステルが望むならば雲隠れするくらいの覚悟は決めているのに。


「……いっそ、全てを投げ出せたら楽だったのに。国も、お兄様も、私のために犠牲になった子供達も、何もかも知らんぷりできたら、どれだけ私は楽だったのでしょうか。でも、そんな事は私には出来ません。待っていても救われないのなんて知っているから、動くしかないのです。……こんな事を考える自分に嫌気がさします。お兄様は、ずっと頑張ってきたのに……私だけ逃げたいだなんて」


 葛藤も露に自嘲したエステルに、ヴィルフリートはただ背を撫で優しく受け止める。

 イオニアスと同じように、十年間、スペアとして監視されながら囚われてきたエステルが、投げ出したいと思うのは仕方ない。投げ出さずに頑張ろうとしているエステルを、ヴィルフリートは愛しく思った。


「……俺は、弱音を吐いてくださるあなたが好きですよ」

「……はい」

「大丈夫ですよ、俺はあなたを嫌いになったりしませんから。ああ、でも一人で抱え込んで無理ばっかりするところは嫌いになってしまうかもしれません」


 茶化すように笑うと、エステルもつられたように笑った。


「……今度から、溜め込む前にちゃんと言います」

「よろしい」


 いつもの笑みに戻った事を確認したヴィルフリートが頭を撫でると、エステルはふとヴィルフリートをじっと見上げる。

 濡れかけた瞳は戻っていたが、何かを確かめるように見つめる姿に、少しこそばゆさを感じた。


「どうしましたか?」

「……私、ヴィルの事好きになってよかったなって、思っただけです」

「それは光栄ですね」


 それだけエステルの精神的支柱になっているという事なので、それは喜ばしい。あとは彼女が折れないように外側も内側も固めていけばいいのだ。

 彼女に害がないように、外からも中からも支えよう。そのために、ヴィルフリートは権力と実力を備えなければならない。いかなる害からも守れるように。


 早く強くならなければ、と静かに心に決めたヴィルフリートは、落ち着いているエステルの顔を覗きこむ。

 もう、彼女は普段通りだった。


「まだ、魘されそうですか」


 今夜側に居るつもりではあるが、エステルとしてはどうなのかと反応をうかがってみると、彼女はぱちりと瞬きをしたあとにふにゃっと相好を崩した。


「ヴィルが一緒に寝てくれたら魘されません。いっそ寝かせないでください」

「……幾らでも物語をお聞かせしますよ」


 とても誤解を招く発言だったので突っ込みたかったが、どうせそういう意味でもないだろうと生暖かい眼差しで見つめる。

 エステルとしてはばかにされていると思ったらしく、笑みが膨れっ面に変わった。それすら愛らしいので、やはりこういう表情は幼いなと痛感するばかりだ。


「む、子供扱いしないでくださいっ」

「では、何をお望みで?」

「そこは愛を囁いてくれてもいいのですよ」


 恋人と共寝をするのだからそれくらい、という事なのだろう。

 実に無邪気で可愛らしいおねだりだったが、エステルの考える意味とヴィルフリートの考える意味では天と地の差がある。


「囁いてもいいですが……本当に、いいのですか?」


 ヴィルフリートは、エステルに微笑む。


 どうなっても知らないぞ、と暗に込めたにこやかな表情に、エステルは裏に含まれたものを感じ取ったのかやや気圧されてうろたえた表情を見せた。


「……な、何だかヴィルの笑顔がこわいのでやめておきます」


 とても失礼な事を言われたが、自ら退いてくれたならば言う事はない。

 エステルが望むならば考えたのだが、本人は全く自覚してない上にむしろ分かってなさそうだったから、無理強いする訳にもいくまい。


「はいはい。代わりに、添い寝しますから」

「はぁーい」

「可愛いですねえ、エステルは」

「と、とても馬鹿にされている気がします」


 馬鹿にしたつもりはなかったが、エステルにはやはり子供扱いされているという認識らしい。

 実際貞操観念は子供のそれの疑いがあるエステルなので子供扱いせざるを得ないのだが、本人は分かる筈もない。


「大切にしてるんですよ。俺は、あなたが思うよりずっと、あなたを愛しいと思っていますし、可愛がりたいと思っていますから」

「……もう」


 エステルを大切にするからこそ、こうして優しく優しく甘やかしているし、エステルの成長を待っている。

 こんなに入れ込むなんて自分でも思っていなかったが、今まで他人に友愛以上の気持ちを持つ事がなかった分、注がれているのかもしれない。


 大切にしたいし、幸せにしたい。笑顔でいて欲しい。

 胸を焦がす感情や欲求が、彼女を大事にしろ、と囁く。たとえ、何があっても、優先するべきだ、と。


「ですから」

「え?」

「本当にあなたが逃げ出したくなったら、あなたの手を引いてどこにでも逃げてやりますよ」


 もしエステルが耐えきれずに壊れてしまうくらいなら、ヴィルフリートは他の何を犠牲にしてでも、エステルを連れてこの国を離れてしまうつもりだ。


 そもそも国の在り方自体がおかしいのだ、一人が居なくなったくらいで国が荒れるのなら、それはそもそも国の構造として間違っている。何故この国だけこのようなシステムになっているのかは分からないが、今のシステムは一人の献身で繁栄しているのではなく、一人の犠牲によって滅びを先伸ばしにしているのと同じだ。


 エステルの命を無為に使われるくらいなら、国を捨てた方がましだった。たとえそれが国の緩やかな衰退を意味する事になっても。


「そうですね、南にある国のどれかの海沿いの町とかいいですね、白亜の町で有名なところがあるんです。国外逃亡になりますが、そのあたりにでも逃げますか?」


 冗談めかして言ったが、ヴィルフリートはエステルが望むならば実行に移すつもりだ。


 誰も知らない場所で、二人だけで、生活していく。

 搾取される事もなく、制限される事もなく、心身を削る事なく、ただ平穏無事に幸せに暮らせたなら、どれだけ幸せな事か。


 しかし、エステルはゆるりと首を横に振った。

 浮かべた微笑みは、穏やかなもので。


「……ううん、大丈夫。ヴィルが側に居てくれるなら、それだけで私は幸せです」


 甘美な誘惑を払いのけたエステルは、逃げない、と誓うようにヴィルフリートの手を取り、包み込む。

 胸の前に誘って瞳を閉じたエステルに、ヴィルフリートは柔らかい笑顔を浮かべた。


「それならよかった。……俺は、俺だけは、何があってもあなたの味方で居ますから」

「……はい」


 ヴィルフリートの覚悟を込めた言葉に、エステルは噛み締めるように頷いてヴィルフリートの手を抱き締めた。

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