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57 兄、襲来

すこしの間番外編的なお話が続きます(この辺りで入れないと本編に入れる場所がなくなるので)

 ヴィルフリートの朝は基本的に早いが、休日はわざわざ早朝から起きるつもりもなく、少し長めにベッドに転がっていた。

 仕事に不満はないしむしろ楽しい。しかし仕事ばかりでは息がつまるので、こうした休みの日はゆったりと過ごす事にしている。


 今日はエステルが来る予定は聞いていないので、朝ごはんを作る必要もない。面倒くさい時は朝抜いて昼まとめて食べれば充分にもつので、毛布の中でまどろみを続けていた、のだが。


 玄関の方から、外界と隔てる扉を叩く音が聞こえた。

 こんこん、という可愛らしい音ならまだエステルが突撃訪問してきたとすぐに分かるものだが、今回はいささか乱暴で力強い叩き方。正直な事を言えばノックではなく殴るに近い加減だろう。


 誰だこんな朝っぱらから、と心地よいまどろみに水をぶっかけられた気分のヴィルフリートは寝起きの目付きの悪い顔で舌打ちをしつつ、のそりと起き上がる。

 居留守を使ってやろうかと思ったが、相手が諦めずに叩き続け近隣住民にも迷惑がかかるかもしれない。


 非常に憂鬱な気分のまま、寝間着から着替える事もせず気だるげに玄関に向かい、扉を開けて――。


「来ちゃった」

「帰れ」


 扉の向こうに実兄が居て、さも彼女が遊びに来ましたと言わんばかりの台詞で出迎えたために、ヴィルフリートは地を這う声で吐き捨て扉を閉めた。

 さてもう一眠りしよう、と踵を返そうとしたのだが、扉を叩く音が再発したので、こちらももう一度舌打ちをしてやや乱暴に扉を開ける。


「何なんだよ」

「いきなり閉める事はないだろ。なあエステルさん」

「は?」


 何を言って、と言おうとして、バシリウスの後ろに隠れるように困惑気味のエステルが立っていた。

 訪問がある事自体は考慮に入れていたものの、同伴している人間が意外すぎてヴィルフリートの思考は一瞬固まった。柄の悪い態度を見せてしまった事にやや後悔が浮かんだものの、エステルはヴィルフリートの兄に対する態度も知っているのでまあ良いかと納得しておく。


「あの、ヴィル……」

「エステル、何故これと一緒に」

「兄ちゃんにこれとは失礼じゃないのか」

「これで充分だろう」


 朝っぱらからノーアポでやって来た上近所迷惑もいとわない兄に払う敬意など持ち合わせていないので、すげない態度も致し方ない。

 そもそも幼少期からろくでもない兄に付き合わされて散々な目に遭ったり迷惑をこうむっているので、敬えというのが無理だった。料理の腕前については認めているが、私生活がてんで駄目なので人としては尊敬出来ないのが現状だ。


 おそらく、接点がない二人が共に訪ねてきたのは、たまたま目的地が一緒で出くわしたからだろう。

 エステルだけ来ればよかったものを、と思ってしまったヴィルフリートは悪くない筈だ。


「何の用だよ」

「や、母さんに顔見てこいって言われたのと、ついでに明日手伝いが欲しいからこいだとよ」

「……明日休みじゃなかったらどうするつもりだったんだ」

「休みだよな?」

「……そうだけど」


 二連休という事で確かに明日は休みではあるのだが、母親に休みの日程を伝えた覚えはない。

 ある程度の休みの周期は向こうも把握しているだろうし、大体の見当で今日は仕事がない日だろうと判断したらしいが……おそらく、休みでなければ休めという事なのだろう。


「……母さんも相変わらずこっちの都合を考えないな」

「何だよ、どうせ暇だろ」

「俺に用事があるとか考えなかったのか」

「どうせ本見るか寝るか、もしくは料理するかくらいだろ、お前の暇な時の過ごし方は。昔からろくに彼女も作らないで机にかじりついてるからなあ」

「うるさい」


 彼女どうこうの話は必要ないだろう、とバシリウスを睨むものの、バシリウスは意に介した様子はないようでけたけたと笑っている。


 ヴィルフリートが気がついた頃には女遊びを覚えていた実兄と、あまり興味を持たずに魔法にのめり込んでいたヴィルフリート。

 それぞれ性格も反対になってしまったので、ヴィルフリートとしては兄とはウマは合わない。兄の奔放さと女性関連のだらしのなさがヴィルフリートにとって苦手だったし、生真面目なヴィルフリートはバシリウスにとってもやりにくかった筈だ。


 ただ、バシリウス自体がヴィルフリートを嫌っているとか、そういうものではない。ただ合わないと分かっているので、互いにある程度の距離を置いていた。


(……兄貴に今エステルと交際していると伝えたらどうなるだろうか)


 この様子では恋仲であるとは思っていないようだ。普通女性が男性の家を訪ねるならそういう仲を疑ってもおかしくないのだが、バシリウスは女性関連の基準が緩いのでそういう事もあるか、と思ったのだろう。

 それに、エステルのような天上の存在が弟と付き合うなど間違ってもない、と無意識に決めつけていそうだ。


 まあわざわざ伝える事もない、言えばうるさいだろうし……と即座に判断して口をつぐむ事に決めたヴィルフリートは、ため息を一つ。


「……とにかく、用件は分かったから帰れ。母さんにも手伝いに行くからと伝えておいてくれ」


 家に上がらせる気も失せていたので玄関先で話していたが、これ以上の会話は必要ないだろう。

 長引かせれば何かしらうるさいバシリウスが余計な事を言いそうなので、さっさとお引き取りを願いたかった。


「さ、エステルはあがって行って下さい」


 ただ、エステルは帰すつもりはなかった。


「なんだよ、俺は入れないで可愛い上司様だけは入れるのか」

「兄貴はエステルと同列に扱ってもらえると思っている事がおこがましいと思わないか」


 エステルはわざわざ訪ねてきてくれてのだから何かしら用件(といっても会いたかったというくらいだろう)があるのだろうし、追い返すつもりはない。可愛い恋人と使いっぱしりで来ただけの仲良くはない実兄、態度が違うのも仕方なかった。


「実の兄貴だろうが。そんなに女の子が良いのか、興味なさそうなフリしてやっぱむっつりだったんだな」

「女性の尻を追いかける兄貴にだけは言われたくない」

「……女の子連れ込んでなにするつもりだよ」

「朝ごはん作って魔法の鍛練に付き合ってもらうんだよ」


 魔法の鍛練は出任せだったが、朝ごはん云々はおそらく規定路線だ。幸い材料はあるので、朝から市に買い出しに行かずには済む。


「かーっ、真面目ちゃんだなお前! そういうやつに限ってむっつりだって相場で決まってるんだぞ!」

「初耳だなそんな相場。……エステル、この人の話を聞いているとあなたの耳が可哀想なので中にどうぞ」

「え、は、はい……?」


 舌戦にあっけにとられていたエステルを笑顔で招き入れる。

 彼女に正当性のない適当な知識を植え付けたくないし、兄弟喧嘩、といっても口論だが、待たせるのも悪いので、エステルを入れてさっさとバシリウスを追い返す方向に決める。


 普段ならしつこく追いすがってくるバシリウスだったが、ヴィルフリートは一つ手札を切る事にした。


「兄貴」

「な、何だよ」

「これ以上騒ぐなら、母さんに隠している事を言うからな」

「な、何をだよ」


 隠している事、で思い当たる事が多々あったのだろう。目に見えてバシリウスの顔色が悪くなる。


「何だ、事細かに言って欲しいのか」

「俺に隠し事なんて」

「そうだな、軽いやつだと父さん母さんの大事にしてたアレを壊したのは兄さんだったとバラす。家にいつの間にか出来ていた壁の穴は二年前の彼女と喧嘩した時に出来たもので本当は酔っ払いが壊したものじゃなかったと暴露する。いつの間にか父さんの秘蔵の酒が減っていたのは兄貴の仕業だったよな、それから――」

「わ、分かった、今日のところは引き下がってやろう」

「別にもう少しなら相手をするつもりだったんだが。ほら、うっかり女性に詐欺られて無一文になった時に――」

「帰るから口を閉じてくれ!」


 口が上手いのはバシリウスだが、そのバシリウスに弱味が多すぎるため、こうして秘密をちらつかせるとすぐにひるんで退却の姿勢を見せる。

 色んな意味で軽薄でお調子者のバシリウスだが、邪険に扱うのは休みの朝っぱらから起こされているせいだ。別に嫌いというほどではなく、昼以降に普通に訪ねてきたならお茶くらいは出した。


(まあ、今日兄貴の休日ではないだろうから、母さんに帰ってこいと言われてるだろうが)


 仕込みを放ってこちらに来させている訳で、用件が伝え終わればすぐに帰るように言われている筈だ。わりかし繁盛しているので、それなりに昼食や夕食の時間は混むし、従業員も多くないので当然人手が足りない。

 そろそろ新しい人を雇うべきだと進言しているが、中々母の納得のいく人が現れないので実現していないのだ。


 いそいそと帰ろうとしているバシリウスを見て、ふとヴィルフリートは口を開く。


「兄貴、そろそろ休みはもらった方がいいぞ。母さんにも早く従業員雇えってもう一度言っておいてくれ」

「いきなりなんだよ」

「いや、俺を呼ぶんだから最近また忙しくなってきたんだろ。兄貴の休みが減ってるかと思ってな」

「……心配してくれてるのか」

「いや、ぶっ倒れたらまた俺に皺寄せが来るから」

「だろうと思ったよ! 帰るわ!」


 半ばやけ気味に叫んで帰っていくバシリウスを見送ったヴィルフリートは、エステルがちょっと微笑ましそうに見上げて来ている事に気付く。


「お兄さんには素直じゃないですね、ヴィル」

「何の事やら」

「ちょっと疲れてるの分かってたから休んでくれって普通に言えば良いのに」

「……俺が可愛げのある事を言ったら、不気味ですので」


 内心をお見通しなエステルに何だか気恥ずかしくて目を逸らせば、エステルの澄んだ笑い声が耳をくすぐった。

更新不定期ですみません。最終章でさくっと終わるつもりが書きたい小ネタや番外編みたいなお話が多くて若干連載長引きそうです。(最終章なのは変わらないですけども)

まだ続きそうですがお付き合いいただけると幸いです。

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