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56 ある意味保護者同士

短め。

 エステルの膝枕でうっかり爆睡していた、人に聞かせるには恥ずかしい事件があってから数日。


 お泊まり自体に関しては別に問題はなかったのだが、ディートヘルムには伝わっていたらしく「仲のよい事だ」という感想を送られた。


 昔であれば嫌味のように聞こえたのだろうが、単に微笑ましがっているという事にヴィルフリートも気付けるようになっていた。


 エステルの師匠としてそれでいいのか、とは思ったものの、叱責されるよりはマシなので頬がひきつりそうになるのを抑えつつ曖昧に笑っておく。

 ヴィルフリートとエステルが恋仲になっているのは彼も知っているというかエステルが言っているので、何というか気まずいやら気恥ずかしいやらで複雑な気分だ。


「……怒らないので?」

「どうせなにもしておるまい。それに、エステルはもう成人しているのだ。私がどうこう言って制限する必要はない」


 ディートヘルムの言う通り、エステルは成人しているし職にも就いていて立場のある人間だ。多少対人では幼げな様子を見せるが、一度真面目になれば聡明な面が窺える。……普段はおっとりぽややんのマイペースではあるが。


 あくまで自由を尊重する構えであるディートヘルムには感謝を覚えるものの、もう少し異性との距離感や交際のあれこれを教えていて欲しかった、と思ってしまうのは仕方ないだろう。


 とにかく振り回されて要らぬ耐久を強いられるようになっているヴィルフリートとしては、やはり節度ある距離感というものが欲しかった。

 本音を言えばもっと可愛がりたくはあるが、やはり大切にしたいのもありほどほどで留めている。


「出来れば、適度に言い聞かせてくださった方が俺としては助かるのですが……」

「言っても膨れっ面をされて『ディートヘルムのいじわる』と拗ねると思うが」

「ああ……」


 その言葉で、簡単に想像してしまう。

 ヴィルフリートと過ごす事によってストレスを抜いている彼女が接触を制限されれば、機嫌が悪くなる。基本的にただくっついていれば幸せなエステルだ、ヴィルフリートが我慢すれば特に問題はないのだからお前が我慢しろという事だろう。


 変なところでエステルに甘いディートヘルムの言葉に、苦笑いが浮かぶ。


(この方も、何だかんだいい人なんだよなあ)


 最初は諸悪の根元で苦手な男だったのだが、事情を知った今は案外お人好しで茶目っ気のある人なのだと分かった。

 それでも狡猾なのには変わりがないので、おそらくその優しさは交友が出来た人間にのみ発揮されるのだろう。


「それでも、多少は言っておいてくださいね」

「君から言えばいいだろうに」

「……俺から言えば、寂しげに『ヴィルは嫌ですか……?』と言われるのです。あんなの拒めません」


 何が悲しくて保護者役のディートヘルムにのろけのような事を言わなければならないのか、と微妙に羞恥を覚えつつ無理だと主張しておく。


 ヴィルフリートが好きという事を惜しげもなくアピールして憚らないエステルだ。

 最近ようやく恋心を自覚したという事もあって、かなりそれを表に出すようになっている。


 仕事中はわきまえて普段通りではあるが、一度二人きりになるとべったりとくっついてこれでもかと甘えてくるのだ。

 満面の笑みで身を寄せて、触れるだけで幸せ一杯だと言わんばかりに親愛の眼差しを向けてくる。そのとろけた笑みを台無しにする事など、ヴィルフリートには出来なかった。


 ヴィルフリートの言い分に納得したらしいディートヘルムが「ああ……」と先程ヴィルフリートがしたような反応を返してくるので、やはりディートヘルムからもエステルの態度は分かりきっているのだろう。


「エステルの笑顔を壊したくないのなら、諦めたまえ。忍耐が大事だぞ」

「してます!」

「だろうな。精々頑張りたまえ。どこまで続くのか見ものではあるな」


 はたから聞けば悪役のような台詞をこれまた悪役のようなニヒルな笑みで口にしたディートヘルムに、ヴィルフリートは頭痛がしてきた額を押さえつつ「努力します」とだけ呻くように返した。


 ディートヘルムの言葉は非常に無責任なものではあったが、裏を返せば『どうなってもこちらは責めたりしない』という事でもある。


 つまるところ、ヴィルフリートのタガが外れようと、それが両者の合意であれば好きにするといい、と言われてるので、なんというか甘いのか奔放なのか分からない。


 自由を尊重するスタンスらしいディートヘルムの言葉に、ヴィルフリートの胃が少し痛んだのは、仕方のない事だった。

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