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54 関係が変わったその後

短め。

 エステルから無事に返事を聞いて晴れて交際を始めたヴィルフリートだったが、関係が変わっても日常生活が何か変わる訳でもない。


 夕食サービスも休日に一緒に過ごしたりするのも今まで通りだ。多少触れ合いが多くなったりするくらいで、大きな変化はない。

 今までの距離感がおかしかったのだが、ヴィルフリートもそれは自覚して苦笑いしている。


 ちなみにエステルだが、こちらも告白前の態度に戻っている。正しくは、自覚した上で恋仲になったので、妙に照れて挙動不審になったりはしない、だが。

 幸せそうにくっつくのも前と変わらないが、前よりも幸せそうなのは違いないだろう。


「ヴィルー」

「はいはい何ですか」


 二の腕ににくっついて甘えるように頬擦りする上司様兼恋人の呼びかけに返事を返すと、腕に回った腕の力が少し強くなる。

 むぎゅー、と痛く程度に締めてくるエステルは、ヴィルフリートの反応がおざなりな事に不満なのかぺちぺちと叩いていた。


「……むぅ」

「どうしたのですか、さっきから」

「……ヴィルが構ってくれません」

「そりゃ読書してますからね」


 魔導院の書庫から持ち出し許可を得て借りてきた本を読んでいるのだが、エステル的には構って欲しかったらしい。

 ヴィルフリートからすれば、一度触れ合いに乗り気になるとしばらくそっちに夢中になってしまうので、気をそらすために本を読んでいたのだが。それに加えて借り物の本なので期日に返すためにも優先していたのもある。


 交際を始めたてなのでエステルとしてはもっと触れ合いたい、と思っているのも分かる。


 だが、エステルにはいつでも構えるので優先順位は本だよな、と合理的な判断をしてしまったヴィルフリートは、よしよしとエステルの頭を撫でてそのままもう一度本に視線を落とした。


 後でたっぷり可愛がりたいからこそ今日の読書ノルマをこなしてから、と思っていたのだが、エステルは無理こそ言わなかったが構って欲しそうにヴィルフリートの腕にくっついている。


「むうう。釣った魚には餌を与えないとお魚は死んじゃうらしいですよ」

「誰からそんな言い回しを聞いたのですか」

「エリクからです」


 余計な事を教えているな、とやや眉を寄せると、エステルはそれを不快だと受け取ったらしくしょげたように顔色を暗くする。

 エステルを嫌がった訳ではないので「あのですね、これはちょっと違いますからね」と頭を掌でぽんぽんと軽く叩いておく。


「……そうなのです?」

「俺がエステルを大切にしない訳がないでしょうに。疑いますか?」

「そ、そんな事はないです。その、邪魔したい訳じゃないのです。……わ、私が、わがままを言っているのは自覚してますけど……」


 わがまま、というには可愛らしいおねだりを恥じているらしいエステルは、ぽす、とヴィルフリートの二の腕に額をくっつけて俯く。あんまり押してこないのは、恋人になってから微妙に気恥ずかしさを覚えているのかもしれない。


 ふ、と音に出さないように笑って、本に栞を挟んで一度テーブルに置いた。

 それから、くっついていたエステルを剥がす。


 顔を上げてショックを受けたような顔を見せるエステルには首を振り、そのまま自身の腿を軽く叩いた。

 きょとん、とまんまるになるすみれ色に、ヴィルフリートは「いらっしゃい」と軽く腕を広げると、意味を理解したらしく笑顔が弾ける。


 いそいそとヴィルフリートの腿に座って抱き付いてくるエステルは「ご迷惑ではありませんか」と遠慮がちに聞いてくるのだ。嫌ならしていない、と答えると、幸せそうに頬を緩めた。


 ふにゃーんと甘えてくるエステルの背に手を回して抱き寄せ、そのまま滑らかな頬に唇を寄せると、触れた場所からほんのりと赤らんでいく。

 今まで散々キスしてきた割に、エステルはあまりされる事には慣れていないらしい。関係が変わってからは、ヴィルフリートが触れ方を少し変えるとやや恥ずかしそうにする。


 可愛い人だ、と声に出さずゆるりと髪を梳くヴィルフリートに、エステルはふにゃふにゃと緩んだ笑みを向けた。

 甘えん坊気質のエステルは、ヴィルフリートがこうして甘やかしてやるとすぐにてろてろに溶けてそのまましばらくくっつき続ける。それが可愛らしくてついついヴィルフリートも好きにさせてしまうのだ。


「あなたは魚よりはうさぎですね。寂しいと死ぬという俗説があるそうで」

「そうなのですか?」

「ええ。寂しさのあまりうっかり狼の巣に入り込んでしまった哀れな小うさぎ、といったところでしょうか」


 ぱくりと食べるために招き入れた訳ではないのだが、あんまりに無警戒に甘えてくるので、ちょっと心配になるのだ。


「……まあ子うさぎかはともかくとして、哀れじゃないと思いますよ?」

「何故?」

狼さん(ヴィル)と一緒に居たくて自ら飛び込んだのですから、幸せです」


 これでもかと甘さを含んだ蜂蜜よりもとろりとした笑顔を浮かべてヴィルフリートの鎖骨に顔を埋めた恋人様に、自然と口許が溶かされていく。


 信頼と親愛に満ちた眼差しと笑みは、ヴィルフリートの今日の予定を返上してエステルを甘やかさせるには充分だった。


「……では、その狼さんが人肌恋しい小うさぎに構ってさしあげましょう」

「ほんとですか?」

「まあまだ狼ではないつもりですし、進化はしないでおきます。一応羊でいたいと思いますし」


 まだまだ羊でありたいと思っているヴィルフリートは、決して無体はせまいと心に強く刻んでから、可愛らしい子うさぎを撫でた。

 意味は全く分かっていなさそうなエステルだが、とりあえず幸せそうなので良いだろう。


 ぴったりと寄り添って頬擦りしてふやけているエステルに、自分はとんでもなく甘やかしてるな、と自覚して苦笑しつつも満更でもないヴィルフリートだった。

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