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49 筆頭魔導師代理の前夜 

 うっかり告白にも似た言葉をエステルに贈っても、その後の態度は変わらなかった。


 やはりというか気付いていない、もしくはその前のエステルを必要としている、という言葉に気を取られて気にしていない、といったところだろう。

 好きだと直接的に伝えない限りエステルには伝わらないだろうなと確信していたので想定内ではあるのだが、微妙に気恥ずかしさやら地味な悲しさやらを感じてしまうのは仕方ないだろう。


 勢いでしてしまったが改めて告白する機会がまだあると思えば悪くはないので、ヴィルフリートはいつも通りのエステルに、これまたいつも通りに接する事にした。




「……明日、私の部屋に来てくれますか……?」


 任務を終え、通常の業務に戻って数日、いつも通りの夕食の後でエステルはおずおずと、窺うようにそんな言葉を口にした。

 一瞬、何を言われたのか分からずに固まったヴィルフリート。明日と言えば休日で、休日にエステル(女の子)の家に呼び出される事になるなんて全く思っていないヴィルフリートは、どうしてもフリーズしてしまう。


 先日一度訪ねはしたが、あれは結局自分からだったしそもそも特訓のためで他意はなかった。

 なので、今回のお誘いには思考が軽く停止しかけた。


「……ええと、どのような用事が?」

「あ、その……明日、私はイオニアスの代理をするので……その、帰って来た時に側に居て欲しいなあと」

「もう、ですか」


 先日ディートヘルムやエステル本人から聞いていたので驚きはなかったものの、その日がやって来たのか、と自分の事ではないのに身構えてしまう。

 というのも、毎回終わった後のエステルの消耗を見ているので、またあの疲弊をさせてしまうのかと思うと気は重い。どうしようもないという事とは言え、避けられるものなら避けさせたいと思うくらいだ。


「大分保った方なのですよ。……それに、急に、ではなく心構えは出来てますから。仕方ない事です」

「それはそうでしょうけど……あなたの負担が度外視されているという状況が好ましくないと思います」


 正しくは筆頭魔導師の負担、であるが。


 イオニアスもだが、一人で国を支えている、という状況そのものが、異常のようにも思える。

 一人の献身で国を支えられるなら安いもの、そう判断するのは組織として、国としては間違っていないだろうが、それを是とするのは人としてどうなのか、と思ってしまうのだ。


 代替案を用意出来ないし考えられないヴィルフリートが口出ししていいものではない、というのも理解はしていたが、やはり疑問を抱くのは抑えきれない。


 その役割に就かざるを得ないエステルは、諦めているし受け入れている。自由をもがれると知って尚、逃げ出さずに――逃げ出せずに居る。


「それを言ってしまうと、この制度自体に疑問を呈さなくてはならなくなりますよ」

「……ですが」

「嫌と言って拒めるものではありませんし、そこについてはもう諦めています。……ですから、せめて、頑張る代わりにヴィルに癒してもらえたらなって思ってるのです」


 だめです? としょんぼりした表情をされては、拒める筈もない。そもそも拒むつもりもなかった。


「……俺で良いのであれば、幾らでも」

「言質とりましたからね?」

「以前から言っているでしょうに」

「ふふ。……私は幸せ者ですねえ」


 本心を口にしていると誰でも分かる、宣言通り幸せそうな微笑みを浮かべたエステルに、ヴィルフリートは何と言って良いのか躊躇って、せめてもと柔らかい桃色の髪を撫でた。


 大それた願いではない。

 ただ、側に居て欲しい。


 そんな細やかな願いを叶えると約束しただけで、エステルはご満悦そうで、ヴィルフリートとしてはもう少しわがままを言って欲しくある。

 叶えられる範囲であれば叶えてあげようと思うのだが、エステルは物が欲しいとか(食品を除く)そういう欲はないらしい。食欲を満たす、側に居て孤独感を払う、これくらいしか出来ないのだ。


「……俺もあなたの背負うものを一緒に背負えたら良いんですけどね」


 思わず呟いた言葉にエステルがぱちりと大粒の瞳を瞬かせる。


「いえ、負担が大きいならもっと分散させられたらな、と思うのですよ。イオニアス様一人ではきついからエステルも重荷を背負っているのでしょう? ……今の段階でも負担は大きいというのに、いずれはエステルが筆頭魔導師になる、と言ったじゃないですか。その半分くらい背負えたら、楽になるんだろうな、と」


 まあ俺では実力不足でしょうけど、とヴィルフリートが茶化すように笑うと、エステルは何か考えるような素振りを見せる。

 勿論、ヴィルフリートとしてはそれは叶わないとも分かっている。実力もそうだし、彼女はイオニアスと兄妹だからこそ肩代わり出来ているだけで、普通なら無理なのだ。


 ヴィルフリートに出来るのは、エステルを支える事だけ。その負担を担う事は出来ない。


「ですので、俺は俺に出来る範囲で、あなたの助けになれるように努力しますから。……エステル?」

「いえ、ちょっと考え事をしていただけですよ。……ありがとうございます、ヴィル。そういう優しいところもだいすきです」


 えへへ、と満たされたような笑みを浮かべ、エステルはクッションを抱き締めた。


(……これがあの時の返答だったら嬉しかったんだけどなあ)


 彼女の言う好きがまだヴィルフリートの求めるものではなさそうなので、ヴィルフリートはありがたく受け取りつつ内心で苦笑した。


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