44 外泊は相部屋で
一度宿泊するのは元々予定に入っていたし、泊まる事について異議がある訳でもない。むしろ戦闘前にしっかり休んでおく事は大切だとも思う。
故に宿で一夜を明かす事については、何ら口を挟む事はないつもりだ。
一つ文句があるとするならば、どうして今日に限って部屋が一つしか空いていないのだ、という事だろう。
「別に良いんじゃないですか? ベッド二つあるそうですし」
宿屋に向かったは良いものの、元々小さな町なので宿屋も一つしかなく、運悪く一つ以外部屋が埋まっていた。幸いと言っていいのか、ツインルームが空いていたので同衾は避けられそうだが、それでも部屋は分けたいところだった。
エステルに抵抗はないらしいが、年頃の少女としてそれはどうなんだ……とは思ったものの、最早エステルなのでという言葉で片付きそうである。
ヴィルフリートと一緒の部屋に抵抗があるなら、そもそも毎日一緒に夕食を共にしないだろう。エステル的には安心安全信頼のヴィルフリート、といった認識であるのは間違いない。
「……あなたが良いというなら、そうしますが」
今回はどうしようもないので、ヴィルフリートも然程抵抗はせずに頷く。いざとなれば自分は酒場等で夜明かしを……したらエステルが探しに来そうではあるが、とりあえず席を外せばいい。
そもそも女性の一人旅に見えてしまうと、危険性があるだろう。
この町は王都と比べれば治安もよくないであろうし、エステルのようないかにもお嬢様が一人でふらふらすれば良からぬ事を企む輩も現れるかもしれない。着いてきて良かったと心から思う。
もっとも、エステルに勝てる人間がその辺に転がっているとも思わないのだが。
「しかし、わざわざ辺鄙な所にくるもんだねえアンタら」
先払いで宿泊代を宿屋の女主人に渡すと、物珍しそうな視線が二人の顔の辺りをうろつく。
女主人からすれば、年若い二人が特に何もなさそうな町にわざわざ訪ねて宿泊するのは珍しいらしい。
この町は山が少し行った所にあるというだけで特色はない町であり、他の町の中継点にするには位置的に向かない場所だ。
あまり栄えている様子はないと町を歩いても分かるのだが、それならば何故宿が埋まっているのかが謎なのだ。
「ええと、ちょっと仕事がありまして」
「おや、アンタらもかい?」
「アンタらも、とは? 他に泊まっている方は、何か目的があってこの町に滞在してるので?」
資料には特筆すべき点はない町とあったのだが、何かが起こっていてもし仕事に差し支えるものであった場合、先に手を打たなければならない。
なるべく不確定要素を排除した上で仕事にあたるのが一番なのだ。エステルという守るべき存在が居るのだから。
「そうさねえ。この町から北に少し行った所にある山に、何でも黄金の角を持った魔物が現れたとかなんとか。角がほんとかどうかは知らないんだけど、強い魔物が住み着いたとかは確かだね。山に赴いたやつらが被害にあってるんだよ。んで、ここに泊まってる連中は」
「魔物目的、という事ですか?」
「みたいだね。柄悪いからあんまり長居して欲しくはないんだけども」
女主人の話に、エステルは眉をひそめ、ヴィルフリートは少し冷えた眼差しになる。エステルがこちらを見るものの、まだ口は開かないで欲しいと合図すると大人しく唇を結んでいる。
魔物退治は基本的に魔導師が主に請け負うが、魔物退治を全て魔導師が取り仕切る訳でもないし、弱いものなら自警団なり騎士団が処置にあたる時もある。
魔導師だけで国全体をカバー出来る訳がない。死骸は持ち帰るなり浄化する、という事を念頭に対処してもらっている。
だが、魔導院に報告が上がるような魔物は別だ。
魔導師が出向く、といった通達が来た時点で、手出しは厳禁となる。
罰則がある訳ではないのだが、魔導院の対処案件となる時点で危険性が高い。実際に魔導師による魔物調査の必要もあり、魔物が襲って来ない限り攻撃しないようにと連絡が行くのだ。
勿論襲われた場合は反撃するのも構わないが、魔導師の対処する案件ともなればまず逃げるのが懸命である。
今回は根城にしている山から降りる気配もなく、何もしない限りは被害がない魔物、という報告があった。
魔物と大地の汚染についての関連性の調査もあるので、安全の確保とヴィルフリート達の仕事の邪魔をしないように、町には山に入らないようにと警告されているのだ。
それを破る馬鹿は、限られている。
たとえば、腕に覚えがあり、強力な魔物の素材を狙い一攫千金を目論む傭兵崩れとか。
「そうですか、お話ありがとうございます。……ではエステル、一旦部屋に行きましょうか」
かなり物言いたげなエステルを微笑み一つで宥め、ヴィルフリートは女主人に話を聞かせてもらった心付けを渡して用意された部屋に向かった。
「いやまさかこういう事があるとか思いませんでしたよね」
あてがわれた部屋に軽い荷物を置いたヴィルフリートとエステルは、二つあるベッドにそれぞれ腰掛けて溜め息をついた。
一応二人は魔導師の上着を着ているのだが、王都から離れたこの町では通用しないらしい。一日も離れていない距離なのだが、魔導師の出入りが今までなかったのだろう。魔導師自体数が限られているので仕方なくはあるのだが。
まあ女主人に魔導師だと気付かれなかった事は然程問題はないのだが、それよりも他の人間が魔物を倒そうとしている事に問題がある。
退治要請が来た時点で魔導師の管轄になるのだから、余程馬鹿でない限り出向こうなどとは思わないのだ。しかも警告を無視しているという事だ。
おまけに魔物には報告にない特徴があるとか、イレギュラー過ぎてヴィルフリートは苦笑するしかなかった。
「角とか報告書になかったですよね?」
「ええ、確認した限りでは」
「単に報告に上がらなかっただけなのか、意図的なのか……もしくは、後から判明したか」
「どれでもいいですけど、お仕事の邪魔をされるのは困りますね」
正直言って、魔導師以外の人間が現場に居るなど邪魔にしかならない。
魔物はエステルが始末するのであろうが、その時点で他人は余計なものになる。
あまりにエステルの魔法が強力すぎるので、巻き込めば確実に殺すのだ。
こちらの隙を窺って視界の端をちょろちょろされるだけでも目障りだというのに、巻き込まないように細心の注意を払って魔法を使うのは余分に集中力を使う。
エステルに間違いを起こさせて心の傷を作りたくないし、仕事の邪魔をされるのも不愉快だ。
恐らくだが、魔導師が来たとその人間達が気付けば自分達に魔物を倒させて横取り、ひどければ魔導師を始末しようという考えに至るだろう。
魔導師はある種の特権階級のようなもので、ゴロツキからすれば面白くない存在であろうから。
(……これを見越して俺らに仕事を任せたんじゃないよな、閣下)
あり得そうで怖い。それくらいやってのけそうなのがディートヘルムである。
「まあ、困ったさんなのは間違いありませんので、お仕事の邪魔をしてきたらご退場願いましょうか」
「どうやって?」
「そうですね、穏便に説得が無理だった場合、取り敢えず気絶させるなり戦闘不能にでも追い込むなりして、意識を失ってもらえば良いかと」
「なるほど」
目的地で襲撃があった場合、良心の呵責もあるので殺さずにはいるが、そのあとわざわざ連れ帰るつもりもない。そもそも人数がかなり居るようなので、連れ帰れる訳がない。
つまり山中に放置という形になる。
そこから先、意識を取り戻して町に帰るまでに他の魔物に襲われるかどうかは運だ。生憎と、襲ってきた相手の面倒を見る余裕は持ち合わせていなかった。
「何事もなければいいんですけどね」
「そうですね。終わったらヴィルのご馳走があるので、面倒がなければいいなあって願ってます」
えへへ、とご馳走を想像してうっとりしているエステルに「早く終わると嬉しいですね」と微笑んで、ヴィルフリートは窓の外に視線を向けた。
(……まあ、何事もなく済んでくれるならそれに越した事はないんだが、そう上手くいくかね)
面倒な事になりそうだな、と少々恨みがましげな視線を王都方面に送りつつ、ヴィルフリートはエステルにばれないようにそっとため息を落とした。




