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24 休日の過ごし方

「……そういえば、エステル様は休日に何をしているのですか?」


 休日は各々自由に過ごすが、エステルは何をしているのだろうか。

 あまり他人の事に興味はなかったものの、常にはらぺこで食べる事が趣味のような彼女に、何か他の趣味があるのかと気になったのだ。


 夕食を振る舞うので(段々慣れつつある自分が怖いとヴィルフリート本人も思っている)結局一緒に帰っている最中に問うと、エステルはぱちくりと瞳をまたたかせた。


「私ですか? ……うーん、基本的にしたい事がないというか」

「ご飯は食べるのに?」

「あれは栄養補給です! ……趣味でもありますが」

「暇なんですね」

「……だ、だって……私、遊ぶとか、しないし、分からないです。いつも一人だったし、あまり自宅に居たくないから外で訓練するか勉強するか食べる、精々空を見るとかしか……」


 やや言いにくそうにぼそぼそと呟くエステルに、ヴィルフリートは失敗を悟った。


 よく考えれば無邪気というか純粋でよくここまでマイペースに育ったなと思うエステルだ、こう育つにはあまり外部の刺激がない環境に置かれていたと直ぐに分かるのに。

 まさに箱入り娘というやつなのだろう。

 

 訓練や勉強というのは恐らく魔法に関連する事で、それ以外与えられていないようにも見える。

 まるで、魔法だけを学ぶように制限されているように思えて仕方ない。


「……申し訳ありません」

「いえ! その、……昔はあんまり親しい人とか、作らなかったし作れなかったのです。取られるか壊されちゃうから……」

「え?」

「何でもないです。……別に、そんな不満を持った事はないのですよ。今生きられるだけで、充分幸せですので」


 その言葉に違和感を持ったものの、エステルがあまり触れて欲しくなさそうで、追及ははばかられた。


 生きるのに苦労してきた、という響きを思わせる言葉。

 けれどエステルはおそらく上流階級の人間である。調べるのは流石に失礼だからしないものの、所作や身なりからは庶民のそれは感じない。

 そんな言葉をどうして彼女がこぼしたのか、ヴィルフリートには分からない。


 けれど、彼女の孤独感は何となくだが理解出来た。


「寂しくないのですか」

「そりゃあ、一人は寂しいですけど……私は慣れてますから。それに、干渉されるのは煩わしいのです。……あ、ヴィルフリートは違いますからね!」


 ぱたぱた、と手を振って一生懸命に訴えるエステルに、ヴィルフリートもつい苦笑。

 それは見ていて分かるし、でなけれぱわざわざ近寄ってこないだろう。エステル的にはヴィルフリートは安全で落ち着く人、という認識辺りだろうか。


「分かっておりますよ。俺はあなたにとって一緒に居て苦にならない人、くらいの認識でしょうし」

「……もっと上ですよ?」

「もっと上?」

「ヴィルフリートは自分を甘く見積もりすぎです。私にとってヴィルフリートは、居なくちゃ駄目な存在ですよ」


 ご飯係としてですよね、と瞬時に判断したものの、それを言うと自分でもダメージを受けそうだし無粋なので言わないでおいた。

 素直に捉えるならば必要とされているし気に入られているのだろう。ご飯係成分が半分は占めているであろうが。


「話はずれましたけど、別に誰と居る訳でもないですしする事も大してありません。暇と言えばそうですね、としか答えられませんね」

「誰かと過ごしたいとは思わないのですか」

「……だって、ヴィルフリートの私生活に入り込むのは、職権濫用ですし」


 そこで自分の名前が出てきた時、胸に湧き上がった感情を何と表現しようか。


 つまり、だ。

 彼女は、ヴィルフリートと過ごしたい、と言ったのだ。

 それだけ、気に入られている、という事だろう。彼女としては信頼出来る人くらいの認識であろうが。


 既に夕食サービスをしている時点で私生活に入り込んでいるとは思ったものの、ここは突っ込まないでやろうとヴィルフリートは唇を閉ざした。

 どうしてだか、ほんのりと口角が上がった。


「……常にお側に居る事は出来ませんが、たまにの休みなら、共に過ごしても」

「ほんとですか!」


 言い切る前に食い気味に返事されてきらきらした瞳を向けられたので、ヴィルフリートはほんのり苦笑して「逆に俺で良いんですか」と問いかけた。


 エステルはあまり知り合いがいないらしいが、ヴィルフリートが知る限りでもエリクやマルコは、まだ見ぬレティなる人物、それからどうやらそこそこに親交のあるらしいディートヘルムが居る。

 実現可能かはさておき、その人達と過ごす事も視野に入っているのではないかと思ったのだが、エステルはゆるりと頭を振った。


「ヴィルフリートが良いです」

「エリクさんやマルコさんでもなく?」

「……休みまで監視されても嫌ですし」

「監視?」

「あ、……いえ、その、えーと……そう、振る舞いをあれこれ言われるのは嫌です。それに、ご飯食べられませんし」


 そこでもご飯が出てくるエステルは揺るぎないな、とほんのり笑うと、エステルはやや伏し目がちに微笑んだ。

 だが、それを大きな違和感と感じる前に微笑みはいつもの無垢なものに戻る。


「ですので、……その、ヴィルフリートが良いなら、一緒に居ても良いですか?」

「まあ、構いませんが」

「良かったぁ」


 胸を撫で下ろしたようで、本当に嬉しそうに表情を緩めたエステル。


 ヴィルフリートとしても、嫌ではないというかまあ何だかんだエステルを気に入っている自覚はあるので、本人が喜ぶのならまあ良いか、と思うのだ。


 ……異性が自宅に入り浸るという状況は常識的にアウト判定が下されそうではあるが、そこはエステルなのでもう今更のような気がする。


 世間体というものがあるが、最早夕食を食べに来ている時点でどうしようもなかった。


「……でも、俺と一緒に居ても特にする事ないですよ。俺も基本的にインドアですから。読書したりとかね」

「お部屋に入っても良いのですか?」

「あなたしょっちゅう夕飯食べに来ているというのに? 今日もそうでしょう」

「……それもそうですね」


 あっさりと納得した彼女の警戒心はゼロで心配になるものの、自分から誘った側なので強く言えなかった。


「間違いあっても知りませんけどね」

「間違い?」

「いいえ、何でもありません」


 ヴィルフリートが何もしなければ何もないのだ。


 他人があれこれ言おうとプライベートの時間なので関係あるまい――そう自分に言い聞かせて、ヴィルフリートは休日の献立を頭の中で見直す事にした。

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