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14 休日に遭遇したのは

 基本一人暮らしではあるものの、休みの時は数回に一回は実家に帰る。それがヴィルフリートの休日の過ごし方だった。


 別に家が恋しい訳ではない。

 ホームシックにかかるには家も近い。勤務のために魔導院に近い場所に居を構えているが、実家に戻れる距離である。

 それに特に家族に会いたいという事はなかった。むしろ多い兄弟に何やかんや言われるよりは一人で過ごしたい派だ。


 ならばどうしてわざわざ実家に帰るかと言えば――。


「ほら早くこれ五番テーブルに運んで! その後でこれを八番に!」


 母親に不本意ながらこき使われるためであった。正しくはこき使われるせいであった。


 もう五十は過ぎているであろう母親の、張りのある……というか叱責に近い響きの声に、ヴィルフリートは眉を寄せつつも指示通りに運ぶ。


 人手が足りないからと休みの日に強制で駆り出されるのには慣れた事だ。

 実家の食堂は幸い繁盛しているので、昼になればあっという間に座席が客で埋まってしまう。


 跡取りの長男含めた兄二人はこの食堂で働いているものの、それでも人手は幾らあっても足りない。

 それに、兄二人は厨房に立つので、店員として注文を取ったりする人間が雇っている少女と青年の二人だけなのだ。


 その二人でも休日の昼ともなれば手が回らないため、ヴィルフリートが出張してこうして手伝っていた。


 給料はゲットしているので一応手伝うものの、本来ならば休ませておくれと言って良い案件だ。

 母親の無茶ぶりはいつもだが、顎でこき使うので若干疲れる。


「すみません、また手伝いを頼んでしまって」

「いや良いよ、どうせ人手足りなかっただろうし。気にしないでくれ」


 実家で働く店員の少女、グリットが申し訳なさそうにへこへこと頭を下げるので、気にする事はないと空いた手をひらりと振った。


 従業員を増やせば良いだろうに、中々母の目にかなう人材が現れないからと増やさないのが悪いのだ。

 お陰で自分にも仕事が回ってくるので、そろそろ何とかして欲しい。


「……ヴィルフリートさんはお優しいのですね」

「優しいっていうか、単にかかあ天下で逆らえないだけかもな」


 実際母親には逆らえない。逆らおうものなら尻をひっぱたかれる。父親も母親には逆らえないので、これは遺伝に違いない。

 わざと肩をすくめてやや茶化すように返すと、どこか強張りがほぐれたらしいグリットがくすりと笑みをこぼす。


 母親お気に入りの少女は素朴な見かけであるが、逆にこれが評判らしい。穏やかで愛嬌もある為、客からよく声をかけられているのも見かける。


 なんて会話をしていたら厨房に居た母親から急かすような声が飛んできたので、ヴィルフリートはそっと溜め息をついてグリットと共にフロアに向かうのだった。




 何とか昼の部を乗り切って従業員達にも休憩が訪れる。

 常に営業している訳ではなく、当然休憩がある。店員達も休みが必要だし、そこで昼食をとる。といっても、仕込みも行ったりするので決して暇ではない。


 表の札を営業時間外の方に引っくり返して漸く一息ついたヴィルフリートは、若干疲労の見えてきたグリットに「お疲れ様」と労いの言葉をかけた。


 華奢で本来控え目な少女なので、大量の料理を運ぶのは疲れるだろうし色々な、それも異性の多い客に愛想を振り撒くのも一苦労だろう。


「休憩だから賄い出るかな。いや自分で作れとか言われそうだけど」

「おかみさんは忙しいでしょうし、バシリウスさんは面倒臭がりそうですから、やっぱり自分達で作った方が」

「仕事以外だと兄貴は自分の事しかしないからな……」


 料理の腕はヴィルフリートより上でも、基本的に金にならない事はしない男だ。というか無駄に動く事を嫌う人。それがクロイツァー家の長男、バシリウスだ。

 仕事だから仕事分はするが、利益にならない限りは何もしない。母親に叱られてもそこは改善されないので、もうどうしようもないのだ。


「まあ、どうしようもないから自分達で作るか……」

「そうですね」


 苦笑し合って、厨房に向かおうとして……背後で、カランコロンと乾いた音がなった。


 玄関のドアに付けられた鈴が来客の合図を出している。

 しかし、今は休業中であり札もその意を示している。看板には営業時間がきっちりと書かれていて、営業時間外だという事も分かる筈だ。


 閉めていたというのに来店するのはどこの誰だ、と眉を寄せつつもすぐに表情を和らげて、やんわり突っ返そうと振り返り……その瞳を丸くした。


「すみません、今営業時間外で……。……は?」

「こんにちは」


 聞きなれた、声自体甘そうな澄んだ声が店内に響いた。

 庶民の店には場違いとも言える声に、シンと静まり返る店内。もう一人のフロア担当の青年は奥に居るため、元々二人しか居ないフロアだったが、二人して呆気に取られていた。


 グリットは、その容貌に。

 ヴィルフリートは、その存在に。


 薄桃色の髪をさらりと肩に流した少女は、圧倒的な存在感でそこに立っていた。


「……何でここに居るのですか、エステル様」


 絞り出した声に、彼女は――エステルは、目を丸くした後に破顔した。


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